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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
俺、今、女子婚活中
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私、今、女子生徒

 私、稲田初見——今、女子生徒。

 それも自分が教えている女子高生徒……に入れ替わってしまった。

 ——なんて経験!

 信じられない出来事だった。

 だって体入れ替わり、そんな物語の中の出来事のような現象がこの世に本当に存在するなんて!

 でも……。

 事実は否定できない。

 私は女子高生になってしまった。それも自分の教え子に。

 ——それが事実。

 そして、更にびっくりしたのは、その女子高生——美亜ちゃん——は実は同じクラスの向ヶ丘くんと入れ替わっていて、実は、私が入れ替わったのは男子高校生?

 で、彼女ら、ここに至るまで、春からいろんな人と彼は入れ替わっていて……。こんな凄いことが事が私の周りで繰り広げられていたとは! そんなこと、あまりにありえなくて、気づかなくても当然なのかもしれないけれど、……自分も結構重要なとこですでに関わっていたみたい。

 春に、(いつもどおり)うまくいかなかった合コンのあとに、酔っ払って学校に戻った時、廊下にあった掃除用具入れのロッカーの鍵をかけたら二人を閉じ込めてしまっていたとはね。

 結果的に、百合ちゃんと向ヶ丘くんが親しくなって、彼女の事件を解決するための助けになったってことだがら良かったけど、トイレ行きたくなっているところを閉じ込めてしまって、もう少しで大変なことになるところだったとか……。

 ほんと、それはごめんなさいなんだけど……、その後、いつもくらい感じでクラスにもとけ込めないでいた百合ちゃんが、なんか明るくなったり、いるかいないかわからないような影の薄さだった隣のクラスの花奈ちゃんもなんかちょっと活発で生き生きして感じになったり、大人から見ても怖い感じに見えた女帝——緑ちゃんも少しほんわかとしてきたり……。

 これって全部勇くんが入れ替わって起きた事だったんだね。

 それに、何より、美亜ちゃんと向ヶ丘くんそのものの変化。

 完璧なリア充という感じだったけど、どこか余裕のない感じだった美亜ちゃんが随分いい感じにくだけてきたなと思ったり、どオタク高校生って感じだった向ヶ丘くんがやたらと垢抜けてきたと思ったら、そもそもこの二人が入れ替わったことが全ての始まりだったり……。


 ということで、なんとも、ひょんなことから、不思議な騒動の中に私も巻き込まれてしまった私。

 謎の超常現象の最中に取り込まれてしまった私であった。

 でも……。

 正直、これはラッキーかなって思った。

 自分の今の境遇から逃げられる! 

 ほんの少し間でも、婚活中のアラサー女子という、強烈なプレッシャーのかかる境遇から解放される!

 ……って、思ったのだった。

 ほんと、この頃辛かった。

 特に、お母さんからのプレッシャーは半端無く家にいる時にはいつ実家から電話がかかってくるのかとびくびくとしていた。でも、学校に行っても、もう新米としては見てもらえない、自らが仕事に責任を持って取り組まねはならないような中堅の立場になっていて、心が休まる暇もないし……。

 でも、そんなストレスフルな状況から、私は、女子高生の体と入れ替わることで開放されたのだった。心はすっと軽くなり、ここしばらく味わったことのないような開放感を私は感じるのであった。

 ああ、これは……良い。

 ——できれば、ずっとこのままでいたい。

 この数年感じることのなかった、心の底からの安堵の気持ちに包まれながら、私はとりあえずの幸せをかみしめるのだけれど……。


 でも……。


 こんな状態、長くは、持たないだろうなとは思っていた。


 もちろん、このまま美人女子高生として第二の人生謳歌するのはどうなのかなって思わないでもなかった。自分の地味な高校時代じゃ考えられない華やかなリア充女子に入れ替わり、——このまま美亜ちゃんとして生きていったらバラ色の人生が待っているのかもしれない……って。

 自分の今までの人生、思い返せば、あの時、ああすれば良かったとか、こうすれば良かったとか……後悔ばかりが先にたつ。そんな自分の失敗のやり直しができるのだ。

 きっと、もう一度青春時代をやり直せたならば、私でも、今度はもっとうまくやれるような気がする。少なくとも、全てが気づけば気を逃したように感じてしまう、今の鬱屈した自分よりもよい人生をおくれるような気がする。


 けど……。


 ——結局、それじゃ人の人生なのよね。


 稲田初美の人生じゃない。地味で、引っ込みじあんで、何でも人に譲ってばかりの損な人生をおくってしまっているのかなと思いつつ……。

 でもそれが私。

 ——それでこそ私。

 そのことに、体が入れ替わって、私は、すぐに気づいた。ストレスがマックスのこの頃から開放された気持ちよさに、すぐに元に戻る気にはなれなかったけど。あんまり長い間このままじゃダメだとは思ってた。

 ちょっとアラサーのストレスから逃れて休ませてもらったら、元に戻らなきゃと思ってた。

 それにリア充高校生にはリア充高校生なりの面倒くささがあるしね。やっぱり、高校生は若いななんて……。

 というか、自分は、やっぱり歳とってるんだななんて……。女生徒たちとはまだしも、合コンとかつれられていって、若い男の子たちと話あわせるなんて!

