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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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75 二度目の衝突

 対峙する男の姿を見て、リーンフェルトは魔力を練り上げる。

 シャルロットまで巻き込んでこの男は一体何をしているのか。


「そもそもなぜ貴方達がここにいるのです! やはりサエスの刺客と判断せざるを得ません!」


 サエスで大人しくしていれば良かったものを。

 とはいえ向こうから来てくれるのは好都合である。

 ここでシャルロットは返して貰おう。

 リーンフェルトの感情のままに火の魔力が奔流となって溢れる。

 今まで使った事のない程の魔力ではあるが、今は戸惑っている時でない。

 その魔力で男を囲うように炎の壁を作り上げる。


「俺はグランヘレネの民だぞ? 里帰りして何が悪…………危な!」


 男が何か喋っていたが知った事ではない。

 確実に捕まえて、シャルロットとの縁をここで焼き切るのだ。

 炎の壁で行動範囲を制限しつつ、未だ余裕の表情の男を面で制圧を仕掛ける。

 初手こそ躱されてしまったが、これはブラフだ。

 この男がこんな大雑把な魔法にかかる訳がないのだから、二手三手と罠を仕掛ける。

 躱した事に安心しているだろう相手に追い打ちを掛けるようにいくつもの火魔法を爆ぜる様に仕込む。

 炎熱と爆風を以て面から空間を潰すように攻撃を仕掛ければ、男の被っていたフードが捲れて隠れていた黒髪が露わになる。


「……人の話くらい聞けよ」


 男は非難をリーンフェルトに投げかける。

 その目はまっすぐと彼女に向いており、確かな戦う意思が見て取れる。


「やっと戦う気になりましたか」


 まずはここから逃げられないと悟らせる。

 最悪後詰にカインローズがいるのだから、余程の速度で逃げなければ、到底逃げ遂せる事は不可能だろう。


 炎に対抗するように男は水魔法で水球をいくつも作りだし、その周囲に浮かべる。

 それを盾にして攻撃を凌ぐ腹積もりらしい。

 水の盾ごと焼き尽くしてやる。

 そう思考が働き一層の炎を展開するべく魔力を込めようとした時だった。

 傍らに浮いていたシャハルが口を開く。


「ふむ、主殿気をつけよ。こやつもまた随分と奇妙な魔力の色を持った奴だな……なんじゃあれは?」

「さあ? 私にも分かりませんが魔術師としてはかなり格上ですね」


 魔術師としては恐らく腕は数段上の相手だ。

 以前戦った時も魔法メインの戦闘スタイルであったし、複数の魔力を操る事が出来るのだろう。

 そう分析していると、彼は挑発するように言葉を放ち煽ってくる。


「俺、魔術師じゃないぞ? ベリオスの石を持ってないからな。……君は魔術師でも何でもない、ただの一般冒険者に敗けたんだ。もう忘れてリトライか? 随分と鳥頭なんだな」


 魔術しではないだと?

 しかし本当に腹の立つ言動である。

 それに呼び起される敗北の記憶が一瞬、心に恐怖を産み出し悪いイメージが脳裏を掠めると思わずリーンフェルトは奥歯を噛みしめる。


「クッ……」


 きっと表情に出ていたからではない。

 内側にいて、彼女の感情に呼応して消費されていく魔力を察してだろう。

 間髪入れずにシャハルが口を挟み、それを掻き消す。


「落ち着け主殿。あんな安い挑発に動じるでないわ」


 そう格上相手に冷静さを失うなど愚の骨頂である。

 一息深呼吸を挟めば、自然と脈打つ胸のあたりが楽になる。


「すみません、落ち着きました」


 リーンフェルトはシャハルに一言返すと再び因縁の相手であるこの黒髪の男へと目を向ける。


「魔を扱うを得意とするか小童よ、そう簡単に思い通りにはいくまいよ」

「そう、今度こそ私は負けない!」


 冷静な思考は余裕を産む。

 ここは一つ意趣返しといこう。


「大人しく縛につきなさい。これはこの前のお返しです!」


 また火魔法での攻撃と思わせて、地中から空中へと土魔法を発動させると男を絡め取るべく無数の蔦が多頭の蛇が餌を求めて食いつくが如く執拗に追い立てる。

 それをなんでもないと言わんばかりに男は手を翳すと爆炎を生み出し処理していく。

 先に生み出した水球がその爆炎の影響から消滅していくのが見える。

 しかしこれもブラフである。

 本命はこの隙に叩き込む一手なのだから。


 蔦の処理に気を取られている内に男の背後を取り、所定の場所まで男を追い込む。

 また一つ蔦が塵と化してゆくが、囮である。

 想定された場所に誘い込むと男の背中は無防備になっている。


「引っかかりましたね。これでチェックメイトです」


 少し小さめだが鋭い棘の様な氷の矢を速射に重点を置いて掃射を行う。

 秒間二十発、分にして千二百もの氷の矢を絶好の隙を突いて放つが、やはり格上決定打とは行かない。


「……っ、鬱陶しい」


 広範囲に展開させた火魔法で防ぎきると、男はリーンフェルトの殺しの間から離脱する。


「まだ躱しますか。どうやってシャルを口説いたかは知りませんが、しつこい男はここで排除です」

「なあ、気付いているか? しつこいのは君の方だっていう事に。俺達はここを通して欲しいだけなんだからな。それに────」


 しつこいだろうか?

