俺、今、女子占い観察中
というわけで、
「「「「「「ごちそうさま!」」」」」」
占いビストロなんていう、いかにも地雷っぽい名前のローゼさんの店であったが、出てきた料理は予想に反してあまりに美味しくて、——言葉も少なく、夢中であっという間にランチを食べ終わった俺たちであった。
ほんと大満足。これで、今日、秋葉に来た目的は果たした気になってしまうくらい。この後に、美唯ちゃんに喜多見美亜——というか俺を嫌わせるというOBAKE作戦が控えているのだが、そんなのはどうでも良いじゃないかと思えてしまう。
——心の充足感が半端ない。
美食の力ってすごいね。というか怖いね。これで今日の目的は半ば果たしたというか、やり遂げたというか、俺、頑張ったよね。もうゴールしていいよね。なんて気分になってしまう。
問題自体はは何も解決してないのに、なんか随分と前に進んだような気がしてしまう。膨れたおなかをだらしなく前に突き出しながら、もう今日は動きたくないななんていう怠惰な感情に身をまかし、ソファーに深く身をもたせかける俺なのであったが、
「——?」
あれ?
俺の満足感に比べて——女子たちはまだ物足りなさそうに、落ち着かない様子。とはいえ、食事が不満足だったなんてことは無いだろう。みんな、そっちの方は十分以上に満ち足りたように思える。
食後に、おかわりを貰った紅茶を飲みながら、この世の天国にいるかのような幸せそうな顔をしている。
でも、どこかそわそわしているだよね。
ローゼさんのことを時々チラ見して……。
あきらかに何かを待っているようだった。
って、もちろん、それは、
「……この店って、本当に占いが……」
——だよね。
喜多見美亜が、この後、占いができるるのかと、おそるおそる聞く。
すると、
「なんじゃ? 占い? したいのか?」
ローゼさんが、振り向いて、ぶっきらぼうな感じでこたえる。
「占い、僕もしたいんだけど」
下北沢花奈も期待しているっぽい。
「ああ、できるぞ。まあ、妾は未来予知は専門ではないが、そちらの女にこの世界では占いが好まれるときいてな」
「……専門ではないのでしょうか」
ちょっと残念そうな様子の百合ちゃんだが、
「あ、大丈夫よ。専門ではないっていっても、普通の占い師なんかじゃ太刀打ちできないくらい良く当たるから」
セリナがあわててフォローする。
「……そうじゃな、知り合いの予知者とは違い、妾は人の来世まで識るとか、万人の戦場で全ての戦士の次の動きを言い当てることなどは無理じゃが……」
というか、そんなことができる人と、ローゼさんは何処でいっしょだったのかと思ってしまうが、
「女の知りたいことくらいは占うのに何の問題もないぞ。お主ら……知りたいのは、愛だ、恋だとかそういうことであろう?」
「「「——!」」」
全力で首を思いっきり縦に振る女子三人。
「ならば、お安いご用じゃが……。誰から始めようかの……」
と言いつつも。ローゼさんは、あまり迷ったそぶりもなく、左側に座っていた下北沢花奈を見つめ、
「僕?」
うなずくローゼさん。
「そうじゃな。まずは、メガネっ娘からとしようかの」
「うん。お願いしたいって……あれ?」
ローゼさんの前のテーブル上には、いつの間にか水晶玉が現れたのにびっくりしている下北沢花奈であるが……これきっと手品だよね。
さっきから、なんでも空間から突然現れるんだけど、演出だよね。
と、俺は自分で自分を納得させている間にも、ローゼさんは水晶玉を手で撫でながら言う。
「ほう、この眼鏡っ子、ただ者では無いようじゃの」
そりゃ高校生にしてすでに超人気同人作家だからな。
「……将来はメジャー漫画誌でも大人気じゃな。もう国民的人気作家の域じゃな。もしこのまま精進を続けるならば……手○治○をも越えることもできるかもしれぬ。おっと……知りたいのはそう言うことでは無いじゃろうな……」
「え……そっちの方も興味はあるけれど……というか誰かローゼさんに僕のこと話した?」
「いえ」
とセリナ。
「話してないよ」
同じくセナ。
なんでローゼさんが自分がマンガを書いてることをしっているのか疑問に思った下北沢花奈のようであった。
事前に面識ありそうな二人が話してないとすると、それをローゼさんはどうやって知ったのか? 確かに不思議だ。
秋葉原では有名な同人作家である下北沢花奈であるので、サークル名——斉藤フラメンコとしてなら秋葉に店を構えるローゼさんが知っていることもなくもないだろうが、彼女の本名をしるわけがないし……、
「何を驚いてるのじゃ? 占いじゃ。人の将来を識ろうとするのに……今の生を知る程度のことは当然じゃろ? この世界でも」
セリナをチラ見して、同意を求めるローゼさん。
「……」
困ったような顔をして、表情が固まりながら顔を横に振るセリナ。
「……ほう、だめなのか。面倒な世界じゃて。それじゃ、今日の天気もわからんと、傘を持って出かけるかもわからんじゃろうて……」
いや、それは、科学の力、天気予報で分かりますが、
「ともかく、このメガネっ娘の将来の技芸の才は占うまでも無く保証されておるので、妾がとやかく言うのは逆に運命を乱すだろうって……せっかくの、人類史上初のマンガによる世界征服を妨げるのも無粋じゃろうからな……」
まって、今、『マンガによる』って言ったよね。『マンガの』世界征服でないよね。下北沢花奈はマンガを使って世界支配しちゃんだよね。この存在感薄い系のオタ充女子が?
