俺、今、女子黄昏中
片瀬セリナがいつの間にか消えた後、暗くなった路上に残された俺とあいつはそのまま解散となった。
もうちょっと、謎の転校生セリナについて話したいところだったが、いつの間にまにか、いい加減良い時間。
明日が憂鬱になるくらいには夕方遅く、元のお気楽ボッチ高校生時代であればともかく、また今週もハードな仕事の控えるアラサー女教師と入れ替わってしまった俺であれば……
月曜に疲れを残してしまうやかもしれぬ、話し込むと長くなりそうな相談は控えることとして、俺はそのままさっさと家路——稲田先生のマンションにし帰ることにしたのだった。
でも、実は、今いる場所は、先生の家からは結構遠い。片瀬セリナの希望通り、俺の幼少の頃の思い出の場所なんかを案内すれば、俺の家に随分近づいていたのもおかしくはないが、今は稲田先生と体が入れ替わっているこの身だ。
俺と入れ替わっている喜多見美亜の方は、そのまますぐに帰って、寝ちゃうなり、風呂入るなりジョギング行くなりが可能だが(ジョギングするだろうな)、駅を挟んで反対側の稲田先生のマンションまでは結構な距離がある。
その道のりを、俺は、公私に疲れたアラサー女子の体を引きずって歩かないといけない……。
と思えば、どっと出てくる疲労感。
多分、——帰りは三十分くらいはかかるだろうな。
それずっと歩くのか?
億劫だ……。
とかとか、どんどんと否定的な感情に心は支配されてく。
——ああ、歩きたくね。
でも、このまま、路上でつったって夜をあかす訳にもいかずにいやいや歩き出し……。
「ああ、ちょっと休もうかな」
行程の中間地点、駅前の、ローターリー横で立ち止まるのだった。
そして、目の前の郊外の街の夜の駅前の光景を見る。
日曜の夕方遅くというか、夜の始めというか、そんな中途半端な時間の郊外駅前には、なんとも独特な気だるさがあたりに充満していた。
家族連れ、大学生くらいのグループ、おばさんの集団、野球のユニホームを着たおじさん、一人で家路に急ぐおにいさんおねえさん……。
皆んな、それぞれの週末を過ごし、事の大小はあれど一度日常の事繁しから解放され、またそれが迫りくる。サザエさんのテーマ曲でも流れてきたら完璧だなって感じの様子。
派手な看板のチェーン店が建ち並び無機質なようでいて、いつの間にかそんな光景も日常生活の中に取り込まれた駅前の光景。白い光が照らす人々の顔は、一見表情が消えたように見えて、次の瞬間、深い影に縁取られた豊かな感情が表れる。
——って?
なんだろ。なんか、妙に感傷的になってしまってる俺であった。
こんな日曜夜の地元の風景なんて今までになんども見たはずなのに、今日は格別に物悲しく思えてしまう。
自分の体に入っていた時——ってのも変な言い方だが——体入れ替わり現象に巻き込まれる前、ただのオタク高校生だっだ時にも、なんとも言えない気持ちとなった日曜の夜だったが、アラサーの先生に入れ替わって、大人の大変さを知った後でのこの時間は、そんな、おセンチな気分がモリモリでやってくるのであった。
で、周りを見渡せば、皆んな、ちょっと憂鬱そうで……。大人って大変なんだなとか思えば、なんかこんなとことろで止まってると余計に疲れてきそうな気がして、
「ああ、帰ろう……」
俺は、もう長居しないでさっさと先生のマンションに戻ろうと、再び歩き出すのだが。
「あの……」
なんだか、俺を呼び止める声。
「はい?」
俺は、何か落し物でもしたのかと、呼ばれたその方向に振り返るのだが、
「え!」
「こんに……いや、こんばんわ。稲田さん……またお会いしましたね(ニコッ)」
そこにいたのは昼に会った稲田先生のかつての同級生にして思い人——中原武蔵さんなのであった。
で、
「もしかして、ずっと……駅前にいたんですか?」
と、俺は武蔵さんに話しかける。
この人、昼にこの駅前で会った後、まさかここで待っていたということは、
「いえ、ずっとじゃないですよ」
さすがに無いよな。
「……ああ、そうですよね。じゃあすごい偶然ですね。俺……じゃなくて私が通りかかった時に、また会うなんて」
なんで、駅前にまた来たんだろという疑問は残るがな。
そもそも昼もなんでここを通りかかったのかも聞いてないけどな。
でも、まあ、
「ええ。偶然ですね」
偶然と言ったら、偶然で、偶然なら、たまたまだろ。
なんか、それ以上のことを考えると怖い感じがして——俺は思考停止するのだが、
「ずっとじゃないけど……まれにトイレとかに行ってることもありましたから……」
え——!
「……どうかしましたか?」
「い……いえ」
俺はちょっと動揺していた。
まあ、この人がなんか用事があって駅前にずっといたと言うのなら、それはそれで俺がどうこういうことではないが……。
しかしね、
「でも、なんで駅前に……」
俺が、話の流れ的に聞かずにはいれなかった、余計な質問をすると、
「ああ、待ってたんですよ」
って、その答え、悪い予感しかないな。
いったい……待ってたって?
——誰を?
「ひょっとしたらなって思って……また来るかなって……」
って、やっぱ、一人しかいないよな。
俺は、唾を飲み込みながら、半ば諦めの心持ちで次の言葉を待つと、
「稲田さんが通りかかるかもって……」
——ぎゃああああああああああああああ!!
俺は、予想どうりの答えを返してきた、武蔵さんを動転した表情で見つめながら、心の中で夕闇を切り裂くような悲鳴をあげるのだった。




