俺、今、女子レベルアップ完了中
——あっ!
悲鳴をあげながら竜の口の中に突っ込んで行った(俺が突っ込んだ)喜多見美亜であった。
聖騎士の絶対防御の加護を纏ったあいつは、まるで金色の聖なる巨大な槍のごとく。驚愕に口をアングリとして間抜けな顔がなければ、なんだかとてもカッコ良い光景だった。
いや、その顔もすぐ竜の口に飲み込まれて見えなくなったので、こりゃ完璧! 俺は、これを俺の必殺技としてこれからも使いまくってやろうか、喜多見美亜もかっこよかったとおだてればホイホイとノッてくるだろう、とかの目論見がその一瞬の間に頭の中を駆け巡ったのであったが……。
「あれ……」
その後の様子を見て、俺は一瞬言葉を失った。
いや攻撃は、失敗ではなかった。
俺の剣では一生致命傷を与えることなどできそうもない感じだった竜に見事に突き刺ささったあいつは、そのまま体内に進みその内部をたぶんズタズタにし……。
尻からぬるりと出てきたのだった。
——ウ●チみたいに。
——ポトリと。
喜多見美亜は、俺の聖騎士としての能力のひとつ、一緒に戦う相棒にかけることのできる絶対防御の加護を与えられ、竜相手であろうが負けない硬さを得た。
その硬さを防御でなく、武器に使うことを思いついた俺は、あいつを口から差し込んで、竜を内部から破壊するという攻撃を行ったのだった。それはゲームとしてのこの世界には存在しなかった技。プレイヤーが選択することのできない技。この世界を現実として生きることになって、自らの意思で、ゲームの設定にない動きでも自由自在にとることができるようになった俺でこその技であったのだった。
そして、その攻撃は、——成功した。
力なく、地面に横たわるウ●チでなく、パチモン魔法少女でなく、……喜多見美亜。その後ろで、虚ろな表情になって、ピクリとも動かなくなった竜は、すこし拍をおいて、声にならないうめき声をあげた後、光の粒になって消えた。
——おお!
その瞬間、ちょっと感動した俺だった。まだこの世界をゲームとして体験してた頃、集団で竜を倒すのを手伝ったことはあったが、自分が主に戦って竜を倒したのは初めてだった。
——俺は感動していた。
何と言ってもファンタジーでの魔物の王といえば竜である。それを倒した! 俺はドラゴン・スレイヤーとなったのだった。もちろん倒したのは竜といってもかなり下位レベルの竜だったが、それでも竜は竜。集団攻撃で相対した時には、こんなもの一生かかっても太刀打ちできないかもなと思った種族に一矢報いることができたのである……。
——あ、レベルも上がっている!
俺は目の前にスクロールされる自分のプロフィールの値を見て、50であったレベルが60まであがったことを知る。
さすが竜だ。レベル40くらいまではインフレでレベルが上がるこのゲーム(いや俺にとって今は現実)だが、そのあとは遅々としてレベルの上がらないのに、……一気に10もアップだ。
夏休みの最後の一週間を完全にプラ・マジに捧げた俺であったが、二日ほどでレベル40までいってからの残りの五日かけての10レベルアップであった。そしてレベル50となって聖騎士の小隊長というところまで上り詰めたところで、ゲームの中の俺ユウ・ランドと入れ替わってこの異世界の住人となったのであったが……。
あっという間の、一瞬の、10レベルアップであった。聖騎士の小隊長から中隊長くらいまでジャンプアップである。これって、ネットで攻略方法とか調べた時に見たゲームのwikiには、不眠不休でも二、三週くらいかかると書かれていたくらいのレベル差であった。
——ああ、竜を倒すということはそれほどのものなのだ!
俺は、万感の思いを持って、竜が消えたあとの地面をじっと見つめる。
感動!
歓喜!
とてつもない達成感に包まれて!
