81 キングジューダイヤー
カインローズによりかなり大雑把に料理を注文された事に、リーンフェルトは手持ちが足りるか少々不安に感じていた。
この店は皇都の、しかも大聖堂近くという好立地条件を満たしている。
国の中心に出店できるだけの相応しい風格を持った店なのだろう。
見た目は定食屋だったのだが、テーブル上の食器一つとってみても銀色のナイフとフォークが曇りなく磨かれており、一層の高級感を醸し出す。
それとも定食屋風なのであって、趣や風情といった物を感じ取るべきだったのか。
そんな事を考えながら話しかけたせいでその声は幾ばくか上ずっている。
「か、カインさん? このお店……相当良いお店ですよ。大丈夫なのですか?」
「んあ? んなもん食っちまえば結局同じことだろうよ」
「それはそうかもしれませんが……」
カインローズのいう事は尤もだ。
所詮、食事なのだから食べてしまえば同じという事で間違いはないのだが、推定高級料理なのだから味わって食べるだとか出来ないものなのだろうか。
そう考えるリーンフェルトに彼は追い打ちを掛ける。
「それに今回はリンのおごりだしな」
そう、色々あって今回はリーンフェルトの奢りという事になっている。
つまりカインローズは気兼ねなく料理を飲み食いできるという事だ。
ニコニコしながら料理を待っている彼の顔が非常に憎たらしく思えてくる。
いや、確かに今回の件では世話になったのだし、先の報告では嘘までついてシャルロットを庇ってもらった。
それに見合うだけの食事というのであれば、それはそれで納得せざるを得ないのだろう。
「あんなに大量に注文してしまって……本当に食べきれますか? そこが一番心配なのですけど?」
折角ご馳走するのだ。
ならば美味しく完食して欲しい物である。
だがメニューの端から端までというのは、やはり二人で食べきれる量だとはとても考え辛い。
思わず疑いの眼差しを向けた事に気が付いた彼は、身動ぎながら両手を突き出すと掌で抑えるつけるような手振りでリーンフェルトを宥める。
「まぁまぁ睨むな、睨むな。折角の美人が台無しだぜ?」
「な、なんですか! いきなり……びっくりするじゃないですか!」
リーンフェルトの容姿は整っているとカインローズは思っている。
これに関しては十中八九誰に聞いたところで答えは変わる事はないくらいには美人なのだが、どうにも褒められ慣れていない節が見受けられる。
今も少し頬を赤らめて俯いてしまっているあたりは、年相応といっても差し支えないのではないだろうか。
普段であれば怒りそうなものだが、今日はなんだかとてもしおらしい。
しかしそれも束の間。
料理が運ばれてくるとリーンフェルトはその眼を丸くする事になる。
「カインさん一体何を頼んだらこんな事になるのですか?」
「ん、この店のおつまみ欄を右から左にだな」
「こんなテーブルいっぱいに小皿が出てきたら主食が置けないじゃないですか!」
「大丈夫だ。これだけあれば腹一杯にもなるだろう?」
そう言って小皿に盛られている黒色の物を頬張る。
「ふむ……これは中々」
「それはなんですか?」
興味を示したリーンフェルトが先に口の中に放り込んだ物について質問すると、咀嚼し終えたカインローズが共に運ばれてきた一杯目の蜂蜜酒で流し込み口を開く。
「美味いな! コリコリとした食感がたまらん」
「もしかしてこれでしょうか?」
メニューを指さした先にカインローズの視線が向く。
「キングジューダイヤーの炒め物」
メニューをぼそりと呟くように読み上げる。
そして何か思い出したように手を打つと納得がいったように一つ頷き、話し始める。
「キングジューダイヤー……ああ、そうかそうか昔実家で食ったことあるな」
実家と言う事がアシュタリアでという事だろうか。
ともあれこの奇妙な、推定食べれるのだろうそれは耳の様な形をしている。
