俺、今、女子占い観察中(喜多見美亜のぶん)
特異点。ローゼさん……魔女ローゼが喜多見美亜に言ったその意味を、その時の俺にはわからなかった。
いや、
「……知る意味はないのじゃ」
喜多見美亜が自分だけ占いをしてもらえないこと文句を言おうとしたのを、先んじて制するかのように魔女ローゼ。
「なぜ……」
「といわれても、『意味がない』のであれば、意味の説明などできるわけもなかろう」
はぐらかすかのような、謎めいた言葉に不満そうなあいつ。そりゃそうだ。せめて、なぜ『意味はない』のか教えてもらわないと納得できない。俺もそう思った。
「……無意味でも良いというのら、おぬしの未来を語ってやるのはわけもないが」
しかし、未来は決められる物ではない、決めるものだ。その時、そのことに気づかぬまま、魔女の誘いにやすやすと乗る喜多見美亜。
「それなら……お願いしたいんだけど。なんか、わたしだけ仲間外れみたいで……」
その言葉を聞いたローゼさんは、口元をにやりとさせながら、
「……よいじゃろ。もちろん知りたいのは、その体でなく、魂の方の未来じゃな? 喜多見美亜の?」
「ええ……というか入替わりのことやっぱり知ってるのね」
当たり前だろうという顔つきのローゼさんは、
「もっと知っておるぞ。今のおぬしの心の内もな」
「へ……?」
「残念じゃな。もう少しプライドを捨てて素直になれば、おぬしが勝利者じゃろうて」
「……」
「そしたら体も元通りじゃぞ。それを阻んでおる、おぬしの悩みもきえるじゃろうからな」
「悩みなんて……」
「そうじゃな。リア充って言うんじゃったかの、この世界のこの国——この時代では。なにが現実か幻かなど、所詮は世界の気まぐれじゃのに、それが充実と言い切るとは、いかにもうかつな人間どもの言いそうな言葉じゃて。そんな粗忽な者に悩みなどわからぬ……傷かぬかもしれんな。しかし……」
「?」
「……おぬしは、そんな人間ではなかろう。自らの本性に嘘をついている間は、おぬしは、おぬしにはなれないのじゃ……だから……」
ローゼさんは、そこで言葉を一度着ると、俺を見て、何かを確かめるように頷きながら、ちょっと悲しそうな表情で言うのだった。
「今から、妾が語るのは、仮初めの未来なのじゃ。おぬしが、おぬしであることをやめた未来。つまり、今のお主の行く末じゃ……しかしわら我がそれを語る意味、安く思うではないのじゃぞ」
魔女が語り始めたその瞬間、何かものすごい緊張感があたりの空気に満ちた。背筋がすっと寒くなった。俺は、思わず、耳をふさぎたくなった。大きな力がそこにあった。言葉が、その根源が持つ、太古の魔力を纏ってローゼさんにより唱えられた。
はじめに言葉ありき。言葉により世界が創造される。
未来も。
喜多見美亜の将来を——。
ローゼさんはまるで、古の悲劇の神話を語るかのように、深く厳かな口調で……。
しかし、随分とものものしい前口上の割に、ローゼさんの語る喜多見美亜の未来は随分と華麗で、他人に羨ましがられるようななものであった。
大学までには自分の体に戻った喜多見美亜(いつ? どうやって? はローゼさんは語らなかったが)。志望校の都内有名市立に現役で合格した彼女は、中学でやめたバレーボールを復活。とはいっても、昔は県の強化選手だったあいつだが、高校でのブランクと、この競技で一流となるには身長がたりなかったため、入ったのはあくまでも楽しくスポーツをしようと言うサークルなのであったが、チームメイトに誘われてやってみたビーチバレーではそこそこ有名な選手になって……。
そしたらハイエナのごとくまとわりつくマスコミ。美人過ぎるなんたら——とかいう例のノリで話題になって、TVにも度々取り上げられる。ただ、そんな浮ついた虚名に興味のなかったあいつは、いろいろな芸能プロダクションからのスカウトもみんな断って、学業とビーチバレーを真面目に取り組んでいくのだがそんな彼女をなんとかメディアに出て欲しがっている人は耐えることなくあいつにまとわりつく。
そんな中、たまたま昔から知り合いの編集者に頼まれて、断りきれずにやってみた大人ファッション誌でのモデル業が大成功。ビーチバレーも全国レベルでの活躍はしたものの、自分の限界も見えたため大学三年で引退していたので、その後の青春をかける目的としてモデル業を得たあいつは、積極的に雑誌のモデルを引き受けて、二十代女性の憧れの的として各種雑誌に引っ張りだことなるんだが、ひょんなことから、さらにブレイクのきっかけが……。
