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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
95/192

95 雌雄を決す

 リーンフェルトは目の前で行われようとしているドラゴン達の戦いの規模に戦慄を覚えていた。

 仮にシャハルとドラゴンゾンビとのブレスが衝突した時の魔力はどこに行くのかと考えてゾッとしたのだ。

 二頭の咢には今にも放たれそうな濃密な魔力を感じる事が出来る。

 あれがぶつかったならば、ここ一帯は焦土と化す事は確実だろう。


 アンデッドが動かなくなった事により防衛陣地から打って出て来ていたサエス側は戦場の中くらいまで進軍していたのだが、臨戦態勢に入ったドラゴン達を見て慌てて撤退を開始する。


「あんな物に巻き込まれたら生きてはいられないぞ! 総員退避!」


 駆け足で防衛陣地になだれ込むのを確認したシャハルは、自身の水龍を模した姿がスッポリと納まるほどの魔方陣を背後に形成して見せる。

 それは魔力増幅の魔法陣であり、リーンフェルトも一目で分かったほど基本的な物だった。

 しかしその大きさは今まで見て来た魔法陣の規模を遥かに凌駕する巨大だ。

 その魔法陣が蒼白い光を放ち始めると、シャハルはブレスを一気にドラゴンゾンビへと解き放つが、呼応してドラゴンゾンビもまた黒色の禍々しいブレスを天に陣取ったシャハルへと吐き出す。


「シャァァァァァァアアア!」

「シュォォォォォォォォ……」


 二頭のドラゴンが歓喜の咆哮と共に放ったそれらはお互いの力を推し量るべくぶつかり合った。

 蒼白と黒色の魔力は直線を描いて激突する。

 そこから生まれた衝撃波が大気を激しく揺ぶり、豪風が吹き荒れ地表を剥がしては砕き、粉々になった砂塵を巻き上げる。


 一直線に放たれた蒼白の水の魔力は一閃となって、ドラゴンゾンビのブレスとぶつかっては対消滅を繰り返す。

 ドラゴンゾンビのブレスが闇の魔力塊である事から、対消滅を起こすのならば光の魔力となる。

 水の女神リーヴェの使者風味を出している顕現しているシャハルは光の魔力も偽装して使っているようである。


 いろいろ派手な事になっているが、シャハルの魔力が抑え込む形で被害は最小限に留まっている。

 どうやらブレス対決はシャハルに軍配が上がったようである。


「シャァァァァァァアアア!」


 勝鬨を上げるようにシャハルが吠えれば、防衛陣地から成り行きを見ていた兵士達からも声が上がる。

 ドラゴンゾンビを従えるグランヘレネの指揮官が、両手を地につけて何か魔法を発動させればアンデッド達が再び動き出す。

 確かにリーンフェルトが干渉していない今ならば、アンデッド達が動けるようになるのは道理で次々と立ち上がり一軍を成す。


「シュォォォォォォォォ……」


 ドラゴンゾンビが一鳴きすればアンデッド達は走り始める。

 しかし防衛陣地へと向かう訳ではなく、むしろ逆方向に始めた姿に撤退かと思った防衛陣地の兵士達から笑い声すら起こる。

 ドラゴン同士の戦闘に一区切りついたが逃げる筈のないアンデッド達が、逃げる様に背を向ける事に違和感を感じる。


 何故なら明らかに後方にいるドラゴンゾンビの周りを固めるようにアンデッド達が移動しているからだ。

 楽観視するサエス陣営に溜息をついた。


「あれで終わる訳ないじゃないですか……」


 どう見てもこれは終結ではないというのがリーンフェルトの見解だ。

 そもそもあのドラゴンゾンビをどうにかしない事には、サエス側の脅威は去った事にはならない。

 仮に今日の戦いがこのままグランヘレネの撤退に終わったとしても、明日の夜にはまた体制を整えて来るに違いないのである。


 そして彼女はもう一鳴きしたドラゴンゾンビへと目を向ける。

 そこには異様な光景が広がっていた。

 ドラゴンゾンビに群がる様に集まったアンデッド達が次々とドラゴンゾンビに食われ始めたからである。


 あれで失った魔力を回復するのか、それとも力が増すのかは分からないが、少なくとも食事であることには変わらず魔力の回復は確実に行われるだろう。


「ふむ……あれで回復と強化の効果があるようじゃ」


 不意にシャハルの声が聞こえてリーンフェルトはあたりを見回した後に、その声の元が胸元になる事に気が付き声を掛けた。


「ご苦労様です、シャハル。ところで回復と強化というのはあのドラゴンゾンビの事でしょうか?」

「そうじゃ。奴の事じゃ……ちとその他のアンデッド共が厄介な事をしてくれておってな、こちらに意識を戻したのじゃ。主殿、奴から魔力を吸収して欲しいのじゃ。このままでは何度でもその場の死体から奴は回復してしまうわい」