「なんだかヒラヒラ、グニグニとしていて気味が悪いのですが」
見た目で嫌そうにするリーンフェルトに彼は食すように促す。
「まあ騙されたと思って食ってみろよ。意外といけるんだぜ? これ」
「うぅ……本当ですか?」
少し悩んで観念したのか一番小さい欠片をフォークで刺すと、目を瞑り一思いにと口に放り込む。
見た目とは裏腹にしっかりとした食感があり、奥歯へ軽い反発を残しつつ砕けていく。
一緒に炒めてあるのは何かの卵の様だが、こちらは逆にふんわりとした食感でありあっさりとした塩胡椒ベースのあんかけが絡み旨味を引き出している。
「あっ……思っていた感じとは違うのですね」
「見た目はなちょっとグロテスクなんだが……食ってみりゃ結構美味いもんだろ?」
「そうですね。普段ならば絶対に食べないでしょうから」
彼女は気に入った様子で小皿をフォークで突きながら口へと運んで行く。
「まっ何事も経験ってやつだな。ちなみにそいつはキノコなんだそうだ」
「かなりの歯ごたえでしたから、動物の軟骨かと思っていましたが……これがキノコなのですか?」
「ああ、俺も実際に生えているのは見たことねぇんだが、聞くところによると倒木なんかに一日にして俺の背丈くらいあるこれが生えるんだとよ」
「それは……何とも言えませんね」
カインローズの背丈ほどとなると一日で約二メートル近く成長するという事か。
なんとも不気味な生態だなとリーンフェルトは苦笑する。
「だが一日にして生えるって事は昨日なかった場所にあるって事だ。つまりなかなか見つからない。しかし見つかる時はデカイから直ぐに見つかる。おまけにいい金になるってんで駆け出しの冒険者の依頼なんかにあったはずだ。今はどうかは知らんがな」
カインローズの武者修行時代にはそのような依頼がギルドに寄せられていた様である。
「当時の話だが、一つ見つければ二月は遊んで暮せたくらいの額にはなったそうだから結構な高級品だわな」
冒険者が日々どの程度の暮らしをしているかは、いまいちリーンフェルトには分かり兼ねたが二月遊んで暮らせると言うのなら結構な額に違いない。
「それは凄いですね。二月も遊んで暮らしていたら色々鈍ってしまいそうですが」
「あははは、そりゃな。だからこいつには別名があってな。冒険者からは鈍化茸って呼ばれていたんだよ」
「鈍化茸……? 食べた事で動きが遅くなるとかそんな効果があるなら、これ以上は食べませんよ私は」
何を勘違いしたのかリーンフェルトはフォークを自身の方にひっこめながらそんな事を言う。
どうも誤解があるようだと、カインローズは直ぐに名の由来を話し出す。
「いやいやそうじゃない。こいつ自身はただのキノコだよ。二月も現場を離れて遊んで暮らした奴が冒険者に復帰した時に腕も動きも鈍っていて使い物にならないって事で鈍化茸」
「それはなんとも可哀想な話ですね。この美味しいキノコはなにも悪くないじゃないですか」
安心したのか彼女は再びキングジューダイヤーにフォークを向け始める。
「まあ、そうなるな。だがよ、当時は復帰して直ぐに怪我をそのまま引退しちまう奴とかいてな。冒険者の中にはあれは呪われているとかいう奴までいたんだぜ」
「こんなに美味しいのに呪われている訳ないじゃないですか」
どうも余程お気に召したらしくリーンフェルトはキノコの擁護に入る。
「しかしリン、これ気に入ったみたいだな」
「本当に美味しい。もう一皿くらい食べられそうですよ。私は」
「いやまだ、こんなに料理が残ってんだからお代わりは後だ、後!」
そう言ってカインローズはテーブル一面所狭しと並んだ小皿の数々を指差しながら続ける。
「もしかしたらもっと美味い物に巡り合えるかもしれないしな」
「はい!」
こうして賑やかなランチタイムは過ぎてゆくのだった。