「……今は、恋だ愛だのほうが重要だろうて」
いや、世界征服が気になるんだけど、
「うん。僕は……愛する人と幸せになれるのか気になる」
いや、愛や恋で無く、将来の独裁者の誕生の話を放っておいて良いのかと俺は思うのだが、俺の人類の未来へのかすかな思いは無視されて、
「……ふむ。おぬしは今、恋する人がいるのかな?」
「え?」
虚を突かれたような顔の下北沢花奈。
「どうなのじゃ?」
心の中を見透かしたかのように、にやりとするローゼさん。
「それは……気になる人は……」
え、オタ充女子に好きな人?
意外な発言に俺は驚くが……。
その瞬間に、残りの女子たちに妙な緊張感が走り、
「残念じゃな……正直、平凡でも幸せな家庭を望むなら、その男には、おぬしが一番あっているのじゃがな。運命とは思うままにならないものじゃて……両方はとれないのじゃよ……」
「……僕は」
少し残念そうな下北沢花奈とほっとしような顔の残りの女子。
「あ、心配するな。おぬしが幸せな家庭を持てないと言うことではないぞ。おぬしには、おぬしの人生のやり方があるということじゃ。おぬしは、目指す覇道を突き進むが良い。密やかな幸せはその先に待っておる。世界征服の向こうにの!」
「……幸せ」
少しうつむきながら、ぽつりとつぶやく下北沢花奈。
いや、世界征服の先にそんな密やかなものが待っているってのはどういう状況だよ。
世界の征服者になったのにちっぽけな幸せがあるって、それなんかフランス革命でルイ16世とマリー・アントワネットが捕らわれたあとに、国事にとらわれない、二人のささやかな幸せが一瞬あったみたいな逸話が脳によぎって、不穏な感じしかしないんだけど、
「おぬしは、おぬしの道を進むが良い。その先にはお前の求めるものは必ずある」
「……はい」
なんか、全ての迷いが晴れたみたいな感じで、キリッとした顔で決意も新たにといった感じの下北沢花奈。
「でも、しばらく悩むじゃろうがの。おぬしは、人生を決めるにはまだまだ若すぎる乙女じゃからな。ただ、後悔だけはしないようにな。どういう選択をするにせよ、未来は、おぬしの全力の先にあるのじゃ!」
ん?
