俺、今、女子解散中?
9月に入ってからでも、——だいぶ経って、10月のほうがかなり近くなってきたこの頃であれば、日が暮れるのもだいぶ早い。
気がつけば河原は夕刻の雰囲気を漂わせている。太陽はまだ空にあるものの、知らぬ間に随分と傾いて、幾分赤みを帯びた光は水面を暖かく、しかし少し物悲しい様子照らす。
ならば、
——カラスが鳴くから帰りましょ。
暖かい情景がか足られてる割にやたらと物悲しいマイナーキーの歌が頭に鳴り響くが……。
ん、歌詞がちょっと違うか?
……は、まあ、どうでもよくて、
「そろそろ帰る時間かな」
俺は喜多見美亜と片瀬セリナの、今日の相談に乗ってもらった二人に言う。午後の中途半端な時間に、突然集まってもらって、せっかくの休日を分断してしまったが……、いつまでも拘束していてはさらに迷惑だ。
「今日は……、急に集まってもらってありがとう」
正直、女子二人に相談して、問題は解決したとはいえない——むしろ悩みが増えたと言わざるを得ない状況であるが、
「……役にたったかな? あたしたちと話して……」
不安そうな上目づかいで喜多見美亜に言われて、曖昧に首肯する俺。
「そう、良かった。ちょっと言いたいことだけ言いすぎたとは思ってたんだ」
なんか俺の迷った微妙な仕草を組んでくれない、天然ちゃんにちょっと苦笑する俺。
「だめでしたか? ……私たちの意見?」
だがセリナの方は俺の表情を見て心配そう。
「いや、いや……すごい助かったよ。話せて」
うん。助かったのは本当。彼女たちの意見がピンときたかというと……。俺の気持ち的には微妙だが、違った視点で見てもらって参考になったのは事実だ。
たぶん。俺の思いだけで動いてたら、武蔵さんとはこのまま関わらずスルーだったな。せっかくSNS繋がったけど、このまま連絡しないし、相手から来ても無視だったろうな。
でも、もしかしたら……? 二人の言う、中原武蔵さん——稲田先生のかつての想い人——が今は結婚していないかもとかの話が本当だったら?
確かに、武蔵さんを先生の結婚候補に入れて悪いということもない。
——もちろん、本当にそうなのかはわからない。
あいつとセリナの両名とも、そう思ったことに、何か強い理由があるわけでなく、基本的にはカンだと言う。だから、武蔵さんが、前は結婚していたが——今はしてない。つまり、それって、離婚したってことだけど——あんな気弱で真面目そうな人で、そんなことあるかいな?
と俺はあまり彼女らの意見に賛成できてないのだが、
「……うまく聞いて見るよ。少なくとも旧友と学生時代以来の再開なんだ『今までどうしてました』とか『最近どうですか』とか聞くくらいはおかしくないだろうから」
だめもとで聞いてみても悪いことないし、——不自然でもないか。
何しろ、稲田先生の想い人だというのなら、少しバツついたくらいなら諦めないで状況調査してみて、もし、もめて離婚してるのでないなら……。
なら、一発解決も期待できるかもな。俺も、あっさり、悩み大きアラサーの体から解放されるかもしれない。
うん。じゃあ、今晩にでも連絡してみるかなと思いつつ、俺は言う。
「……ともかく、今日は相談にのってもらってありがとう。日曜の午後に、急に集まってもらって悪かった。明日は学校だし、そろそろ解散にするか」
「そうね、帰ってそろそろジョギングしないと……なんか時間が中途半端になったから……今日は長めにするかな」
喜多見美亜とは昨日に引き続き、今日も多摩川集合だが、突然呼び出したのもあってTシャツにジーパンに薄いカーディガンという、走るにはちょっとな街着姿でやってきた。だから、流石のあいつでも、このまま多摩川をジョギングとは思わないようだ。
しかしなあ、喜多見美亜が中の人になると違うもんだな。俺があんなシンプルな格好すると、典型的な休日のだらけたオタクがあったという間にできあがりだが、中身が替わると外見も変わるもんだと俺は感心して、その着こなしを眺める。
