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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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86 男の信念

 丸一日準備に充てる事が出来たリーンフェルトとカインローズの両名は早朝にアル・マナクの面々に見送られてサエスへと向かう事になった。


 式典や壮行会と言った物もなしでというのはアウグストから教皇に提案され、受理されたからだ。

 この戦争で表だってアル・マナクの名前が世に出てしまうのを避けた形である。

 グランヘレネに対する世の評価という物はあまり良い方ではない。

 他の女神を認めないという不寛容な有り方が、グランヘレネの嫌われている所以だろう。

 尤も生まれてからそのように習い、そのように信じて生きてきたグランヘレネの民にとってはそれが当たり前であり、受け入れる事は出来ないのだろう。

 これはもはや国の教育方針が変わらない限りは難しい問題だろう。


 などと頭の片隅で考えていたアウグストの前に旅立つ二人が整列する。


「では、行ってきます」

「ああ、気を付けて行ってきてください。特にこちらから戦闘を仕掛ける必要もありません。もし戦果を望まれるような事があれば、適当な理由をつけて戦線から離脱しても良いですよ。こんな所で貴方達を失うのも、アル・マナクの名に傷がつくのも私は望んでませんから」

「んじゃま、気の抜けた任務だが適当に行って来るぜ」


 カインローズが手を上げて挨拶し飛び立てば、アウグストも小さく手を振る。

 オッサン同士の微笑ましい別れの挨拶に、若干怪訝そうな表情のリーンフェルトも気を取り直し一礼すると彼の後を追って風魔法を発動させる。

 空の住人となった二人はどんどんと高度を上げて行く。

 やがて皇都が小さく見える様になったくらいからサエスへと進路を取り移動を開始する。


 日も上がり始めてまだ間もない為、少し肌寒い。

 空気は朝露に濡れる大地と草花の香りに溢れており、清々しい気分にさせてくれる。


「カインさんこれからどうしますか?」


 ヴィオール大陸の北端を突っ切り海が眼下に広がるのが確認出来た頃に彼女はそう切り出す。


「どうもこうも任務を全うするだけだが? おっ、なんだリンついに寄り道でもしたくなったか?」


 口元だけニヤリと歪めたカインローズがそんな事を言うのだが、即座に否定される。


「違います。そういうのではありません」

「なんだ違うのかよ。この調子なら三日もありゃ十分辿り着けるだろうが、何かするのか?」

「そ、そういう訳ではないのですが……」

「なんだ、リンらしくもない。随分と歯切れが悪いな」


 少し躊躇った後、リーンフェルトは徐に話し始める。


「これからサエスに向かうじゃないですか。先日の私は任務という言葉で感情を殺してでも遂行しようとしていましたが、カインさんは任務についてどのように考えているのかなって思いまして」


 カインローズは少々心外といった風に眉毛をピクリと動かくすと、特に彼女に向き直るでもなく前を向きながら口を開く。


「ああ、心構えみたいなもんか。 真面目に任務は全うするし、感情が入ってどうしようもない時は自分の勘を信じて進むだけだな」


 彼の答えがいまいち掴みきれなかった彼女は言葉の真意を問うべく質問を繰り出す。


「それはどういう意味ですか?」

「言葉のまんまだな。アル・マナクでの仕事は戦闘が主だ。如何なる任務でもまぁこなしてやるさ。ただ俺自身の信念に反する任務は如何なる場合でも放棄する。俺は基本的に相手の命は奪いたくないんだ。だが任務の邪魔になるならば排除しなければならない……まぁ死なない程度には痛めつけるくらいはするか。それだけの事さ」

「戦場の青い死神と呼ばれた人とは思えない言葉ですね」


 確かに畏怖が込められた呼び名だが別段組織側からそれを触れ回った事は確かになかったと記憶してる。


「誰かが勝手に死神だなんて呼び始めちまったせいでこのザマだ。実際はどうだ? 俺に遭遇して倒された奴が自分は見ていた体で実体験を元に誇張して語る副産物、それが死神の正体だ。こっちはいい迷惑だっての。それに任務ってのは所詮仕事なんだぜ。人として縛られるもんじゃねぇよ」


