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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
98/192

98 崩落

 テントから出たカインローズの身なりはいつになく整っている。

 アル・マナクの制服を着て、いつもボサボサの髪はオールバックに寝かしつけてある。

 無精髭はそのままだがそこは戦場に来ているのだ多少ルーズでも問題はないだろう。

 陣地中央にある総司令部のテントへと向かう。


「これはアル・マナクの……コンダクター様に何かご用ですか」


 そう問われれば挨拶に来た旨を伝えるべく口を開く。


「昨夜の作戦から総司令が戻ったと報告を受けたんでな。一応厄介になってる身だ。面通しくらいはしておいた方が良いだろ?」

「つまり挨拶に来られたと」

「ま、そんなとこだ。んでそっちの大将さんはそこにいるのか?」


 カインローズの声は良く通る声である。

 元々体格も良いので普通に話をしていても声は大きい方だ。

 総司令部のテントの入り口が勢いよく捲られると、そのままの一人の女性が出てきた。


「ったくお前らは一体何なんだ、アタイは今ものすっげぇ眠いんだ。邪魔してんじゃねぇぞ!」


 凄まじい剣幕で怒鳴った為、入り口でカインローズの対応をしていた兵士は顔を引き攣らせている。


「おう。機嫌悪いとこすまねぇな。こっちも手短にやるから聞いてくれや」

「あん? リーンなんちゃらの上官はお前か?」

「ああ、そうだが?」

「なんであんな性格悪ぃの連れてくんだよ! アイツ絶対アタイの事馬鹿にしてるし!」

「それは悪かったな。俺からも仲良くする様に言っておくぜ」

「アタイはアイツと仲良くなりたいなんてこれっぽっちも言ってねぇし、むしろ視界に入るのが苦痛なくらいだ」

「んじゃ、俺からアイツにそう言っておくぜ」

「そうしてくれ。アタイはお貴族様と喋るのが嫌なんだ。それに比べてお前中々いい感じじゃねぇか?」

「ま、俺は育ちが悪くてな」

「お前もアルなんとかってののお偉いさんなんだろ?」

「まぁ一応な。だがよ、そんなもんは所詮肩書きでしかねぇしな。細かい事はいちいち気にすんな」

「お前は良く分かってるな。細かい事はどうでも良いんだよ」


などとすっかり意気投合した所でカインローズは徐に懐から酒を取り出す。

 携帯用の金属で出来た小さなボトルだが、その蓋には小さめのオリクトが取り付けられるようになっており中身を適度な温度に冷やす事の

出来る一品だった。


「なんかむしゃくしゃしてんだろ? どうだ酒でも」

「お、お前気が利くじゃんか」


 片方が鞭ならばもう片方が飴を。

 きっちりと役割分担のなされた作戦をカインローズはこなして、コンダクターの懐に飛び込む事に成功したようである。

 遠巻きに様子を見ていたリーンフェルトは一息ついてごちる。


「カインさんのお酒は純度が高いのですよね……」


 修業時代には消毒用としても使っていた純度の高い酒をカインローズは所持している。

 尤も二口、三口飲んだところで直ぐに光魔法で解毒したくなる、味は二の次レベルの奴である。

 果汁などで割らなければとても飲めない代物というのがリーンフェルトの感想である。

 しかしこれをカインローズはアシュタリアからわざわざ取り寄せているあたり、気に入っているのだろうと推測される。

 そんな酒を持ってテントに消えて行ったカインローズを見送って、リーンフェルトは欠伸を噛み殺す。

どうやらまだ眠り足りないらしい。


 別段する事も無くなったので、もう一眠りする事にした。カインローズが帰ってくるのは果たして何時になるだろうかと思考して自身のテントに戻って行った。





――一方、グランヘレネでは一つ事件が起きようとしていた。

 その日も朝から研究を進めるべく、グランヘレネのヘリオドールの間にアウグストの姿はあった。

 ルクマデスの件は教皇と未だに交渉中だが、そこそこに手応えを感じている。

 差し当たり本日のおやつもあのドーナツで決まりだ。


 護衛に付いていたケイにはルクマデスを買いに行ってもらっており、今も恐らく長蛇の列に並んでいる事だろう。

 アンリには折角グランヘレネに帰って来ているのだからと一日休暇を与える事した。

 彼は眉間に深い皺を寄せて唸った後、休暇を受け入れて外出中だ。

 これを気が抜けていたのではないかと責められるような事があれば反論は出来ない。

 しかし一度研究へのスイッチが入ってしまえば周りすら気にならなくなるのだから、アウグストは我ながら酷い物だと嘲る。


 ヘリオドールの台座に書かれた古代文字は書き写しもしたし解析はほぼ終わりと言っていいだろう。

 どうやらまたスイッチが入ってしまい数十時間研究に没頭していたようだ。

 徐に懐から金の鎖に結び付いた懐中時計を取り出し、時間を確認して溜息を吐いた。


「あぁ……すっかり深夜ではないですか……遅くなってしまいましたね。それにしてもケイは一体どうしたのでしょうね? お使いを頼んでから優に十数時間経っているじゃないですか、まったく……」


