俺、今、女子後片付け中
ところで、宴会の最中、ふと疑問に思ったことがある。俺はこっちの人たちと、現実の人たちとと同じような本物の会話をしていた。
それは、——当たり前だ。俺にとってはこっちが現実なんだから。
しかし、この世界をゲームの中の世界としてしか認識できないはずの喜多見美亜たちが、なんか、会話だけでなく、表情や場の雰囲気みたいなものなんかも含めて理解して対応してたのはなぜなのか?
「えっ? 余り考えていないというか……、普通に自然体でチャットしてただけよ」
「うむ、我も、——じゃなくて、……僕も、止め絵や流れてくる会話文から雰囲気や行間を察してチャットしてただけだよ」
まるで、俺がこの世界にやって来て、ロータス様たちとどういうやり取りをするのかを、まるであらかじめ全部違いなく予想しておいたみたいだ。それをセリフや止め絵として用意していたかのように。
でも、そんなことを、俺の世界のゲーム制作者ができるわけがない。じゃあ、偶然にスクリプトと俺の反応が不自然なくぴったりと合った? いや、それこそ、そんな極小の確率の事象がおきたことなんて考えにくい。俺が、全身全霊、粉骨砕身、この謎に取り組んだところで、こんな不可思議な話がなんでおきているかなんてさっぱりわかりそうもなかった。
でも、——これは何かある。ゲームの中の世界と思っていた、プライマル・マジカル・ワールドは、俺の世界の制作者たちが作り出したゲームということで説明できるものではない。俺の世界からだとゲームとしか思えないとしても、それだけで、今俺のいるこの世界、現実は説明ができるものではない。ということだけは流石に確信を持っていうことができた。
「まあ、よくわからないけど、そもそもあんたがゲームの中に入ってしまうということですでに常識を外れているのだから今さら何が起きても驚かないけどね」
「それを言うなら、キスで体が入れ替わる事態が起きている事がそもそも常識はずれじゃないかな」
「そうだな……」
確かに二人の言うとおり。体の入れ替わりなんて言う超常現象に巻き込まれている時点で何をいまさらなのであった。ここはよくわからない現象のひとつやふたつ起きてもどーんと構えて、気にしないで……。
「おーい、ランド! お話し中のところ悪いがこっち手伝ってくれないか」
「え?」
と、一応気持ちの整理もついたところで、二人と話すのもそろそろやめて会場の撤去の手伝いに戻ろうと思ってい時、——ちょうど呼ぶ声に振り向けば、俺の所属するランスロット大隊とは別の大隊の長、トリスタン卿がホールの反対側で手招きしていた。
「ちょっと、手伝ってくれないか?」
言われて近づいて見れば、ラモラック卿とユーウェイン卿が泥酔して床に寝転んでいる。
「この酔っぱらいたちをベットに運んでいきたいんだが、手伝ってもらえないか?」
「はい。もちろん」
今、宴会が終わっても正気のものは、みんな後片付けに大わらわで、この寝転がった二人の騎士の従者たちも近隣から出た騒音の苦情に菓子折り持って謝罪に行ってるとのことだ。
で、会場でざっと見て手があいてそうに見えたのは。パチもん魔法少女や異世界の魔王と無駄話してるように見えた俺だけだったのだろう。ってことは、やべえ、俺だけサボっているように見えてたのか? 失敗だったな。
「す、すぐやります!」
でも、——ならば、これからでもちゃんと働いているということを大隊長に見せよう。
と、俺は、少し焦りながら、ラモラック卿を引き起こすべく、さっと足を踏み出すのだった。
が……。
「う、あああ!」
こぼれた酒で濡れた床に滑って派手にこけてしまった俺であった。
そして、
「う、おおお!」
立ち上がろうとしたら今度は壁だと思って手をかけたのが立て掛けてあった折り畳みテーブルで、それが倒れたせいで壁際に置いてあった他のテーブルやらワゴンなどやらを巻き込んで……。
ドミノ倒しのようにガラガラガッシャーンっと……。
「ランド!」
机やら椅子やらワゴンやらが倒れこみ、組み合わさって、ちょうどよくできた隙間に閉じ込められた俺であった。
「もう、良いから……やっぱり客人の相手を……」
そんな俺は、救出したトリスタン卿に、呆れた目で睨まれながら追い払われて、すごすごと喜多見美亜たちのところに戻ろうと歩き出すが、
「ランド……」
「はい?」
足を一歩踏み出したところで呼び止められて言われた言葉。
「お前は転生者だったんだな……」
だから良いとも悪いとも言っているわけではないが、異世界の魔王と知り合いだったことがみんなに知られて、すると俺は世界を超えて転生した——ということしかありえないということも知られた。
もちろん、真実は、この世界をゲームとしてしかしらない俺の世界の現実で異世界の魔王こと下北沢花奈と知り合いであったということなのだが、こっちから見たらゲームプレイヤーは転生者か転移者にしか見えない——というかそれがこっちの事実である。そして転生者は、どうしても、死んでも蘇えったりする不思議な能力を持っていたり、この世界には無い謎の知識や習慣を持つ一風変わった連中として見られてしまうのかもしれなくて……。
「…………」
俺は、どう反応して良いものやらと困って黙り込みながら、なんとも複雑な表情をしたトリスタン卿の次の言葉を待つのだが、
「俺の母も転生者だった」
「えっ……」
それは予想もしなかったような意外なものなのであった。
