俺、今、女子キス中(何度目?)
夏休みが終わり、久々に登校、始業式が行われ、終わり、ホームルームでこれから始まる二学期に向けてのいろいろな周知がなされて、——今日は半日で学校が終わる。
その瞬間……。
——助かった。
俺は心から思った。
そろそろ限界だった。
眠気が、……であった。
ああ、こうなるのはわかっていた。
朝の三時頃、いくら明日(もう今日か)は昼過ぎには帰れるとわかっていても、学校が始まるんだよ、——夏休みは終わりなんだよ! とわかっていても……。
やめられなかったのだ。
もちろんゲームが、……であった。
休みの最後の一週間にどハマりしたネットゲーム、”プライマル・マジカル・ワールド”その新マップの”ブラッディ・ワールド”。そのゲームがやめられない、止まらなかったのだった。
一週間、寝食も忘れて打ち込んだそのゲームで、もうすぐ俺はレベル50を超える。そう思えば、明日から学校だとわかっていても、それまで——レベルが上がるまで——はログアウトをするわけにはいかない。
頑張ったよ俺。
このゲームで聖騎士ジョブを選択した俺であったが、そこで小規模な騎士隊を任せてもらえるようになる閾値がその50なのだが……。もし隊を任せてもらえるようになれば、今週末に予定されている大イベント——敵の大幹部サクアの襲来らしい——での活躍の幅が随分とひろがるからな。
つまり楽しみも広がるということだ。
だからそのために俺は、ひたすらに聖都の防衛にせいを出す。せまるゴブリンの大軍の中に突撃し、ダークエルフの魔法を聖剣で切り裂き、今日のイベントのラスボス、邪竜の撃退にも、及ばずながらも参加する。
気づけばとっくに日が変わっている時間であったのだが、レベルが上がるまでもう少しと思えば、そんなところでやめるわけにはいかない。この後、学校が始まってしまえば二十四時間体制でゲームをし続けるってわけにもいかないからね。今の、この勢い、過剰なまでのゲームへの集中——夏休み最終日の現実逃避の力を借りた——の機会を逃してしまえば、週末までにレベル上げが叶わないかもしれない。
なら、ここでやるしかないのだ!
明日(もう今日だけど)のことは明日(もう今日だけど)考えればよいのだ。
そう思い、夏休み最後の俺は、鬼気迫る迫力でパソコンの前に構えると、
「うぉおおおおおおおおお!」
怒涛の勢いで、……キーボードを打ちまくるのだった。
そして……。
*
学校の帰り、いつもの山の上の神社についた俺は、ちょっと先に来ていた喜多見美亜に呆れられながら言う。
「それで、徹夜したって言うの? バカみたい」
みたいではなくて、そのものだ。
その自覚はあるが、——それが何か?
「まあ、いいか。朝のジョギングに来た時からへんな感じはしたけれど、——自業自得だし……」
その通りなので、反論の余地もございません。
「それよりも……」
「ああ……」
俺はすっと近寄ってくる喜多見美亜、それは中身があいつに入れ替わった俺自身の顔であるが、なんかある一定の位置より近づくとそれが自分じゃないというか、あいつに思えてくるというか、俺は自分の体に戻ってあいつを近くでみつめているというか……。
でも次の瞬間には、元どおりおれは喜多見美亜の体の中にいて、俺の顔を至近距離で見つめていて、——心と体がぐるぐる入れ替わると言うか、心と体が入り混じるような感覚があって……。
——チュッ!
そして、キスをした瞬間、なんともだるくモヤっとした、でも心地よい暖かさに俺は包まれて、俺はあいつになり、あいつは俺になる。
二人は一つになり、それが何かとても気持ちよく安心できる状態であって、——もしかして、ずっとこのままでいれたなら俺は、——だけでなくあいつも、とても幸せな世界にいられる。そんな考えが頭によぎってくるのだけど……。
「今日もだめだったわね……」
唇を離して至近距離で見つめあいながら言う、あいつの言葉に俺は無言で頷く。
今日もキスをしても、——体は元に戻らなかった。それで入れ替わったのだから、もう一度すれば、また入れ替わるかもしれない。そう思って、春以来何度となく繰り返したこの行為。しかし、今まで成功したことは、一度もない。
心が混ざり合い、ぐるぐると両方の体を行き来しているような感覚があり、ああもしかして元に戻るかもという感触が、いつも一瞬あるのだが、——結局は入れ替わったまま。
入れ替わった瞬間のシチュエーションを再現して見ようと夜の学校に忍び込んでキスをしてみたりしたこともあったが、それでもダメ。
喜多見美亜の他の、俺が入れ替わった人たちとは、もう一度のキスで戻るのに……。
あ、でも下北沢花奈の時は、彼女が抱えている同人サークルの問題解決するまで元に戻らなかったな。そう言う意味では百合ちゃんの時も、経堂萌夏さんの時も、このあいだの女帝——生田緑の時も、彼女たちの問題が解決してからキスをして元に戻っている。
もしかして、この体入れ替わり、なにか悩みとか解決しないと元に戻れないかなってのがあるのかな。喜多見美亜は、何か元に戻りたくないような事情抱えていて、それが解決するまでは戻れない……?
でも、喜多見美亜。クラスではリア充トップカースト。誰もが振り返るような美女で、スポーツも万能。勉強は……まあ地頭はそれほどよくないのは入れ替わって脳を使ってみて分かったが、それを覆すだけの努力はしていたようでそこそこの成績。
家庭環境も悪くない。優しい家族に、……まあちょっと妹と父親がヤンデレはいっているが、そこそこに裕福で愛に包まれた恵まれた家庭に育っている。
なんだ? こんな奴に一体なんの悩みがあるんだ?