「なるほどそういう事ですか。では私はまた空の上から吸収を。シャハルはあれにトドメをさして下さいね」

「やってみるのじゃ」


 そうしてリーンフェルトはシャハルの要請を受けて、先にいた位置からやや高度を上げた所で地上に向けて両手を伸ばす。

 吸収の能力は直ぐに発動してあたりの魔力を吸い込み始める。


 ドラゴンゾンビに群がっていたアンデッド達が力なく地に転がり始めれば、グランヘレネの指揮官は負けじとアンデッドを再度使役しようと試みる。


「さっきは出来てなんで今度は出来ないんだ!?」


 苛立ちに叫ぶ彼女の様子を上空で見ながら吸収の能力を強めに発動する。

 再びアンデッド達が動かなくなった戦場ではシャハルとドラゴンゾンビ、グランヘレネの指揮官くらいしか動いている者はいない。


「シャァァァァァァアアア!」


 シャハルは水龍に意識を戻し終えて空が割れんばかりの咆哮を上げる。

 そして多重に魔法陣を背後に展開させるとそれに魔力を通し始め、反応を示した魔法陣は蒼と白の明滅を繰り返す。


 一際強い光があたりを支配すれば、間髪入れずにシャハルが魔法を展開する。

 それは幾多の蒼白の閃光を生み出し驟雨の如くドラゴンゾンビに殺到する。


「シュォォォォォォォォ……」


 閃光が貫いた腐肉が塵芥と化し、魔法の威力のままに吹き飛ばされる。


「クッ……アタイのドラゴンゾンビが……クソッ!」


 シャハルの魔法が生み出した衝撃がグランヘレネの指揮官を吹き飛ばす。

 これ以上は戦っても無駄と判断したのだろう。

 地面を転がりながら受け身を取り立ち上がると、撤退を指示して陣地へ引き上げていった。


 一方、シャハルはと言えば何のサービスだか知らないが、サエス防衛陣地の上空を悠々を飛び回り一つ咆哮を上げるとキラキラとした光を産みながらゆっくりと消えて行ったのだった。


「ただ今戻ったのじゃ」


 意識を本体へと戻したのだろうシャハルの声が胸元から聞こえてくる。


「随分と気前のいい事で……あのパフォーマンスだけでかなり時間を取りましたよ?」

「いや、なに久々に崇拝される感覚という物を味わった故な」

「昔崇拝されていたのですか? シャハルが?」

「ふん、吾輩は長生き故な、そういう事もあったという話じゃ。さて主殿、早速グランヘレネの陣地まで戻らねばならんのではなかったかの?」

「……そうでした。全速力で戻りますよ。カインさんがいつまでも誤魔化し切れるとはとても考えられませんから」


 リーンフェルトは南東に向かって全速力で風魔法を行使してグランヘレネの陣地まで戻る事になる。

 そこでちょっとした事件が起こっていたのは、流石カインローズと言えよう。


 何故かグランヘレネの陣地に建てたテントの前で数名の兵士とカインローズが揉めている場に遭遇する事になる。

 テントの裏側から魔法を使って気配を消して中に入り、シャハル特製の綺麗なリーンフェルトを回収する。

 別に素のリーンフェルトが綺麗ではないという話ではないのだが、シャハルの作った偽物は目元が潤んでキラキラとしており物憂げな表情を湛えている為か本物よりも女性らしく見える。


 そして何食わぬ顔で表の揉めている所に顔を出すのだった。


「皆さん何をこんな時間に騒いでいるのですか? カインさんこれは?」


 状況の説明を促したはずなのだが、彼の解釈により集まって来ていたグランヘレネの兵士達を追い出し始める。


「ほら見ろ! 温厚なお嬢様も流石に五月蠅いとよ! ほらお前ら今ここで戻らねぇと仕事をサボってたって上官共に言いつけるぞ!」


 犬を追い払うように手を外に向かって払うと、兵士達は渋々としながら解散していった。

 人の気配がすっかりなくなってカインローズとリーンフェルトの二人だけがテント前にポツリと残った。


「これは一体……何があったのです?」


 テントに入るなりそう質問したリーンフェルトの行動は当然と言える。


「ああ、それがな……」


 明後日の方向を向いて頭をガシガシと掻いたカインローズは突然真顔になってリーンフェルトに事の顛末を話し始めたのだった。

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