俺、今、女子回想中
「では、出発しますか……」
片瀬セリナに言われて、
「ああ……」
ふらふらの状態で歩き出す俺。
場所は、おじいさんのやっている喫茶店の前。
一時間弱にもわたる、自己批判劇場を終えて、精神的にとても疲労していたのであった。
俺が言い出したことなので誰にも文句は言えないが、自分の欠点をつらつらと、ずっと話続けるというのはなんとも精神がガリガリ削られるような行動であった。
ああ、なんでこんなことしようと思ったんだと今更ながらに後悔する俺。
美唯ちゃんに嫌われるためには別の方法もあったのではないか。別に、俺の本物の欠点でなく、適当に嫌われるように見繕っても良かったのではないか?
本物の俺が今日美唯ちゃんと会うわけではない。どうせ、喜多見美亜が俺の悪いところを演技することには違いないわけだし。
でもなあ……。中学生なんてまだ感性で動いている部分大だし生半可な嘘じゃ見破られてしまいそうな気もするし、絶対に嫌われるような粗暴で嫌なやつを演じて確実に嫌われるというのも考えたが、俺の中にいる喜多見美亜が妹相手でそんな態度をとることもできないだろう。
結局、リアリティをもって嫌われるには、俺——向ヶ丘勇が俺自身であることを、俺を、俺の生き様を見せつけることが一番であろうと、女子全員で意見が一致したという……。
別に自分の行動や生活を恥じているつもりはないが、ちょっとへこむよな。
はあ……。
土曜朝からなんでこんな憂鬱な気分にならないといけないのだ。
「……なんか元気ないね」
後ろから、俺の肩をたたきながら、喜多見美亜が気軽に言うが、
「おかげさまでな」
振り返り俺は言う。
自分の悪いところを小一時間以上もずっと続けていたら当然こうなるだろ。
「……いろいろお疲れさまです」
あいつの後ろから少しうつむき加減で言う、百合ちゃん。
さすが天使様。
俺の心情をちゃんとわかってくれてるようだ。
でも、これ明らかにかわいそうな人を見る目だよな。
「……なにがあっても……お父さんは素敵?」
前を歩いていたセナが振り返り、少し首を傾けながら言う。
いつも俺を全肯定してくれるセナもちょっと疑問系になって、下向いちゃうし、どうにもいたたまれない雰囲気が俺の周りに漂っているのであった。
「……大丈夫、勇タンは勇タンであればよいの。勇タンは勇タンであるから勇タンであるんだよ。この世界で、どんな人であるかなんて些末な問題なの」
「……?」
「おっと……まだこれはちょっと言い過ぎかな? でも勇タンは、今、確実に勇タンとなる方向に向かっているから……」
横を歩いていた片瀬セリナは、俺の耳元に小声で、相変わらずの謎めいた言葉をつぶやく。正直、さっぱり意味が分からないが、
「……それに今日一緒の女の子で、勇タンの悪いところ聞かされて嫌いになった人なんて一人もいないわよ。だって、そんなのみんな、そんな勇タンの悪いところもとっくにわかりきった上で付き合ってる人たちだけなんだから……」
と、今の女性陣の微妙な雰囲気を思えば、気休めに聞こえなくもない、慰めの言葉でまあ一応の納得をする。
——しょうがないか。
俺の心の疲労など、美唯ちゃんバットエンドを避けるためにはしょうがない。
あの子には、俺を取り巻くこの謎の現象の中に入ってもらうのではなく、いままで通り、何も知らぬまま、お姉さん大好き女子中学生として、喜多見家で俺の心の癒やしとなったままでいて欲しい。
と、ならば、俺は、過ぎたことを、いつまでも気にしていてもしょうがないと、心をポジティブ思考に切り替えて、
「うん。それじゃ元気よく進みましょ! 私たちの未来へ!」
と言った後、何がそんなに嬉しいのか、スキップしているかのような軽やかな足取りのセリナの後ろについて行くのであった。
*
そして、しばらく歩いてついたのは地元駅前のロータリーだった。土曜の朝9時過ぎ。この時間は、まだ、休日の郊外の駅には行き交う人も少なく、閑散とした様子。
学生もサラリーマンも歩いてないと、ベットタウンの駅前って、なんかとても寂れた雰囲気になるよね。昔は、この街にも遊園地があって、休日の朝にも随分とにぎわっていたらしいが、今は、こんな風にごくごく普通の、郊外のベッドタウンの土曜朝の光景だ。
できれば俺も、地元の昔の、そんな華々しい時代の光景を見たかったと思うのだが、俺が生まれてすぐ、物心つく前には遊園地は閉じられてしまったらしいので、正直ぞんな駅前の様子の記憶などない。実は、親たちがこの街に住もうと思った理由のひとつが、『子供ができたら遊園地が近ければ行くところに困らないだろう』だったそうだから、実際に俺が生まれたとたん遊園地がなくなってしまってだまされたような気分になったと聞かされたことがあるが……。
