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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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90 グランヘレネ陣地

シャハルが示した方向に暫く進むと今度こそグランヘレネ軍の陣営が見えてくる。

いらぬ混乱を避ける為、ここでシャハルは一度姿を隠す事なった。

ぬいぐるみのようなフニフニとした体を霧散させると完全に姿が見えなくなった。


「んじゃ行ってみっか!」

「はい!」


二人は徐々に高度を落としてグランヘレネの陣地へ降り立つ。

陣地と言っても木造の柵を巡らせ仕切った場所に逆さ十字の国旗が至る所に配されおり、グランヘレネの陣地である事を主張している。


「なんだ貴様等は!」


突然空から降りてきた二人に警戒に当たっていた兵士が声を上げた。

あっという間に兵士達に取り囲まれたリーンフェルト達は、槍の穂先を突き付けられる。


「ああ、なんだ……俺の名はカインローズ・ディクロアイト。アル・マナクの青い死神と言った方が通じるか。貴殿等の本国からの増援と言う形で暫く厄介になる事になった。ここの指揮官殿にお目通り願いたいのだが?」

「コンダクター様は今、今晩の準備を進めている所だ。こちらで身分を改めさせてもらう」

「まぁ構わねぇが。教皇様から一応手紙を貰ってるんだが、それでも疑うか?」


その言葉に兵士達がざわめきだす。


「そ、それは本物なのだろうな?」

「なら見てみろ。しっかり教皇様の直筆の手紙だ」


カインローズが懐から出した手紙を広げて見せると内容はこの地で任務にあたる兵士達への激励文である。


「確かに見た感じは本物の様に見えるが……」


責任者らしいその人物は矯めつ眇めつ手紙をまざまざと見ると腕を組み頻りに唸って見せる。


「疑うのか? それはそれで俺は構わんが、きっちり報告はさせてもらうぜ?」

「ぐぬぬぬ……良し分かった。もういい。貴殿等を客将として迎える!」

「おう。そいつは悪いな。ま、俺達は俺達で食料等の準備もしてきている。手間は取らせねぇよ。ただそうだなテントを二張貸してくれ。あれは嵩張ったから持ってこなかったんだ」

「客将として迎えると言った以上、そのくらいの対応はしよう」

「ははは、すまねぇな。んじゃ陣地の端の方にでもテントは張らせてもらうから運んできてくれ」


カインローズが問答していた指揮官、いや上官がいる様だったから、副官かそれに近い地位の決定権のある人物だったのだろう彼に背を向けて陣地の隅の方に移動を開始するので、リーンフェルトもその後に続く。


