80 昼食の行方
その頃、カインローズとリーンフェルトは話の流れから大聖堂近くの小奇麗な定食屋へ入っていた。
何時になくにこやかな彼女に若干の戸惑いを感じながら席に着いたカインローズはメニューをちら見しながら会話を切り出す。
「しかしなんだ。お前と二人きりで飯なんて、一体いつ振りだ?」
「そう言えばここ最近はありませんでしたね。任務で出ている時はアトロさんやクライブさんも一緒でしたし、今回で言えばアウグストさんやアンリさん、ケイさんもいますしね」
「そうそう。意外とサシってのはないもんだよな。俺の記憶が確かならサエスに向かう船の中だったか?」
顎に手をやり無精髭をいじりながら、思い返していたカインローズは彼女の方を見てぼやく様に問えば記憶と一致したのか、直ぐに返事が返ってきた。
「ええ、それくらいになりますか。でもなんやかんや言っても私が七席になってからもカインさんはずっと傍に居ますしね」
「まあ、いつかは別行動で任務に当たる日が来るはずだがな。それまでは色々俺から学んでおけよ」
「そうですね。カインさんから学ぶ事は然程多くないように思えますが……」
にこやかな表情とは違って口の方は相変わらずである彼女の言に、カインローズはピクリと眉毛を動かす。
「リン! お前、俺の弟子だろうが!」
「確かに戦闘技術については、そうですけど」
「だろ? 他にも人付き合いとか、誰とでも気さくに話せる話術とか色々あんだろ?」
身振り手振りを大きくして説得するかのように訴え掛けるが、彼女は反論を展開する。
「カインさんから学んでしまうと、空気を読まないイジられ役になってしまうじゃないですか。私にはそういうの似合いませんし、求めてもいません!」
「ひどっ! リン、お前そんな風に思っていたのかよ」
「事実イジられと言うか、ツッコミどころが満載過ぎて、寧ろ天然なのかと思っていました」
その言葉に微妙な表情を浮かべるカインローズは、少し間があってため息交じりに大きく息を吐くと話し始める。
「ああまあ、そう見えてたんならそれはそれでいいや。良いか? 他人って生き物は中々相手に隙を見せない」
「それが普通なのではないですか?」
「そうかもしれない。だがそれによって心に壁を作る。壁が出来てしまうと中々仲良くなれないもんだ。昔の人が腹を割って話せという言い回しをしたのには納得がいくところだな」
「わ、私は別に壁を作っている訳ではないのですよ?」
「だが、相手に隙を見せられないのも事実。お前が最も不得意としているのは他者に甘える事、自分の弱い面をさらけ出せない事だ」
「そんな……弱味を見せた所で利用されてしまうじゃないですか!」
貴族として教育を受けて来たリーンフェルトにとって弱味を見せるという事は自ら足元を掬ってくださいと言っているようなものだ。
故に隙は見せないし、利用されないように疑ってかかる。
そう言う意味では本当に信頼するという事をして来なかったのかもしれないと彼の話を聞きながら思った。
「んん、まあそれはお前に見る目がなかったって事だな。信頼関係のある相手ならばちゃんと受け止めてくれるもんだぜ?」
「私にもそういう相手が出来るのでしょうか?」
「ああ、出来るさ。まずは心を開くところからだけどな。少なくとも俺はお前の師匠だからな。人生相談の一つや二つ乗ってみせんぞ」
そう言って笑う彼に、リーンフェルトは冗談めいた口調でそれに返答をする。
「ありがたい話ですが、私の問題は複雑なのでカインさんの手には負えませんよ。きっと」
リーンフェルトとしてはやはり妹との関係が一番の問題と言える。
姉妹間の問題をカインローズに相談しても良い物だろうかと考えて、やっぱり相談する事ではないと思ってしまっていた。
カインローズもそのあたりは中々聞き出せないし、相談もして来ないのだから今回聞いてみた所で話してくれれば御の字程度にしか考えていない。
リーンフェルトにとってややカインローズが頼りない事は承知済みである。
だからこそ、解決の糸口を求めて第三者の名前を挙げていく。