喜多見美亜が、人気に奢らないモデル業に真面目に取り組む姿がドキュメンタリーTV番組となって放送されたことからお茶の間でも人気爆発。女優にとか、テレビのキャスターにとかの誘いも随分とあったという。しかし、あいつは、大学卒業とともにメディアへの露出は極々わずかとするようになり、モデルの縁で就職した出版社での仕事を真面目に取り組むうちに、取材でたまたま知り合った新進アパレル会社の創業者と恋に落ち、その後に結婚。二人の子供を育てながらも、真摯に取り組んだ出版の仕事でも文科省の表彰を受けたりの実績を残しながら定年まで勤め上げ、生涯愛した夫と一緒に、二人の退職後移り住んだ葉山の瀟洒な家で、穏やかな老後を過ごす。
それは皆が憧れるような穏やかで幸せな老年。そして、夫に先立たれてからも、ひっきりなしに訪ねてくる、子供、孫たち——ついにはいひ孫もできて……。もう90歳になろうかという春、休みに訪ねてきた子供とひ孫たちの遊ぶ桜の満開の庭を見ながら、笑顔で眠るように静かに息を引き取ったという……。
「なにそのリア充な人生」
俺は思わず声に出してつぶやいてしまった。
「…………」
喜多見美亜も、どんなこと言われるかと思ってたら、あまりに幸せな未来を語られて、虚をつかれているのか? 黙り込んでしまっている。
まあ、しかし黙り込んでしまいたくもなるよな。これ。ローゼさんが語った喜多見美亜の未来は、まさしくリア充の夢のような生涯であった。でも、すごいリアリティがある。派手でありながら浮ついていないところが、音は真面目な喜多見美亜っぽい人生だが……。
まあ、占いだよねこれ。
今までのローゼさんの言い方からすれば、——未来は創るものであるとすれば、乙女の夢の物語くらいに聞いておけば良いのだろう。もちろん、俺と入れ替わってから、本来の天然さが目立つ喜多見美亜だが、本来は、リア充カースト頂点の高スペック女子である。そんな、いろいろと勝利した、お行儀の良い女子的な人生を送ってもおかしくはない。
でも、
「いまのがわたしの未来?」
「そうじゃ」
ローゼさんの回答に、なんとなく不満そうな喜多見美亜。
でも、
「美亜さんらしい素敵な未来だと思います」
「僕も、憧れるな……」
百合ちゃんと、下北沢花奈は少し羨ましそうな様子。
でも、
「なんか……」
「あ、もちろん、占いなので……」
「あ、占いだよね。未来が決まってるわけじゃなく」
どうもあいつの顔が不満げだったのに気づいて、一度褒め称えた発言を、途中で取り繕う百合ちゃんと下北沢花奈。
「違和感感じるな。その人生……」
確かにな、ちょっとおとなしい感じもするな。喜多見美亜の人生としては。
ローゼさんの語った喜多見美亜の未来は、このリア充が大人になってたどりそうなサクセスストーリーが過不足なくまとまっているけれど、少し抑え気味のいうな感じもするな。何だ……何というか、偽者とまで言わないが、喜多見美亜の本物よりも少し自分を殺したような人物であるような感じもする。
そう、あれだな、あの頃……まだ俺と体が入れ替わる前、クラスのみんなの前で見せる猫を被った姿、——そんな姿しか知らなかった頃のあいつなら、そんな未来をたどるかもしれない……。
「あのさ……」
「ん?」
俺も、ローゼさんの占いにちょっとした違和感を感じて、考え込んでいるところに、あいつが突然話しかけてくる。
「あんたに限って無いと思うんだけど……」
「何が?」
「将来、アパレル会社おこそうとか思ってたりしないよね?」
「はあ?」
俺がアパレル会社社長?
総合格闘家になってUFCチャンピオンの方がまだ現実味あるな。
服買うくらいならその金を少しでもマンガやラノベに回したいと思う俺に、なぜファッション業界を志すモチベーションが生まれると思えるんだ。
その上、社長だなんて、忙がしそうで責任もあるめんどくさいものになりたいわけないだろ。
「そうよね。あんたそんなガラじゃないわよね。なら……」
あいつは、俺からローゼさんへ振り向いて、その目をしっかりと見つめながら言った。
「……なら、そんな未来いらない」
すると、
「——うぁははっはっははっはははははははは!」
「え?」
その瞬間、大笑いするローゼさん。
その唐突さにキョトンとなるあいつ。
「さすが、特異点じゃ! 妾の全力を込めた言霊をいとも簡単に弾きおる! こうでなくてはのう、セリナよ……」
そんなあいつを横目で見ながら、今度はセリナの方にふりむいたローゼさんが言う。
「ええ……」
そして、何とも複雑な表情となる片瀬セリナなのであった。




