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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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88 氷壁の向こうへ

 リーンフェルト達は予定通り三日目の朝にはサエス王国のあるカルトス大陸南端を視界に捉えていた。

 初日はヴィオール大陸付近に点在している群島の一つで休憩を取り、二日目はそこから再び空を飛びカルトス大陸寄りの島で休憩を挟んだ。本来そこまで刻む必要はないのだがあまり早く着き過ぎても問題は出るのだ。

 それは兎も角として、カルトス大陸を前にして一気に気温が下がり始めその原因となっている氷壁も確認する事が出来る距離までやってきた。


「な、俺は嘘は報告してねぇだろ?」

「本当に、こんな事になってるだなんて……」


 大地の剣の効果を見聞し、最速で戻ってきたカインローズの報告は一瞬にして押し寄せる海水を凍らせたというものだった。

 これを考慮したグランヘレネは今回の戦争を空から物資を運ぶという地形に左右されにくい方法を取っている。

 リーンフェルトは彼が教皇に報告した内心を冗談の様に聞いていた。

 まずグランヘレネが放った大地の剣が起こした津波の規模、そしてそれを瞬時に凍りつかせたという魔法。

 正直どちらも一個人が扱えるレベルの代物ではない、嘘みたいな話である。

 実際目の前に聳える氷壁を見るとそれが冗談ではなく、まさに報告のあった通りである事にリーンフェルトは驚いていた。

 海岸線に押し寄せる全ての津波を打ち漏らしなく完全に凍らせるなど、一体どれほどの魔力があれば出来る事なのだろうか。


「これは本当に凄いですね、そして未だに術者がそれを維持している?」

「寧ろ解けない程に凍りつかせたかのどっちかなんだが、大陸南端を覆う程の規模だ。見た時は目を疑ったぜ」

「確かに私もそれを目の当たりにしたら、開いた口を閉じる事が出来るかどうか分かりません」

「ホント、報告する俺の身にもなって欲しいもんだぜ。こんな馬鹿な話どう報告すりゃいいんだよってな」


 やはり彼でも報告を躊躇うくらいの話であったらしい。

 上空から氷壁を俯瞰していると、不意にシャハルがその姿を現す。

 相変わらずぬいぐるみのような愛くるしい姿であるが、口調は渋く声は低めである。

 そんな彼の出現に驚く事もせず、その動向を見ていた二人だったがシャハルは発した言葉に動揺が走る。


「ふむ……女神の匂いがするな」


 女神と言う言葉に目を見開く二人。

 そしてあの魔法を行使したのが女神ならば納得いく話であると頷く。

 しかし女神とは本当に実在するものなのだろうかと疑問に思う。

 女神と言うのは元々信仰の対象として作り上げられた偶像ではないのか。


「女神と言うのは、あの女神で良いんですよね?」

「他に誰が女神を名乗るのじゃ……各大陸で祀られている連中の事じゃよ」

「それはそうですが……実在するのだなって思いまして」

「なんじゃ、主殿は信じておらんのか?」

「普段見える訳でもないですし、それならば女神の加護の象徴であるヘリオドールの方がまだ信じる事が出来ます」


 シャハルにそう答えるリーンフェルトにカインローズも続いて口を開く。


「俺も別に信じてないって訳じゃねぇがよ。それよりも気になるのがアウグストのように古代文字を解いて術式を組み上げた奴がサエス側もいるのかって事だ。あれは今の所アル・マナクの上位陣が数名力を合わせないと、制御する為の施設も魔法陣も作り出す事が出来ないはずだぜ。ましてや俺が見たのは津波が迫ったギリギリの瞬間だ。準備もなしに女神の力をぶっ放せる奴がいるのなら戦況が一変しかねない状態だ。これは不味いだろ」


 一気に捲し立てるカインローズを尻目にシャハルは丸ころんとした腕を伸ばし、なんとか届くかどうかの顎を撫でるとそれを否定する言葉が返ってくる。


「いやこれは、女神本人が魔法を行使したような感じじゃな。グランヘレネの様に魔法陣を使って生贄を捧げる訳でもなく極々自然になされた感じじゃ。大地の剣の時の様にざわめく沢山の魔力を感じる訳でもない。これだけの純然たる魔力を操る小さき者はいないじゃろう……それに」

「それになんだよ?」


 一拍の間をおいてからシャハルは続きを話し出す。


「うむ。それにカルトス大陸から色濃い水の魔力を感じるわい……女神が目覚めておるのか?」

「シャハル、女神が目覚めているとはどういう意味ですか?」


 シャハルの呟きとも取れる程の言葉を拾って、リーンフェルトは問いかけるとボタンに様に丸い瞳が彼女の方を向く。


「そのままの意味じゃよ。普段眠っているはずの女神が起きているという話じゃ。そうさな効果としては加護のある者は普段よりも水魔法の威力も上がっておろうな。なんにせよ女神の力がサエスを守っているのは事実じゃ。よう見ておくのじゃ」


