俺、今、女子帰宅中
さて、そういうわけで、人気のない神社から離れた喜多見美亜と俺は、そのまま急坂を降りて住宅地に入り、しばらく歩くと出て来た両脇の斜面いっぱいに家の立ち並ぶ、階段になった道を登る。そして、その先に続く、遊園地の跡地に建てられたフェンス沿いの細い道を通って別の住宅地に出て、また現れた急坂を降り駅方向に歩けば……。
——俺の家だった。
向ヶ丘勇の自宅。俺の生まれた家……は千葉県にあった父親の勤める会社の社宅だったらしいので、——育った家。でも三歳くらいからこの家にいたので、まあ我が家と言ったらここしかない。そんな場所だった。俺はそんな、特別な場所の前に久々に立っているのだった。
——ああ、考えてみれば、久しぶりだな。
と俺は思った。体が入れ替わってから自分の家に行くのは初めてなのだった。
入れ替わり後、俺は、どうしても必要なものは喜多見美亜に取ってきてもらって、自分が戻ることはなかったからな。
それは、別に自分の家が嫌だとか、寄り付かないほど何かトラウマを抱えているとか、そういう負の理由があるわけでなく、今までコツコツとオタクコンテンツを溜め込んだ部屋が恋しいとか、まあ親の顔もさすがにたまには見てみたいとか、帰ることもやぶさかでないというか、——やっぱ帰りたいよね。自分の家って。
でも、ダメだ。
だって、俺、今、リア充女子高生だよ。それも、かなり美人で校内カーストトップクラスの……、まあ、外見だけはな、あと猫被っていればな……。
ともかく!
——そんな女子が俺の家にやってくる。
ありえない!
孤高の男、向ヶ丘勇の部屋にちゃらちゃらした女子高生が入ってくる。
考えられない!
汚れるよ。汚れちゃうよ。俺の孤高が超然が、気高く汚れ無き俺の一人が……。
と俺は、いざ自分の家の前まで来たら、いろいろ考えてしまい、一瞬、逡巡して立ち止まっていたのだが。
まあ、いまさらか……。
俺は、この数ヶ月でいろいろと変わった、喜多見美亜という相棒との関係を思うと、あっさりと、足は無意識に一歩踏み出していたのだった。なんか、もうあいつが俺の家にくる——身体的に、というのがそんな正直、そんな不自然な感じもしないなと思ってしまっていたのだった。
俺たちって、まあ身体入れ替わりなんてことが起きたどうしであれば当たり前かもしれないが、随分と親しくなったよな。
最初は、喜多見美亜は、俺とみんなの前で絡むのあきらかに嫌がっていた。リア充喜多見美亜とオタクぼっち向ヶ丘勇が何か関係あると思われるのはごめんだって雰囲気だった。
俺も、そりゃそうだろうなと思いつつ、またその秘匿行為を歓迎した。だって、あいつと俺の間には、こりゃ等価交換じゃないなと思ってしまうようなスクールカーストの差があったし、俺はそんな狭い世界のカースト自体がバカらしく思っていたから。そんな、リア充たちの中に俺——向ヶ丘勇が入り込むことで、自分の平穏を揺るがさられるのは勘弁してほしいと思っていた。
その頃は、すぐに自分の体に戻れるかもと思っていたし、そしたら戻った時に俺が異分子にしかならないリア充連中と関わりを持っていることは苦痛でしかないと思っていた。
でも、自分の体に戻れないまま数ヶ月以上が経過して、この間女帝——生田緑から指摘されたように、——いつの間にか、俺達二人がつるんでいるのは当たり前なこととして、クラスのみんなから認識されてしまっていたようだった。一緒にいるところを見られるくらいではどうということはない。いつものコンビだね、仲が良いようだが流石にあの二人はないだろというような認識がクラスの大半の意見のようだった。
それでも、喜多見美亜が男子の家に行くというのは目撃されたら、嫉妬まじりになんか穿った噂とかたてられてしまうとは思うが……。でも、俺の家の近所には学校の知り合いが住んでるわけでもなし、神社から俺の家まで、人気ない、ほぼ山道みたいなルートでやって来たので、まずは誰にも見られてないだろうし、まあ俺は、その点はあまり心配もせずに家に入り、
「ただいま!」
喜多見美亜の元気な声がガランとした家の中に響く。
社畜共働き両親は深夜まで帰ってこないし、ましてや今日は、学校は始業式で半日だけだった。まだ夕方にもなっていないのに、親が家にいるわけもない。そんな閑散とした一軒家に向かって律儀に帰宅の挨拶をするあいつを、微笑ましく眺めながら、続いて玄関をくぐるのだったが、
「おかえり」
……へ?
「あれ、お友達? いらっしゃい」
はあ? 父さん、なんでいるんだよ!
