表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
74/192

74 遭遇

 カインローズとリーンフェルトは皇都から進路を北西に取り移動を開始する。


「結局アンリの奴また戦場に立ち損ねたなぁ。任務が終わったら模擬戦にでも誘うかな」


 そんな事をぼやく彼に、リーンフェルトが反応する。


「でもアンリさんは魔法主体のはずですから、接近戦主体のカインさんとでは訓練効果が薄いのではないですか?」

「ん? ああ、まあそうかもしらんが、ストレス発散ってのには体を……特に筋肉を動かす事が大事な訳だ」

「いえ、筋肉を動かなさなくてもストレスの発散は出来ますよ」

「だがな、アンリも男だ。男ならば時として筋肉を動かして」

「えっと、カインさん筋肉の話はいいです」

「まあ、リンは女だからな。ムキムキでも困るか?」

「別に私自身が女らしいかと言えば疑問ですが、程々の筋肉は大事かと」


 彼女自身はスレンダーな体型をしている。

 剣術に始まり武術と呼ばれる物はカインローズから一通り習っており、如何なる時でも何かしらを武器として戦えるように鍛えられている。

 カインローズから見て彼女のしなやかで伸びのある筋肉は柔軟性と瞬発力を兼ね備えたスピードタイプである。

 それは三席であるケイとタイプが若干被る。

 ケイ自身はスピードに加えてカインローズと渡り合えるだけの剛腕の持ち主である。

 しかし腕力で劣る分、魔法の多彩さで行けば確実にリーンフェルトに軍配が上がるだろう。

 それでも席次の壁を越えられないのは、一重に彼女の経験不足が原因だとカインローズは見ている。

 一応武術関係の師匠である彼としては、何時如何なる時でも油断なく立ち振る舞える事を心がけるように指導はして来たつもりだ。


「さて冗談はさておきだ。お前サエスに行って何をするつもりだ? 確かにアンリから大体の事は聞いているが、それでも妹が見つかるとは限らんぞ」

「それでもです。やはり心配なのですよ姉としては」


 彼女は吐き出すように一言答え、憂いて一瞬だけ目を伏せると、魔法のコントロールを失わないように再び前へと顔を向けた。


「そういうもんかね? 俺には兄弟がいないからよくわからないが」


 並行して飛ぶカインローズは、不思議そうな顔で答える。


「それにシャルに付き纏っているあの襲撃者の男は絶対に許せません。きっと騙されているんです」


 胸の奥にある黒い物がちらりとリーンフェルトの心を焦がす。

 それは初任務失敗に始まり、勝負に負け負傷、さらにシャルロットまで連れ去る始末。

 その点において自分の正義は揺るがない。

 奴こそが悪なのだ。


「これ、主殿あまり憎悪を燃やすな。魔法制御に雑味が出ているぞ」


 シャハルがそれを窘める様に注意するが、リーンフェルトは止まらない。


「いいえ! 絶対に悪人です! 純粋な少女を騙して連れ歩くなんて!」

「ああ、あいつの事か。悪い奴でもなさそうなんだがな……まあ、そのあたりも姉として話を聞いてやれば良いじゃないか」

「話を聞くには、まずは見つける事からですね……」


 そんなやり取りをしながら飛び続けていると視界の先に海が見え始めた。

 どうやらヴィオール大陸の端まで来たらしい。


「ん? なんだあいつらは……?」


 そこでぼやくようなカインローズの声にリーンフェルトはその方向を注視する。

 真っ先に声を発したのはシャハルである。


「ほう、これもまた珍しい魔力の持ち主よな。何者じゃあれは……」


 カインローズほど視力は良くはないが、それでもフードを被った二人組が空を飛んでいるのを発見する。

 目立たないように低空域での飛行だろうか。

 しかしこちらはそれをさらに上空から見ているのだ。

 故にその姿は筒抜けであり、不審者極まりない違和感を発していた。


「カインさんあれは?」

「まあ、このご時世だ。怪しいわな」


 それを聞くや否やリーンフェルトは全速力で飛び出し、その二人組に声を掛けた。


「そこの二人、止まりなさい。サエス側から飛んできたように見えたけど、あちら側の者かしら?」


 その声にビクリとして動きを止める二人。

 一瞬お互いを見やると被っていたフードを目深に被り直した。

 これだけで十分に怪しい行為だ。

 疚しい気持ちがないのであれば、フードを外して身の潔白を訴えれば良いのだ。

 しかし彼らは被り直した。

