俺、今、女子朝食中
朝。スズメの声が聞こえてくる。
窓の外は明るい。
——日の出?
時計を見る。
6時前くらいか。
——昨日の夜は。
ああ、謎の幼女セナのマンションにお泊まりになって……。
「……むにゃ」
——!
俺は、自分にぴったりくっついて眠る幼女の存在に気づく。
あれ?
俺は、ソファーで眠ってしまったのではなかったのか。
……そのあとベットに?
あのメイド——サクアさん——が運んでくれたのだろうか。
全然気づかなかった。
疲労困憊だったからな。俺。
その後、ぐっすり眠って……朝。
「……やばい」
俺は今の時間に気づいて、ベットから飛び起きる。
始発で、余裕をもって稲田先生のマンションに戻って、身じたくして学校に行こうと思っていたけど、予定より一時間以上寝過ごしてしまっている。
これだと、戻ってギリギリシャワー浴びれるかどうかくらいか?
どっちにしても、さっさと個々から出て駅に向かったほうが良いのだが、
「……もうお父さんを食べられないよ」
古典的なようでいて、何を夢見ているのか少々不安になるセナの寝言に思わず足を止めて振り返る。
ベットからいなくなった俺に抱きつこうとして、手が空をきってるが、その指先が、ヌメヌメと動くのが、なんともいやらしい感じ。
そんな幼女を尻目に、俺は、ソファーできのみきのまま寝たはずなのに、いつのまにか着ていたパジャマから、ベット横にきちんと畳まれていた稲田先生のスーツに着替え、寝室のドアを開け……
「おはようございます」
ダイニングには、朝食の準備をちょうど終えた所のサクアさんがいた。
「準備はできています」
テーブルには焼き上がったばかりのトーストとユゲのたっているコーヒー。ちょうどフライパンからハムエッグが皿に移されたところ、
「朝食を食べてから動いていただいたほうが、結局時間の節約になると存じます」
確かに。
始発
このあと、ダッシュで電車のって、稲田先生のマンションに戻って、なんとかシャワーだけは浴びて出勤と思ったけど、昼まで何も食べないっていうのはないよな。
途中でコンビニでおにぎりかサンドイッチ買って食べるにしても、すでに目の前に用意されている食事を食べるほうが時間の節約にもなるというのは、確かにその通りてあった。
「……いただきます」
なので俺は、食卓の椅子に座り、トーストをほうばり、目玉焼きにかぶりつき……。
「うまい!」
なんか、今まで食べたこともないような美味しい朝食であった。
トーストは、表面がパリッとしているのに中はしっとりとしていて、噛むと小麦の甘みがジュッと口の中に広がる。バターもクドすぎないギリギリまで塗られ、その香味が鼻孔に満ちるととても幸せな気分になる。ハムエッグも卵の味がギュッと凝縮して、カリッと焼けた白身とトロリとした黄身の絶妙なハーモニーが奏でられている。
「卵をザルで水切りしてから焼くとこんな凝縮した味になります」
へえ。
「この世界に来てから初めて知った料理法になります」
この世界? ああ、日本に来てと言うことかな? サクアさんどう見ても外国の人だからな。
「…………」
でもな、俺が入れ替わってゲームの中にいた時、この人、そこで敵のイベントボスだったかもしれない。
俺が、サクアさんが本当に異世界からやってきたのか?
そんなばかなと思いつつも、体入れ替わり現象が発生後の、様々の非現実的なあれこれ思うと、それを全否定もできず……、
「コーヒーもお飲みください」
「……は、はい」
いや、今はあんまりそんなこと考えている暇はないんだった。
朝食食べたらさっさと稲田先生のマンションまで戻らないといけない。
今日は、朝早く出てやる当直や作業なんかは何もないけれど、8時くらいまでにはつかなきゃならないとすると、もうほとんど時間ないな。
俺は、せっかくの美味しい朝食を味わう余裕もなく、後半はコーヒーで流し込むかのように慌てて食べると、
「ごちそうさまでした」
サクアさんにお礼を言いながら立ち上がる。
すると、
「コーヒーが少し残ってますけど」
ポットにちょっと残ってるので、お代わりしないか聞いてきているけど、
「いえ……」
もう大丈夫。
それに、とても美味しいコーヒーだったけど……これはいつも行くさびれた喫茶店のおじいさんの淹れたのの方が美味しいかな。
今無理にでも飲む必要は感じない。
……とは、さすがに口にはださないけど、
「なるほど、本日のコーヒーは自信作でしたのに……その喫茶店は是非とも訪問してみる必要がありますね」
「…………」
セリナ、セナの母娘(?)と同じように、やはり俺の心を読んでいるかのようなサクアなのであった。
*
そして、一度ベットルームに戻り、まったく起きる気配のない、幸せそうな寝顔のセナに一応挨拶をしてからマンションを出る俺であった。
昨日の夜のナンパ男は、今日の午前中はまだ急性アル中で病院にいるだろうとのことであったが、もしかして戻って鉢合わせなんてことになった場合に備えて、サクアがマンションのエントランスまで見送りに来てくれた。
もちろん、まだ朝早く、そこには例の男どころか、他にも誰もいなかった。
「では、本日もご健勝であることを祈念します。友よ、あなたの心がまた宇宙に羽ばたく日を心待ちにしております……向ヶ丘勇よ」
俺は、昨日の夜が初対面のはずなのになぜか懐かしさを感じるサクアさんの、そんな言葉に送り出され、マンションにほど近いモノレールの駅まで小走りで向かう。
浜松町で、キャリーケースをゴロゴロとさせている飛行機の早朝到着便の人たちの間をくぐり抜け、JRに乗り換えて、川崎駅で南武線。そして稲田先生のマンションの最寄駅で降りて、——またダッシュ。
部屋に入ると、そのままシャワーに直行だが、例によってそこで記憶は途切れ、気づいたのは洗面台の前でワイシャツ姿でドライヤーで髪を乾かしている稲田先生の顔が鏡に映っているのに気づいた時。
ちょっと髪は生乾きではあるが、時間がないので化粧を大急ぎで始める。とりあえずファンデと口紅だけはしっかりと、他は適当……。稲田先生もともと化粧あまりゴテゴテしない人だったので助かる。
で、あっという間の先生宅滞在の後、このままでは少し遅刻気味だなと思いつつ、学校出勤用のジャケットを手に持って外に出た、俺はまた、ダッシュして駅に向かおうとしたのだけれど、
「あれ……」
「おはようございます」
マンションの前に止まっていた車の窓が開いて——。
中にいるのは……武蔵さん!
「……学校まで送っていきますよ」
なんで、こんな朝、先生のマンションの前にいるの?
あんた……やっぱり……ストーカー?




