俺、今、女子自己批判中
「麻生さんも、もう来てたんだね。遅れてごめんなさい」
喜多見美亜はそう言うと、軽く頭をさげながら、俺の隣の席に座った。
「……私も今ついたばかりです」
「集合は8時半って言ってたからね。誰も遅れてないよ」
「まあ、そうだけど、先に二人だけで、いるのってなんか嫌じゃない」
いや、別に、百合ちゃんと二人でいるのは嫌じゃない。というか、久々に二人でいろいろ話せて楽しかった。あいつは、自分だけ遅くなったことをすまなく思ったのかもしれないが。全く問題なし。
「——気にすんなよ」
だから、俺は、そう答えたのだが、
「まあ、そういう意味で気にしてるんじゃないけどね……」
「……?」
なんだかよくわからない喜多見美亜の反応。
「大丈夫ですよ喜多見さん。気にするようなことは起きてませんから」
「……そりゃそうだろうけど。何を気にしないといけないのかは……のかは……。どっちにしても、気になるから、麻生さんの本当の気持ちは近々聞きたいな」
「ええ、そういう意味では、少し気にしたほうが良いかもしれません」
「やっぱりね」
——?
なにが『やっぱり』なのか?
やっぱりよくわからないのだが……。
「……私は向ヶ丘くんに、迷惑をいっぱいかけてしまって、そんな資格がない女だとはわきまえてはいますが……」
「資格なんて関係ないでしょ。そもそも、あなたの恋路をめちゃくちゃにした奴に責任とってもらったって罰は当たらないわよ」
「いえ、めちゃくちゃにされたのでなく……どうしようもないことに、どうしようもないと言ってくれだけで……あのことは感謝しています。それより……喜多見さんは、それでも良いんですか? 私が気にしていても」
「いえ。それ、気にするわ」
「そうですよね」
「ええ」
——?
なんか沈黙して、厳しい表情で目配せしあう二人。
何これ?
ちょっと何言ってるのか良くわからないのですが?
いや、何となく、もしかして——。
微粒子レベルのあり得ないことを仮定すれば……。
これ、わからないでもないというか、そんな気がしないでもないような。
でも、まさかね?
特に喜多見美亜の方。
——ないよね……。
とまあ、この時の俺は、あまりにあからさまな二人の会話に、その内容を素直に理解することなく、それは自分に関係ない出来事と思い——逃げて——黙る。
まるでラノベの鈍感主人公そのものの反応をしてしまったのであったが……、
「こんにちは!」
「おはよう!」
ちょうど、その瞬間、やってきたのは片瀬セリナ、セナの母子(?)であった。
*
というわけで、メンバーもそろって、やっと始まったのが「お兄ちゃんの、馬鹿、アホ、嫌い、縁を切る」——OBAKE作戦会議であった。
いかにして、本当の俺、向ヶ丘勇の真の姿を知ってもらって美唯ちゃんに愛想を尽かしてもらうのか、ということをみんなと話し合おうというのだった。
だが、自分でこの作戦提案しておいてなんだが、よく考えたらこれ、
「……俺の悪いところか」
「ありすぎると、逆にぱっと出てこないね」
ちょっと自虐的な会合だな。
「向ヶ丘君はもちろん悪い人ではないですが……」
悪い人ではないの後に何か言いたそうだな百合ちゃん。
「……面と向かって言うのもなんだね」
確かにな。俺の悪いところ確認する会議なのだが、さすがに直接言われるのはきつい感じがするな。みんなも、さすがにそれがわかっているだろうから、なんか言いづらそうだ。
こういうの、最初に言うのが嫌だよね。
どれくらいが適度なのかが難しい。
悪口言えと依頼を受けたのだとしても、これ幸いと、嬉々として悪口言いまくっても、まわりをドン引きさせちゃうかもしれないし。その加減が難しい。
なので、——誰が口火を切るかの緊張感やばいな。みんな気をつかって、まだ言わないけど心の中ではぐるぐるといろんな黒い思いが渦巻いている。そんな様子がありありと伝わってくる様子に、なんか俺も緊張してしまい、手にじっとりと嫌な汗をかいてしまっている。
このなんともじらされている感じがたまらなくつらい。
どんな耳に痛いような話でも、さっさと言われてしまった方が良いのだが、
「やっぱり、悪口は言いにくいだろうから……。勇タン……じゃなくて勇くんの良いところを言うというのはどうでしょうか? その反対の改善すべきところを指摘していく形で悪い面も浮かび上がらせるというやり方ではどうでしょうか?」
なんか、片瀬セリナが、妙な方向に話題を誘導する。
「は? こいつに良いところなんてあったっけ?」
「じゃあ、——それなら、喜多見さんから、勇くんの悪いところを指摘してもらえれば……」
「いや、それはちょっと……」
口ごもる喜多見美亜。俺を褒めるのは癪なようだが、調子にのって悪口をを言い始めるようなヘマはしない。片瀬セリナのオフサイドトラップ失敗か。
「では、やっぱり、良いところから言ってみましょう」
ならば、
「じゃあ、セナから言うね。お父さんの良いところ——優しい!」
褒める方の口火を切ったのは謎の幼女セナであったが、
「お父さん? ですか?」
「というか、この子、誰?」
