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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
89/192

89 沼の主

 氷壁を乗り越えた一行は徐々に高度を落とし、一度陸地へと降り立つ。


「んで、グランヘレネの陣営はどっちだ?」


 アンリからの情報に期待してカインローズが問いかけるが、それについて素っ気ない返事が返ってくる。


「そこまではアンリさんの情報にはありませんでしたよ」

「となると探さにゃならんか」


 顎の無精髭を撫でながら思案顔のカインローズと、メモに情報がないか再度チェックを始めたリーンフェルトは押し黙る。

 膠着状態が五分も経った頃だろうか、今まで黙っていたシャハルが話し始める。


「もう東に数キロ行った先に土の魔力を感じるが?」


 ぬいぐるみ状態でもそのドラゴンとしての感覚は健在なのか、存在を感知したと報告して来たのだ。


「さすがシャハルですね」


 これには手詰まり感のあったリーンフェルトが称賛の声を上げれば、シャハルが得意げに笑う。


「これ、主殿そんなに褒めるでないわ。カッカッカ」

「んじゃそこを目指してみるか」

「そうしましょう」


 特に情報の確度は兎も角として、打つ手がないのならばどの道探さなければならない。

 ならばここはシャハルの能力を信じてみようとカインローズも思ったらしく、方針を口にすれば彼女も追随して頷く。


――そうしてシャハルが指差す方に向かって、再び飛行を開始する。

 暫く行くと小さな林の向こうに大きい沼が見えてくる。

 それにいち早く気が付いたリーンフェルトは早速口にして周知を促す。


「あれは沼のようですね…… カインさん、沼を発見しました」


 辺りをざっと見た限り人影はなくグランヘレネの野営地と言う訳ではなさそうだ。


「魔導師共の姿は見えないな」


 少し高度を上げて周囲を確認するカインローズの視界には、濁った泥水を湛えた水面に不気味な影が蠢いているのが見えていた。


「ふむ。おかしいのぅ確かにここから魔力を感じるのじゃが」


 まだそんな事を言っているシャハルにカインローズが叫ぶ。


「なぁ、あれどう見てもヒュドラだよな?」

「なんと! ヒュドラであったか」


 驚いて見せるシャハルを余所に、カインローズは呆れた様子で首を左右に振る。


「おいおい……どうすんだよこれ。なんだか向こうはやる気満々みたいだが?」


 どうやら敵の索敵圏内にいつの間にか入っていたようである。

 見れば複数ある首が威嚇音を出し、涎を垂らしながらこちら側をねめつけている。

 また水面から体が露出した事により、あたりに瘴気が霧の様に立ち込め広がり始めている。


「すまんすまん。小さき者共の魔力が小さすぎて間違えてしまったようじゃ」

「誉めた分は返して下さいね、シャハル」

「主殿! 我輩にだって間違いはあるのじゃ~!」


 ウルウルとした瞳で見つめてくるシャハルを見ていてだんだんと可哀想な気持ちになって来たリーンフェルトは、一つ溜息を吐くと仕方ないとばかりに連節剣の柄に手を掛けた。


 シャハル曰く、竜の鱗から出来ているという連節剣は鞘から抜けば、刀身が陽の光を受けて黒曜石の様な輝きを放つ。

 交互に向きの違う鱗が竜の咢と連想させる。

 またその切れ味はジェイドとの戦いで実証済みである。

 リーンフェルトは空を切るように一振りし、そこに魔力を通す事で伸縮を操りながら手始めに三本の首を同時に切り落とす。

 しかしそんなものはお構いなしと無数のヒュドラの首がリーンフェルトに向かって殺到してくる。

 さらに先程切り落とした首が少しの時間を置いて瞬く間に再生され、何事もなかったように追撃に加わり追い詰めようとすれば、彼女は高度差を利用して次々に襲いかかってくる首を躱してゆく。


「手こずってるようだが、手伝ってやろうか?」


 ヒュドラの攻撃が完全に届かない高高度で待機していたカインローズが楽しそうな声で問えば、彼女からは非難めいた返事が返ってくる。


「カインさんもサボってないで働いてください! なんなんですかあの化物は!」


 返事を聞いたカインローズは首を傾げる。

 はて、彼女は相手がなんなのかも分からずに戦いを仕掛けたという事だろうか。


「リン! そいつはヒュドラってんだ。首を切り落としても無数に生えて来るぞ!」

「これがヒュドラですか。初めてみました!」


 ヒュドラの首を躱しながら、カインローズと会話が出来る程余裕のある彼女は、一度攻撃が届かない高さまで上昇すると改めて敵の姿を眺めるが瘴気が視界を奪いその姿を確認させてはくれない。


「カインさん。これはどうやったら倒せるんですか?」

「そうさな。取り敢えずこの瘴気を吹き飛ばすか!」


 そう言うや否やカインローズが自身の風の魔力を解放する。

 吹き上がる豪風がヒュドラの吐き出した瘴気を巻き込み吹き飛ばしていく。

 視界がクリアになった事で改めてヒュドラの姿を捉える事が出来るようになったが、この無限に再生してくる魔物を倒せる気がしない。


「まぁよ……斬るだけじゃ駄目なんだわ、こいつら。俺ならこうだ」


 風の魔力を纏ったままヒュドラに突撃を掛けるカインローズは一閃、得物を振りぬく。

 彼の刀がヒュドラの首を瞬時に切り落とす。

 直ぐに再生すると思いきやヒュドラの首は再生せずに力なく沼へと落ちて行く。


「一体どうなっているのかしら……」

「はっはっは。どうよ、見直したか?」


 再び高度を上げてリーンフェルトの元に戻ってきたカインローズは腰に手を当てて胸を逸らしながら得気に問うが、当の弟子の方は特に気にした様子もなく、なぜ自分の攻撃では再生が起こり、彼の攻撃では起きなかったのかという所で思考する。