「あのう……」
ん、竜の消えた地面の向こうから、何か立ち上がったな。
ああ、喜多見美亜か。
確かに、彼女には少し悪いことをした。相談したら嫌がられると思ったので不意打ちで秘術かけて人間槍と化して竜に突き刺したことは謝る。でも、こうでもしないと我々には、竜に勝つすべがなかったのだった。
きっと許してくれるだろう。
まさか、突き刺した喜多見美亜が尻から出てくるとは思わなかったが、
「あのう……説明して欲しいんだけど……?」
それも竜を倒すための尊い犠牲!
その尻からぬるりと出てくる様がまるでウ●チ地にしか見えなくて、正直心の中でクスッとしてしまったといっても、大事の前の小事であるとと……、
「嫁入り前の乙女になんてことしてくれるんじゃ、ボケええええええええええええええええええええ!」
理解してくれる訳は、もちろんなかったのだった。
*
というわけで、ウ●チ……、じゃなかった、喜多見美亜からタコ殴りされてボコボコになった俺は、そのまましばらく正座させられて説教を受けていたのだったが、持っているマジックアイテムの大半をあいつに譲ることを条件にやっと許してもらったのであった。まあ、聖騎士で、霊力の秘術は結構つかえるのだが、魔力をほとんど使えない俺が持っていても意味のない巻物とか魔法石とかばかりであるので、これで許してもらえたら御の字であるが、
「乙女の純潔汚した責任……ゲームの中だけでなく、現実でもとってもらうからね」
と少し悪い顔をして呟くリア充様であった。
いや、俺の現実は今この世界なのだが……。まあ、元の世界に戻ったらということなのだろうが、——あいつみたいなリア充にとれる責任なんて、——ぼっちの俺には喜多見美亜へ紹介できるような良い男の知り合いなんていないけどな。
責任ってそういう意味だよね……?
とかとか。
後から思えば、微妙にあいつの言葉の意味を取り違えながら困惑した表情を浮かべている俺に向かって、
「やっぱ、……その話は後でいいわ」
なんだか少し赤い顔で言う喜多見美亜は、
「それよりも、——気を撮り直して、今日はまだまだ迷宮探検するんでしょ。それならさっさと進みましょうよ」
何かを誤魔化すかのような性急さで先に進もうとする。
確かに、今日はまだまだ時間がある。俺の体に入れ替わっている状態で学校をサボった喜多見美亜。つまり俺——向ヶ丘勇の出席日数を犠牲にして得た貴重な時間は、現実世界ではまだ昼過ぎ、少し時間のズレがある異世界では朝食時というところである。
喜多見美亜は、夜までずっとゲームをする気だろうから、今日使える時間はまだまだ十分にある。それなら、この後さらに迷宮でレベルアップするというのは良い選択の一つであることは間違いない。
だが……。
何事も猪突猛進で脳筋で突き進めば良いと言うものではない。パチモン魔法少女の周りに浮かぶプロフィール文字列を見れば、この竜との戦いでレベルを20まで上げたようであるし、様々な魔法スキルも獲得したようである。喜多見美亜は、このまま、ただ無我夢中で新たな戦いに突進するよりも、新しいレベルに適した自分の戦い方、スキルの統合などが必要なように思えた。
ならば、時間が、今日はたっぷりあるのだし、
「いや、今日は迷宮はこれくらいにして、別に行こう」
だから俺は、あいつに、あるところに行く提案をしようと思った。
「は? 別?」
行くのはどこかって?
あいつは、迷宮に連れてこられたあとに、今度はどんなところに行かされるのかとちょっと不安げな顔になるのだが、
「学校だ……」
「え、学校って、今日もう休むって連絡したって知ってるでしょ? 何、午後から行けって言うこと」
いや。俺は顔を横に振る。
「——現実の話じゃない」
「現実?」
うん。お前の現実ではない。
今の俺の現実での話ってこと。
つまり……。
「異世界の学校に行くぞ」
俺は、きょとんとした顔をした喜多見美亜にむかって言う。
「聖都ルクスティン魔法学院に!」




