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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
8/192

8 深酒

「やばい…もう動けん……」


一通り食事を終え竜王亭から出るなりカインローズは動かなくなった。

美味い酒と料理に歯止めが効かなくなった後はもう酷い有様だ。

リーンフェルトの食べていたパスタを一口摘まんで、これが食いたいと言い始め追加注文をし始める始末。

ちなみにリーンフェルトが食べていたのはキングオークのトマトソース ~荒ぶるクラスティアの業火風アルガスゴートのチーズを添えて~ である。

それを二皿程平らげた後、ついにカインローズが呂律が回らなくなってきたのでリーンフェルトがお会計を済ませ、アトロとクライブの二人がカインローズを支えて店を出る。

完全に酒が回ったのだろうカインローズ自身も驚くほどスイスイ入るワインに自身のペースを乱された感じとなった。

涎を垂らしながらなんとも幸せそうに寝ているカインローズを見て三人は溜息を深く吐く。


ズルズルと石畳の道を引きずりながら何とか宿まで戻るとカインローズを部屋に放り込んだ。


海神のゆりかごと竜王亭が目と鼻の先にあった事は、とにかく幸いだった。

金属の鎧を装備していないとはいえ、筋骨隆々の大男を三人がかりで運ぶのも正直しんどい。

なんだかぐったりしてしまったリーンフェルトではあったが、さすがにお風呂に入らないという選択肢はなかったらしく力を振り絞ってお風呂に入り、そのままベッドに倒れこみ寝てしまった。


