俺、今、女子分析中
昼休みに会った時……。
思いがけない稲田先生の反応だった。
と俺は、帰り支度をしながらの夕方の職員室で思い返す。
先生が、かつての想い人、武蔵さんが、奥さんと別居中と聞いて、まさかチャンスと言い出すとは正直思わなかったa。
——だって稲田先生だよ。
人に譲ってしまうことはあっても、略奪だなんてがらじゃないよね。
ちょっといいなと思う人がいてもぼんやりしてるうちに取られちゃうを繰り返していつの間にかアラサーだよ。
そんな、先生が、略奪まがいのことを言い出して……。
絶対、柄じゃないのに……。
そこまで、焦っているのか?
いやいや、今時アラサー未婚女子なんて珍しくないでしょ?
それにアラサーと言っても、(ギリギリ)二十代の先生なので、焦るような時間じゃない?
試合はまだまだ続いているよね?
先生あせらなくても大丈夫なんだよね?
確かに、職場にも出会いがかける。
友達もどんどん結婚してしまい付き合いも薄くなり新たな人に会う機会も少なくなっている。
趣味も読書とパソコンでの映画鑑賞くらいで一人で閉じこもるものばかりだけど……。
けど……。
……。
…………。
うん。
……大丈夫かな?
——って、正直思うな。
実のところ、先生の状況って焦らないといけない時期なのでは、——って。
というのも、アラサー女性と入れ替わったから気になって調べたけど、女性の平均結婚年齢って二十九歳何ヶ月ってところらしく、それだけ聞くと、ちょうどその歳の稲田先生は、平均的って言うか、まだ結婚してない女性の半分なだけで、先生はこれからするんだよ——って思えるが、ここに統計のマジックというか誤謬があるのだ。
つまりだね、30と30の平均とったら30だけど、45と25の平均とったら35だ。もし45を25で平均30にしようと思ったら、25と25と25——三つの25を足し合わせて割る必要がある。大きな数字があるとその数字を下げるには平均よりちょい下の数字で帳尻合わせるなら、その数が多くないと行けないということだ。
——何を言いたいかわかるよね?
この数字を年齢と考えてみて欲しいと言うことだ。
45歳で初めて結婚した人が一人いたとしたら、初婚年齢が平均30歳になるには25歳で結婚の人なら三人必要ということだ。
で、実際もこのシミュレーションの通りの年齢分布らしく、結構年取ってからする人もそれなりにいるが、逆に20代前半より前に結婚する人はあんまりいなので、女子の初婚平均が29歳くらいって言っても、実は結婚してる人の数は圧倒的にその前の歳方が圧倒的に多いということだ。実際、3分の2くらいは平均の29歳より前に結婚してるし、結婚する人の一番多い歳は27歳ということらしい。
まあ、この分布自体は、——そう分布してますよって以上の意味はなく、問題はその三十路超えてから結婚できてる人の中に稲田先生が入るか——だ。
女性で一生未婚の人は15パーセントくらい。この数字が高いか低いかは人ぞれぞれの感想に任せるが、個人的な感想では、まあ結婚してないのは七人に一人くらいというのはそんな焦るような数字ではないように一見思える。しかし、もっと数字を細かくみてみると、三十歳くらいで結婚してる人は60パーセントくらい。すると未婚は40パーセントとなるが、その中に生涯未婚の15パーセントが入っているとすると40の15だから、37.5パーセント。
——三十歳で結婚していなければ、その後は三人に一人は結婚しない事になる!
そしてその後も三十歳前半で、結婚する人はどんどんとするだろうから、あれよあれよという間に残されている感が増していく。
……うん。これ焦るよね。
20代半ばまでは大体周りも結婚してなくて、仕事なり趣味なりに一生懸命でも大丈夫かと思いきや、30歳近くになるにつれてあれよあれよと周りが結婚していくのだ。
気がつけば1〜2年で結婚してない自分が少数派にあっという間に変わってしまう。
もう、これイリュージョンレベルだよね。
気がついたら世界が変わってました。まるで異世界転移的な出来事だとも言える。
それに、さらに焦る状況としては、——人にもよるけど、望みの異性と出会って、結婚しようと思っても、本当に結婚するまで1年とかじゃ難しい。と、すると実は三十歳の時に相手の候補がいないって状況は、実はもう数年結婚しないかもしれないってことだ。
今まで話した結婚年齢って、結婚相手候補はその数年前に見つけているということが前提と考えれば……二十代後半にかかり、周りの大半が結婚してないからって安心してたら、実は裏で、かなりの割合の女子が、結婚式の準備をしてたり、あるいは意中の人を最終的に追い込んでいたりの段階にあって、三十になる前の数年でどどっと結婚してしまう。
そこで慌てて婚活に躍起になっても、実は三十代後半で結婚するというさらにパーセンテージの低い領域への挑戦にすでにその時はなってしまっているという……。
結婚ばかりが人生ではないものの、親や周りから有形無形の有言無言のプレッシャー受けながら過ごしている稲田先生みたいな境遇だとこれ辛いよねって思う。
周りも結婚しないでいるのであまり深く考えていないで過ごすうち、気づいたら、三分の一かそれ以上の確率で失敗するチャレンジにそれから挑まねばならない状況になっていたのだから。
結婚する気の無い人なら、20代は結婚なんて気にしないで思うままに生きるって選択は、誰にも文句言われる筋合いもないし、本人的にも問題ないものだと思う。
でも、その時はあまり不確実性考えていなかった結婚が、実は自分にとって必要なものだったと後で思ってしまったら——その時にはもう遅かったという可能性がある。
本当、人生って難しいものだ。
後の後悔先に立たずと言うけれど、後の自分が必要とすることなんて「今」はわからないものだ。
なんでも自分らしく生きたいと思うものだけど、時間が経過した後の自分なんて、後の「自分」の自分らしさなんてあらかじめわかるわけが無い。
だから、無難に、みんな、みんながやってるような人生設計を踏襲して生きる。それが無難な人生というものだけど……。
「ああ、めんどくせ」
と、俺は、そもそも後悔するような二十代もすっとばして、アラサー女性に入れ替わってしまった己の境遇を憂うわけだが、
「あっ!」
そんな思いを断ち切るようなスマホのメッセージ着信に思わず我に返る。
その相手はもちろん武蔵さん。
稲田先生に命じられた、俺のこのあとの獲物なのだった。




