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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
俺、今、女子中学生
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俺、今、女子到着中

 というわけで、思い出すのは昨日の夜のこと、アラサー女子稲田先生の体から入れ替わって、喜多見美亜(あいつ)の家に帰ったときのことであった。その時——あいつの家に入った時、ちょっとホッとしている自分がいた。

 いや……正直、キッチンから廊下にひょいと顔を出した、あいつの母親ににおかえりって言われた時、この家に「来た」ではなく「戻った」って感じがして、心がすっと軽くなったのであった。

 もちろん、一番ホッとするのは自分の体に戻ることであることは間違いない。

 体が喜多見美亜(あいつ)と入れ替わったまま、リア充女子高生(JK)として、俺——孤高の聖人(ボッチ)男子である向ヶ丘勇が生きなければならないというのは本意ではない。

 というか、非常なストレスだ。

 なんの因果で、俺がリア充女子高生と入れ替わらないと行けないんだよ……。と今でも思うというか、ずっと、始終思ってる。

 リア充の生活なんてまっぴらだ。いい加減勘弁してほしい。と切におれは願い続けている。

 だって、リア充(やつら)って言ったら……。

 過大にかっこつけで外見は気を抜かず、他人を注視して気遣いを忘れない。心の底深きから湧き出る承認欲求の裏返しか、意識は天より高い。

 しかし、そんな地に足のつかない虚像など、すぐに本物の自分から離れてしまい、フラフラとあちこちに飛んでいくそいつを追いかけてばかり。

 こんな現実リアルの充実なんて……願い下げだ。

 ――まっぴらごめんだ。

 と、常に思っているものの……。


 なんかあいつへの感情はそんな悪くなくもなくもない、というか……結構い奴だよね喜多見美亜(あいつ)。体が入れ替わる前、リア充仲間の中でキンキンとしてた時のあいつを遠巻きに眺めてた時には、とてもそんな風には感じられなかったのだが。

 変に背伸びをしない等身大の、素直な気持ちで他と接するときのあいつは、とても魅力的な人間だって、俺は(小っ恥ずかしいから言わないけど)、実は密かに思っている。

 外見も性格も完璧な、美人リア充女子高生を演じている時とうって変わり、本当のあいつは、わがままで、時に傲慢で、頑固で自分の意見を譲らず、でも結構ビビリでちょっとした心配ごとでビクビクとしている。

 そんな、不完全なあいつは、嫌なところも、弱々しいところも散々抱えた一人の青春という不安定な時期を悩む同胞(なかま)であり……。

 ——その本当のあいつが俺は好きだな。

 あ。

 好きだなって言っても、決して異性的な意味じゃないからな。

 相棒(バディ)的な意味で。

 この体入れ替わり現象をともに切り抜けている戦友(とも)的な意味で。

 ……だからね。

 そこ、勘違いしないように。

 ——って、まあ、俺、一体誰に言い訳してるのかよくわからないのは置いといて……。

 本当の喜多見美亜(あいつ)本当(・・)の自分であることができる、——つまり俺が認める(あいつ)のふりをしていればよい喜多見家というのは、俺的にも落ち着く感じの場所と今ではなっているのだった。


「おかえり、お姉ちゃん!」


 なので、緊張感に溢れるアラサー女性教師生活から解放されたのもあり、少し気が抜けた状態で家に入った俺だった。

 それが、良くなかった。

 ドタバタと、ものすごい足音をさせて俺に迫ってくる足音にも俺はぼうっとしたまま、


「ちょい、美唯(みい)


 いつもよりちょっとだけ勢いよく姉に飛びつく、あいつの妹に、いつもより疲れていてちょっとだけ体がヘロヘロになっていた俺はそのまま、バランスを崩してたおれてしまい……。


 ——チュ!


女子中学生(JC)と入れ替わることになってしまったのだった。


 で……。


   *


 玄関先で何が起こったかわからずに混乱する美唯ちゃんをとりあえず、喜多見美亜(あいつ)の部屋に連れ込んで落ち着かせる俺であった。

 家族の前で、騒がれて、不審に思われてもまずい。実際は、そもそも騒ぐどころか、何が起きたのか理解できずにしばらく茫然自失といった感じの美唯ちゃんであったが、これは、まだわけがわからないので静かなだけで……。

 そのまま数分間、何かを確かめるように、自分の体とか、周りの家具とか、一緒のベットで横に座る俺(美唯ちゃんの体)とかベタベタ触りまくったあげくに、やっと合点(がてん)がいったような顔になり、

