俺、今、女子考え中(に幼女の邪魔が入る)
片瀬セリナ。突然現れた転校生。この前の月曜の朝に、彼女が隣のクラスで転入の挨拶をした時、俺のクラスでは、ホームルーム中だったのにも関わらず、すごい美人が来たとすぐさま噂が広がった、どこか別の学校の制服を着てやってきたのは、サラサラの長い黒髪に神秘的な顔立ちの見目麗しき女子であると。
で、この話を聞いて、学内カーストに新たな強力ライバル出現かと騒然となり、次の休み時間にはさりげなく様子を伺いにいったリア充女子たちが多数いて……、さてさて、その後、女子どもの、どんな醜い誹謗中傷集中砲火、自分大好きマウンティングが始まるのかと、俺は戦々恐々となりながら2時限目の開始を待っていたのだった。
でも、結論から言うと、俺の予想は丸外れた。次の授業の教科書を見て、予習しているふりをしながら女子どもの戦果報告にさりげなく聞き耳をたてていると、聞こえてきたのは、
——ありゃ、すごい。
——かなわないね。
——あんな超美人だと諦めもつくわ。
つまり、
「片瀬さんは、美亜ちゃんクラス……張り合おうと思うだけ馬鹿らしいや」
とのこと。
さっそく隣のクラスに遠征した、リア充トップグループを狙う中堅女子たちの判断は、片瀬セリナが喜多見美亜と同じくらい美人であれば、下手な張り合いは身の程知らずで自滅するだけということのようだった。
まあ、もちろん、片瀬セリナが今後、女子たちの不興を買って、なんとしてでもか貶めたいと思われてしまえば、へんな噂や嫌がらせとか、なんでもして孤立させることはできるだろう。
それには実例もある。本当はなんの罪もないのに、いろいろあって悪評をたてられてハブられていた百合ちゃんの、今までされていた所業を思えば、こいつらがへんな群衆心理にかられて、誰かを潰そうと思った時には、敵うとか敵わないとは別の行動原理でそれイジメは行われるのじゃないかなって思う。
でも、そんなことが起きるにしてもさすがに時期尚早。
まだ、良くも悪くも何もしていない、転校早々の超美人をひがんで貶める——そんなことをやっても自分の株を下げるだけだ。そんなことには、さすがに誰もが気づく。
それでも、ちょとくらい可愛いとか、もしかしたら自分でも張り合えるかなっていう幻想でももてる相手であれば、——負け惜しみに、性格悪そうとか、かわい子ぶっているとか言って敵を下げて、比べて自分は……とかいう醜いマウンティング大会始めそうなところだが……。
見た目からオーラから差がついている相手であればそんなことをするのも惨めに感じるということだろう。
まあ、もちろん俺のようなボッチを貫き自己研鑽を怠らなかった聖人クラスの人物からすれば、喜多見美亜でも片瀬セリナでもその見た目なんかじゃ俺の気持ちはピクリとも動かない……は流石にいいすぎだが、正直、リア充リア充してツンツンしてた時の喜多見美亜のことなんて、いくら美人でもさっぱり惹かれなかったものだ。
でもそれなら……。
え、今は?
——って?
そりゃ、前よりもあいつが悪い奴じゃないことはわかってきて、——体が入れ替わってとても他人とは思えないような関係になってきたのは事実だけど。良い仲間って感じで、俺の気持ちは……。
そもそも今は、俺が喜多見美亜なんだしそんなことは考えるのもおかしくて……。
というか、さらにそもそも、
——今は俺は稲田初美先生か。
俺はもう一週間近くも前のことになってしまった月曜の昼の出来事を思いだす。
片瀬セリナの転校してきたその日、俺は、校内で転んだ拍子にキスをしてしまって、隣のクラスの担任——いろいろと悩み多きアラサー女子——稲田先生と入れ替わったのだった。
正確に言えば、その時に入れ替わっていた喜多見美亜から、さらに先生に入れ替わったのだが……。
その後の怒濤の1週間。
大人はやはり大変だよ! ってことを思い知らされた日々であった。
で、あまりに忙しい、あまりにストレスフルな毎日に深く考えるのをサボってしまっていたことがある。
うん。どっちにしても、喜多見美亜の話はおいといてだな——。
今、考えなきゃならないのは片瀬セリナのことだ。
あの子は一体何者なんだ?
異世界をまたいだ体入れ替わりからやっと戻った時に、喜多見美亜の部屋にいた——が初対面になるはずの少女。
いや、その名前は前からたまに聞くことがあった。というか、たまに現れるなぞの幼女——片瀬セナから聞いたんだけどな。そのセナがお母さんと呼ぶのが片瀬セリナなのだった。
そして、そのセナは俺のことをお父さんと呼ぶ。それが意味していることって……?
怪しい、あきらかに怪しい。
ああ、その前に、誓って言うが、俺は絶対そうじゃないからな。ぼっちオタクだとか言っていて、実はやることやってました系とかじゃないからな。
だいたい片瀬セナは幼女とは行ったが小学校高学年くらいに見える。少し成長が良くてませているのだとしても、幼稚園生ということはないよな。さすが10歳くらいにはなってると思う。
なら、セナはいったい俺が何歳の時の子供だよ! てことだ。
俺、まだ高校一年生なんだけど。
リナだって何歳で産んだんだよ!