 寧ろ尽く目の前に立ちはだかる貴方の方が鬱陶しい事この上ないというのに。

 そう考えるリーンフェルトに男はなおも続けて言い放つ。


「知りたいのか? 姉である君が知らない、シャルロットの微細な仕草の総てを。君の妹がどうやって毎晩俺と過ごしているのか、とか。どんな表情をするのかとか。……教えてなんかやらないよ」


 その言葉の意味する所を想像するならば、そういう事なのだろう。

 まだ成人を迎えていない子供相手にそんな事をしているのかこの男は。

 そして妹を穢したと言うのであれば、然るべき代償を以て償わなければ気が済まない。

 リーンフェルトの殺気が先程よりも格段に上がったのは当然である。


「……シャルロットの姉を名乗るならば、君はもっと彼女の悩みに寄り添ってあげるべきだったんだ」


 男が本当にぽつりとそんな事を言うのが聞こえた。

 一体、貴方に何が分かると言うのだろうか?

 姉として妹を心配し、魔法が使えない事に悩む後姿を見て来たのだ。

 どう手を差し伸べたらいいか解らずに悩んだ日々、あの失意に塗り潰された黄緑の瞳に何を言えば良かったのか。


――それにあの時期はリーンフェルト自身も大変な時期だったのだ。

 それを言い訳にしたくはないが、余裕がなかったのは事実である。


ドクン。


 鼓動が一つ大きく鳴る。

 心に影が広がっていくのが分かる。

 それは恐らくシャハルの影響で使えるようになってしまった闇魔法なのだろう。

 紙に落ちたインクの様に滲み、広がり埋め尽くしてゆく。

 気が付けば男は怒りの表情で魔法を展開し始めている。

 男の背後には金色と黄緑色に輝く魔法陣が展開されており、回転を始めるとそれは煌めく無数の刃が踊り荒れ狂う豪風を生み出しリーンフェルトを切り刻もうと襲いかかってくる。

 風魔法に土魔法を織り交ぜたような魔法に一瞬戸惑うが、覚悟を決めて自身の左手を突き出す。


 失敗すれば腕ごと吹き飛び、光魔法でも治癒できない程の傷を負う事になるだろう。

 しかし結果から言えばそれは杞憂に終わる。

 突き出した左腕はしっかりと男の魔法を打ち消して見せたのだ。


 そして視界には何が起こったか理解できないと言う男の表情が見えた。

 動揺のあまりに背に展開していた魔法陣が消え去るほど集中力を欠いているようだ。

 突然訪れた空白を埋めたのはリーンフェルトの声だ。


「貴方に家の何が分かるというのですか! それよりも世間知らずな娘を捕まえて囲うなど下衆の所業です! どうせそうやってふしだらに生きてきたのでしょう? シャルには不釣り合いです。これ以上彼女の経歴に傷を残さないように立ち去るべきではないですか?」


 未だ動揺から立ち直れない男はすっかり青ざめた表情をその憎たらしい顔に張り付かせている。

 ここがチャンスだ。

 そう閃いた時には体がスムーズに動いた。


(それを使うがよい主殿)


 体内にいるシャハル本体から直接脳に響くような声が聞こえると手には禍々しい黒い刃を持った剣が握られていた。

 男の至近距離まで接近してしまえば後は振り下ろすだけだ。


「魔法が得意でも今の私には効きません! 接近戦は得意ではないのでしょ? これが躱せますか?」


 魔法の展開姿勢……腕を伸ばした状態のままだった男が慌てて手を引こうとするが、それを逃すほど今のリーンフェルトは甘くはない。

 振るった剣が撓る鞭のように波打つと男の腕に絡まる。

 それはドラゴンの牙が獲物を食い込むように腕の肉を容赦なく抉る。

 蛇腹剣、連節剣とも言うがシャハルが用意したのは、そういう武器の様だ。

 男の二の腕まで絡み付いた刃を一気に引けば、返しの付いた刃がそれを食いちぎる。


「……う、あ……ああああッ!!」


 腕を切断された男が叫び声を上げる。

 宙に舞った奴の腕と血しぶきがシャルロットの方に落ちて行ったが、今は目の前の敵に止めを刺す事が先決だ。

 蛇腹剣は魔力を通す事で自在にその姿を変えるようである。


「どうやら今回は私の勝ちのようですね!」


 制御を失った風の魔力が見境なしに吹き荒れて、なかなか近づく事が出来ない。

 この鬱陶しい風もまた掻き消してやろうと腕を伸ばそうとするも、術者の意識が失われつつあるのだろう徐々に霧散していくのが分かる。

 そして彼もまた空中には居られるはずもなく、逆さまに堕ちてゆく。

 これで悪の根源は潰えた。

 後はシャルロットを連れて帰るだけである。


 しかし次の瞬間の光景は目を疑った。

 血まみれで落ちてゆく彼をシャルロットは汚れる事を躊躇わずに抱き留めたのだ。

 そして男を背負うと空中に居るリーンフェルト睨み付ける。


――何故?


 姉が妹を騙していた男を打ち破り、辛い日々から解放したというのに。

 何故、そいつを拾うのか?

 何故、助けたはずの姉をそんな目で睨むのか?


 その時間の短さとは裏腹に、長さを感じさせる邂逅にリーンフェルトは声を掛けられずにいた。

 一瞥して、男を背負った彼女が振り返り海岸沿いに広がる密林地帯に向かって駆け出す。

 手を伸ばして見るも自身の体は空中にあり届く事はない。


 リーンフェルトは呆然と去りゆく妹の後姿を見つめる事しか出来なかった。

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