まあ、とはいえ、今日は、ネカフェでマンガ読んでいるところを呼び出すことになったみたいだから、なんの因果か俺と入れ替わってしまったリア充のオタク化はちゃくちゃくと進んでいるようだが——さすがトップリア充は違うもんだと感心する。
「……?」
でも、あんまりジロジロ眺めていて不審がられてもなんなので、
「いや、なんでもないから……」
今度は、片瀬セリナの方を見ると、こちらもとても運動するような格好ではなく、サマーセーターにスリムな白いズボン(パンツって言わなきゃならないのか? こういうの)。
こっちも、とても、走ったりはできるような格好じゃないな。いや、そもそも、セリナはジョギングしたりする人なのかも定かでないが、
「……あ、結構、私そういうのもしま……」
だから、心を読んでいるかのように話しかけないでくれ。
「………あ、すみません」
……本気で読んでるんじゃないかって反応だなこの子は。
あてずっぽうで言ってるだけかもしれないけど。
「ふふ、どうでしょうか?」
ほんと、疲れる。このやりとり。
——ああ、無視、無視。
いいね。
人の心を読める人なんてのは存在しない。
そう言うのはラノベとかで出てくる設定で、この世には超常現象なんて存在しない……。
とは、言い難いな、自分が巻き込まれている体入れ替わり現象のことを思えば。
——ああ、でも、やっぱ無視、無視。
余計なこと考えていると、頭の中が収集つかなくなるから、まずはこの場は解散!
それで、俺も先生の部屋に戻って着替えてジョギングしよう。
今日の俺の、先生ワードロープから適当に選んだお出かけスタイルは、地味なブラウスに長めのスカート、茶色のスエードのパンプス。
職業病なのか、普段着までなんか教師っぽい服しか持っていない稲田先生なので、とても運動するような格好じゃない。
まあ、帰って着替える運動着も、学校のトレパンに、ブランド不明のたぶんファッションの中央に位置する店から買ってきたと思わしきTシャツくらいしかないんだけど……。
ともかく、着るものは、どうでも良いから、さっさと帰ってジョギングして俺も頭をすっきりさせよう。
そう思って、
「じゃあ、そろそろ……」
俺は、別れの挨拶をしかけるのだが、その時、
「ああ、そうだみなさん! 私に良い考えがあるのですが!」
「「……?」」
こっちも、実は天然さんなのか、場の雰囲気を読まない感じで片瀬セリナが唐突に言う。
「良いといっても、私にとってでなんですが、もう少しみんなであたりを散策してから帰りません? 転校してきたばかりで、この街に不慣れな私を助けると思って、街の案内なんかしてくれません?」
「……? 別に、良いけどそんな、案内がいるほど大きな街じゃないぞ、ここ。ごく普通の郊外のベットタウンで」
「……特別じゃなくても良いんです。住んでいる人しかわからない勘所みたいなのあると思うので」
「……それはそうかもなだけど」
面白いかな? そんなので……。
「うん。良いんじゃない! セリナさんもこの街不慣れだとかわいそうだし、そんな人が街を見るのに同行すれば、ここで生まれ育った私たちも、なんか新しい視点で故郷を見ることができるかもよ……」
「……そうだな」
確かに、慣れ親しんだ自分の街をちゃんと意識して……、というか客観的に見ることなんてあんまりなかったような気がするな。そう言われてみると、これも悪い案でもないのかもしれないな。
それに、
「セリナさんも、あんたに日曜の午後を中途半端に潰されたんだから、その穴埋めに街の案内くらいしなきゃならないんじゃないの?」
そう言われるとな。
「じゃあ……行くか?」
「「行きましょ!」」
というわけで、俺は、期せずして、自分の生まれ育った街中を案内することに、突然にして、偶然にすることになったのが……。
この時はまだ知らなかったのだった。
それの偶然は必然につけられていると言うことに。




