77 贖罪の魔法理論
傷つきながらもなんとかグランヘレネの小さな村に辿り着くと、カインローズはとりあえず宿を取りリーンフェルトをベッドに寝かせる。
「ふぅ……魔力が尽きる前になんとか人里に着けたのはラッキーだったぜ……」
そうぼやいて横たわる弟子に視線を移す。
外傷はそれほどないが、精神的にはボロボロだろう。
なにせ自身の最良とした選択肢を拒まれてしまったのだから。
更に姉よりもジェイドを取った妹の事は相当堪えたに違いない。
「大体、やり方が強引なんだ。向こうには向こうの言い分って物がある」
意識を失っている弟子に諭すように彼は語りかける。
「お前の知らない嬢ちゃんの時間や想いだってある。お前はもう少し人を思いやる気持ちが必要だな。そうそう恋愛なんてした事ないだろう、貴族様は政略結婚ばかりだものな。ああ、それが嫌で逃げ出したんだっけか? どっかで恋にでも落ちてみろ。相手の事を考える、気持ちを考えるにはうってつけの経験なんだがな」
意識が無い事を良い事に言いたい放題言っていたカインローズに返事が返ってくる。
「カインさん……大きなお世話です……」
「あっ……いやそのなんだ。いつから意識が戻っていた?」
「大体、やりかたが……のあたりからでしょうか?」
「なんだよ! それ殆ど最初からじゃねぇか!」
「そうなります。しかし、私は一体何を間違えたのでしょうか? あの子の事を考えてジェイドでしたか、あの男を引き離したかったのですが……」
「それは結局お前の頭の中での話って事だ。前にもそんな事あっただろう?」
確かにそれを指摘された事がある。
それはジェイドが襲撃してくるちょっと前まで遡り、盗賊まがいの国王派にオリクトを奪われそうになった時だ。
――あのマルチェロに指摘されていた事をカインローズは言っているのだろう。
人の思考をお花畑だなんだと言いながら去って行ったぽっちゃり系元王子のいやらしい笑みが不意に思い出されて、リーンフェルトは苦々しい表情へと変わる。
結局あれから自分は何も変わっていないという事なのだろう。
今回の件も結局独りよがりの独善的な物になってしまったのだ。
「まぁ済んじまった事は仕方ないさ。物凄くややこしくなっている感はあるが、そんなものは自業自得だ。次にチャンスがあればまず話をしてみるこった。あいつ意外に良い奴なんだぜ?」
あいつとはジェイドの事だろうか?
「カインさんはあの男と……ジェイドと話した事があるのですか?」
「ん……ああ、サエスで俺が酔いつぶれた時の相手だよ」
「そんなに前から知っていたのですか?」
キリッと目つきのきつくなる彼女を宥めながらカインローズは話し始める。
「まあ、怒らないで聞いてくれ。なんていうか街で見かけたから興味がてらに声を掛けたら、飯でも食おうという話になってだな……」
事実とは大分違う都合の良いストーリー展開で彼はリーンフェルトに話をする。
「まぁ飲み比べで負けちまったのは、失敗だったぜ」
「元々カインさんそれほどお酒に強くないじゃないですか」
「いやいや日々鍛えているんだぞ? 少しくらい強くなっているだろうさ」
「結果としてお前らを呼んで回収して貰う羽目になったのはいい思い出だよ」
「思い出という程昔の話ではありませんが……そうですか。彼はどんな感じでしたか? カインさんの目から見て」
ベッドに横になりながらも真っ直ぐな目でカインローズを見つめるリーンフェルトに、彼もまた真っ直ぐに視線を逸らさずに答える。
「そうだな。別に嫌な感じはしなかったぜ。冒険者だった頃の俺ならダチになっていただろうな。ああいう気難しいタイプをおちょくるのは楽しいもんだぜ」
そう言ってニカッと歯を見せて笑う。
「まぁ今はゆっくり休め。装備を整える為に明日は皇都へ一旦戻るぞ」
「わかりました……」
そう彼女が答えるとベッドの脇からカインローズは立ち上がり部屋を去って行った。
今回の件を含めて反省しよう。
リーンフェルトはまずそう心に決める。
確かに対応が最悪だった。
元々印象も最悪だったのだ。
大体、出会いは護衛と襲撃者で敵同士である。
この状況から彼と対話出来るようになるまで、一体何をしたらいいのだろうか。
現状を照らし合わせて、ジェイドとの想定問答を考えてみる。
「いつも妹のシャルがお世話になっています……」
本当に世話になっているか分からないとリーンフェルトは左右に首を振るが、これがきっと決めつけなのだろう。
ジェイドに世話になっていて、それにシャルロットは恩を感じているに違いない。
そう考えてこの挨拶はいずれ採用しようと思い、次の会話へと思考を向ける。
「先日は腕を切り飛ばしてごめんなさい」
余程の光魔法の使い手でなければ、あの切断された腕を元通りに戻す事は出来ないのではないだろうか。
そう考えて頭を抱える。
関係修復は不可能なのではないか。
真面に考えれば、自分の腕を切り飛ばした相手を許せるだろうか?
