俺、今、女子騎士
「くっ、殺せ!」
俺——向ヶ丘勇はこんな言葉が出てくることからわかる通り、今歩会森の中、オークの群れに囲まれている。
連中の獰猛で猛った瞳。恐ろしげな顔つき。俺に仲間をやられた怒りに体を震わせ、ただ殺すだけでは飽き足らないと、あきらかにヤバイ感じで盛り上がってる下腹部の様子からもわかる通り、こいつらは俺を陵辱してその心を晴らそうとしている。
もちろん、——わかっている。
やるかやられるかの戦場で、泣き言はなしだ。それは覚悟のうえだ。
ここまで俺は何匹も敵を殺った。
俺は、その覚悟は決めていた。
——でも、甘かった。
獰猛果敢に戦ったこいつらと最後に何匹刺し違えてやろうか。
そして、自分の英雄としての生に酔いしれながら、森の大木に身を預けながら死んでいく。
——そんな最後を考えていたのだ。
正直、こういう状況もロマンティックかななんて思わないでもなかった。
ああ、俺、これ、あの有名作品の大食い王さんルートの最後みたいだなとかちょっと思っちゃっていたのだった。
しかしだ、戦場はそんな現代に生きる若者の甘い思いなどあっさりと裏切って俺を恐怖と絶望のどん底に叩き落とす。
「ハァ……ハァ……カコメ……ニガスナ」
興奮したオークたちは、リーダーの指示にしたがい、逃げ場のないように、俺が背を預け木ごとぐるりと取り囲む。
実のところそんなことをされなくても俺には逃げる力など残っていない。もう立つことさえやっとで、こうやって寄りかかっている背中も、少しでもずれたならそのまま地に滑り落ちて、もう起き上がることはできないのだった。
絶体絶命、——と言うよりもう完全に詰んでいた。
俺が助かる可能性は皆無。
そんな状況であった。
——油断したのだった。
俺はオーク二人に腕を取り押さえられ、首筋に剣を突きつけられながら自分の軽率すぎた今日の行動を悔やんだ。
そして、覚悟を決めると脳裏に浮かんでくる、——人生の最後の瞬間に見るといわれる走馬灯。頭の中を通り過ぎる自分の生きたあかし。
楽しいことつらいこと、うれしいこと悲しいこと、悲喜こもごも、——色々あったなあ。……様々な思い出の瞬間瞬間を思い浮かべていた。
——この異世界での俺の半生。
辺境の下級貴族の娘として生まれた俺は、両親の愛情に包まれながら成長するも、安定していても退屈なそんな生活に飽きて家を飛び出し、流れ者の女冒険者となった。
そして、始まるその日暮らし。その刹那的、享楽的な生活を楽しみながら、あれやこれ、——ああ随分やんちゃしたな。
暴力的で刺激的な毎日。冒険者仲間との友情、反発、共闘、裏切り、青臭い恋、失恋……。そして生きるためにしなければならなかった犯罪まがい……、というかあれはもう犯……(中略)俺は、ついには聖都に流れ着くと、そのスラムでひっそりと身を窶すまでに落ちぶれてしまっていたのだった。
しかし、そんな俺は、ひょんなことからこの聖都に住まいになる聖女ロータス様にとりたてていただき、聖騎士の道を歩み始めた。スラムに密かに侵入して、いつまにか巣食った魔族たちによる騒乱の計画、それを、こんな俺にも最後に残った矜持と正義の心により敵に立ち向かい、戦い、叫び、時々逃げながら……だって奴らやべえよ……ほんとまじなんで俺こんなことしてんだろとか思いながらも、あっ、しまった追いつかれた!(中略)そして、剣折れ、ボロボロになりながら神殿を守り立ち往生となった俺を後ろから支えたロータス様は、
「勇、聖騎士になっちゃいなさいよ」
と、微妙に旬を外してむず痒い思いをさせるフレーズで、騎士になうことを勧めてくれたのだった
——それからの俺は、世界中から聖都に集まったエリート騎士や聖人たちに混ざり、厳しい修行を行う。
その時はレベル10のひよっこ冒険者に過ぎなかった俺は、同じく一流聖騎士を目指す仲間たちと交わり、友情、反発、共闘、裏切り、青臭い恋、失恋……。そして聖騎士となるために行った犯罪まがい……、はさすがに聖騎士だからなかったけど……(中略)聖騎士として階梯を登り続けた俺は、いつのまにかレベルも50を越え、小さいながら騎士隊を任せてもらえるようになっただった。
