俺、今、女子下見中
地元の私鉄駅から、電車を乗り継いで到着したのは秋葉原。世界に冠たるオタクの首都であった。
ただ、ついたのはまだ店の開くにはまだまだ早い時間。街は閑散としたものだ。
いるのはこんな土曜にもスーツを着込んで仕事に向かっているのだろうビジネスマン。勢い余って朝から秋葉原に繰り出してきたが街の静けさに呆然としている外国人のオタク連中。
この戦場には、もう1時間もすれば街を埋め尽くすだろう俺の強敵たちの姿はまだない。
正直、こんな時間の秋葉原にいるのなんて、素人か、この街の中の人たちばかりで、俺のような玄人プロが来るにはまだ少々早い時間である。
でも、なら、なぜ俺が、こんな早い時間の秋葉原に来てしまっているのかということになるが、それは今日のOBAKE——尾お兄ちゃんの、バカ、アホ、嫌い、縁を切る——作戦の下見のためであった。
今日、俺——向ヶ丘勇が美唯ちゃんに嫌われるため、俺の体に入れ替わってる喜多見美亜が実の妹と行うポンコツデート、そのコースの下見のためなのであった。
「ねえ、次に行けば良いのこのビルなの?」
「ああ、ここ前にも来ただろ」
「そうだっけ?」
「前に秋葉に来たとき」
下北沢花奈の事件の時。彼女と入れ替わる直前のことだ。
「なんかいやらしい本がいっぱいあったところかな」
いや、おまえが見たのはそういう系ではないが、表紙がアニメキャラで肌色多い絵だったら、そう思われてしまうのは、一般人から見たらある程度しょうがないのかもしれない。
だが、
「まあ、違うかもしれないけど、そんな大きくはずしてないでしょ……」
その偏見がいわれのない差別にまで至ることがあるのは看過できんな。
「あれなんか怒ってる?」
「いや……」
怒っているほどではないが……、憂いているのだった。
こんな風に、カジュアルに差別的な言葉が、罪の意識もなくリア充からでてくる現状にだ。こういう、なんのことない普段の感情での区別が文化の弾圧につながるんだよなとか俺は思うのだった。
なにしろ、すでに、海外では、別にエロ系でも何でもないアニメキャラの画像を持っているだけで逮捕されるとかいうことも起きているとか聞く。日本でもひょんなことから同じことが起きかねない。
エロの規制自体が表現の自由と表裏一体の難しい問題だと思うが、アニメ文化なんてどうでも良い人からすれば、アニメと言う概念全体を穢れとして日常から隔離するほうがたやすい。ならば、まるで、お祓いをするかごとき、強烈な言葉を持ってそれを自分の周りから排除しようとする。そんな呪術的とさえいえる非近代的な行為が世にまかり通っているのだった。
なんか自分に関係なさそうだし、アニメなんて危なそうな人たちが見てるもんだと思えば、それでその中に含まれる危ない人を遠ざける——そういう人が見るようなもの規制すれば悪は自分の正義の中に入ってこない。
——アニメを気軽に卑下する人はmそんな風に思ってるのかもしれない。
でも、そういうのってアニメばかりの話では無いよね。
本当は。日常のあちこちにそんな個人にとって大切な物があるのだが、それは封殺されている。まさか、そんなところまで規制されるわけはないじゃないと思ってもいつのまにか自分の大切なものが世間から悪とされてしまう。
例えば……。
昔、日本がアメリカと戦争をしてた時に英語が禁止されたこともあたっというじゃない。野球でも「ストライク」とか「アウト」とか言えないで、「ヨシ」とか「引け」とか言ってたって話だ。この時にも、政府は別に英語を禁止しはいなかったが、民間とかから自主的に圧力がかかってきて軍とかも巻き込んで英語の使用禁止に向かったらしい。
明治維新、文明開花いらい、すでに日本語の中に英語をはじめとした欧米語が様々な場面で入り込んでいたので、そんなものを禁止しても生活がしにくくなるだけの話なのだが、民意という化け物は動き出したら止まらない。
そもそもだ。欧米の物がだめなら野球をしなきゃいいのにと思うかもしれないが、甲子園大会とかどんどん中止されていく中で最後に残ったプロ……いや職業野球が、なんとか民衆からの圧力とバランスをとって生き残ろうとしたゆえの英語禁止の喜劇的状況。
戦争という背景は会ったにしろ、英語禁止という感情的な理由からの行動を受け入れたがゆえの、野球という文化の危機。
これは、現代でも気を抜くと、同じようにすぐ起きてしまうのではないかと俺は思う。
たとえば。この後、ちょっとエロ目の見た目のアニメキャラとかが公共の場に出たときに世間はどう感じるか……。
「……で次は」
「あ、悪い……」
