俺、今、女子ランチミーティング中
さて、昼休みも残り時間わずかとなったろころで今日の真打ち稲田先生の登場であった。昨日の武蔵さんから聞いた相談——彼が悩んでいること。これは、本当に相談したかった当人に伝えないといけないだろう。それもできれば早く。
……と思って、昼休みに無理やり予定を入れたんだけど。
「ごはんは良いの? もう昼休みも余り残りないけど」
「あ……先生の方は」
「もう食べた……というか美亜ちゃんの指定通りで食べたって言えるか疑問だけど」
「そうですよね……」
今、喜多見美亜と入れ替わった稲田先生。
正確に言うなら、あいつと入れわかった「俺」と入れ替わった……いや、俺と入れ替わった「あいつ」と入れ替わった……どっちの言い方が正しいのかな?
「俺」というものの本質は心であるのか、体であるのかで言い方が変わってくると思うのだが、人間の言葉って、あたりまえだけど、体が入れ替わることなんかに対応してできてない。より正確に言おうとしたら、心と体をちゃんと明示して話す必要があって、『俺の心が入れ替わって入った喜多見美亜の体に、俺の心と入れ替わり喜多見美亜の体の中に入った稲田先生』って……。
——ちょっとめんどくさいし、心と体、どっちがどっちだか話して混乱するな。
そりゃ、普通、体が入れ替わってることを前提に人は話をしないから、言葉がくどくなるのもしょうがないとはおもうのだが……。
ともかく、喜多見美亜の中の人となった稲田先生であるが、過度なダイエットをしている彼女の言う通りに昼ごはんを食べたりしたら明らかに栄養不足である。
弁当を作ってくれる、あいつのお母さんは、もちろん娘の栄養も考えて、美味しくてヴォリュームたっぷりなご飯を作ってくれているのだが、それを全部食べたら太ると固く信じている本人は、カロリー高そうなおかずを和泉珠琴にあげてかわりにきゅうりとかもらったりして、飢餓レベルすれすれまで食事を減らそうとする。
「美亜ちゃんに今日の弁当の中身教えたら……珠琴ちゃんに、美味しそうなささみフライ渡してかわりにサラダの何かもらうように言われてプチトマトと交換したけど……。先週も毎日指示出してきて、肉も魚もほとんど食べれないで、いつも野菜だ昼食になってて、これじゃ発育にも……」
視線を下げて、胸のあたりをじっと見る喜多見美亜の目。中の人の稲田先生もどこが育たないかと思っている場所は俺と同じようだ。
「いや、俺はもう無視してましたけどね。喜多見美亜のお母さんがつくってくれる弁当なんて全部食べても問題ない……ジョギングもしてるんでしょ? 昼ごはん分のカロリーなんて簡単につかっちゃいますよ運動量も相当だし」
「ええ……。めんどくさいなと思わないでもないけれど、美亜ちゃんが絶対ジョギングだけは欠かさないでくれって、泣きそうな声で毎日電話してくるので……。走り始めると結構気持ち良いし」
そう、俺も。喜多見美亜にハードィスクを脅かしに無理やり走らされるうちにジョギングの楽しさに目覚め、別の女子と体が入れかわった時にも欠かさないようになったのであった。
「あいつはちゃんとダイエットしてるか監視してこようとするでしょうけど……昼は女子だけで弁当食べてオタクなんて寄ってくるなビームだせば寄ってこれませんよ。いくら中身がトップリア充喜多見美亜に入れ替わったところで、俺——向ヶ丘勇が作りあげた評判はなかなか崩すことができませんからね。キラキラした女子には近くこともできないですよ。なにせ俺の孤高は並みのボッチではないですからね!」
「……勇くん……正しい自己評価は大切だけど……」
なんだか、ボッチ聖人たる俺の徳の高さに感服しきったかのような稲田先生であった。
「どっちにしても……私の体まで過激なダイエットをさせる気はないから……話は昼ごはん食べながらで良いわよ」
「あ、そうします」
というか、昼休みいっぱいを面談(と言うていで三人を呼び出し)に使うし、もともとそういうつもりで弁当を持ち込んでいた俺は、カバンからがさがさと今日の昼食を出す。
「……ん? サンドイッチ? 黒いパン?」
「あ、ライ麦パンです。中にはアボカドとトマト挟んでて……」
「自分で作ったの?」
「はい。先生の体に今責任あるので、あまりジャンキーなものは食べれないなって……自分の体の時は気にしないですが」
「……いえ、問題ないけど。高校生ってもっとヴォリュームあるもの食べたくならない?」
「ああ、それ。喜多見美亜の体にずっといたら、なんかこう言う健康っぽいものの方が好きになって……」
「なるほど……あなたたちの入れ替わりって、双方の食生活改善には随分と益があったのかもね……あと……」
先生は小声になって、『たぶん、心の発展にも』と言ったような気がするが、ボソボソとした言葉はあまりよく聞き取れない。
が、俺は聞き返したりはせずに、
「じゃあ、食べながら話させてもらって……」
俺はそのまま今日の本題に入ることにする。余計な弁当の話なんかしてたら、少ない昼休み残り時間がますます無くなってしまうから、
「昨日、武蔵さんに会ったのですが……」
*
——彼うまく行ってないの?
——奥さんと別居中?
——よりを戻して欲しいの?
——そういうわけじゃない?
——じゃあ、どうして欲しいの?
——どうして良いかがわからない?
——そんなことなんで私に突然相談するの?
——は? 夢に出てきた? 何それ?
——言えない? まあ、いいけど……。
というわけで、昼休みの残り時間、稲田先生に武蔵さんの現状——相談された内容をザザッとつたえる。
どうも奥さんとうまくいってなくて別居中になった武蔵さんは、夢まくらに毎日たった幼女——片瀬セナ——の導きにより、俺たちの地元駅前に来て稲田先生にこの件を相談することにした……と。
今、武蔵さんは離婚の危機なのだけれど、どうすれば良いかさっぱり検討もつかない状態の一人で思い悩んでいたところ、そういえば夢で思い出した、昔信頼していたあの人ならばなにか助言を貰えるかも……と、夢なんて言うあやふやなものに導かれて、なんのゆかりもない郊外の駅まで来てみたら、奇跡的に先生が本当にそこにいたということのようだった。
武蔵さん的には、今、自分を導いてくれる女神そのものだから、『よりを戻せ』と言えば戻すだろうし『別れろ』といえば別れる、神託のような反論を許さぬ言葉を告げることができる絶対的な言葉の力を稲田先生は持ち得たわけなのだが……。
さて、先生はどう判断するやら?
俺は、先生が自分が持った力をどう使おうとするのだろうかとその決断に注目する。
いや、なんとも常識的な先生のことだから、なんとかよりを戻すように説得するか?
いや、なんとも優柔不断な先生だから、結論出せないで『少し考えさせて』とか言うのか?
俺はこの二つのどっちかなかなと思いつつ、黙り込み、顔を伏せて考え中の先生のことをじっと見つめるのだったが、
「そうね……」
顔をあげ、決心したような表情で先生が言ったのは、
「これは……チャンスね」
俺の全く予想外の言葉であったのだった。