俺は、そう思うと、こいつは悩みのせいではなく、もっと別の理由があって入れ替わらないのだろうとその時は思っていた。いや、その考えが浅はかであったことはのちに思い知ることになるのだけれど、
「まあ、いいか。明日またやってみようね!」
ケラケラと笑いながら明日のキスの約束をしてくる様子を見れば、こいつが何か悩んでいるとかなんて、かけら思いもつかなかった俺であった。
しかしな、こんな風に人気ない神社とかにわざわざやって来て、ほとんど毎日キスをしているが、校舎での再現キスまでやって戻らなかったのだから、こんな芸のないただのキスでは戻るわけもないのではと思うのだが、
「——でもとにかくやらないより、試しにでもやってみたほうが良いでしょ? もしかして、ということもあるかもしれないじゃない」
まあ、そうだけど、
「でも、まあ確かに最近のキスに刺激が足りない……じゃなくて芸がないのは確かだから、——やってみようか……」
? なにを。
「昼に学校で再現キスっていうのはどう? あの入れ替わった時のシチュエーションをそのまま再現するの。夜の校舎なんかじゃなくて、昼にあの時と同じ時間で同じ場所でよ」
はあ? そんなことしたら……、
「まあ、あの入れ替わった時はたまたま目撃者いなかったけど、今度はそうはいかないかも、……キスしたところ見られるかもね。でも、もう、それでもいいかな? そう思わない?」
思わない? って言われてもだな、喜多見美亜とおれが不可抗力でぶつかってとはいえ、キスをしたっていう話が周りに広がるのだぞ……。
でも、……ん?
なんだ?
なんというか……。
……。
俺は、その時、自分が感じた感情の意味を捉えかねて、顔を微妙な表情にしてしまっていたと思われるが、
「——とはいえ、そう思い立って明日にでもして見ようって気力は、今のあんたにはなさそうな感じだけど……」
「……まあ、そうだ」
俺の今にも立ったまま寝てしまいそうなほど疲れ切った顔を見ながら、昼校舎でのキス計画の遂行は無理だなと思ってくれてこの話——微妙な感情の話はここで終わり、
「じゃあ、今日はもう余計なこと考えるのやめて、帰って寝なさいね。二学期始まって早々のその顔はやばいわ。それが二日も連続したら、もしかして、——夏休みに喜多見美亜にいったいなにが——! って思われちゃうじゃない。ああ、——まったくそうだわ。へんな噂立てられないように、今日はちゃんと寝るんだよ」
少し説教くさい口調の喜多見美亜であったが、それにムッとするような気力もないまま俺はただ首肯する。
そうだな。今日は寝よう。
俺は、喜多見美亜の言う通りだと思った。
良いゲームをする意味でも、——休んだ方が良い。
今日の早朝に、目標のレベル上げも完了している。このまま、眠いまま、だらだらとプレイして、さらに疲弊するよりも、週末の大イベントに向けて体調も精神も整えておいたほうが良いだろう。
それに、このまま徹夜しすぎて、乙女の顔にクマずっと作って取れなくなったら、あとでどんな怒られるかわからないからな……。
ただ、あれだ。
俺は、このまま帰って寝てしまった時の問題点、というかリスクが気になった。
今日は学校が半日だったから、まだ日も高く、ここで帰って寝たら、夜に起きてしまいそうだな。そしたら、寝れなくなって明日がまた寝不足——。
そう考えると夜になるまでは起きていて、普通の時間より早めに寝る、くらいの方が良さそうなのだが、俺、今帰ったらそのまま絶対寝てしまう自信があるな。今日の徹夜だけだったら、喜多見美亜のひどく健康な体の中にいる俺には何でもないが、ここまで一週間、かなり寝不足続けたからな。
なら、すぐには帰らないで、どっかで時間を潰すかな? ネカフェとかだとそこで寝てしまいそうだから……。
多摩川散歩——は残暑まだ厳しい午後にやることじゃないな。
あの、俺の隠れ家に使ってる喫茶店にいくか? いや、あの客のろくにいない店に行ったら静かすぎて俺やっぱり寝てしまうな。
他は、なんだ……思いつかん。んん、相変わらず、あまり選択肢がないな、俺の現実は。ああ——。
と、俺は、今日のお勤めを終えたあと、夜までの時間つぶしに何をすれば良いのか考えあぐねてしまっていたのだったが、
「ああ、あんたの、というか自分の顔が、そんな体調悪い、というか疲れ切っているの見てなきゃ頼みたいことあったんだけどな……」
実は、喜多見美亜はそんな俺の時間つぶしに絶好の案件を抱えて居てくれたのだった。
「……あんたが、そんなはまっているゲームなら、ちょっと試しにやって見ようなかって思ったんだけど、私パソコンとか苦手な人だから、設定とかこのあとに手伝ってもらって……」
「問題ない。肯定だ」
「え……?」
俺が、ニヤリと笑って、やる気満々で一歩前に踏み出したのを見てあいつは、何事かと言葉を途切れさせる。
「問題ないといったのだ。そのミッションは俺が受けてやろう」
俺は、世間知らずで学園を大混乱に陥れる軍曹が乗り移ったかのような口調で、喜多見美亜に向かって言うのだった。
「俺は素人ではない。専門家だ」