 彼らしからぬ言葉にリーンフェルトは思わず口を滑らせると、カインローズは眉間に大きな皺を寄せた。


「カインさんらしからぬ、難しい事言いましたね」

「らしからぬとはなんだ。俺が本当に何も考えないで生きてるみたいに言うんじゃねぇよ」


 本気で怒っている訳ではないらしく、口調も冗談めいた感じが感じ取れたのでリーンフェルトは笑いながら、続く言葉を吐く。


「でも、実際に行き当たりばったりな事が多いじゃないですか」

「それはその場の判断ってんだよ。何事にも臨機応変ってな」


 自分はちゃんとした大人の思考を持っているのだと主張してくるカインローズに、子供じみた物を感じて苦笑する。


「はぁ……やっぱりこの質問を聞く人を間違えてしまったかもしれません」


 そう溜息交じりに漏らすと、彼は彼女の方に顔を向けて爽やか風な笑顔で返事をする。


「ま、成る様にしかならんし、深く考えても良い事はないわな」

「多分それを行き当たりばったりと言うのですけど?」

「これが俺の生き方だしな。そうそう変えられんよ」


 カインローズは声を出して愉快そうに笑った。


 前回の偵察の時はとにかく早く帰る事に専念して飛んできたので景色を楽しむ余裕がなかった。

 今回は三日かけての牛歩戦術だ。

 なので飛んでいる速度から行けば早足と変わらないレベルだ。

 正直ちんたらと飛ぶよりも一気にスピードを出して爽快感を味わいたい派のカインローズとしては不満な所である。

 本気を出して飛んだのなら直ぐに着いてしまう……と言ってもカインローズのスピードが非常に速いのであって普通ならば一週間以上かかるはずだ。

 それを負担を考えて三日という行程にしているのだから、最速の名は伊達ではないのだろう。

 そして普通よりも早いとされるカインローズの飛行行程に着いていけると判断されるリーンフェルトもやはり魔法の扱いに長けている証拠だろう。


「カインさんはサエス側の状況について、なにか聞いていますか?」


 飛行を続けながら携帯食料を一口含み、水筒の水で流し込んだ彼女が質問をする。

 今回の任務に関しては表向きは援軍扱いである為、グランヘレネ側から若干情報が開示されている。


「んなもん、お前が聞いたのと同じレベルに決まってんだろう?」

「アウグストさん達からは何か聞いていませんか?」

「いんや、何にも聞いてねぇな。そういや……」

「カインさん……」

「いやいやそんな目で見るんじゃねぇよ」


 可哀想な物を見るような目をしたリーンフェルトの視線を躱すように身を捩るオッサンに彼女は質問方法を変える事にした。


「えっとですね、アウグストさんかアンリさんから旅先で見ろとか、私に渡せとかそういった物を預かりませんでしたか?」

「ん……そういやアンリから……」


 そう言ってレザーアーマーの隙間から手を突っ込んで取り出した紙切れをリーンフェルトへと渡す。


「ありがとうございます」


 お礼を述べて受け取った四つ折りの紙切れを開き、直ぐに目を通すリーンフェルトは一つ頷いて声を上げる。


「流石アンリさんです」

「おいおい、それに何が書いてあるんだ?」

「その前に貰った時に中身くらい確認してくださいよ、カインさん」

「ああ、すまんすまん。んで、なんだって書いてある?」


 そこに書かれていたのはアル・マナク側から調べたサエスの戦況だった。


「アダマンティスさんから報告内容でしたよ。恐らく飛竜を使った連絡網で届けられた物だと思います」

「ああ、あの性悪爺さんの事だから、調べ方もえぐいに違いない」

「性悪ですか? 私にはとても優しいですけど……」

「まぁいいや、んで戦況はどうなってるんだ?」

「ちょっと待ってください…ざっと纏めるとこんな感じでしょうか」


 そう言ってメモを見ながらリーンフェルトが説明を始める。


「現在の戦況としては圧倒的にグランヘレネ側が有利なようです。アンデッド主体のグランヘレネの部隊がとにかく夜間強いみたいです」

「そりゃな。アンデットが昼間に動いていたら、死んでいる事を疑うわな」


 茶化すカインローズを一瞬チラリと睨み黙らせると彼女はメモに目を落とす。


「昼間は魔法を使った遠隔攻撃を展開し相手を寄せ付けず、昼間に疲弊させておいて夜はアンデッド部隊が強襲という作戦の様です」

「相手の体力を削ぐという面では有効的な作戦だな」

「更にサエス側の死者は操られて味方を襲うようです」

「心情的には最悪だな」


 簡素に感想を述べたカインローズは顰めっ面である。

 戦場には戦場の流儀がある物だとカインローズもリーンフェルトも考えている。

 精一杯戦った相手にはそれなりの敬意を表するのが通例だ。

 死者は手厚く埋葬するのが戦場の習わしであるが、グランヘレネはそのあたりが欠落しているようだ。

 死んだ者を片っ端からアンデッド化してしまうなど冒涜としか言いようがない。

 だからこそ二人の顔は険しい。

 しかし建前上そのグランヘレネの助っ人という事で戦場に赴く事になったが、元々はサエスにいるはずだったシャルロットの安否を気に掛けての事だ。

 その所在はヴィオール大陸側に有る事をすでに知ってしまっているリーンフェルトとしては複雑な心境である。


「後は何が書いている? もう終わりか」

「ちょっと待ってください。続きを今読んでいますから、そうですね後はリーヴェ教会聖騎士団がエストリアルから出発したみたいですね。それと同時に冒険者ギルドにアンデッド駆除の依頼が国から出たみたいです。内容としてはこれが全部みたいですよ」

「成程な、聖騎士団が出張ってくるならアンデッドに多少は対抗できるか……しかしリーヴェの聖騎士団はアンデッドに有効な属性の魔法を扱えるものがいるかどうか」


 カインローズが気になったのは属性の関係についてだ。

 各大陸の魔導師の傾向としては、その大陸の出身である事が大きく影響する。

 つまりグランヘレネならば土魔法を得意とする者が多く、サエスであれば水魔法を得意とするものが多い傾向にあるとされている。

 アンデッドには光魔法と火魔法が有効である。

 教会関係者の恐らく水魔法が最大限に力を発揮できるように準備をしている事だろう。

 ならば有効属性ではない攻撃がアンデッドにどれほど通じるのだろうか。

 メモを用意していたアンリによって二人に情報が与えられたのだった。

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