今後、日本で表現の自由で問題が巻き起こらないかと将来を憂う俺は、喜多見美亜のせかす言葉に我に返る。日本の文化的多様性の行く末を心配する俺の気持ちは本物なのであるが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
まずは、今日の作戦の遂行場所の下見をさっさと済ませないといけない。
なので、俺は、次の目的地を指さして喜多見美亜に教える。
「次はこの裏にあるビルで……」
「あ、それ、メイドさん居るところね」
そう。その通り。この先の路地沿いにあるのは、こいつも行ったことがあるメイドカフェだ。
そこは、俺が生田緑と和泉珠琴のリア充コンビに誘われた合コンをブッチして秋葉散策に向かったとき、最初に一休みしていた場所であった。そのとき、俺の居場所をスマホの位置検索(俺に渡した時分のスマホに仕込んであった)でつきとめたあいつがいつのまにか店内にやってきていたのだが、
「……あの時はあんまりゆっくりできなかったから、今日はメイドさんに癒してもらおうかな」
「いや、ちょっとまて……」
あの頃との違いは、喜多見美亜がすっかりオタク文化になじんでしまったこと。今日は、このままだと、こいつは単にメイドにちやほやされて良い気分になって終わりだな。
「今日はそういうんじゃなくてな……」
俺は一応釘刺しとくが、
「あ、そうか。美唯に嫌われなくちゃいけないんだった」
こいつ本気で今日の目的忘れてんな。
「……美亜さんはつらいかもしれませんが」
百合ちゃんは、喜多見美亜にそんなことができるのだろうかと心配そうな顔。
だが、
「いや、だって嫌われるのは私じゃなくて、あんただから……」
ちらりと、ちょっと申し訳なさそうな顔で俺を見るあいつ。
そうだな。そうのとおりだがお前が見てるのは、あんた(俺)じゃなくて、お前自身(の体)だからな。ほんと体いれかわると、誰が誰を指しているのかアイデンティティがぐちゃぐちゃになるのだが……。
——まあ、ともかく、俺は、精一杯嫌われてもらって結構。
美唯ちゃんみたいな良い子に、わざわざそんな風に思われるようにするのは本意ではないが、背に腹はかえられないというか、真相がばれたときに背中から刺されるのも、腹から刺されるのも嫌だからな。
それに、今回は、本当の俺を——俺の生き様を見せて嫌われようという作戦だからな。虚偽の俺を見せて嫌われたのなら悔いも残るが、嫌われてるのが、それは真実の俺。まごうことなき俺自身であれば、しょうがない……のかな?
よけい落ち込みそうな気がしないでもないが、
「でも、勇タン……勇くんはどんなことがあっても勇くんであるべきなのです」
「セナは、お父さんがお父さんであるから好きなんだけど」
相変わらず、人の心の中読んで話しかけてくる片瀬母子(?)は置いといて、
「……ともかく、メイドカフェを出て次に行く場所が、今回の作戦のメインイベント——決戦場だ」
俺は喜多見美亜に今日の一番の肝となる場所を伝える。
「確か……最後に行くところは、神田明神でしょ? デートコースとしてそんなにおかしくもないでしょ? 正月でもないのに、女子中学生が行きたがるとこかといえばそうでもないと思うけど」
まあ、確かにそうだな。
むしろ、ロマンチックなデートが終わって神様に恋愛成就をお願いするとか、もしかしたらスポットとして、むしろベストな選択になる可能性もある。
いや、神社に行くまでロマンチックな状態になっているなんてありえないけどね。そうならないように、俺は喜多見美亜に、俺というのは何者なのかを嫌になるほど叩き込んだ。きっと、神社に着く頃には、美唯ちゃんはすでに俺——向ヶ丘勇のことを大嫌いになっているに違いない。
それに……。
もし、万に一つのことかもしれないが、神田明神に至るまで美唯ちゃんがまだ俺を好きなままであったら、そのときは、その境内で行う作戦が全てを予定通りに戻してくれる。
なぜなら、その作戦とは……。
「こんにちは! みなさん、遅れてこめんね……ん?」
振り返った俺の獲物をねらう猛獣の眼光を見て、ちょうど今、俺たちに合流したメガネ女子が不審げな表情を浮かべる。
「いや、待ってたよ。今日は、頼りにしている……」
「? うん。じゃあ、まあ、今日はよくわからないんだけど……」
彼女こそがこそが、OBAKE作戦における決戦最終兵器。
俺と並ぶくらいの秋葉原のプロであるオタ充女子。
「向ヶ丘くんの、彼女の振りすれば良いんだよね……いや、彼女じゃなくて元カノだったかな?」
そして、元カノ設定で今日のデートに途中から乱入してもらう、下北沢花奈なのであった。