*
なんでも、世はリモトートワーク推進。働きかた改革などが企業に求められている昨今の状況とのことであるが、父さんの勤める会社でも自宅勤務の試行実施などが行われている。そのため今日は自宅で仕事中の父親なのであった。
「なんか、やっぱり家族だよね」
息子が美人女子高生を家に連れ込んだのを見た父親の、嬉しそうなでもこまったような、気まずいような、なんとも複雑な表情を見ながら、早々に逃げるように自分の部屋に逃げ込んだ俺、——と喜多見美亜であったが、入るなりベットに無造作にごろんと転がりながら、
「似てるよね……お父さん」
とか惚けたことを言う喜多見美亜。
「はあ、どこがだよ。あんな社畜と俺は違うぞ」
毎日毎日、まじめに会社で働き、その割に大した出世してるわけでもない父親。俺が寝るころに家に帰って来て、起きる前に出かけて行く。なにか趣味があるわけでもなく休みの日も、ごろごろしているくらいしかやることのない。こんな人生俺はごめんだぞと切に思う、反面教師が父さんなのだった。
しかし、
「まあ、どこと言われるとあれだけど……、やっぱり似てるって思うよ。顔とかはそりゃ当たり前だけど、性格も考え方も……」
喜多見美亜は俺と父さんが同じだと言って、
「素敵だと思うよお父さん。考え方しっかりしてるし、結構イケメンだよね……」
「はあ?」
俺の父親が素敵? あのうだつのあがらぬ男の何が?
で、その男と俺が似ていて……素敵?
は?
「……それはともかく、始めましょうか? ゲームの設定。帰り、あんまり遅くなったらまずいでしょ」
俺が、いろいろ考えてちょっと混乱しているのを断ち切るかのようなあいつの言葉。
「あ、そうだな。設定はすぐ終わるけど、その後やり方のレクチャーそれなりに時間がかかるから」
言われればその通り、今日はまだ昼とはいえ、一度休んでだらだらしたりしてからゲームを始めたりしたら、あっという間に夜。喜多見家の門限も危なくなるような時間になってしまうだろう。
「じゃあ、始めましょう」
「ああ……」
俺は、自宅に残し今は喜多見美亜が使っているエイリアン印のパソコンをひらき、ゲーム——プライマル・マジカル・ワールドの設定を始めるのだった、
”プライマル・マジカル・ワールド”それが、今、自分がハマっているネトゲの名前だった。
原初——プライマル——の魔法世界から次々に分岐していく様々な異世界が次々に実装され、いろいろな剣と魔法の世界、時には異星やスチームパンク、果ては西部劇や三国志、日本の戦国の世界なんかで自分のキャラクターを探検させて楽し無ことができることが売りのゲームであった。
ある世界で培った魔法を別の世界での戦いに使ってチートできるゲーム序盤と、その異世界の中ボスが出てきてからの攻略の難しさ。そのバランスが絶妙だとネットのあちこちにレビューがあり、廃人コースに落ち込んだひとも多々という人気ゲームとのことであった。
このゲーム、俺は前から気にはなっていたのだが、ネットで見かける死屍累々、はまると抜け出せなさそうでやばいよなと思えば手を出さずに様子見をしていた状態であった。
しかし、
『前回の戦国侍世界ソード・ワールドでは塚原卜全がバカ強くて渋かったが——今回はどんなのかな?』
とSNSで回って来たのが気になって見てみたら……。
そんなプライマル・マジカル・ワールドにタイミングよくちょうど、新しい異世界マップが公開されたと言うではないか。名前はブラッディ・ワールド。オーソドックスな謎中世魔法世界ではあるということだが、戦闘描写の過激さと、キャラクターのセクシーさが話題になりそうな世界とのことであった。
そして、その世界観を事前に周知すべく、残虐傲慢であるその世界の支配者ブラッディ・ローゼと従者メイドサクアの立ち絵が一ヶ月前から公開されていたが、露出の多い衣装と捕虜をいたぶっているその絵の背徳的淫靡さに、ネット界隈では期待するM男君がかなり増殖中だった。
そして、そんな期待の新世界が、俺の夏休みの最後を飾るべくついに公開されたのだった。
「これは、期待せざるを得ない(迫真)。むふ!」
と、俺はパソコンの前で鼻息も荒く言う。
しかし、
「いや、待て、誤解すんなよ」
俺は、誰が聞いているわけでもないのに、すぐさまそんな言い訳がましい言葉を続ける。
「俺はM趣味なんてない。そんなのでこのマップを期待しているわけじゃないぞ!」
あと、
「キャラのエロさがプライマル・マジカル・ワールド史上最高と前評判立ってるからでもないぞ」
