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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
92/192

92 落日の蠢く影

 サエス防衛陣地内。

 辺りを一望出来るよう一際高く作られた物見櫓の上に守備隊長を任された男が立っている。

 勿論見張りの為である。

 本来ならば下の者の仕事であるが、今は少しでも彼等を休ませてやりたい。

 そんな思いで彼は見張りに付いているのだが、夜の帳が下りていくと同時に暗澹たる気持ちに飲まれそうになっていた。


 今日もあと少しで日が暮れる。

 あの日の光が無くなれば、今夜もグランヘレネのアンデッド達は襲いかかってくる。

 南東の地平線に蠢く死体が山の様に見えれば、今夜の戦いが始まるのだ。

 低い呻き声を上げ、動きはやや緩慢ながらも武器を振るう為侮れない。

 またその膂力は既に生きていた時を遥かに凌駕する。

 腕が千切れようが、骨が砕けようが前に進み只管に生者を襲い死へと引きずり込もうとするのだ。


 きっとグランヘレネの連中は死んでいればなんだっていいのだ。

 魔物の死体からドラゴンの死体まで、果ては前の戦闘で死んだサエスの兵士達、味方だった者達がアンデッドとして襲い掛かってくるのだからやるせない。

 士気は落ちるし、戦友と呼べる彼等と正直戦いたくないというのが本音だろう。

 しかし彼等にそれは許されない。

 例え逃亡した所でアンデッド共が街へなだれ込み、殺戮を繰り返すだけだ。

 街には恋人を残して来た者、親や妻などの家族を残してきた者も多くいる。

 ここで逃亡する者は皆無である。

 それぞれがそれぞれに守りたいものがあるのだ。


 しかしサエス防衛陣地は陽が落ちて行くにつれて、深い溜息と女神に祈る者が増える。

 今宵もアンデッドという名の絶望の波が押し寄せてくるのだろう事への溜息が自然と漏れるのだ。

 夜がこれほどまでに長い物なのかと感じずにはいられない。

 昼間に少しだけ仮眠を取る事でなんとか体を休めているが、連日ともなれば疲労は蓄積されていく。

 疲れは動きを鈍くし、感覚を麻痺させる。

 イライラが募れば険悪な雰囲気さえ漂う。

 だから多くの者は冷静さを欠く事のないようにこう考える。

 グランヘレネの襲撃を生き延びる事、そればかりが思考の全てだ。


 そして無情にも地平線が蠢き始める。

 彼は一度大きく息を吐いてありったけの空気を肺に吸い込むと大声を張り上げる。


「グランヘレネのアンデッドを確認した! 皆持ち場に着け!」


 それを聞いた下士官クラスの兵士達が自分の部隊の点呼を取り始める。


「我等の女神よ、どうか同胞達を守り給え……」


 彼は短い時間祈りを捧げると、駆け足で物見櫓から降りて行った。


――サエス防衛陣地上空。

 リーンフェルトはグランヘレネの別動隊が待機位置まで移動したのを確認した上で、一度防衛陣地まで戻って来ていた。

 防衛陣地の後方に配されたその部隊は数も然る事ながら、魔物の中でも動きの素早い者の死体達で構成されていた。

 生前よりは格段に俊敏さに欠けるだろうが、それでも人並みには動ける。

 これは敵を殲滅させるような後詰めの配置だ。

 今晩の攻撃がグランヘレネの本気であり、防衛陣地を潰すつもりなのが、本作戦が実行部隊以外には秘密にされていた事からも伺える。


 今晩の攻勢により潰走が予想されるサエスの残党を待ち伏せで叩くものと見て間違えないと思われる。

 士官の端くれであるリーンフェルトは部隊構成を見て、暫し思考を巡らす。


「私ならば頃合を見て防衛陣地へ攻勢を仕掛けますけど……」


 グランヘレネの指揮官は、今日の夜襲にかなりの自信があるのだろう。

 それは直接防衛陣地を襲うという作戦ではなく敗残兵を取り逃さない様にする部隊配置から見て取れる。


「余程正面からの攻撃に自信があるみたいですね」