「ええ。でもどうして再生して来ないのですか? 私の攻撃と何が違うのかしら……」


 攻撃が届かなくなったヒュドラは引き続き威嚇音を出して、上空にいる二人を警戒している。

 これ以上の思考も時間が勿体ないと思ったカインローズはあっさりとネタをばらして方策を彼女に授ける。


「まぁネタを明かすとだな。再生は切り口の先端で起こるから、そこを魔法で焼き払っちまうんだわ」


 彼の言葉に引っ掻かかりを持ったリーンフェルトは首を捻る。


「でもカインさんは火の魔法使えませんでしたよね?」

「そりゃあれだ。雷でも応用が利くんでな」

「そういう事でしたか。それなら私の方が相性が良い相手なのでしょうね。えっと……切り口に火を這わせて焼いてしまう、切り口に火を這わせて焼いてしまう。と」


 しばし呪文のように繰り返して唱えれば、頭の中のイメージが固まってくる。


「よし。いけそうです!」


 このあたりの器用さは天性のセンスの良さだなとカインローズは思う。

 ちょっとのアドバイスですぐに成果を出して見せるのだから、面白い弟子だと笑いが止まらない。

 彼自身がかつてヒュドラを相手した時は、三日三晩死に物狂いで戦闘した挙句にギリギリで勝利をもぎ取ったのだ。

 尤も厄介な再生能力のカラクリさえ解き明かしてしまえば、冷静に対処も出来る余裕も生まれるだろう。

 再生がなければヒュドラの手数は徐々に減っていくはずである。


「初見殺しだわな。元は魔力を帯びた植物だったか?」

「うむ。中々立派に育った個体のようじゃのぅ」

「なんだリンに任せて自分は高みの見物か?」

「むぅ……この体は戦闘には向かんのでな。それに主殿なら何も問題なかろう?」

「ああ、何せ俺の弟子だからな。これくらい一人でやってもらわないと困るぜ」


 そう言って視線をリーンフェルトへ向ける。


 一方彼女は次々と襲いかかってくるヒュドラを連節剣を操り切り裂いていく。

 無論先にイメージした通り切り口には火の魔力を這わせて切ると同時に切り口を焼き払う。

 連節剣がまた一つの首を薙ぐ。

 黒鱗の牙が深緑のヒュドラの首に巻き付き引きちぎる。

 そこに彼女の火の魔力が襲いかかる様は、黒竜が炎を吐き散らしている様にも見える。


「しっかしお前の主は派手に暴れる様になったもんだ。昔はもうちょっと流麗な立ち振る舞いだったぜ?」

「ふむ。それは武器の違いという物じゃろ。主殿の剣捌きは美しかろう?」

「なんだか荒々しさが増したと言うか破壊力が上がったという感じだな」

「それはそうじゃろ、吾輩の鱗から作り出した珠玉の一品じゃぞ? そこらの鈍らと一緒にするでないわ!」


 二人の会話が続く中、リーンフェルトは黙々とヒュドラを相手取る。

 連節剣に魔力を這わせた事でより一層意のままに動くので攻防一体の動きが可能となっている。

 リーンフェルトを螺旋を描くように守護する連節剣に向かってヒュドラが攻撃を仕掛ける。

 しかし牙は弾かれ、その隙を突いてまるで生き物の様な動きでヒュドラの身体に巻き付き肉を削ぎ、削いだ切り口からは炎が現れ瞬く間に灰にしてゆく。


 そうしてる間に最後に残ったヒュドラの首を切り飛ばす。

 成す術もなくヒュドラは遂に絶命し沼にその体をプカリと浮かせるのだった。

 戦い終えて剣を鞘に納め、男性陣の元に戻ってきたリーンフェルトは些か怒っているようだ。

 その表情は少々険しい。


「カインさん! どうして手伝ってくれなかったんですか!」

「いや……だってよぉお前一人でもなんとかなっただろ? 割と早い段階でそれを見切れたという話なだけでな。別にサボってた訳じゃねぇよ。な、シャハル?」

「そ、そうじゃよ主殿。主殿が圧倒的に優位だった故、我らの出番は無いと判断したのじゃ。のぅ? カインローズ」


 二人はリーンフェルトにジト目を躱しながら、珍しく共闘と相成ったようである。

 彼女はその姿に一つため息をついて、肩をガクリと落とした。


「はぁ……もう良いです。グランヘレネの陣営を探しましょう」


 切り替えてそう言えば調子よく便乗してくる男性陣は、一難去ったと安堵の表情が見え隠れする。


「そうだな、早く合流しねぇとな」

「ふむふむ。主殿のいう事は尤もじゃ。さて先程よりも小さい感じで複数固まっている連中がもう少し北へ行った先におるようじゃが……どうするかね?」


 再びシャハルの感知領域で土の魔力が集まっている場所が有るらしい。

 リーンフェルトはカインローズへと視線を向けると確認を求める。


「このようにシャハルは言っていますが、どうしますか?」

「そうさな、現状それしか情報も無いしな。行ってみようぜ!」


 取り敢えずシャハルが感じたと言う反応のある方へ、二人は再び移動を開始した。

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