彼女も、年齢聞いてないけど、高校一年だよな。もしかして高校受験で浪人してましたとか無いとは言えないけど、せいぜい一、二年のことだし……。
——多分、お父さんだとかお母さんとか片瀬セナが言うのは、子供特有の、歳上の親しい人をそんなふうに読んじゃう系の愛称なんだろとは思っているのだけれど……。きっとセナとセリナは親戚どうしとかで昔から親しかった、年上の従姉をお母さんとか呼ぶのって小さい子やりそうじゃん。
でも……。
——俺は特別親しくないんだけど。
片瀬セリナともセナとも。
セリナは今回が初めての遭遇だし、セナの方も、パリポお姉さん——経堂萌夏さんと入れ替わっていた時に初めて会って、そのあと異世界で会ったくらいしか接点ない。
だけど、どうも変な感覚があるんだよな。
俺は、この二人のこと、やっぱり前から知っていたんじゃないかって……。
「それね……、今のところあまり深く気にしない方が嬉しいかも」
と、俺が考え事をしていると、心の中を読んたかのような適格なツッコミをいれてくるのは片瀬セリナ……ではなくセナの方。
というか、
「お前突然どっから現れた?」
俺は。さも当然と言う顔をしてベットの横にたっていた謎の幼女に向かって言う。
「まあ、まあ、それは乙女の秘密ということで」
「……乙女はベットで色々考え事しているアラサー女性の部屋に、ドアをピッキングして侵入してくるのか?」
「いやだなあ、お父さん。乙女はそんなことするわけないじゃん。鍵がたまたま開いてたんだよ」
「そうか? そんなはずは……」
昨日帰ってきた時閉めたはず——というか、
「……先生の部屋はオートロックなんだけど」
女性が入るワンルームマンションだしね。通路やエントランスには監視カメラとかも入って、防犯は結構しっかりしている建物を選んだようだ。
「ん? 鍵開いてたのはそっちじゃないよ」
セナは入り口のドアをさしながら言う。
「ドアじゃ無い?」
「あっち」
セナが指し示したのは窓の方。
「はあ?」
確かに昨日の夜は残暑で寝苦しかったので、ベランダに面した窓を少し開けて寝ていたのだが、こいつは鍵がかかってないからってそこから入ってきたと言っているらしい。
——先生の部屋5階なんだけど。
「乙女は、空を飛べるんだよお父さん、愛と正義の魔法の少女なんだよ」
なわけは無いが、異世界で女神をしていた謎の幼女だ。空くらいは飛べてもびっくりしないが、
「じゃああれはなんだ……」
俺は窓の外ベランダに垂れ下がる、ロープを見ながら言う。
すると、
「……屋上から忍び込みました」
謎の魔法少女あらためてただの不法侵入者は、悪戯が見つかった子犬のように、うなだれなながら俺に向かって言うのだった。
*
「お父さん、あんなに怒らなくてもよいのに……」
「だからなあ、俺は勝手に部屋に入ってきたことを怒ってるんじゃなくて、子供が危ないことをしてることを怒ってるんだからな」
「大丈夫だよあのくらい。確かにここじゃ空飛ぶとかできないけど、あんなことくらいでヘマをするあたしじゃ無いよ」
「なわきゃないだろ。万に一つでも、落ちたらどうする気だったんだ、ともかく、今度から入りたければインターホン鳴らせば入れるから……、あんな無茶をするんじゃない!」
「お、やったー! 部屋に入れてくれんるんだ! それって先生の体から別の体に入れ替わって有効? 喜多見美亜の家に行く気はあまりしないけど、背に腹はかえられないというか、お父さんエキス吸収のためには仕方がないというか……それにまだまだ他の人に入れ替わる機会はあるし……」
「なんだそりゃ……」
俺の未来を見通しているようなことを言い出すセナであった。
まあ、確かに、今までの経緯を鑑みて、俺の体入れ替わりが稲田先生で終わりとはとても思えないのだが……、そもそもこの辺仕組んでいるのが片瀬セリナとセナのこの二人だと言う疑惑は俺の中で確信に変わりつつあるのだが、
「まあ、まあ、そのへんも今はあまり深く考えずに鷹揚としていた方が男らしいよお父さん」
なんだかまたはぐらかそうとしてくる片瀬セナ。
というか、俺は今は男じゃなくて女教師稲田初美なんだけど。
「いやいや、先生でいるのはそんな長いことじゃないし」
「え、そうなの?」
首肯するセナ。
幼女の言ってることが本当ならとても嬉しいんですけど。
正直アラサー女子の生活がこんなに大変だと思ってなくてくじけそうな俺なのだった。特に先生の親からのプレッシャーが……。
「ふふ。まあ、可愛い自分の娘の言うことを信じなさい。稲田先生じゃなくなっても——元のお父さんの体に戻れるのはだいぶ先になるけれど……、ともかくさっさと今のアラサー女子の境遇からは抜け出したいって思ってるでしょ?」
ブンブンと首を大きく上下させる俺。
「だから、私がこうやってやってきてあげたのよ。感謝しなさいよね!」
そう言うと、小さな胸をはって得意そうにするセナ。
なんだかその自慢げな様子と幼い容姿のギャップが可愛らしい。
ここは、本当は今日はまだ出かけずにベットに横になって痛かったところを、セナに頼み込まれて一緒に出かけたもより駅前であった。
『駅まで送ってほしい。お父さんは幼女を一人で歩かせるつもりなの?』
そう言われると一緒に行くしかなかった日曜の地元繁華街。
俺は、周りの、通りを歩く人たちから微笑ましげな視線を受けているのを感じる。
ああ、もしかしてこれは若いママが生意気盛りの子供とじゃれているように見えるのかも……。
「うん。そう見えるかもね。それが私が、お父さんを部屋から散歩に連れ出してここまできた理由よ。だってそうすれば……」
そうすれば?
「あの……? もしかして稲田さんですか?」
「え?」
後ろからの声に振り返れば、そこにいたのはちょっと疲れた感じだが人の良さそうな、三十代くらいに見える男性なのであった。




