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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
俺、今、女子婚活中
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俺、今、女子逡巡中

 俺が感じた感覚。

 思いこみ、妄想の類だとは思うものの——。

 武蔵さんの横に立つ女性は稲田先生では無いという根拠もない思いは、その後も消えることはなかった。

 とはいえ、だからと言って進行中の武蔵さん略奪愛計画を俺は止めることはない。その日の残りの里山散策……は実質デートへと変わりながら順調に、着々と進んでいた。

 小山田緑地の散策を終えたら、多摩センター辺りに移って、ちょうど昼なのでこじゃれたイタリアンを見つけてランチ。食べ終えたら、町中を少しふらふらとしているうちに現れた移動コーヒースタンドで、ラテをテイクアウトするとそのまま小さな公園のベンチに腰掛ける。

 良く晴れた昼の木陰。秋というにはまだまだ気温は高いのだが、太陽の光が直接当たらなければ暑くもなければ寒くもなく——心地良い気候。気持ちよく郊外の綺麗な街並みを眺めながら、気分良く談話を続ける。

 こんな平日に思いがけないリラックスであった。仮病のずる休みであるのが心痛むとはいえ、アラサー女性教師と入れ替わってしまってからのこの二週間の緊張が解けて開放的になった心で、武蔵さんとの会話も弾む。

 実は武蔵さんの方も同様。先週、先々週と奥さんの別居に悩んでいるときに、勤めている商社も結構忙しい時期が重なったらしく、何処にも逃げ道のない様な状態で、正直かなり追い込まれていたそうなのだけど、(幼女神セナの夢のお告げに従ってみれば)稲田先生との再会、仕事の方も先週やっと区切りがついて、今日こんな風に休みがとれるまでになった……。


「なんか、全部……なんとかなるような気がしてきました」


 目の前の、遊具で遊ぶ子供と母親の姿を眺めながら武蔵さんは言う。それは、明らかに目の前の幸せそうな家族に自らを重ねながらの発言……。そうだとすれば、——武蔵さんが、奥さんとのことは何も解決していないのに「なんとかなる」という気持ちになったのだとすれば、それは、今日、稲田先生と一緒にいるからそう思ったということだ。

 つまり、先生とこのシチュエーションを重ねて考えている。それって……、かなり脈あり。武蔵さんの気持ちは先生の方にぐっと傾いているのだろう——って思うのだった。

 いや、もちろん、武蔵さんが本当に望んでいることは奥さんとのよりを戻すことだと思う。実際、


(あれ)とはもう無理なのかもしれませんが。それも運命なのかなって……」


 言葉の端々に未練が感じられて、とても運命って割り切った男の言葉ではない。武蔵さんは、やはり、稲田先生に言ってもらいたいのだ。よりを戻すように。その一歩を踏み出す勇気を当て得て欲しいのだった。


「…………」


 だが俺は無言で武蔵さんの言葉を受け流す。

 ここで、へたに勇気を与えるような言葉を与えたら? 何となくだけど、稲田先生にせっかく巡ってきた再度の恋のチャンスは、あっさりと消えてしまいそうに思えた。

 今まで聞いた話から想定するに、武蔵さんと奥さんは、決して、嫌い合ったり憎しみ合ったりしているしているわけでない。奥さんの、日常でも、いつも武蔵さんを避難し続ける態度に問題があったとはいえ、それにしてもそれも混みで愛情がつなぎ止めていた夫婦だったわけだ。

 その中で、ちょっとした言い過ぎ、ちょっとした行き違いが作り出した今回の別居騒ぎだ。少し冷静になって、気持ちのかけ違いをなおしてやれば、二人はあっという間に元に戻ってしまうのでは……? と思うのだった。

 この後、武蔵さんから和解を申し出ればすべて元のさやにもどるのでは?

 奥さんも、実は、それをまっているのでは?

 そんな気がしてならないのだった。

 ——少なくとも、それを、仲直りを試さずに(・・・・)にあきらめるのはあり得ない。そんな夫婦に俺には思える。

 稲田先生はそう(・・)言うべきなのだった。

 もう一度やり直してみたら——と。

 そして、それでもダメなら、私の元に来てくれないか? ——

と。

 それが、正しく、美しい想いびとへの助言であり、愛の告白であると思うのだけど……。

 しかし、

「そろそろ……移動しましょうか? 聖蹟桜ヶ丘へ」

 俺の発する言葉は違った。

 武蔵さんの悩みを肯定もしなかったが否定もしない。それって、つまり、今、武蔵さんは奥さんとのことを諦めかけているのだとすれば、実質、離婚を進めているのにも等しい。

 それじゃ、ダメだ。本当は、違う言葉をかけないといけないことは俺はわかっていた。

 でも、言えなかった。その正しく美しい言葉を言ってしまったら、奥さんともう一度話しあうように言ってしまったら、きっと、未来は確定してしまうように思え、——そう(・・)言えなかったのだった。

 しかし、そんな逡巡の気持ちは、思わず表情に出てしまったのだろう。

「ああ、そうですね。いろいろみたい場所もありますから……ん? どうかしました?」

 俺が、一瞬、険しい顔をしたのに気づいた武蔵さんが言う。

「いえ……なんでも……ちょっと、午前中歩きっぱなしで疲れたかもしれません」

 なので、とっさにごまかすが、

「はは……お互い歳ですからね」

 うまい具合に勘違いしてくれた模様。

「む! もう」

 俺は、怒った風を装いながら甘えるという、この半年近くの女子に入れ替わった中で得たスキルで、純朴なアラサー男子が一瞬感じただろう真実(・・)を見事に覆い隠し、

「……女性に歳の話は、失礼でしたね」

「まあ、お互い、同じ歳で……ごまかしようがないですけど」

 にっこりと笑いかけると、

「……じゃあ、ともかく出発しますか」

 ほほえみ返しながらベンチから立ち上がり、そのまま、足取りも穏やかに、近くの駐車場にとめた車に向かう。

 そして、

「…………」

 先に歩き出した武蔵さんは、その時の俺の顔がまた険しくなったのに気づかない。

 俺は、武蔵さんの背中を見つめ、ドキリ——というかヒヤリとしてしまうのだった。

 やはり——。

 後ろから、楽しそうな足取りで歩く武蔵さんの姿をみながら思うのだった。

 俺には、見えなかった。

 その横に、未来に、武蔵さんの横にいるのは、稲田先生ではないような気がしてならなかったのだ。

 ならば……。


 俺は、聖蹟桜ヶ丘への移動の車内で、学校に連絡するふりをしながら、喜多見美亜(あいつ)に向かってあることをお願いするメッセージを送るのであった。


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