 そういうとシャハルは拳大の火球を生み出すと氷壁に向かって放つ。

 しかし火球が氷壁に到達する前に音も立てずに消滅してしまった。


「普通の氷であれば火球で溶ける事もあろう? しかしこれは女神謹製の氷壁じゃ。生半可な魔力ではそうそう溶かす事はできんぞ。ましてあれに生身で触れたらどうなるか分からん」


 実験結果を見たカインローズは唸りながら腕を組むと、諦めた様に息を吐き出す。


「するとだ、目の前に展開されている氷壁を突破する事は無理な訳だ。これで完全にサエスの南側から上陸するのは不可能だな」

「迂回しようにもかなり広範囲で氷壁は展開されているようですし、実質上空からでなければ越えられないという事ですね」

「そうなるのぅ。そしてグランヘレネの飛行部隊はあの腐ったトカゲ共という訳じゃ」

「ん? シャハルお前の同胞だろうに、トカゲ呼ばわりは酷いんじゃないか?」

「ふん、口を慎めよ混ざり物。吾輩の様な純血種とあの見た感じが何となく似ている別の何かと一緒にせんでくれ。それに死してなお使役されるなど、生物として哀れに思うわい」

「混ざり物……な。純血様がどれほど偉いのかは知らねぇが、次同じように呼んで見ろ、首が繋がっていると思うなよ」


 やはりシャハルとカインローズの相性は悪いように思う。

 しかしどちらとも掛け替えのない仲間である。

 険悪な雰囲気が漂い始めたので、直ぐにリーンフェルトが割って入る。


「二人ともそこまでです。カインさんもシャハルの気に障るような事を言いましたし、それに乗ってシャハルはカインさんに失礼な事をいいました。これで相子です、お互いに謝ってください!」


 両者の仲裁に入ったリーンフェルトの口調はいつになく厳しい物である。

 カインローズが先にばつの悪そうな表情でシャハルに頭を下げる。


「すまん。悪かった」

「吾輩も悪かった。どうもお主が相手だと調子が狂うのじゃ許せ小さい者よ」


 お互いの謝罪を確認したリーンフェルトは、空気を一新させるために少々大きめの声を上げる。


「はい、これで仲直りですね。サエスへは空から行くとして、まずはグランヘレネ軍へ合流しましょう」


 リーンフェルトがそう締めくくると彼は本当に思い出したかのような口調で答える。


「おう、そうだそうだ。一応グランヘレネ側への加勢でここまで来てんだった。すっかり忘れてたぜ」

「カインさんそこは忘れないでください」


 冗談で言っている事くらいは分かっている。

 ならばと冗談めかして返事をする彼女にもまだ余裕はありそうだ。


「まぁそりゃそうなんだが。お前が戦場で魔力を吸い上げるお膳立てくらいが俺の仕事だわな」

「戦場の魔力を闇に紛れて根こそぎ吸い取ります。そうすればアンデッド達は動きを止める事でしょうし、サエス側も魔法は使えませんから両者は引かざるを得ない所まではやってみようと思っています。それで平和的に物事が解決するのなら」

「ま、それで全部が丸く収まるとは思えないが、不気味なアンデッドが消滅する事で戦場に膠着状態を作りたい。両者がにらみ合って動けなくなるまで追い詰めてしまえば両者ともに被害は最小限になるだろう」

「ふっふっふ遂に主殿が歴史の表舞台に登場するのじゃな。吾輩の力を存分に使うがよいぞ」


 何かを勘違いしているシャハルにリーンフェルトは一言告げる。


「シャハル、今回は秘密裏に事を運びますから表舞台という事にはなりませんよ」


 彼女の言葉にショックを受けた様にシャハルが声を荒げる。


「な、なぜじゃ。こう戦場で華々しく魔力を吸い上げ一面を焼け野原にして、咆哮するのはドラゴンのロマンじゃろ!」

「いえ私はシュルクであってドラゴンではありませんので」

「むむむ、主殿、もう少し目立った事をしようぞ。吾輩の探している奴の目に留まるくらい派手な事を! 目に見える戦火を、刃向う者には鉄槌をじゃ!」

「しませんからね!」


 なおも食い下がるシャハルにリーンフェルトは念を押すように少し語気を強めて言い放つ。

 そこにカインローズが口を挟んでくる。


「そうだぜシャハル。こいつは昔いろいろやっちまって、話題に上がるのはあんまり好きじゃねぇんだ」


 またそれを蒸し返すのかと少々嫌そうな顔をするリーンフェルトは、苦々しく思いながらもう一人の当事者の事を思い出す。


「あれは若気の至りですよ本当に。というかマルチェロの奴もまだサエスに居るのでしょうかね?」

「連中は場所を変えたりはしないだろうだが、盗賊まがいな生活をしていたようだし案外スタンピートに巻き込まれてるかも知れないぞ?」

「あれはきっとその程度では死にませんよ……」

「なんにしてもだ。お前がどのくらいその能力を使いこなせるかが今回の鍵になりそうだな。んじゃ早速氷壁を越えていこうじゃねぇか」


 黙って頷いたリーンフェルトはカインローズの後を追って、氷壁を優に越える高度まで到達するとそのままカルトス大陸へ侵入を果たしたのだった。


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