少なくともリーンフェルトがそれをされたのなら、次出会えば出会い頭に戦闘ものである。
「シャルに許して貰う為にも、ちゃんと対話しないといけないのに……」
冷静になればなるほど、自分がやりすぎてしまった事に後悔を覚える。
シャルロットに睨まれるのも無理はない。
「はあ……どうしましょうか……」
天井に向かって深い深い溜息を吐く。
一人で悶々と考えてもあまり良いアイデアは浮かばない。
皆はこういう時どうしているのだろうか。
相談する相手が居れば救いがあるのかもしれないが、生憎とリーンフェルトが相談出来るような友人はいない。
「ふむ……お困りの様じゃな主殿」
しばらく姿が見えなくなっていたシャハルが、いつものぬいぐるみ状態で現れる。
「姿が見えないと思っていましたが、どこに行っていたのですか?」
「なに、ちょっと魔力を使い過ぎただけじゃ。して主殿はあやつとの関係の改善を図りたいと」
「どうしたら良いでしょうか……あの様子だと腕は戻りませんし……」
「そうじゃな。龍鱗で作った蛇腹剣はやはり鋭さが違ったのぅ。あれを戻す事はほぼ奇跡と言っていいくらいと断言する。故に罪滅ぼしを考えているのであれば義手でも作ってみるかの?」
「義手……ですか?」
シャハルはそのぬいぐるみの様な体についた首を小さく縦に振ってから話し始める。
「腕が無い事はやはり不便であろう。贖うには腕の代わりになる物を作るしかなかろう?」
「それで……許してもらえるのでしょうか?」
「そこは誠意とか言う物の見せ所じゃろう……本当にシュルクは脆い生き物じゃ」
「シャハルは体が欠損したらどうするのですか?」
「そんなものは魔力を練り上げて新しく腕でも足でも翼でも作り直してやるわ」
「シュルクの体で同じような事は出来ませんか? 例えば大量に吸い上げた魔力で腕や足を作り出し補う事は可能なのですか?」
「それは難しいの。シュルクの体ではその魔力に耐えられるかどうかわからん。ただやってやれぬ事もないじゃろうと吾輩は思うぞ」
「……それはつまり、不可能ではないのですね」
「不可能とは断言せぬが……」
「ならばその方法を教えてください」
「今の主殿では魔法を取り込んだとしても、吐き出すのが精いっぱいじゃな。仮に体内に貯めておくのであれば発現した魔法ではなく、一度魔法を無色の魔力にせねばならぬ」
シャハルの言葉にリーンフェルトは戸惑う。
何故ならば今までの知識を覆すような概念の話だからだ。
「それはどういう意味ですか? 魔法と魔力は一緒ではないのですか?」
得意な属性の魔力を持っているから、その属性の魔法が使えるというのが一般的な考え方なのだが、シャハルに言わせるとどうも違うらしい。
「そうじゃの……魔法には魔力が必要じゃから大きな枠で言えばそうかもしれぬが、厳密にはちぃとばかり違うのぅ。魔力とは体内にあって無色透明な物じゃ。これを自身の持っているフィルターを通して属性という色を着ける訳じゃな。色が付いてしまうと体内に置いておくのが難しいのじゃ。つまり取り込んだ魔法を体内に留めようとするのであれば一度無色の魔力に戻す必要がある。戻せないのであれば色ついた魔力、異質な力は身体に馴染まずに暴走してしまうという訳じゃな」
「手足を元に戻すほどの魔法を行使する際に消費される魔力量はどれくらいなのでしょうか?」
「吾輩とてかなりの魔力を消費する故な……今の主殿の魔力の五倍もあればシュルクの腕一本くらい何とかなるのではないだろうかの?」
「五倍もですか……吸収して貯めていけばいつかは彼の腕を戻せますか?」
五倍という数字に驚きながらも、ジェイドの腕を戻し謝罪しない事にはシャルロットとの対話は難しい事だろう。
そう思ったリーンフェルトはなんとか彼の腕を治せるだけの魔力を確保しようと考える。
「そうじゃの……戻せるかもしれないし、そうでないかもしれないの。そもそも色のついた魔力から属性を取り除くために対になる属性の魔力を消費する。そうなれば手元に残る純粋な魔力なんぞ微々たるものだろう。それでもやるのかね?」
覚悟を決めたリーンフェルトは大きく頷くとシャハルに治す為の魔力を貯める事を宣言する。
「はい、彼に……ジェイドに次会う時の為に貯めていきたいと思います」
「それで許してくれるとは限らぬが……やらないよりはマシじゃろうしな。精製された魔力は吾輩が責任を持って保管しておくぞい。主殿の魔力と混ざり合って消費される事を防ぐ為の措置じゃ」
「分かりました。お願いしますね」
「ああ、任されよ。主殿」
その言葉に一つ頷いたリーンフェルトは渋い声で話すぬいぐるみの様なドラゴンを胸に抱いて瞼を閉じる。
明日の事を考えているうちに抗えない程の睡魔に襲われた。
やはり色々と疲れていたのだろう。
物の数分もしないうちに寝息を立て始めた彼女は暫しの時間眠りに就く事になったのだった。