91 死竜を追う
聞き込み開始から三十分の時が流れた。
「皆さん口が堅いですね……」
「全く、ヘレネ様々って所だな」
最初は二人で、埒が明かないと二手に分かれて聞き込みをした結果がこれである。
誰一人として口を割らない。
情報が手に入らなければ、今晩の戦場が分からない。
仕掛ける場所を抑える事が出来なければ、事前にアリバイ工作などが出来ない事になる。
アリバイがなければ当然疑われるだろうし、今後にも大きく影響するだろう。
今回の任務は極秘裏に行われなければならないのである。
「むしろ下っ端共が知らないという可能性があるか……そうなると指揮官か実働部隊の連中くらいしか行先を知らないって事か」
グランヘレネのアンデッドを実際に操っているのは魔術師達である。
アンデッドが戦場に赴く以上、必ず魔術師たちも魔力の届く範囲にいる筈。
そう考えたカインローズは辺りを見回して、魔術師を探し始める。
「指揮官と言えばグランヘレネの聖職者のローブは白地に金の刺繍でしたよね。確か」
「ああ、しっかし見えねぇな。もしかしてもうこの陣地に居ないんじゃねぇか?」
「それならば確かに納得できます。であればここにいる人達は留守番で作戦の詳細を知らされていないという所ですか」
「かもしれねぇ。そりゃ聞いても知らん、分からんと言われるわな。実際知らされていねぇんだから」
この仮説が正しければシャハルの能力を使えば追跡出来るのではないだろうか。
リーンフェルトは思いついた事をカインローズへ提案する事にした。
「カインさん、シャハルの能力で彼を追えませんか?」
「確かに。なあシャハルそれは可能なのか?」
リーンフェルトの方を向いてそう語りかけるカインローズにシャハルは実態を現さないまま答える。
「もちろん可能じゃ。小粒の魔力が複数に北西に向かって移動しておるわ」
その答えに二人は顔を見合わせると、黙って頷き合う。
「流石ですシャハル! これで足取りを追えます」
「カッカッカ。これで先の失敗はチャラじゃわい」
どうやら彼は先のヒュドラの件を気にしてた様である。
今度こそ役に立てたと愉快そうに笑う。
辺りに誰もいないから良いものの、現在シャハルは実態を顕現させていない。
シャハルを認識してるのはリーンフェルトとカインローズの二人だけだ。
その為、今のやり取りを見られていたのであれば姿の見えぬ第三者と話す不審人物である。
ともあれそうと分かれば、次の行動に移る事が出来る。
「早速私の方で追いかけてみます」
「ああ、それじゃ俺はこっちに残って疑われないようにアリバイを作ろうじゃないか」
彼はそう言って笑うと姿のないシャハルに一言声を掛けた。
「シャハル。リンを頼んだぞ」
「ふん。心配されんでもしっかり見ておくわい」
カインローズは一つ頷いてテントの方へ戻ろうとする。
「待つのじゃカインローズ。これを持って行くがよい」
そう言って作り上げたのはリーンフェルトに似せた人形だった。
出来としてかなり精巧に作られている。
寧ろ実物よりも若干だが美化されているように思える。
「なんだよこの不気味な奴は……リンに似せて作ってあるみたいだが……?」
首を傾げるカインローズに、シャハルは笑う。
「カッカッカ。この高尚な魔法芸術が分からぬとはな。片割れしか姿を確認出来なければ、主殿の別行動が疑われよう? その為のデコイで作った主殿じゃ。これを主殿に見立てて部屋に置いておくがよい」
「成程な。これはどれくらいの時間このままで持つんだ?」
「吾輩からの魔力供給を断ったとしても半日はこのままの姿を維持させる事が出来ようぞ」
半日も持つならば十分リーンフェルトの影武者として働いてくれるに違いない。
「おう、早速使わせてもらおう。正直一人で誤魔化せるか危なかったからな」
「ふん……吾輩等が居ない間に主殿の人形でよからぬ事をせぬようにな」
「……んなもん誰がするか。俺はもっとこうバインバインの……」
