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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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97 コンダクターとの邂逅

 サエス攻略部隊が戻ってきたのは昼も過ぎた頃だ。

 シャハルによってドラゴンゾンビを失い、また多くのアンデッドを消費した部隊には足になる大型のアンデッドが残らなかった為、徒歩での帰還となったようだ。


 リーンフェルトは素知らぬ顔で帰還する部隊を眺めていた。

 土埃に塗れ、グランヘレネの神官服が汚れている。

 特に足回りは酷く汚れており、その行軍の厳しさを物語っている。

 そもそもが魔法使いの部隊であるから、肉体などあまり鍛えていないのだろうと推測される。

 腰を曲げ息を上げている者、倒れ込んで水を欲している者などが散見される。


 その中で一人不機嫌そうな表情の女性がいる。

 間近で見るのは初めてだが、攻略部隊の指揮官でシャハルに滅ぼされたドラゴンゾンビを使役してた彼女である。

 栗色のウェーブ掛かった髪を肩位まで伸ばした、赤い瞳が特徴的な女性だ。


 遠くから見ていたにも関わらず目と目が合う。

 肩を怒らせてズカズカと大股で歩いてきた彼女はリーンフェルトを見るなり睨み付けた。


「アンタ……何者だい?」


 赤い瞳が訝しげな視線を向けて来たので、自己紹介と経緯の説明を兼ねて返事をする事にした。

 グランヘレネの礼儀作法について良く分からなかった為、足を半歩引き会釈して見せる。


「初めまして。昨日からこちらの陣地でお世話になっております。アル・マナクのセプテントリオンが七席リーンフェルト・セラフィスと申します。こちらへは教皇様の要請によりサエス攻略の一助となる様、私の上官であるカインローズ・ディクロアイトと共に派遣されてきた次第です。後で上官共々御挨拶に参りますので、宜しくお願いします」


 至って模範的なやり取りだったと思うのだが、彼女は虫の居所が悪いらしくその扱いは実にぞんざいな物である。


「はん。なに堅っ苦しい喋り方をしてんだい! あのジジイからの増援だと? 冗談じゃない、ここはアタイの好きに出来る遊び場なんだ。妙な奴らに邪魔なんてさせないよ!」

「別に私達は妙な奴らではありませんよ。身分も所属も提示しておりますから」


 一応友好的に振舞おうと思っていたリーンフェルトは、務めて冷静に対処するのだが彼女は既に喧嘩腰である。


「なんだい、アタイは今気が立ってんだ! やろうってのかい?」

「いえ、私達はあくまで援軍ですので……」

「援軍って言うんなら、今ここに昨日失ったアンデッド共の調達して来てくれよ」


 完全にこれは八つ当たりだろう。

 無理な話を吹っかけられたリーンフェルトの表情が曇る。


「確かに援軍と言っても二人だけですが……」

「あははは、二人で何が出来るってのさ! 戦争は数なんだよ数! 澄ました顔でそんな事も知らないのかい?」


 二人という数字に嘲りを織り交ぜて笑う彼女は、リーンフェルトを無知だと笑う。

 しかし、実際問題昨日の戦いの敗因と言えば一人と一匹の能力である。

 そろそろ相手の態度にも我慢の限界が来ていたので、いっそ友好的にではなく嫌がられる形で戦争に参加しないという方向に思考をシフトしていく。


 自己顕示欲の強い彼女のことだ。

 他の力を借りて戦争に勝つ事など、はなから考えてはいないだろう。

 それは教皇からの援軍を嫌がるという体度だけでも十分に証明出来る。


「確かに戦争にはそういう側面はあります。ですが雑魚数千に対して優れた一人で対処可能という事もあるのですよ」


 実際にセプテントリンの面々はそのくらい熟す面々が多くいる。

 シャハルから吸収の能力を手に入れたリーンフェルトも、今なら上席者たちと肩を並べる程の戦果を挙げる事が出来るだろう。


「なんだいその化物じみた力は。たった二人で戦況を覆すだって? ははは、アンタのジョークは最高だな! ならあの糞サエスの連中を皆殺してきてくれよ。そうしたらそいつらを使って王都まで攻め込んでやるからさ」