そもそも社畜共働きの両親には子供の頃に遊園地どころか、公園なんかにもそんな連れて行ってもらった記憶がないから、もともと絵に描いた餅的な計画であったのかもしれぬ。
——近隣遊園地子育て計画。
でも、なんかそうやって小さい頃のことを思い返すと——けっして子育て放棄した親に放っておかれたわけでない。
これは誤解がないようにちゃんと言っておかないとね。
両親は、両方とも仕事が忙しく、二人とも一緒であることはまれであったけど、なるべくどちらかが時間を作って、できる限り俺とふれあう時間をとっていたんだろうな……。と、今からならそれ理解できる。
たとえば……。
今日と同じように、よく晴れたある土曜の朝。朝のテレビの子供番組も見終わって、退屈した俺が、泣きながらに外に遊びに行きたいとうったた時があった。
でも、前の日も深夜まで仕事で、帰ってきたのが朝方であった父さんは、そのときはベットに腰掛けながらうつらうつら。でも泣く子には勝てないのか、眠い目をこすりながら、ふらふらの状態でベットから決死の思いで立ち上がると一緒に家を出る。
確か、ある会社のシステムエンジニアである母さんは、その日は、何か緊急で会社に呼び出されたんだったよな。で、俺と父さんは、二人きりで家を出ると一緒に近くの小さな公園に行ったんだった。
俺は、途中のコンビニでアイスを買ってもらっただけでもう大喜びで——なんであんな事ぐらいで、あの頃って楽しかったのかな。三つ子の魂百までもと言うけれど、ずいぶんとひねくれた子供であったはずの俺だけど、それでも可愛いとこあったんだな。
なにもかもが全身全霊で嬉しくて、悲しくて、何事も一生懸命に取り組んでいた。世界は、驚きと、可能性に満ちて、ならば、俺は、もっと先に行ってみたいと思って……。
俺が公園の遊具で遊んでいるうちに、ほぼ徹夜であったはずの父さんは、いつの間にかベンチで、またうつらうつらとしていた。
ああ、お疲れだ。子供心にも、これは起こしたらかわいそうだと思えた。
だから、俺は、一緒に遊んでもらおうと思っていたサッカーボールを父さんの足下から取ると、一人でそれを蹴り始める。
ボールは、公園の入り口から、そのまま道路の方に転がっていって……。ボールを追いかける俺の目の前には、大きなトラックがもの凄い勢いで迫ってきて——!
「……それは起きてませんよ」
「え?」
「この世界では……。と言うべきかもしれませんが」
俺の回想に割ってはいるかのように片瀬セリナが言う。
はっとして、前を向くと、目の前のセリナは人差し指を唇に押し当てながら、
「……気にしなくて良いのです。今は、それは忘れてください愛しき人……」
「……?」
「——ちょっと二人遅れてるわよ!」
「ん……」
セリナの後ろ、ちょっと先では振り返って俺とセリナを不審そうな様子で見ている喜多見美亜の姿。
「悪い、悪い」
俺は、慌てて小走りになりながら、もう駅の入り口近くにまで歩いていた喜多見美亜のところまで小走りで急ぎ、追いつくと、
「ちょっと、ぼうっとしてた」
改札の前で待ってくれている他のみんなに向かっていっしょに歩きながら、
「ああ、あんなたが時々ぼんやりしてるのは今に始まったことでないから別に良いけど。それより……」
「……?」
「……なんか、へんな感じがするよね」
あいつの言葉に唖然とする。
だって、
「セリナさん……何者なのかしらね」
「それは……」
「……いままで何で疑問に思わなかったのかが、逆に不思議で」
その通りなのだ。
確かに、明らかに怪しすぎる片瀬セリナ。俺の巻き込まれている体入れ替わり現象のことを最初から知っていただけでなく、どうもこの現象の根本に関わりがあるようにしか思えない言動をする転校生。
何の説明無く、体入れ替わりの秘密を共有する俺たちの集まりの中に入り込んでいる片瀬セリナ。
そんな彼女に、喜多見美亜をはじめとする、最近俺の関わった事件に巻き込まれた人たちがなんで不思議に思わなかったのか。この頃、いつも一緒に行動しているのを、疑問に思わなかったのだろうか。
それが——不思議に思われなかったことが——不思議なのだ。
俺は、今更ながらに片瀬セリナの存在の不思議さに、なぜか畏怖——少し背筋がぞくっとするような気持ちがわき起こるのであるが、
「ん……?」
視線を感じて振り返る。
そこには少し悲しそうな笑みを浮かべた片瀬セリナが立っていた。
——不思議なことなどなにもないですよ。
——私はあなたのためだけにいるのです。
——いままでも、これからも。どこでも、どんな宇宙、世界でも!
——私は待ちます。幾とせ、幾世でも……。
彼女は一言もしゃべっていないのに、俺の心の中には何かとても切実な感情をともなった言葉が流れ込んできて、俺は何かを理解して……。
そしてすぐに全てを忘れるのだった。