占いだから、こんなものかもしれないが、最後は随分と曖昧な、よくある人生訓のようなものを垂れただけに感じるられたローゼさんの言葉である。下北沢花奈は結構感動しているようだが、正直、俺からは、少々拍子抜けな感が強い。
とはいえ、ローゼさんを感謝の瞳で見つめる、すっかりと迷いがとれたような顔の下北沢花奈。
いや世界征服の話を少しは疑うとか悩めよと思うが、そんな途方もない話をあまり違和感無く受け入れていそうな、存在感皆無のステルス花奈ちゃんが今後どんな風にかわってしまうのか、彼女が内に秘めた野望の大きさにそらおそろしくなるが、
「では、次は……」
次にローゼさんと目が合ったのは百合ちゃんだった。
「うむ。難儀な性格じゃのおぬし。もっと自分のために生きて良いのじゃぞ。おぬし……。母を亡くし、弟の世話もあり、父親を支えないといけないと思っておるのじゃろうが」
「え……」
「どうかしたかの?」
「私の家庭のことをなぜ……」
同人界の有名人の下北沢花奈のことは、ローゼさんが何かの拍子で知ってたということも無くはないとおもうが、さすがに他県の女子高生百合ちゃんのことをローゼさんが事前に知っていたとはとても思えない。しかし、
「さっきも言ったであろう。未来を識ろうとするのに、今を知らないわけがないじゃろう」
「は……はい」
少し緊張した様子の声色の百合ちゃん。
自信満々のローゼさんの様子に気圧されている。
でも、これって、
「……?」
「——!(違うよ)」
俺の目配せにブンブンと頭を横に振るセリナ。
今日のこの占いの前に、セリナがローゼさんに事前に情報を伝えてのインチキの可能性を俺はちょっと疑う。
だが、セリナの様子からして、どうもローゼさんは本当に何も聞かないで、下北沢花奈と百合ちゃんの現状を言い当ててしまったようだ。
だとすれば、この人は本物の、
「占い師というものはじゃな。未来を視るものではない……創り出すものなのじゃ」
「はい……?」
神妙な顔つきになる百合ちゃん。
「占い師は其の未来の手助けをするだけなのじゃ……という意味じゃとな……おぬしの未来も決して確定したものではないが……」
ちょっと口ごもるローゼさん。
その「本物」は、本物であるからこと、本物の未来をこの後百合ちゃんに告げるのを、少し躊躇しているように見える。
だが、
「話してください。多分あまり良い未来じゃないんでよね……」
百合ちゃんはそこから目を背けることはしない。
なぜなら、
「誤解してはいけないぞ乙女よ。おぬしは強い。たとえ、望まぬ運命でも、ねじ伏せるだけの力がある……」
「いえ……私は……」
「否定しなくてしなくともよい。おぬしは強い。他人を傷つけないために得たつよあじゃがな、その強さを自分のために使ってはいけないということはなかろう。さsれば、おぬしは、おぬしの未来を自ずから創り出せる力がある。これからも、その損な性格が災いして、決して運が良いとは言えぬ人生じゃが、おぬしの努力はいつか必ず報われることを妾が保証する。ただな……」
ローゼさんは一度言葉を切って、一度、あなぜか俺を横目でチラリと見てから続ける。
「それのチャンスは一度きりじゃな。それに、おぬしの強さを使いたいなら今すくじゃ……」
「……はい。たぶん、それをする今しかないってことですね」
「そうじゃな。今すぐじゃな。相手も憎からずおもってるじゃろうて。気軽に告白でもしてみるのも良いじゃろう。だが知っておるか?」
「何をですか?」
「物語の最初で主人公と恋仲になったヒロインは大抵当て馬なことを……」
どうやら日本のハーレムラブコメ事情にずいぶんと詳しいローゼさんのようだが……百合ちゃんの好きな人?
誰だそれ? 例の沙月のお兄さんか?
俺の要らぬおせっかいのせいで、あの病院の子供たちと百合ちゃんとは随分と会いにくい状況になってるはずで……でもあのお兄さん百合ちゃんの初恋の人なんだよな。
そりゃ諦めきれないよな。
でも、
「ん?」
モヤモヤとした感情を押し殺しながら無言で身もだえる俺のことを、いつの間にか百合ちゃんがじっと見つめていたことに気づく。
百合ちゃんは俺に、にっこりと微笑むと、
「なんか何が当て馬なのか良くわかりませんが……、その人はもっとふさわしい人がいるにだろうというのはわかります。でも、それでも私は自分の気持ちに素直になりたいと思います」
「そうじゃな。それが良い。たまにはわがままに、貪欲になるが良い。少なくともおぬしはそれでこそ本当のおぬしになれる。たとえどんな結果になろうとな」
「覚悟して取り組みます。身の程知らずな挑戦しなければ無かった悲しみを得ることになっても……」
「……それで良い。ゆめゆめ、今の気持ちを忘れることなかれじゃぞ。それにな……」
「はい?」
「さっき言ったじゃろ。未来は視るものではない……創り出すものなのじゃと」
「そうですね」
そう言いながら百合ちゃんは俺に向けて、またにっこりと笑いかけるのであった。
そして、
「じゃあ次は私だね」
百合ちゃんの占いが終わって次は自分の番だと期待に胸をワクワク差せているのがまるわかりの喜多見美亜あいつであったが、
「すまんの。お主は特異点じゃからして占いはできんのじゃ」
ローゼさんは、冷たく、あいつの占いだけ拒絶するのであった。