 世界は自分が思っているよりも広く、自分よりも実力が上の者などゴロゴロといるのだ。確かにグランヘレネの中であれば彼女もまた実力者と認識されるのだろうが、それは了見の狭い話だ。

 例えばアンデッドの大群でカインローズを襲ったとしても、仕留める事は出来ないだろう。操られているだけでは彼の速さには追いつく事が出来ないだろうし、適時操っている者を屠る為に動くだろう。果たして術者に近接攻撃を防ぐ術はあるのか、接近を許さない方法はあるのかとシミュレートしても彼の勝ちは揺るがないのである。


「それが合理的な作戦且つ捨て駒の様な無理な作戦でなければというところでしょうか。そもそも貴女は名前も名乗ってはいませんよ。なんとお呼びすれば宜しいのでしょうか?」


 ペースを崩さないリーンフェルトに彼女はイライラした様子で舌打ちをする。


「チッ……ったくピーチク煩せぇ奴だな。アタイはコンダクターって呼ばれてるよ」

「そうでしたか。では改めてコンダクター様。昨夜はお勤めお疲れ様でした」

「なんだよ! 嫌味か? 見て分からねぇのかよ!? こっちが負けたんだよ昨日は……」

「いえ、それは流石に私でも分かりますよ」

「くっ……アンタ、アタイの事おちょくってるだろ! 馬鹿にしてんだろ!」

「いえ、その様な事は」

「いいや、アンタはアタイを馬鹿にした」

「ちょっと被害妄想が過ぎるのでは?」

「これだから育ちの良さそうな奴は嫌なんだ」

「個人的な好き嫌いは良いです。それで戦況はどうなったのですか?」

「だから、負けだよ負け! 突然下僕共が動かなくなるしよ……ったく気持ち悪ぃ所だよ」


 捲し立てるコンダクターを余所に、冷静に相手の感情を煽る言葉を選びながらリーンフェルトは話を進める。


「なるほど……被害甚大の様ですがこの後はどうするおつもりですか?」

「あん? 戦うに決まってんだろ! このまま帰れるかってんだ」

「本国への報告は……」

「黙っとけよ! 折角面白くなって来たんだから、いいか、絶対にチクんなよ!」

「この戦況を変えるなら私達が出ましょうか?」

「ふざけんな。お断りだよ。お・こ・と・わ・り!」

「そうですか。ならば必要になりましたらお声掛けくださいね。コンダクター様」

「絶対ねぇからな!」

「そうそう後で上官と共に挨拶に参りますのでお忘れなく」

「アタイはお前が大嫌いだから来んな!」

「では、また後で」


――コンダクターとのやり取りした足でそのままカインローズを呼びに行く事にしたリーンフェルトはテントの前で溜息を吐いた。


 普段から中々起きないカインローズを今回はどのように起そうかと考え、面倒だなと思った為に出た物だ。

 だからまさか中から返事があるとは思っていなかったのである。


「はぁ……失礼しますよ。カインさん」

「ああ、こっちは起きてるぜ。しかしここまで聞こえたぞ? リン、派手にやったみたいじゃねぇか」

「別に派手ではないですよ。むしろこの距離で聞こえるのはカインさんだけですよ」


 陣地の中央付近からテントのある端の方まで、その会話が聞き取れるなどどれだけの地獄耳なのだろうか。しかしこれも不思議ではなかった為、リーンフェルトはさらりと流す。


「かもな。だが……リンらしくもねぇ。随分煽って来たじゃねぇか」

「昨日の戦いを見て彼女の性格を何となくですが掴めましたので」

「あれで俺達が戦争に投入される事はほぼなくなったな。ここにいる意味あるか?」

「一応任務ですから、いないといけないと思いますけど?」

「だわな。それはそうと俺も挨拶に行かないといかんのだったか」

「そうですよ。折角私が嫌われ役を買って出たのですから、上手くやって来てください」

「ったく……ハードル上げんじゃねぇよ……」

「ではお願いしますね、カインさん」

「ああ、まぁ適当にな」


 そうしてカインローズは苦笑しながらテントを出てコンダクターへの挨拶をするべく歩き始めたのだった。


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