「そりゃそうじゃわい。見たかあのドラゴンゾンビの大きさを。ま、勿論吾輩ほど大きい訳ではないがのぅ」

「確かにあのクラスのドラゴンを屠るだけの戦力は有していると言う事ですよね」

「うぬ。あれが生前どの属性を持ったドラゴンであったかは分からぬがの。ただ強大な戦力である事は間違えないのじゃ」

「確かにあれが正面からくるのであれば、疲弊しきったサエス側からすれば絶望でしょうね」

「なんにしても吾輩達の作戦が上手くいけば、ほぼ無力化出来ようぞ。なにせ使役している魔力を奪うのじゃからな」

「上手くいけばですけどね」

「何を気弱な事を。大丈夫じゃ理論上はアンデッドすら消し去る事が可能じゃわ。ただ今の主殿では完全に消し去るのは無理じゃがの」


 シャハルの説明にリーンフェルトは首を捻る。


「理論上と言うのはどういう事ですか?」

「ふむ、全ての物質は魔力によってその姿を保っておるのじゃよ。これは小さき者達であっても魔物であってもそれは変わらぬ。その形を保つ為の魔力すら吸い尽くせば、この世界に存在する事は出来ぬという話じゃ。ま、あくまで理論上じゃがの。今回は術者とアンデッドの繋がりを断つのが狙いじゃ」


 リーンフェルトはシャハルの言葉を少し呆然とする。


 確かにシュルクは多かれ少なかれ魔力を持っているし、食事であったり、睡眠を取る事で回復する。

 この世界の常識として仮に魔力切れを起こしたとしても、体調不良となる事だけで死には至らないというのが一般的な考え方だ。

 そこから推測される事として体を維持するのに何らかの魔力が必要である事は分かっているのだが、それが体を維持する為だとは解明するに至っていないのだ。

 つまりシャハルの言葉に当て嵌めて考えるとこうなる。


 魔力切れを長い間起していると、姿を維持できず消滅するという事だ。


「はぁ……。シャハル……いえ何でもありません」

「なんじゃな主殿?」

「いえ、貴方は本当にとんでもない存在なのだと今更ながら気が付きまして」

「カッカッカ、吾輩の偉大さが分かったであろう?」

「ええ、なんだか戦う前からドッと疲れました……」


 世に解き明かされていない情報を知ってしまった事に一瞬動揺したが、すぐに戦場である事を思い出し冷静さを取り戻す。


「コホン。ともあれ魔力の繋がりを断てば良いのですね」

「うぬ。しっかり吸って奴の腕の足しにせねばなるまいて」

「……はい。それについてはシャハルに魔力を預かって貰うのです。お願いしますね?」

「心得た。吾輩に任されよ」


 高度を保ったままリーンフェルトは戦闘が始まるまでの時間を今後について考える事に充てた。

 アダマンティスにジェイドの足取りを追ってもらう事。

 彼の腕を治す為に大量の魔力をかき集めなくてはならない事。

 それをどうやってかき集めるのかなどひとしきり考えていると、いよいよ地平線に日が完全に沈む。

 多くの物は一日の終わりを感じるのだろうが、殊この場に至ってはこれからが始まりである。


 日が完全に沈めば、希望の光を打ち消すような闇が広がりあたりはいよいよ暗くなる。

 蠢き、犇めき合って行進する死者の群れは、前面にゾンビやスケルトンといったサイズの魔物を配し前線を押し上げてくる。


 そして最後尾に巨体を誇るドラゴンゾンビが今は腐り爛れ落ちた喉元から空気が漏れるような音を立てて咆哮すれば、死体達は一層動きを早めた。

 その魔法の効果を見たシャハルから嬉々とした声が上がる。


「ほう……狂騒の闇魔法か! であれば主殿、あれは闇属性を宿したドラゴンじゃ」

「シャハル……作戦通りですからね?」

「そんな殺生な! 中々お目にかかれない種族のドラゴンじゃ……我輩の闘争心が滾るのじゃ!」

「ダメですからね? 作戦通りにシャハルは囮ですからね!」

「ぬぅ……」


 不満気なシャハルの声を聞きながら、リーンフェルトは仕掛けるタイミングを計りその時に備えるのだった。

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