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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
93/192

93 サエス防衛戦

 防衛陣地での籠城を選択したサエス側は遠距離からの攻撃に終始いている。

 例え遠距離攻撃だからと言って決して楽な物ではないし、物資の消費と兵士達の疲労だけが貯まっていく。

 未だ最後方で構えているドラゴンゾンビは動き出す気配はないが、その圧迫感は半端な物ではない。

 この段階に来てもまだリーンフェルトはじっと機会を遥か上空から見ていた。


「主殿、本当にあれと戦わせてはくれんのか?」


 未だ戦いを諦めきれないシャハルは彼女に文句を言うが、あっさりと受け流される。


「諦めてください。作戦に支障が出ます」

「ぬぅ……」

「大体、完全体でもないシャハルがあの大きなドラゴンゾンビと戦う姿が思い浮かびません。どうやって戦うつもりなのですか?」

「それは吾輩の華麗な魔術で戦うのじゃよ」

「……やはり駄目です。今回は大人しく囮に徹してください」

「納得いかないのじゃ……」


 そんなやり取りをしている間に防衛陣地の城壁に辿り着いたアンデッド達は、他のアンデッドを足場にしてその壁を乗り越えようと群がり始めた。


「それでは行きますね。シャハルはちゃんと上空を飛んで目を逸らせてくださいね」

「うむ……わかったのじゃ」


 渋々とシャハルはぬいぐるみの体を顕現させるとふわりと宙に浮いて見せる。


「では、吾輩の秘術とくとご覧あれじゃ!」


 両手を広げ闇の魔力をぬいぐるみの様な体から噴き出すと、三層の魔法陣を形成する。


 古代文字で描かれたそれは最上段は複雑過ぎてリーンフェルトには全く読めなかったが、下二段は魔力の増幅させる為の物のようだ。鮮血の様な赤と向こう側が透けて見えないほど濃密な黒とが明滅するそれを発動させるとシャハルの姿が徐々に霧状になり魔法陣へと吸い込まれ溶けていく。


 魔法陣の怪しい光が収まる頃には霧状の体が空一面を覆うほどに広がる。

 赤い瞳が暗闇に煌々とその存在感を示すと空気がビリビリと振動するほどの咆哮を上げる。

 シャハルを認知した戦場は騒然となり、両軍共にその動きを暫し止める。

 誰しもが突然上空に現れた謎の存在に目を向けてしまう。


 シャハルに注目がいったのを見計らってリーンフェルトは地上に向かって両の手を突き出す。

 意識を吸収する事に向ければ、自然と発動するまでに馴染みつつある能力の効果は絶大だった。

 リーンフェルトの感覚としては操り人形の糸を絡め取る様に、ゆっくりと巻き取るイメージで能力を発動すると、引きちぎられた魔力の糸がリーンフェルトの展開する渦に飲み込まれ始める。