上質な毛布の海に包まり久々にゆっくりと眠る事の出来たリーンフェルトは、窓から薄っすら差し込む日差しを瞼に感じて

意識を覚醒させていく。

どうやら今日はいい天気のようだ。

レースカーテンがかかった窓は、寒さが厳しいケフェイドでは良くある二重窓になっている。

窓と窓の間にある空気が寒さを和らげる効果があり、ケフェイドでは一般的な作りである。

その二重窓を開け放つとケフェイドの短い夏を感じさせる風が部屋に入り込む。

海に程近いクリノクリアでは、海面を滑った涼しい風が潮の香りをまとって年中吹いている。

そんな爽やかな風がリーンフェルトの頬を撫で、昨晩お風呂に入った際に下ろした髪をふわりと巻き上げた。

洗面所の蛇口に手を当てると水を吐き出し始める。

これには水のオリクトが使用されており、魔力を感知すると水を出すように作られている。

一昔前は宿の従業員を捕まえて水を井戸から汲んできてもらい、洗面用の桶などを用意してもらっていた。

その労力すらも、この小さな石一つで賄えてしまう。


「本当に便利になったものね……」


朝からしみじみとオリクトの有難さを痛感するリーンフェルトであった。

洗面を終え、身だしなみを整えると洗面所に備え付けてある鏡を見ながら髪を結わえていく。

プラチナブロンドの髪をいつもの緑色のリボンで一つにして邪魔にならないようにする。


「結構伸びたわね…私の髪」


纏め上げた髪の先端を触りながら独り言がポツリと出る。

部屋の入り口にはたしか姿見があったはずだ。

全体的なチェックは最後にと思ったリーンフェルトは、昨晩部屋に戻って早々に脱ぎ捨てた編み上げブーツを拾い上げる。

リーンフェルトも女の子である。

いつもであれば型が崩れないようにブーツハンガーにかけるくらいはするのだが、よほど疲れていたのかそれをしなかった為

少々ブーツのシルエットがくったりしている。

チェックアウトまではまだ少し時間があることを確認すると、ぎりぎりまでブーツハンガーにかけておく事を選択する。

宿に備え付けのスリッパを履くと部屋から出て、まずはアトロとクライブの部屋に向かう。

御者という職業の朝は早い。

部屋をたずねるとアトロが顔を出しリーンフェルトに挨拶をした。


「おはようございますリンさん。クライブなら宿の厩舎ですよ。出発まではまだ時間に余裕があったと思いますがどうされましたか?」


アトロがリーンフェルトにそう尋ねると、少し眉を顰めながら話し始める。


「カインさんあの後大丈夫だと思いますか?きっと酔いつぶれたまま床に転がっていると思うんですよ」

「確かに部屋に投げ入れましたからね。つまり確認してきて欲しいと?」

「ええ、上官の寝坊で任務に支障をきたす訳には行かないでしょう……」

「まあそうですね」


アトロは苦笑いを浮かべると、そのまま部屋から出て鍵を閉める。


「ではちょっと見てきますよ。その間にリンさんはお食事でも取ってきてください」

「そうですね。お言葉に甘えることにします」

「私とクライブは宿に用意してもらったサンドイッチを頂きましたからお気になさらずに」

「ええ……」


リーンフェルトは短く答えるとスリッパのままでは少々格好が悪いと思い、自室に戻ると少しシャンとしたシルエットに戻ったブーツを履き、宿の食堂に足を運ぶ。


宿の食堂はあの豪華なエントランスへ出て、フロントの脇を抜けた先にある。

ブッフェ形式の朝食スタイルを採用しており、お皿が棚の一角に積まれている。

そこからリーンフェルトは二枚皿を取り、それをトレイに乗せると食堂を見渡した。

比較的時間が早い事もあり、人はまだ疎らにいる程度で料理も取りたい放題出来そうである。

なおこの食堂の目玉は、三人のシェフが客のオーダーに応じて目の前で卵をパフォーマンスしながら調理するようだ。

コミカルなパフォーマンスを交えながらも手はぶれる事なくフライパンを操り、出来立ての暖かい料理を提供している。

卵料理は目玉焼き、スクランブルエッグ、オムレツと選べるようになっておりトッピングもハムやチーズなどが選べるようになっている。

シェフ達がいるブースの脇には籠が設置されており、中にパンが入っている。

今日のパンは小麦のバケットとライ麦パンである。

旅には日持ちするライ麦パンを持ち歩く。

独特の風味と酸味があるこのパンだが、リーンフェルトは正直なところあまり好んでいない。

それについてリーンフェルトは昔、実家でよくケテルに怒られた事を良く覚えている。

というわけで好きに選べるならば小麦で作られたバケットを、と二切れ取ってお皿に乗せる。

シェフへのオーダーはスクランブルエッグにするとしよう。

トッピングにチーズを乗せてもらい、程よくトロリと溶けた頃を見計らいシェフが皿に乗せるとリーンフェルトに手渡した。

残ったお皿にレタスとトマトを乗せてドレッシングをかける。


アルガス王家時代ではとても考えられない朝食となった。

きっとライ麦パン一択の上、サラダは付いていなかっただろう。

卵料理は作り置きの冷めたものだったに違いない。

そんな事を考えながら朝食を終えたリーンフェルトは、ちゃんと起きたかどうかを確認するべくカインローズの部屋へ向かう。


カインローズの部屋の前にはアトロと馬の世話が終わったのだろうクライブがおり、あたりの迷惑にならないように小さく扉を叩いたりしてカインローズを起こそうと試みるも効果はいまいちのようである。