とか誰に言うわけでもない言葉を呟きながらゲームを始め、そのあと一週間はまり続けたのだったが、
「うわ、悪側セクシーなお姉さんばかりね。こっちにしようかしら。私ってこっち系よね」
「はあ、おまえは魔法帝国側につくというのか!」
そのゲームを始めるにあたり、喜多見美亜は俺が選んだ聖騎士と敵対する陣営でスタートしようとしているようだった。自分とかけ離れたクールなセクシーお姉さんキャラを、自分と似ているとか妄言をいいながら。
「だめ?」
「だめだ」
おまえがあのセクシーお姉さんたちの中の人であると思っていじめられる……げほっ……戦うのは興ざめだからな。
「……? やっぱりわたしが……」
「——? なんだ?」
「仲間でいてほしい?」
「ん? まあそうだな……」
「そうか、それならしかたないか……」
なんか、勝手に納得してくれて幸いだ。まあ、そりゃ仲間は少しでも多い方が良い。俺は、そう思って同意の首肯をすれば、喜多見美亜は自慢げに少し鼻息を荒くしながら『しょうがないな——』という雰囲気で、
「さあ、じゃあさっさと設定してしまいましょう」
と言うのだった。
そして、あっという間の数時間。
結局、魔法帝国側のセクシーお姉さん側になるという願望も捨てきれなかったようで、聖騎士側に逃亡して来た魔法少女という無意味にややこしい設定のキャラを作り上げた喜多見美亜。コスチュームもなるべくそれっぽいものを組み合わせてゲーム開始。
今はまってるらしい深夜アニメの魔法少女になるべく似せてみたらしいが、どうしても漂うパチモン感にあわせて、魔法少女というよりはそのアニメの派生元のゲームでその少女が召喚したバーサーカーの方だろっていう戦い方も合わせて——まあこいつらしいなって思いながらゲームのやり方やら世界設定やらをいろいろ教えているうちに時間は飛ぶように過ぎ、もうそろそろ日も暮れる。
「……そろそろ帰るかな」
「ん? ああ、もうこんな時間だ」
結構夢中ではまっていたらしい喜多見美亜だった。
「今日は、夕食に帰るって言ってあるからそろそろ帰らないと疑われるな……」
「ああ、始業式で早く帰るって言ってるんでしょ。そりゃやばいわ。それじゃ、お父さん会社がたまたま早く終わった風を装って夕食一緒にとろうとするわよ。私と食事できる滅多にない機会だもの。まあそういうの、ちょっとキモいので、私はそういうときはあえて夕食まで帰らなかったりするんだけど……すると夜まで何も食べずにずっと待っていたりして……」
「…………」
相変わらずの娘ラブなうえに報われないお父さんである。喜多見家の門限自体はまだ余裕があるものの、こりゃ今日は一緒に夕食しなきゃかわいそうだな……、って俺は健気なお父さんのため、俺がこいつの中の人でいる間は少しはねぎらってやろうと、今日はもう帰えろうと決意を新たにするのだが、
「でも帰る前に、あんたのキャラクターも見せてもらって良い?」
喜多見美亜の言葉に、
「ああ、いいぞ」
そういや50レベルまでの上がった俺のキャラをあいつに見せびらかしてやるのも良いよなと、席を代わり、
「ほら、これが俺のキャラ、ユウ・ランドだ」
「ん、美少女キャラ選んだのね。普段女の中の人になっているのにゲームでも女に変わりたいものなのかしら……」
ふん。お前の中の人になるのと、このランド嬢の中の人になるのは大違いなんだぞ!
——とは、『普段美少女の中の人』といわなかったこいつのつつましさに免じて言わないでおいてあげたが、
「でも、あれ、このキャラって私にちょっと似てない?」
「はぁあああ?」
おいおい、それは聞き捨てんらんな。
このモニターの中の絶世の美少女とお前が似ている?
ありえんな。
すごく整っていながらもどこか人懐っこく親しみのもてる顔立ち。胸はあまりないがそれ以外は完璧なプロポーション。さらりとした長い髪。こんな絶世の理想の美女と喜多見美亜が……、
「あれ、結構……にてるかも……」
「そうでしょ」
言われれば、似た雰囲気である俺のキャラ、ランド嬢。
でも、俺は、そうでもないだろうと、もっとよく見ようとモニターにグッと顔を近づけるのだった。
すると、その時、
「きゃ!」
「へ?」
一緒にモニターに顔を近づけた喜多見美亜が無造作に床に転がっていたペットボトルを踏んづけて前に滑り、その体を背中で受け止めてモニターに向かって顔を突進させた俺は、
——チュッ!
モニターの中のキャラクター、聖騎士ユウ・ランドと、キスをしてしまっていたのだった。