「うっ……くぅ……」


 無数のグランヘレネのアンデッド達を操る魔力を一手に吸い上げているのだ。

 その負荷は並大抵の事ではない。

 奥歯を噛み締めて何とか姿勢を維持するリーンフェルトの頬に汗が流れ落ちる。

 季節は既に真冬であるが、それでも大量の汗が噴き出るのは、吸収している魔力がリーンフェルトの体の中を暴れまわっているからだ。


「シャハル……早くこの吸い込んだ魔力を……苦し……」

「おっといかん忘れておったのじゃ! 待っておれ主殿」


 体内にあるシャハルの核が思い出したように作動し始めると、先程とは打って変わってかなり楽になってきた。


「楽になって来ました……ありがとうシャハル。でもちゃんと仕事はしてください、今のはかなりきつかったです」

「うぬ……吾輩とした事が面目ないのじゃ」

「取り敢えずもう楽になって来ましたから、そんなに落ち込まないでください。私達の戦いはこれからですよ」

「今度はしっかり集めた魔力は吾輩の核の方へ流れる様に魔力回路を組んだわい……思う存分吸うが良かろう」


 シャハルの言葉に一つ頷き、再び集中して吸収の制御を行う。

 少し余裕が出てきたリーンフェルトは戦況がどうなっているかを確認する為に、視線を地上へと向けた。


 まず魔力供給が突然無くなってしまったグランヘレネのアンデッド達は、兵士並みの統率を失い彷徨う屍となり果てる。

 城壁に取り付いていたアンデッドはバランスを崩し宙に投げ出されると激しく地面に叩きつけられ、熟れた果実を落とすが如くその腐肉を撒き散らして動かなくなる。


 統率のないアンデッドは的確なサエス側から攻撃を受けて次々と沈黙していく。

 倒したアンデッド達が再び動き出さなくなった事で永遠に続くと思われた悪夢に終わりが見えて来た。


 目に見えてサエス側の攻撃が入るようになり、一匹また一匹とアンデッドを倒す事で士気が急速に回復を始めた。

 勢いに乗ったサエス兵達は防衛陣地からありったけの魔法、火矢、投石などを使って、この防衛戦で初めてとなる攻勢に転じる事となる。


 後方のドラゴンゾンビは依然としてその不気味な姿を晒している。

 核から遠隔操作を行っているシャハルの落ち着きのなさ、何かそわそわした物を感じ取れるのは彼の契約者だからだろうか。


 そんな空気が伝播して、リーンフェルトは堪らず聞いてしまう。


「そんなに気になるのですか?」

「吾輩もドラゴンの端くれ故な。同族との闘争本能には抗えぬのだよ」


 自身の作戦は概ね成功したと言える。

 後は後方に陣取る別働隊からも魔力を絞り取れば良いのだ。

 しかしあのドラゴンゾンビをリーンフェルト自身が相手する訳には行かない。

 それはアル・マナクに取っても、リーンフェルト自身をも危うくする。

 ならば現在正体不明のドラゴンであるシャハルをぶつけてしまうのも一つの手だろう。

 そう考えたリーンフェルトはシャハルに許可を出す事にした。


「分かりました。そんなに戦いたいのならばむしろ大暴れして来てください。それで魔力の制御や貯め込んだ魔力をちゃんと保管しくれるというのなら許可します」

「ほ、本当かの!?」

「ええ、ですがその代わりしっかり戦場を引っ掻き回してきてください。もちろん私達だとばれないように」

「ふむふむ……では水の女神の使者風にやってみようかの」


 黒い霧状だったシャハルの体が徐々に青みを帯びていく。

 蒼白の鱗と六翼を備えたサーペントの姿を形作れば、サエスの兵士達は歓声を上げる。


 そして口々に女神への感謝を叫ぶのだ。


「どうじゃそれらしかろ? しかし……こうも簡単にいってしまうとなんだか拍子抜けするわい」

「いいじゃないですか。サエス側は随分と士気が上がっている様ですし」

「では、許可も下りたじゃし、あれと戦ってくるかの」


 嬉々とした声を上げたシャハルは霧状の体の方に完全に意識を移したようである。


「私も頑張らないとですね」


 そういって一層の制御を加えてリーンフェルトはグランヘレネ側から魔力を吸い上げる。

 魔力供給の切れたアンデッドの群れが動きを止めると共に、グランヘレネ側に動揺が走る。

 というのもアンデッドの方ではなく、顕現したシャハルが後方にいるドラゴンゾンビめがけて蒼炎のブレスを吐き散したからだ。

 大地を焼き尽くさんと広がった蒼い炎はアンデッドの体を焼きつくし、ドラゴンゾンビ手前までを一掃する。


「あんなに魔力を放って大丈夫なのでしょうか。ちょっと不安ですね」


 リーンフェルトは自身が吸い上げた魔力を使わられてしまったのではないかと気が気ではないのだが、一応契約上は主人である。

 そこは従者を信じるしかない。

 

 シャハルとドラゴンゾンビが戦い始めたあたりで、完全に魔力の供給を断つことに成功したリーンフェルトは後方で待ち伏せているあちらの部隊も潰してしまおうと考えていた。

 サエス防衛陣地前の戦場はドラゴン大決戦に呆気に取られており、両軍ともにその行く末を固唾を呑んで見守っている。

 

 この間にリーンフェルトは後方に向かって移動を開始した。

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