「なに! 私、お姉ちゃんになってしまったの? お姉ちゃんと入れ替わったの?」

 やはり、騒ぎ出した美唯ちゃんであった。

「たぶん……」

 首肯する俺。

「やっぱり……そうだよね。とても信じられないけど……スウー、ハー。あ、やっぱりこれお姉ちゃんの匂いだよね」

 自分で自分……というか、姉の体の匂いを嗅いで入れ替わりを確信する美唯ちゃんであった。いや、なんでそれが決め手なのか、普段の彼女の行動に少し不審な点が疑われるが……。

 そんなことより、厳密には、君の体に入れ替わったのは、君のお姉ちゃんではなく、男子高校生なのだよね。

「ああ、こんあ不思議な事あるんだね! こんなのアニメの中とかだけの話だと思ってた! それもお姉ちゃんと入れ替わるなんて!」

 でも、俺は、あえて言うことはあるまいと判断した。

 だって、お姉ちゃんラブが狂気の度に入っている美唯ちゃんである。

 今も自分が最愛のお姉ちゃんそのものになってしまったという事実を知って、なんだか恍惚とした表情になっている。というか、

「……すごいや。これ。美唯がお姉ちゃんになったんだよね。お姉ちゃんの体を自由にできるだよね。へへ……あんなことや、こんなこと……なんでも……ひひひ」

 なんかいろいろ思い付いているうちに、美唯ちゃんが、女子中学生が見せちゃいけないようなあくどい表情になっているようだった。まあ、その表情は女子高生(あいつ)の顔で作っているわけだが、別に女子高生ならして良い表情というわけでなく、人類がしちゃいけないだろうという、理性も知性もどっかに吹き飛んだ、獣の表情なのであって……。

 ともかく——。そんな、姉ラブの度が過ぎた美唯ちゃんが、今までの何ヶ月かの間、実は最愛の姉の中にいたのは別の人物で、それも男で、ましてや入れ替わりがキスで起きたなどと知ったら?

 ——絶対にただですまない。

 と俺は思うのであった。

 きっと、美唯ちゃんは、騙していた俺——向ヶ丘勇に報復するだろうって。

 その矛先が、俺の心が入っている自分の体に行くのか、喜多見美亜(あいつ)が入っている俺の体に向かうのかわからないが……。

 それ、かなり危険である。

 こう見えて美唯ちゃん、小さい頃から剣道をやっていて、居合道の教室にも通っている少女剣士であった。どこかのスクでイズなゲームのように、うっかりすればナイスボートなバットエンドまで見えてくる、やばい状態である。

 実は、家の裏庭の物置に入っている日曜大工道具のノコギリをまずはどこかに隠さねばとさっきから気になって仕方ない俺である。庭木の横に放置されてるナタとか、台所の包丁とかもどうにかできないかと悩む俺である。

 あるいは、このまま美唯ちゃんが一人で恍惚としている隙に、この家から逃げちゃうかとまで思うのだったが……。


 でも——ちょっと発想を転換すると——姉に入れ替わっていたのが俺だと気づかれないければ良いわけだ。

 気づかれる前に元に戻っちゃえば良いわけだ。

 そのためには、

「ねえ、美唯……」

「っへへ……え? あ、何お姉ちゃん」

 ハッとしたように我に帰る美唯ちゃん。

「……何が起こったのか不思議でたまらないけど……ともかく、体が入れ替わったままだとまずいよね」

「え? あ……そうかな?」

「そうだよ。このままだと、美唯は明日おねえちゃんの高校に行って、高校の授業受けないといけないんだよ。高校の勉強なんかできるかな?」

「え。……まあ、ちょっとなら……いや無理かな?」

 実は美唯ちゃん結構成績優秀で、高校受験を見据えて通っている塾では中学2年で習うとこまですでに終えているらしいので、高校一年の授業もついていっちゃうのではと言う疑惑もあったが、

「無理だよ」

 俺は言い切り、

「そうかも……でもどうしたら?」

 美唯ちゃんが弱気になったところで、

「……もう一度キスしてみれば戻るんじゃないかな」

 俺は、ぐっと顔を美唯ちゃんに近づける。

「……あ。そうかも……キスで入れ替わったんだから……もう一度すれば戻るのかな……その方が確かに良いよね……」

 その通り。

 ともかく、いろいろこじれてしまう前に、さっさともう一度キスをして、美唯ちゃんに元の中学生の体に戻っていただいた方が良い。

 そうすれば、また俺は喜多見美亜(あいつ)のふりをして全ては丸くおさまるというものであるが、


「でも……」


 なんか不穏な感じの美唯ちゃんの発言。


「一日だけで、いいんだけど……」


「——?」


「このまま、お姉ちゃんになって過ごせないかな?」


 好奇心は猫を殺すと言うことわざがあるが、美唯ちゃんの、このちょっとした興味本位の思いつきにより、あさっりとおさまるはずの出来事は、ぐだぐだと複雑な敬意をたどる事故物件へと変わっていってしまうのであった。


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