しかし、そんな隊長となっての初めての戦いで、俺は、ロータス様にその引き立てのご恩を返さねばとついつい深追いをし過ぎてしまったのだった。聖騎士の最大の敵である、悪の魔術師ブラッディ・ローゼの右腕、悪逆非道たる女人造人間サクアが直々に聖都ルクスに攻め込んできた騒動で、その撃退にあたり、俺は功を焦り過ぎ突進しすすぎてしまったのだった。
——思えば、あの悪名高いサクアが率いたにしては、相手ははもろ過ぎた。
聖都を取り囲む魔法帝国の軍勢に対して、軍団長エチエンヌの号令で一斉に侵攻した俺も含む聖騎士たち。
迎え撃つ帝国の魔法使いたち。
その戦い。
最初は大混戦の様相を呈したのだが、聖女ローゼ様が後方から自らの生命力を犠牲に——エネルギーに変えて——放った大聖光により、死霊や悪鬼が浄化され兵力が減じた敵の乱れに乗じて、わが方は一気に掃討にかかった。
すると、あっという間に散開して統制を失う敵。ここぞとばかりに聖騎士は逃げ惑う連中を追いかけて戦いを一気に決しようとしたのだが……。
突如禍々しい光をまといながら、空に浮かんだ人造人間サクアは、自陣深く攻め込んだ敵の満ちる戦場を、艶かしくも毒々しい目で見つめながら、
「移動……」
彼女が仕掛けた大転移魔法で聖騎士たちを遠い地へと飛ばしたのだった。
そして始まった放浪。聖都とは別の大陸の未開の魔族の巣のど真ん中に飛ばされたわが隊は、なんとかその窮地を脱すると、危機に瀕しているであろう聖都、そしてロータス様の力になろうと、一刻も早く戻るべく魔大陸を突き進み、様々な危機や窮地を乗り越えて、この世界の秘密、深淵を覗くような体験もして、あっこれシステムバグ!(中略)経験値もレベルもぐんぐんとあがり、海をわたるためなんやかんやのはて(中略)俺は海賊王になるぞ。(中略)人間をやめるぞジョ◯ョ。(中略)友情、反発、共闘、裏切り、青臭い恋、失恋……。そし行った犯罪まがい……、というか犯……(中略)そして元の大陸に戻ってきてからは、再び各地に集結しつつある聖騎士たちとの協力もあり、もう一つだけ険しい山脈を越えれば、聖都ルクスに戻ることができる、——そんな最後の関門で俺は油断をしてしまったのだった。
今は99レベルカンストの俺ならば、出会ったオークの群の一つや二つ、指先ひとつでひとつでダウンさ。勇はショック(中略)ところが、オークを操る魔術師の奸計にはまり、魔法陣の書かれた結界の中にとらわれて、その地に住まう死霊の呪いを使われた俺は、無様にも、MPもHPをほとんど使い尽くしてしまうことになったのだった。
オークだけだと思って、力押しでさっさと片付けようと思った。その心の油断を見事につかれたのだった。
別の大陸に転送された時と同じだ。
つつい、先行し突入しすぎる、俺の癖を見破って、仲間と分断された上で罠を貼られたのだった。
ああ——。いくら強力な聖騎士の力を持つ俺でも、MPもHPもほぼゼロであると、何もすることができない。というか、腹減った。動けん。
その結界に現れた太古の死霊そのものは、俺の聖騎士としての力をフルパワーでつかって、MPもHPもほとんど削って倒したが、今そいつは、さっきまでのキラキラした鎧を纏った美丈夫の姿を変えて、正体の地味な中年のおっさんの姿をさらして倒れている。
へ? 死霊になったのは、歌◯伎町のぼったくりセクシー系キャバクラから逃げる途中で、たまたま会社の飲み会で新宿に来ていた奥さんとばったり会ったことでのショック死……って死霊のおっさんの周りにロールで出てくるの見えるけど、——知らんよそんな設定。
——というか、あるんだな! この異世界に歌◯伎町もセクキャバもあるんだな! ほんとだな? なら行ってやるからな! ああ、男、向ヶ丘勇、この世界でならもう成人してるから、行っちゃうからな! やっちゃうからな!