*
祭りの後というか、戦終わって矢もつき刀折れといった様相を呈していた宴会の片付けもやっと終わると、会場を離れて、この世界での寝床へと向かう。俺は、レベル50を超えて小隊長となったので、今後、聖騎士の宿舎に移る義務があるのだが、その前に住んでた(という脳内設定のはずが本当にそうなっていた)場末の安宿へ夜のひっそりとした街路を歩くのだった。
喜多見美亜と、魔王フラメンコこと下北沢花奈はもうログアウトして、あいつらからはゲームに見える、この世界から消えた。ひとりぼっち、少し寂しい感じするが、考え事をするには最適である。
俺は、さっきのトリスタン卿の言葉も含め、この世界の転生や転移を巡る状況を整理してみる。
まず、ゲームとしてのこの世界、俺が夏休みの最後にはまって、その中のキャラクターと入れ替わってしまった——その設定を思い返してみよう。
ゲームは原初の世界から枝分かれして発生したという多世界マップを移動しながらプレイされる。別の世界マップで獲得したスキルを使って初見殺しできるチートな序盤と、その世界のボス立ちと相対せねばならなくなった後の難易度が絶妙で、やめられないとまらないで、ゲーム廃人を量産している人気ゲームであった。
俺は。今いる世界、「ブラッディ・ワールド」からこのゲームを始めたので、転移して無双する楽しさとかは経験できていないのだが、先達の皆さま方の活躍で——ヨーロッパ中世風世界のここに戦国武者が現れたり未来人が現れたり——この世界にも転移者は普通ににそこらにいるし、俺みたいにこの世界マップが始めてのログインであった者は他の世界から生まれ変わった転生者として扱われるみたいなので、——転生者も相当数いるはずで、そこまで珍しい存在ではないのだが……。
トリスタン卿の言った、親が転生者だった? というのはちょっとびっくりした。
だって、始まって一週間ちょっとの世界で、転生者が親であった壮年男性がいるってことだ。
ありえない——。
転生者がゲームプレーヤーしかいないとすればだが。
ゲームが始まってからの一週間で、転生者が生まれて成長して、子をなして、その子が育って聖騎士の大隊長になる、そんな親子二代にわたる人生が繰り広げられるわけがない。
ならば、——ということは、この世界には、ゲームとしてログインした俺の世界の人間の操るキャラクターでなく、他の世界からの転生者がいるということだ。
それは、いったい、どこからやって来たというのか? もちろん、ゲームの設定として多元世界が前提になっているのだから、他の世界からゲームプレーヤー以外の転生者がやってくるということも設定として織り込まれていてもおかしくは無いのだが……。
——どうにも、俺にはそうは思えない。
やはり、余りに自然すぎるのだ。
この世界が。
幼少の時から、あまたのオタクコンテンツの中につかりながら育った俺だからこそ言えるのだが、俺が入り込んでしまったこの世界は、ゲームの中にしては創作物特有の作り物の感覚が欠如している。
自分が創作物を楽しむ時の独特の感覚。作り物とわかりながらも作品に次第に没入する。でも、やはりフィクションである作品世界と自分の現実が触れあった時に生じる心地よい違和感=融合感がない。
簡単に言えば、偽物くささがまるでないのだ。
もちろん今後、VRMMOが実現されてゲームが現実と区別がつかないようになったり、NPCもAIで制御され本物の人間としか思えないようになったりした時もそんな感覚がまだ残るのかはわからないが、——少なくとも俺がいた世界でそんな物はまだ実現していない。つまり、俺の世界のゲーム制作者たちはそんなものを今はまだつくることができないのだ。ゲームを、現実として生きる人向け(今は俺のみ)に、詳細に渡って設定やスクリプトを作り込む必要は無いのだ。
さっきの、俺がぶっこけたあとのドタバタ劇だってそうだ。わざわざあんなのをスクリプトとして作り込んでいるとも思えない。ログアウトする前のあいつらに聞いてみたら本当に俺が体験したままの光景が止め絵で繰り広げられていたそうだが、——俺の姿(ユウ・ランドというプレイヤーのキャラクター)を背景やNPCの間に挿入して止め絵を作り出す。できないことはないだろうけど、あんなどうでも良いような場面で、あえてそんな作り込みをする理由が思い付かない。
つまり、——やはり本物にしか見えないのであった。この目の前の世界は……。
「ふう——」
人気のない夜の聖都の裏通り。いろいろと思うと頭が痛くなるので、まずは何も考えるのをやめて一息ついた俺だった。
そうだな。今日は、もう考えるのはやめよう。と俺は思った。これ以上考えても煮詰まりそうな予感がするし、いろいろあって疲れた一日だったから、
「ああ、さっさと帰って寝るかな」
俺は、誰に言うともなくひとりごちると、そのままさっさと宿に向かおうと歩き始めようとするのだが、その瞬間、
「——!」
俺は後ろから音もなく迫ってきた殺気を、冒険者上がりの聖騎士、ユウ・ランドとしての本能で、間一髪で避ける。
「おっと、お姉さん……いや、中身はお兄さんかな? これを交わすとはすごいね」
「君は……」
そして、振り返って身構えた俺の前にいたのは、
「でも次は、逃げれないよ。これで生き返ることもできないように、完全に滅して……あげる」
俺を復活の神殿送りにした、あの幼女エルフなのであった。