 アウグストは独り言を呟き顎に右手を当てて思考するも、大きな音と衝撃が空間に起きた為考えていた事が吹き飛ぶ。


「くっ……なんですか今の衝撃は……音は上の方からでしたか。ふむ」


 そうして視線を上に向ければ天井がまさに崩落する瞬間を目にした。

 

 逃げなくては自分の身が危ない。

 

 頭は確かに体に動くように命令をしているのだが、思うように体が動かない。

 これは運動不足ではないと信じたい所である。


 間一髪の所で体に力が入り、二、三歩駆け出したところで先程まで立っていた場所に全身血まみれの男が落下してくるのが見えた。


(一体、何が起こっているのですか! まさかクーデターか何かでしょうか?)


 そして崩れてきた天井の瓦礫からぐったりした男を抱えた少女が現れた。


 どうやら天井を崩したのは彼女で間違いないようだ。

 全身血塗れの男にアウグストは見覚えがあった。

 確か教皇の護衛をしていた男だ。

 つまり本当にクーデターが起こったのだと言うのか。

 この少女によってそれがなされたのかと彼女の方に好奇の目を向ける。


 アウグストの護衛に付いていたグランヘレネの兵士達は完全に竦み上がって、武器すら構える事がままならない。

 教皇の護衛についていた血塗れの男こそグランヘレネでも、その実力と信仰心から特別な名前で呼ばれていた人物だからだ。


「確かあれは……」


 記憶から彼の名を口にしようとしたその時だった。


 兵士達が一斉に少女目掛けて殺到し始めた。

 しかし彼女の方が明らかに技量が上であり、これをあっさりと押しのけて血塗れの男に駆け寄る。


 そしてアウグストを始め、この場に居た者は不可解な体験をする事になる。


 なぜならば少女の姿しか見えないのに、何者かと会話をしているようで男性の声が少女の問いに返事をするのだ。

 グランヘレネの兵士達の動揺は、そのざわついた雰囲気が物語っている。


「これをどうすれば……!?」

『胸元へと翳して下さい。そうすれば……』


 そんな不思議なやり取りに目を細めて観察していたアウグストの脇に控えていた護衛の一人が、武器に手を掛けて叫んだ。


「く、くそっ! よくもペインレス様を!」


 それは自分を奮い立たせる為か、はたまた血濡れの男と何かあったのかは推測の域を出ないが剣を抜いて駆け出した。

 しかしそれは剣を振り下ろした所で、突然地中から伸びた植物の蔦のようなものが絡め捕り空中に貼り付けにされてしまった。


 そして見えざる男はヘリオドールの間に響く声で言い放つ。


『邪魔しないで頂きたい』と。


 アウグストは見えぬ何かがこれから成す事に興味が湧いていた。


 このまま邪魔をせずに見ていれば何か面白い事が起こるのだろう、そんな好奇心だ。

 あたりの兵士達は完全に戦意を失ったようである。


 少女は教皇の護衛からオリクトに似た宝珠の様な物を奪うと、抱えていた男を床に横たえる。


(一体何が始まると言うのですか……)


 固唾を飲んで見守っていると、その奇跡は起こった。

 少女がその宝珠を男の胸元に翳すと、宝珠は一際強い光を放ち始める。

 周りはその光に目すら開けられないと目を瞑っていたがアウグストだけは違った。

 光の影響を受けないようにと薄目にして、懸命に光の先を見つめる。


 そして光の先に確かに見たのだ。

 宝珠からいくつもの光の帯が伸び、床に横たえた男の胸にぽっかりと空いた穴に取り込まれていく様を。


 それは言葉に出来ない程、異様な光景だった。

 まるであの宝珠が意志を持っているかのように、横たわる男へ帰るように取り込まれていったからだ。

 今見た事に脳が追い付かない。


 徐々に弛緩する体から鼓動だけがもっと考えろ、この光景を解明して見せろと忙しなく主張する。

 これほどまでに胸が高鳴ったのはいつ以来だろうか。

 この体が震えるほどの未知との遭遇に、体が限界を迎えたようだ。

 ペタリと床に座り込む。

 腰に力がまるで入らず立っていられないのだから、情けない。


しかしそんな中でも鼓動は鳴り響き、真実を探せと血液を脳へと巡らせるのだった。

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