シャハルの言葉を冗談で返したつもりだったカインローズは事の不味さに最後まで言葉を口にする事は出来ない。
なぜならばリーンフェルトが只ならぬ笑顔で殺気を放って居たからだ。
心の声を代弁するならきっとこうだろう。
なに……死にたいの? である。
剣呑な雰囲気にカインローズの額からは嫌な汗が噴き出す。
冬もそろそろ始まろうとしている頃であり、カルトス大陸の風は時折肌に刺すような痛みを与える。
つまり気温と言う話ではない。
年頃の乙女に触れてはいけない事がある。
何かを踏み抜いた感はあるが、カインローズはリーンフェルトの人形を抱えると一目散にその場から逃げ出した。
走りゆく彼の背中を見ながらリーンフェルトは殺気を放つのを止める。
「全く……カインさんにはデリカシーという物が足りませんよ。さてシャハル、貴方も同罪ですが今は許して差し上げます。グランヘレネの魔術師を追いますよ」
「む、むぅ……吾輩は無罪なのじゃ……」
「何か?」
「な、なんでもないのじゃ! 早速小さき者どもを追いかけるのじゃ!」
この場から逃げる事の敵わないシャハルは、もはや従うより他ない。
こうなれば主人たるリーンフェルトの意のままに従い、なんとか機嫌を戻そうと頑張ろうとする。
先程よりも必死に魔力感知を働かせるとその方向を示した。
「ここよりまずは北西に数キロ先に魔力を複数感じるわい」
「ならばそこに行って見ます。シャハル、お願いしますね」
「心得たのじゃ」
リーンフェルトの思考を読み取ったシャハルは存在を感知されないように結界を展開する。
存在認知されにくくなる結界は張ったが、それでも完璧ではない。
彼女はグランヘレネの陣地から別行動がばれないように細心の注意を払って空へと舞いあがる。
陣地内の兵士達はリーンフェルトが飛び立った事には気が付いていないようである。
「よし……それでは追跡します」
「うぬ。吾輩に任せよ」
シャハルの魔力が進むべき方向に感じ取ることが出来る。
それを頼りにリーンフェルトは風魔法による飛行を開始する。
――陣地を抜け出した彼女は高高度からの移動を試みる。
地上から見つけることが出来てもそれが鳥とも人とも区別がつかないくらいの高さからであってもリーンフェルトからは地上は丸見えである。
グランヘレネの一団を見つけるのにはさほど苦労はしなかった。
なぜならば彼等はドラゴンゾンビを従えての行軍でありそのドラゴンの死体がかなりの巨体であった為、比較的早く目視で確認することが出来た。
流石にシャハル程の魔力感知ではないので、リーンフェルトが彼らの頭上高くを飛んでいる事すら気が付いていない様である。
彼等の上空を飛んだまま今晩の目的地に到着したのだろうか、ドラゴンゾンビを使役していた女性が指揮を取り部隊を二つに分けた。
恐らく彼女が隊長なのだろう。
彼女はサエス側の防衛拠点の後方を示すと、回り込むように指示する。
どうやら一方をサエスの防衛陣地後方へと配置した様である。
「挟み撃ちですか……疲弊しきったサエスの兵士達をここで始末するつもりの様ですね」
「そのようじゃの……主殿、これはある意味絶好のタイミングとも言えるのではないか?」
「ええ、大量に魔力を使っていただければ私の方も吸収しやすくなりますので、それと万が一私の存在がばれるとも限りませんシャハルには本物の姿で上空を飛んでもらいますが出来ますか?」
「いや出来ぬな。吾輩の顕現には魔力が足りなさすぎる」
「そうですか、目くらましになればと思ったのですが……」
「何も実体を顕現せずとも、その程度の事ならば吾輩に任せよ。幻影で誤魔化す事くらい朝飯前じゃ」
「わかりました。では、シャハルにはそれをお願いして……私は先に後方に回った部隊の方から魔力を頂いてしまいますね」
後方の別動隊を追いかけるリーンフェルトは夕闇が迫るサエスの防衛陣地を飛び越えるのだった。