「まあそうかもしれないし、そうじゃないかもしれねぇだろ? 要は相談してみりゃいいんだ。俺に言い辛いならそうだな、アンリでもリナでも良いんじゃないか?」
「確かに博識なアンリさんになら相談できるかもしれないですが……ちょっと相談結果を聞くのは怖いですね。きっと客観的に見て的確なアドバイスをくれると思うのですよ。でも絶対にそれをネタに悪戯してきますよ!」
普段のアンリであるならば質問には答えてくれるだろう。
彼の膨大な知識から考えればリーンフェルトの目指す最短距離を見つけれくれるかもしれない。
しかし、彼には冗談や悪戯といった類の物が好きなので、もしかしたらターゲットにされるかもしれない。
「そうそう。まぁ、本当に本気の相談ならアンリはちゃんと話を聞いてくれるとは思うんだがな。悪戯するのは趣味だとでも思っているのか? ならばリンの目は大分節穴だ」
「なっ……節穴ですって?」
節穴であると指摘されて驚くリーンフェルトに彼は至って真面目な顔で口を開く。
「そう節穴だ。それはアンリをちゃんと知らないから、頭だけで判断しちまうんだわな。相手の行動の側面しか見えていない、自分の捉えやすいようにしか見てやしないか?」
「うっ。そ、そう言われると確かにそうかもしれません……」
実際問題アンリの悪戯は問題解決後であり、絶妙なトリックが施されており、相談者本人にしかダメージを負わないようになっている。
幾度となく頼み事をして、対価に悪戯を繰り返されてきたカインローズならではの見解である。
「まあ、実際問題いい歳こいたオッサンが悪戯に全力で取り組む様はそれはそれでシュールなもんだが、反面なにかを隠しておきたい時は特に悪戯に目を向けさせるようにするんだよアイツは。思考を誘導されて悪戯に目が向いちまう。種明かしすんならアンリは恥ずかしがりなんだよ。自分が助けた事を相手に気負って欲しくないとかな。お前にはちゃんと見えていたか? 問題解決に感謝を述べた時に表情一つ変えないで恥ずかしがって悪戯で誤魔化しちまうの。オッサン同士で言うのもこっ恥ずかしいが可愛いだろ」
「そういうの私、全然考えて来ていませんでした……」
本当に色々な事がまだまだ見えていない自身に悔しさを感じたリーンフェルトは、俯いて拳を強く握った。
「んだろ? そもそも魔法の指導で世話になってるんだ。近くで見ていて何故気が付かない」
「それは、その魔法の方に集中しようとしてですね」
「そりゃな教わってる傍から人間観察しろとは言わねぇがよ、もっとそいつについてちゃんと見てやれ。自分が思うよりも周りはお前の事を心配しているし、逆に思っても見ない所で悪意を勝手に持っていたりな。所詮、そんなもんだ」
そう言うと説教じみた雰囲気を吹き飛ばすように明るい声色でカインローズは仕切りなおした。
「さて、折角飯を食いに来ているんだ。明るく楽しくやろうぜ! 店員さん! 注文良いか!」
「はい。なんでございましょう?」
注文を取りに来た店員にカインローズはメニュー指差し左から右へスライドして言い放った。
「こっからここまで全部注文だ!」
「本当にですか?」
驚く店員に間髪入れず彼は即答する。
「本当だとも」
それを見ていたリーンフェルトはようやく状況を呑み込めて慌てだす。
「ちょっと! カインさん調子に乗りすぎですって!」
リーンフェルトには見えていなかったが、カインローズが指でスライドした場所はおつまみの欄であるのだが料理の欄だと勘違いしたのだろう大声を出してしまい周囲からの視線を一身に集める形となってしまった。
それに気が付き今度はメニューで顔を隠すように背を曲げて低い姿勢を取った。
そんな彼女を見ながらカインローズはニヤリと笑って話しかける。
「ん? ああ、人生の教訓と借りの返済でこんなもんか」
「くっ……なんだかいつになくカインさんが意地悪です」
「はっはっは。やっと気が付いたか。実は俺も意地の悪い奴なんだよ」
何故だろう、今日のカインローズを打ち負かす事は出来なさそうだと悟ったリーンフェルトは、諦めて大きな溜息を吐いた。