「カインさん、教皇様からの手紙なんて預かっていたのですか?」

「ん? ああ一応。身分の証明になる物を発行してくれとは頼んでおいたらしいんだがよ。まさか直筆だとは思わなかったってアウグストが言っていたぜ」


何時の間に手配したのだろうそれを再び懐に仕舞ったカインローズはニヤリと笑う。


ともあれ陣地の端にスペースを確保した二人はテントの到着を待つ。

端ともなれば陣地を区切っている柵も近く柵の外を見れば、無数の死体が所狭しと転がっている。


「不気味な光景ですね……戦場でもこれほど死体が転がっている事などないですよ」

「戦場であれば、死者はそれなりに弔うからな」


戦場での弔いは火葬が一般的である。

なぜならば中途半端な状態で打ち捨てておけば疫病の原因になる事、なにより放置しておいてはアンデッドになりかねない。

ならば少し手間ではあるが火葬してしまうのが、最終的に効率が良いのだ。


柵の外は足の踏み場もないくらいゾンビで埋め尽くされている。

中には肉が腐り堕ち一部白骨が見えている者やサエスの国章の施された鎧を着た者もいる。

低く響く唸り声がそこかしこから聞こえて何とも居心地が悪い。

この一帯だけ空気が澱んでいる様に思える。

まさに腐臭のど真ん中に陣地があるのだから、それも頷ける話である。 


眉を顰めるリーンフェルトにカインローズは笑う。


「ん、グランへレネの郊外に出れば常にこんな感じだぜ? 夜になるにつれて活動が活発になってきやがんだ」

「それはアンデッドですからそうなのでしょうけど……やはり不浄な感じが気になりますね」

「そりゃこれだけのアンデッドの群れだぞ。下手な墓地よりも死体がゴロゴロしてやがる」

「しかし、死者の使役ですか。私は好きにはなれませんね」


むしろそれを好んでしたがる奴がいるのかと言った顔で、カインローズも同意を示す。


「それについては俺も同感だがね。ただ戦争って事を考えればこれほどコストを抑えた部隊ってのも珍しかろう?」

「そうですね。アンデッドを暴走なく制御しきれる事を前提としてですけど、運用が可能であれば確かに脅威ですよね」

「まぁ元々死んじまってるしな、焼いて灰にするか、光魔法で浄化するか……なんにしても厄介だわな」


彼の言葉にふと疑問の浮かんだリーンフェルトは、そのままの流れで質問して良いかと尋ねる。


「そういえばなのですが質問しても良いですか? カインさん」

「なんだ? 俺に答えられる事だったら答えてやるが?」

「いえ……カインさんはどうやってグランヘレネにいるアンデッド達を相手にしていたのかと、ふと気になってしまいまして。火も光も確か使えませんでしたよね?」


記憶が確かならばカインローズの属性は風と雷である。

このアンデッドに対して有効ではない属性を持ちながら、討伐した事があるという事が気になったのだ。


「そうだが?」

「なら何故ですか。アンデッドに対する有効属性ではないはずですよね?」

「確かにな。まぁアンデッドを仕留めるってだけなら別に有効属性に頼らんでもやれたりはするって事だ。多少相性が悪いってだけで倒せないなんてことはないのさ」

「そうなるとサエス側もその事に気が付けば、多少は抵抗出来るようになりますね」

「さぁどうだかな。水の魔力を扱う者が多いのだろうから、俺と同じような事は出来ないと思うぜ?」

「つまり風と雷だから退治出来たという事ですね」

「ま、そんな所だ」


どうやら彼の持つ属性に疑問の糸口が有りそうである。

そうなると依然としてサエス側は属性面において不利なままである。


――暫く話し込んでいると数名の兵士達が頼んでおいたテントを持って現れたので、持って来て貰った事に謝辞を述べてそれを受け取る。


「……まずは私達のテントを広げて寝床を確保しましょうか」

「ああ、とりあえずはそうだな。それに今晩はここの指揮官が戦場に出張るみたいだし、早速偵察に行こうぜ」

「ええ、あわよくば魔力を戦場から吸い上げてみます」

「これで魔法を使えなく出来れば、大混乱が起こるだろう。多少サエス側に余裕が生まれるだろうよ」

「どうしてもサエス側は主力になる魔法属性においては不利ですからね」

「そこを俺達で、上手く弄ってやれば突破口も開けるはずだ」

「ですがこれは命令違反ですよね、本当は」


カインローズは彼女が時々良い子に戻ろうとするのが気にかかる。

確かにグランヘレネに協力する為に来ているので、やろうとしている事は本来の目的とは違う。

しかも今回は戦争にかこつけて、自らの目的を達成させようとしている。

良心の呵責、それともやろうとしている事に迷いがあるのだろうか。

どちらにしても、ここまで来た以上腹は括るしかないのである。

だからこそカインローズは彼女の気持ちに逃げ場を作るように話を進める。


「命令違反なぁ、積極的に戦闘に参加する必要はないとアウグストは言っていたぜ?」

「それはそうですが、私達のやろうとしている事は……」

「リン。こうと決めたらブレるな。それに俺達は言葉通り直接戦闘をするわけじゃない。間接的にだ」

「それはそうかもしれませんが……」

「いいんだよ。所詮任務なんて仕事だ。己の信念を曲げてまですることじゃねぇ」

「でも本当に良いんでしょうか?」

「アル・マナクはお前を責めたりしないさ。そもそもグランヘレネでの目的は達成したんだ。戦果が挙げられなくても、教皇に助成を頼まれて戦場に赴いたのは事実だ。これで相手に貸しが出来る。貸しってのは厄介でな。思わぬところで使われて大変な目に合うのがお決まりって奴でね。貸しなんてもんは作らないに限るんだ」


その口ぶりからするとカインローズは以前、貸しの代償として酷い目にあった様だ。


「貸し一つでそんなにひどい目にあったのですか? カインさん」

「ああ……ま、貸しを作った相手も悪かったんだが酷いもんさ」


大概酒を飲んだらいろいろと忘れるカインローズの記憶に残る、そうまで言わせる貸しの代償のせいでよほどの大変な目にあったのだろう。

リーンフェルトはこれ以上の詮索は止めておこうと思い、話を切り替える。


「話しているうちにテントの準備も終りましたね」

「ああ、簡単なテントさ。こんなもん目を瞑ってたって組み立てられるぜ」


グランヘレネで使われているテントは冒険者などが使う一般的な物であった。

士官学校でも野営の訓練はあり、一般的なテントの組み立て方くらいならばリーンフェルトにも出来た。

無論、長い事冒険者をしていたカインローズからしてみれば、テントの組み立てなど朝飯前である。

あっという間に組み立て終わったテントに取り敢えず食糧などを降ろし、身軽になる。


「まずは今晩どこに仕掛けるのかの確認を終えたら、今晩に備えて仮眠だな」


彼がそう言うとリーンフェルトは黙って頷く。


「さて口の軽そうな兵士を探すか」


そう言うとグランヘレネの陣地を我が物顔で歩き始めるカインローズに付き従うようにリーンフェルトもその後に続いた。

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