「カインさんはやっぱり寝たままなのですか?」


声を掛けるとクライブが向き直り挨拶をしてくる。


「あっ、リンさんおはようございます。旦那やっぱり起きないみたいなんですよ……」


アトロとクライブはお手上げといったジェスチャーを取ると首を左右に振る。


「仕方ないですね……ここは私が正攻法で攻略します!」


リーンフェルトはそう宣言すると、颯爽と宿のフロントへ赴き事情を話すと鍵を貸し出してもらえた。


「確かに正攻法ですね……」

「だな…むしろどうして思いつかなかったのだろうかと自分は思いますよ」


アトロとクライブはそんな感想を漏らしつつも、リーンフェルトが扉を開くと部屋に突入した。

部屋の中は酒の臭いが充満しており、昨晩から換気されていない事が伺える。

アトロは真っ先に窓を開放して空気を入れ替える。

一方クライブはベッドで大の字で寝ているカインローズを発見するとその体を揺らす。


「旦那起きてくださいよ!朝ですよ朝!」


しかしカインローズは未だ寝ぼけており、その豪腕がクライブを払い退けようと襲い掛かる。


「うぅ…るっせぇ……なっ!!」

「うわぁぁ!?って危ないっすよ!!」


寝ぼけているおかげで初動が遅かったこともあり、なんとかクライブでもかわす事が出来たが当たっていたならばと考えると

クライブはそれ以上カインローズに近づく事はせず、やや後方から大き目の声を出して起こしにかかる。


もう物理的に起こす事が出来るのはリーンフェルトだけだろう。


「はぁ。朝から何をやらせるんですかこの人は……」


深い溜息の後、右手に水の魔力を集めて真冬並みの冷気を生み出すとカインローズを包み込む。

しかしカインローズはどこ吹く風、まったく物ともせずに眠っている。


「やはり冷気だけでは起きませんか。ならば!」


右手の冷気を火の魔力へ変えて熱を生み出す。

先程まで冷気に包まれていたカインローズだが途端に蒸し暑くなり寝苦しそうに呻き始める。


「ぐっ…うぅ……」


そしてリーンフェルトはさらに魔力を込めて熱をカインローズの周りに集めていく。

すっかりシーツに染みを作るくらいぐっしょりと汗を噴出し、着ていたシャツが肌にベッタリと張り付く。

その気持ち悪さが最高潮に達したようで、カインローズは跳ね起きた。


「あっっっちぃぃっだろうが!!!!」


寝起きで魔力も感情も制御し損ねたカインローズは風の魔力で自分の周りの暑苦しい空気を一気に吹き飛ばす。


幸いアトロが窓を開けていたおかげで、カインローズの起こした風は部屋を蹂躙せずに窓から外へ出て行った。


「おう!おはよう諸君。なんだか寝覚めが悪いがいい天気だな」


目が覚めたのだろうカインローズはいつもの調子で二カッと笑うとベトベトになったシャツを脱ぎ捨てた。


「ちょ!ちょっと!どうしていきなり脱ぎ始めたのですか!!」

「なんだぁ?気持ち悪かったからだろうよ」


ジト目でカインローズを睨むリーンフェルトは、言っても聞き入れることはないだろうカインローズの態度に溜息交じりで話し始めた。


「はぁ…もうちゃんと目が覚めましたね?」

「ああ、しっかり覚めてるぜ」

「なら着替えとかは私がいなくなってからにしてください」

「おう、気にするな!」

「私が気になるんです!それとカインさん?一時間後、エントランスに集合ですからね!」

「ああ、わぁーた!わぁーたっ!あんま大声出すなリン…なんか頭にガンガン声が響きやがんぜ……」

「それは二日酔いというものではないですか?まったく…あんなにあるまで酒を飲むなんて……」


もう聞き取れないくらいブツブツと文句を言ったリーンフェルトだったが、気が済まなかったのだろう最後にわざと大きい声を出す。


「ともあれ集合は一時間後ですからね!」

「ああ…わかったって…ったく頭がガンガン…する……」


そういうとリーンフェルトは踵を返し、カインローズの部屋から出て行った。


「旦那はデリカシーってもんが足りませんや」


アトロがボソリとそれを見て呟いたが、カインローズの耳には届かなかったようである。


かくしてリーンフェルト達が去った後のカインローズは見事に二度寝をした。

エントランスで集合する事を決めていたのにも関わらず、時間になっても現れなかったので部屋を覗きに行くと上半身裸で寝ているカインローズがリーンフェルトによって発見される。


「カインさん!あなたって人は!!!!!!」


一切の躊躇なくリーンフェルトは、雷の魔力を寝入っていたカインローズの全身めがけてぶち込む。

それにより飛び起きたカインローズは、リーンフェルトの表情で全てを察すると必死の形相で着替えて部屋を飛び出した。

朝食の時間はとっくに終わり、船に間に合うかどうかのギリギリの時間でチェックアウトを済ませると外で待っていたアトロの馬車に駆け込んだ。


そこからはアトロとクライブがクリノクリアのメインストリートを港までぶっ飛ばして走り、なんとか乗船まで漕ぎ着けた。


「だぁぁぁ…本当に疲れた……」

「それもこれもカインさんが二度寝なんかするからですよ」

「腹減った……」

「それも自業自得です」


リーンフェルトに冷たくあしらわれるカインローズをアトロとクライブは苦笑交じりに見ていると、不意にカインローズと目が合う。

助けてくれと口が動いているようであったが、アトロは気が付かぬふりを、クライブは左右に首を振る。

援軍を見込めないとわかったカインローズは、がっくりと肩を落とす。

それをを合図にリーンフェルトのお説教が始まる。

お説教が終わったのはそれから二時間後となるのだが、その間カインローズは正座をさせられる事になるのだった。

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