良く考えたら、百合ちゃんにも喜多見美亜にも初対面であった謎の幼女——セナ。多分、片瀬セリナと一緒に入ってきたときから、二人とも気になってたんだと思うが、あまりに自然に場に溶け込んでたから、言い出す機会を失っていたのだろう。
でも、いきなり『お父さん』とか言いだされると——。さすがにもう黙っていられなかったのだろう。
「ああ、この子は……」
「片瀬セナ……私の妹です。前の学校や、引っ越しの都合で、ちょと遅れて転校してきたのですが、昨日から美唯ちゃんのクラスメイトでもあります……」
「あ、そういうことですか」
「セナは、勇くんに、小さい頃から可愛がってもらっていて実のお父さんみたいに慕っているということですよ」
「片瀬さん、向ヶ丘勇の親戚かなんかなの?」
「いえ、血縁関係はないのですが、たまたま一緒だったことがあって……」
「……近所だったとか? 片瀬さんはこの頃引っ越してきたと聞いてるけど、前にもこの辺に住んでたの?」
「ええ、まあそんなもので……勇くんには、ずっと昔にずいぶんと親しくしてもらっていて、……セナもずいぶんとなついてたのですよ」
そんな記憶、俺には全くないけどな。
でも、
「違うよ。お父さんは、本当のお父さんだよ」
俺がお父さんであるのを否定されて、ずいぶんと不満そうなセナ。
「……とまあ、このくらい仲が良いと言うことで……」
「もう……まあ、いいや」
今日はこれ以上ごねるつもりはないようだ。
ならば、
「まあ、確かに、子供とか動物とかには好かれそうだね。クラスでは人気なかったけど」
喜多見美亜が話を引き継ぐ。
まずは、褒めることにしてたのに、いきなり毒入れてきたけどな。
いやいや、人気なかったんじゃなくて、孤高の聖人の徳が高すぎて誰も近寄って来なかっただけなんだよ。
「向ヶ丘くんが、優しいのは本当にそうだと思います。ちょっと表現方法が、ひねくれてるなって思う時もありますが……」
おっと、百合ちゃんも軽く毒を入れてきたな。
ひねくれているのでなく、洗練されてるんだと思ってほしいが。
「つまり、優しいけど、それを素直に表現できないってことですか?」
「そうですね」
「……まあ、悪意はないのはわかるけど、ちゃんと言葉に出した方が良いよね。感謝の言葉とか……というかあまり挨拶しないよねこの男」
いや、リア充様に入れ替わっているときには結構社交的に振る舞ってると思うがな。
「でもまあ、体入れ替わってからはリアルの常識にも慣れてきてるか……。でもあたしには挨拶しないよね。やればできるなら、あたしにもちゃんと挨拶してよね」
「私にはちゃんとしますが……朝、登校途中にあったらおはようって言ってくれますし……」
「何!」
厳しい目つきになる喜多見美亜。
おいおい。あんまり睨むなよ。
百合ちゃんは、まだクラスで美網な立場なんだから、喜多見美亜が挨拶しないと、他に誰も挨拶してくれないだろ。
それに、おまえに挨拶というのは、俺の体に挨拶することになって、どうもへんな感じで……。
「ともかく、勇くんは結構挨拶もできる好青年であると。喜多見さん以外には……」
「——っ!」
あおらないでくれセリナ。
と思いながら、俺は助けを求めるようにセナを見ると、
「お父さんの良いところ——博識!」
「確かにいろいろ詳しいですよね。向ヶ丘くんは、授業で教えてくれないようこともいろいろ知ってます」
「……特に詳しいのは、なんか分野偏ってる気もするけどね」
ああ、そっちの方は、この頃おまえも詳しいけどな。
「何にしろ知識と教養があるのは良いことですよね。他にはないですか勇くんの良いところ」
「お父さんの良いところ——正直!」
「確かに、それもそうですね」
「正直というか……、本音を隠せないよね。嫌なら嫌と顔に出てしまうし……」
隠せないのでなく、隠すのが面倒くさいだけだよ。
「でも、たしかに人を騙して陥れたり、自分の都合で話しを曲げたりはしないね」
「なるほど、勇くんは、正直者の誠実な好男子であると……」
「そういう言い方されると、なんか違和感あるな……」
まあ、喜多見美亜でなくとも、俺も、それ違和感あるぞ。
「でも、嘘をつけないのは向ヶ丘くんの良いところだと思います」
でも、百合ちゃんは違和感ないみたいだが、
「じゃあやっぱり勇タン……じゃなくて勇君は、宇宙一の好男子ということで……」
「いや、さすがにそれは言い過ぎかもしれないと思いますが……」
まてまて。
このまま、片瀬セリナに司会進行をさせておくと、今日の会議の目的が達成できない予感がしてきた。
俺の悪いところを見せて、美唯ちゃんに、向ヶ丘勇を嫌いになってもらおう。
……そのためのダメ出し大会のはずなのに、なんだかずっと褒められている。
美唯ちゃんと、(俺の体に入った)喜多見美亜が合うのは午後なので、まだままだ時間に余裕があるように思えるが、こんなことをやっていてはあっという間に約束の時間になってしまう。
それに、俺の駄目なところを出せば終わりでなく、それを喜多見美亜にわからせて、演じることができるようにするまでが必要だ。
やっぱり、こんな褒め殺しまがいを聞いてる時間はない。
なら、
「俺の悪いところ。それは……」
俺は、結局、自分の嫌なところ、キモいところを自己申告するしかないのであった。