 そもそも同世代の男たちにだってうまく合わせられないのに。

 ……やっぱり無理。

 入れ替わって一週間くらいでそう思った。

 向ヶ丘くんには、彼が私——稲田初見の結婚相手見つけるまでは元に戻らないって、言ってみたものの。本気て言ったわけでなく。彼が本気で嫌がったらすぐに戻るつもりだったけど……。

 向ヶ丘くんたら、結構、本気にしちゃって、かなり頑張ってくれて——。

 ええ、あの子、いつも一生懸命で……、だから入れ替わった女子たちから好かれてるのね。

 本人気づいてなさそうだけど。少なくとも美亜ちゃんはかなり本気で、あの女帝だってかなり気にいってるようたし、女帝——緑ちゃんだっって結構気の置けない感じ。感情表現があれだから気づきにくいけど花奈ちゃんだって好きなのは間違いないというか、実は個人的には、向ヶ丘くんと一番しっくりと来るベストカップルは下北沢花奈——ちゃんじゃないのかなと思ってみたり……。百合ちゃんも感謝の気持ちの方が先だろうけど、好意をもっているもは間違いないとか思えたり……。


 ともかく——。


 年長者が、おまけに先生たる私が、あんまり生徒に迷惑をかけるのも心が痛むし、向ヶ丘君が代わりにがんばってくれてるけど、授業もちゃんとやれないでみんなの成績、ひいいては将来の受験なんかに影響を及ぼしたら、罪悪感ハンパない。

 そう思って、実は、そろそろ元に戻らなきゃなって、本当にそう思っていた矢先……。


 武蔵くん!


 何て偶然。

 いつのまにか結婚したことを聞いて、実はしばらく落ち込んだ……かつて本気で好きだった人。

 それが、偶然であった彼が、奥さんと別居中で……チャンス?

 こりゃ戻れない。そう思った。

 だって私がやったら全部また台無しにしそう。

 また同じように、言いたいことを言えないまま、——曖昧な関係を曖昧なまま決定的な一言を言うことができないまま別れる。

 今度は、絶対そうしたくない……。

 そう思えば……、怖じ気付いて、ついまた逃げちゃった。

 でも、逃げたと言っても、逃げた私は、今、私でなく、今の私は——向ヶ丘くん、お願い!

 この、心の弱い情けない稲田初美でも、あなたが入れ替わったのなら、——なんとかしてくれるのでは?

 そんな、他力本願も甚だしいながら、彼なら何とかしてくれるではと全権委任としたつもりだったのだけれど……。


 やはり、自分の人生からは、自分は、自分の人生は決して逃げられないのだった。


 稲田初美の人生は自分で生きるからこそ自分の人生。


 ——なのだった。


 だから私は、今日、夕方、聖蹟桜ヶ丘に向かった。

 仮病のずる休みで武蔵くんと一緒に里山散策デートをしていた向ヶ丘くん——私の体に入れ替わった——から連絡あって、こっそりと二人の様子を盗み見て欲しいと言われた。何のことかわからないまま、私は、その話を伝えてくれた美亜ちゃんと一緒に、夕方、聖蹟桜ヶ丘の街を見下ろすロマチックな丘の茂みに隠れて二人の姿をじっと見て……。


 ……わかっちゃった。


 気づいちゃった。

 悲しいけど、これは私……。

 ——まただめ(・・)だったってわけね。

 向ヶ丘くんが言ってたという、

『将来、武蔵さんの横に立っているのが稲田先生のようにどうしても思えない』

 っていう言葉が、残酷に私の心をえぐる。

 ——なぜなら、その通りだから。

 夕日に佇む二人——自分と武蔵くん——を見てたらわかったから。

 ああ、これは、失恋だな。

 ——そう思った、

 大学時代に本当に好きだった人、武蔵さん、その時の彼が、そのままに今の彼であると思ったのだけれど……。

 その仕草、顔の表情、歩き方、笑い方。それは全部、私が知らない十年近くの経験を経た上でのものであり、そこから透けて見える、私の知らない武蔵さんは、時折、悲しそうに、まだ私の知らない女の人を思う表情をして……。


 だめだこりゃ。


 私は向ヶ丘くんがこっそりスマホを見てくれればと、SNSでメッセージを送った。

 ええ、これが限界。私——稲田初美の限界を思い知りながら。

 私には、私の知らない誰かを——自分の好きな誰かに変えてしまうようなことはできやしない。私は、私。誇れるものでも自慢できるような物でもないけれど、誰にも恥じることのない、自分が自分であるように正直に生きた、十年の経験を経た私。

 今の私——その私は、十年の時を隔てた武蔵くん——私の知らない誰かと、恋に落ちるには時間が必要で……。


 その時間が今の私と武蔵くんにはない。


『奥さんと仲直りするように、武蔵くんに伝えてください』


 どうしようもなくあふれてくる涙で画面がよく見えない、——指がふるえて何度も打ち間違いながら、——最後に嗚咽をこらえながら、そんなメッセージを送信するのであった。


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