 つまり、顔は見られたくないという事なのだろう。


「見た所、旅人という訳ではなさそうですね。それに随分高価そうな物を身に着けているようですし……」


 改めて彼らの服装を見て、違和感を感じる。

 旅人というのは高価な物は表に出さないからである。

 そんなものを身に着けて、盗賊にでも狙われたら命の危険だってあるのだ。

 だから旅人を自称するならば、もっと襤褸を身にまとっていなければおかしいのだ。

 もちろん例外はある。

 腕利きの冒険者であればそういう事があっても返り討ちにする事が出来るだろう。

 高貴な者であれば、そもそも護衛がついているだろう。

 であるならば逃がす訳にはいかない。

 何か行動を起そうとする動きに反応して、リーンフェルトは得意の火魔法で壁を作り彼らを囲むように展開する。


「お待ち下さい、僕らはただの旅人です。サエスではなく、マディナムントから参りました」


 抱えている男性の方が口を開く。

 確かにヴィオール大陸の北側にはマディナムントがある。

 しかし、あちら側から来たとしてもヘレネが憎む風の民である。

 一般市民がこちらに旅をする事は皆無、いや自殺行為といえよう。


「そんな下手な嘘はつかない事ですね。こんな外れた場所をわざわざ通る者などいませんよ」


 つまり簡単に論破できる嘘という結論に至ったリーンフェルトは、さらに付け加える。


「差し当たり間者……いえ暗殺者でしょうか」


 国同士が戦争をしている状態なのだ。

 こんなに情勢に疎い者がいるだろうか。

 恐らく知っていてなお白を切る、切りたい、この場から一刻も早く離れたいのだろうがそうは行かない。


「あ、暗殺なんて企ててません! 私達は本当にただの旅人で……!」


 取り繕うように女性の声に聞き覚えがある。

 困った時はいつもそういう声色だった少女の事が脳裏に過る。


――シャルロット!


 そうなればあとは簡単だ。

 このシャルロットを抱えている男はあの襲撃者だろう。

 しかしこんなところで出会うとは……一体何が目的なのだろうか。

 なおフードの男を庇うようにしている彼女は未だ気が付かれていないと思っているに違いない。


「そんなに慌てなくても良いですよ、シャルロット。私が貴女の声を聞き間違えるとでも思ったのかしら?」


 息を飲むように少女の動きがピクリと止まった様に見えた。

 そしてシャルロットを抱えて飛んでいる男は、この場を誤魔化す事を諦めたらしい。

 フードから顔を覗かせると、ペラペラと喋り出した。


「……久し振りだな。グランヘレネへは何しに? 旅行かな?」

「貴方の話など聞いていません。シャルを置いて立ち去りなさい」


 お前の話などどうでもいい。

 そう思ったリーンフェルトはバッサリと男の話を切り捨てる。

 ここにシャルロットを置いて行けばいい。

 後はアル・マナクに休暇願を出してケフェイドまでシャルロットを連れて帰り両親の元に送り届けておしまいだ。

 彼女には外の世界は過酷であるように思う。

 まだ成人もしていない少女である。

 世間知らずで詰めもまだまだ甘い。

 そんな妹の事が心配で仕方がない。

 しかしそんな思いとは逆の回答が男から返ってくる。


「すまないな、シャルロットを置いて行く事も立ち去る事も出来そうにない。俺達にはちょっとここに用事があるんだ」


 男がシャルロットを抱き抱えた腕に力を入れたのが見て取れた。

 どうしても返す気はないようだ。

 であるならば戦って取り戻すしかないのだ。


「これ以上は無駄ですね」


 リーンフェルトの言葉に逃れられない物を感じたのだろう。

 男はこちらを見たまま少し後方に飛び、地上にシャルロットを降ろした後に再び空へ舞い戻って来た。

 シャルロットを抱えたままでは戦えないという事か。

 確かにそのまま盾にされても正直戦い辛かったので、男の行動は僥倖と言える。


「私はもうあの時の私ではありません……借りは返させて貰います」


 その言葉に男は見下したような、呆れたような声色で彼女に返す。


「借りっぱなしで構わないのに。律儀な事で」


 ここでこの男を打ち破りシャルロットを取り戻すと改めて心に誓う。


「妹は返して貰うわ。今度こそ負けない!」


 それを合図に男との二度目の戦闘の火蓋が切って落とされたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