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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
78/192

78 嘘と嘘

 ボロボロになった装備を纏ったカインローズとリーンフェルトの両名が、皇都レネ・デュ・ミディに帰還したのはサエスに向かって旅立ったわずか二日後の事である。


「これは一体どうしたのかね?」


 アウグストですら驚きの声を上げる程カインローズのレザーアーマーが著しく損傷しており、使い物にならないくらいに抉れている。


「これは誰がやったんだい……?」


 誰がやったのかと言えばリーンフェルトになるのだが、それでは少々話がややこしくなりそうだと思ったカインローズは事実を端折って報告を上げる。


「ああ、敵の斥候と遭遇したんだが、不意に一発貰っちまってな」


 斥候が誰であったかは、この際どうでもいいのだ。

 敵と遭遇して戦ったのはリーンフェルトではある。

 ついでに暴走したのも彼女だが全部ひっくるめて都合の良いように報告するとなると、先の通りになる。


「風魔法か何かか……しかし随分と抉られたな。リン君も多少の傷はあるようだが元気そうで何よりです。さて状況を説明して貰えるかな?」


 アンリが静かな声で疑問を口にしつつ会話に参加し、彼の質問を引き継ぐようにその先を促す。


「まあ、立ち話もなんですから私の部屋に行きますか」


 その一言で四人はアウグストの部屋へと移る。


 部屋に入り、二人掛けのソファーに腰を下ろしたカインローズとリーンフェルトの正面にアウグストとアンリが対面で席に着く。

 さながら客人扱いのようで、居心地の悪さをリーンフェルトは感じていた。

 大まかな説明がカインローズからなされると、アウグストは顎に手をやり思案を始める。


「大体の流れはそんな感じか。ふむ、その逃げた斥候達はどうしたのかね?」


 カインローズの言う斥候達とはシャルロット達の事である。

 当然、そのまま報告すればグランヘレネ側の防衛問題から報告しなければならなくなる。

 彼等に追手が差し向けられる事は間違いないだろう。


「これでもセプテントリオンの四席だ。そこは抜かりなく処理したさ」

「本当かね?」


 眉間に皺を寄せたアンリが追及の姿勢を取ると、リーンフェルトは胸のあたりにチリチリとした痛みを覚えた。


「少なくとも俺よりも早く飛ぶ事が出来る奴を見た事がないが?」

「確かにそうだな。悪かったよ」

「わかってくれりゃいいさ。さて、装備を新調したら俺達はもう一回サエスに向かうぜ」

「そうしてくれカイン、アル・マナクの面子もこれで保たれるだろう。二人とも、教皇への報告は私がしておくよ。今は準備が整うまで暫しの休暇とする」

「「了解しました」」


 そう言ってカインローズとリーンフェルトは席を立ち、一礼するとアウグストの部屋から出てゆく。


 