は? 歌◯伎町もセクキャバも太古の文明と共に滅んだ?
なんだその御都合主義な設定……じゃなくて歴史。
ロールに小さい文字で注意書きするくらいならそんな設定……じゃなくて歴史作るなよ運営……じゃなくて創造神!
でもつまりそういうことなんだな?
俺がここで生き残っても、セクキャバいけないんだな! そうなんだな!
正直、本当にいくのかと言われたら、ビビリの俺は行けないのかもしれないが、——今の俺に残された最後の希望、それもガタリと音を立てて崩れていくその音を、俺は心の中で聞くのだった。
ああ、もう本当に終わりだ……。
俺は、上着をビリビリと破られて、さらしを巻いた胸をむき出しにされそのまま押し倒されると、力なく地面に横たわる。
最後に少しだけ見せた希望を無残に打ち砕く——。
なんという無慈悲な作戦。
そんな、毎年十年に一度の出来栄えの今年のボジョレー・ヌーボー並みの、悪逆非道な作戦を立てたのは、魔法王国の残虐嗜虐な独裁者ブラッディ・ローゼに召喚された、俺と同じ日本人。現代の我が国にそんな奴がいたのかと言うくらいの、悪魔の様な男であったと言うが、……そんなことを知るのはもっと後の話。
今は、ただ目の前のオークの猛々しい股間……。
うぷっ——。
——待てよ!
おいおい、お前ら、知ってるのか?
俺は男だぞ。
そりゃ今は外見は絶世の美少女だけど、中身は男。
うん、そういうの前の世界で慣れてるから、自然に見えるかもしれないけど、——でも男だ!
ひゃー!
臭いよ。息が臭いよ。近づくなよ。
はあ、はあ言ってるんじゃないよ。
だから俺は現実が嫌いなんだよ。
無味無臭な二次元に逃げて……ってそれが今の現実だけど。
——やめとけよ。後悔するぞ。お前らそんな趣味ないだろ
キャー! やめて!
それくらいなら、
「くっ、殺……」
「諦めるにはまだ早いわよ!」
「向ヶ丘くん。遅れました!」
俺が全て諦めて、犬に噛まれたと思って、天井のシミ……はないから木の枯葉でも見ながら耐えようかと諦念したその瞬間、空の結界が破れ入って来たのは。
「喜多見美亜遅えよ!」
「悪い悪い。こっちも魔獣の群れに囲まれてね……でも、もう大丈夫!」
「はい、大癒し!」
魔法少女のパチモンみたいな格好の喜多見美亜と一緒に地上に降り立った、修道女姿の百合ちゃんのかける回復の霊力。そもそも百合ちゃんが来るというだけで癒しなのに、その上彼女の全身全霊の思いを受け取ったと慣れば……、
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
あっという間に回復した俺は、レベルカンストの俺Tueee無双を炸裂させながら、オークの軍団を蹴散らして……。
ああ、俺——向ヶ丘勇は今、女子騎士!
それが、俺の現実。
いかにもゲームにでもでてきそうな異世界での俺の生。
これは、ゲームでも夢でもなく……。
でも、なぜ、俺がこんなことになったのかというと?