 扉が閉まった後アンリが徐に口を開く。


「それで……どうするのですかアウグスト」

「どうとは?」

「カインの事ですよ」


 眉間に深い皺を寄せたアンリがアウグストに、カインローズの報告について気が付いた事がなかったかと確認を促す。


「ああ、そんな事か。別にいいよ……相変わらず嘘が下手な奴だよ。どうしてあんなに表情に出るのだかね」


 苦笑いを浮かべたアウグストが事もなげにカインローズの嘘を看破している事をアンリに告げる。


「気が付いてましたか……。左瞼の痙攣に」


 アンリの眉間の皺が若干浅くなり、息を吐くように彼の欠点を指摘する。


「ああ、勿論。むしろ長い付き合いだ、気が付かない方がどうかしているよ。まあ、彼が嘘を吐く時は何かを身を挺してでも守りたい時だけだからね」

「それはそうですが……。では嘘を吐いている事を踏まえてどうしますか?」


 カインローズは何かを隠している。

 それは恐らく装備が破壊されるに至った本当の理由であり、仕留めたと言い張った斥候のその後の事も何か知っているのかもしれない。

 嘘を吐く事は他人に対しては勿論だが、組織に対する報告だったならば尚更してはいけない事だろうとアンリは考えている。

 しかし当組織の長は意外にも、そこは気にもならないといった風に彼に返事をする。


「それは決まってるよ。教皇には出撃と同時にサエスの斥候を発見、これを撃滅。ただし装備の損傷も激しかったので一時帰還したと報告。これでいいでしょう」


 アウグストが事もなげに答えた筋書は、アル・マナクにとって都合の良く解釈されたものでしかない。

 ヴィオール大陸内に入り込んだ賊と遭遇し、これを撃滅したと報告しようというのだ。

 そこは確かに敵斥候との接触があったのかもしれないが、果たしてカインローズは本当に撃滅したのだろうか。

 疑っても真実を知っているのはカインローズとリーンフェルトの二人だけだ。

 ならば確認のとれた事実を最大限に利用するまでの事。

 そこまで考えてアウグストはうっすらと笑みを浮かべる。


「なるほど……そうなれば我々にはなんの疑いも向けられませんね」

「むしろこの報告で疑うなんてどうかしているでしょう。我々は今順調に教皇から信頼を得ていますよ。アンリ、悪いのだけど彼等の装備を手配してあげてくれないか」

「ああ、分かった速やかに用意させよう」

「よろしく頼むよ」


 そう言ってアウグストは部屋に散乱している書類の海に潜ってゆく。

 アンリは邪魔にならないようにそっとアウグストの部屋から出るのだった。


 一方。

 嘘を吐いて部屋を出てきたカインローズとリーンフェルトは大きめの歩幅で逃げる様にアウグストの部屋から出てきた。


「カインさん、なんで嘘の報告を……?」

「ああ、そりゃ嬢ちゃん達に追手を向かわせない為さ。あの場で嘘がバレても俺が怒られて終わりだからな」

「すみません、私と妹の為に……大丈夫なのですか?」

「大丈夫だと断言出来ないが、アウグストもアンリも組織にとって都合のいい報告しかしないさ。それにな」


 少し溜めを置いてから、ポソリと不穏な事を口にする。


「なんでか知らないが、昔から嘘吐くとすぐにバレるんだよ。多分俺が嘘吐いた事を連中は分かってると思う。その上で何も言って来ないなら、まあ大丈夫さ」

「嘘を報告しても怒られないなんて普通はありえませんけど?」

「一応これでも四席なんでな。多少の権限はあるんだぜ。しかし嬢ちゃん達はこっちに何をしに来たんだかな?」

「そうですね……少なくとも戦争には関わってますよね」

「ああ、十中八九な」


 そこを見逃してしまえばグランヘレネを揺るがしかねない大事件になるに違いない。

 そこは容易に想像が着くのにカインローズは当たり前の様にシャルロット達を庇う。


「やはり教皇暗殺と言う線は外せませんね……こんな危ない事に手を出してるなんて……」


 きっと個人的な感情を抜きにしてどちらが大事かと問われれば、教皇の命の方が余程重みがあると言える。

 世界に与える影響を考えると、またそれを行おうとしている者が身内である事に背筋が寒くなる。

 実行犯だとばれてしまえば、実家にだって迷惑が掛かる事は間違いのない話だ。

 そのあたりの事を彼女は果たして考えているのだろうか。

 ここはやはり姉として止めに入るのが正解なのではないかと、そんな思考に傾く。

 しかしそれを見越してだろうか、カインローズが彼女を指摘する。


「待て待て、向こうにも事情はあるだろうさ。嬢ちゃんと仲直りしたいんだろう? なら話を聞いてやれ、感情で突っ走るなよ?」

「わ、分かってます! そんなことっ!」


 顔に出ていたのだろうかとリーンフェルトは急激に恥ずかしさを覚えて、ぷいっとカインローズから顔を逸らす。

 貴族は感情を表に出さない様にしなければならないと幼少から教わってきた身としては、感情が表情に漏れるのは恥ずかしい事のようだ。

 仏頂面だ、怒っているのかと言われるリーンフェルトの表情はそのあたりの躾に関係があるのだとカインローズは思う。

 それでも最近は笑うようになったし、ちょっと……いやかなり激情家な面はあるがそれでも徐々に丸くなってきている、成長しているのだと感じている。

 捕虜から弟子にするまでは頭が固く、思考も偏りがちだった。

 性格は基本的に真面目だから正論にはたどり着くが、正論一辺倒では誰も納得など出来ない。

 それぞれにそれぞれの正義がある事を、最近学ぶ機会に恵まれたのも失敗は多々あるが彼女にとっては良い事だったと思える。

 師匠としてはそのあたりをもう少し、上手く切り抜けられるようなシュルクになって欲しいと考えている。

 自分が近くに居る内は沢山失敗すれば良い。

 フォローは出来る限りするつもりなのだからと、カインローズはさらりと揺れる金糸を生暖かいで見ていた。


「まあまあ、膨れるな膨れるな」


 取り成そうとするも、火に油を注ぐような言葉のチョイスに彼女は反射的に大声を上げる。


「別に膨れてませんっ!」


 少し子供じみた反応だったろうかと、さらに恥ずかしさを増したリーンフェルトの足取りは彼から離れるように早歩きになる。


「おいおい、ちょっと待てよ!」


 慌てたカインローズもまた大股で歩き始める。

 尻尾の様に揺れる彼女の金髪を追いながら、苦笑を浮かべた。


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