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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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72 ヘレネの福音

 その頃アウグストは今回のグランヘレネに提出する書類を作成していた。

 これもこれで書き始めるとスイッチが入ってしまい、いろいろと書いている内に新たな可能性を発見したりしてしまい遅々として進まないのが常である。


「ヘレネのヘリオドールに関しては収穫でしたね……」


 あのヘリオドールの台座に書かれていた古代文字の解析結果について、手を止めてアウグストは一人部屋の中でぼやく。

 アルガスのヘリオドールにも似たような台座があり、そちらにも古代文字で書かれた魔法が記されている。

 元々アルガスのヘリオドールの研究員であるアウグストはその古代文字の構文を、目を瞑ってでも言えるほど何度となく読み返していた。

 魔法について書かれているのは実は最初の方だけである。

 これをアウグストは他に意味が有るのではないかと考え、研究した結果ある一定の法則に当てはめて読むと全く異なった情報が出て来るような仕組みになっていたのだ。

 この発見によりオリクトの技術が確立されたのだ。

 記されていたのは歴史であり、文化であり、技術である。


 ここに一つの仮説が浮かぶ。

 もしかしたら他の台座にも同じような情報が眠っているのではないかという事を。

 結論から行くと確かに技術はあった。

 遠い遠い昔に失われた技術の一つだろうそれは、物の強度を高める為の技術だ。

 アンリに渡したオリクトはその技術を用いて従来のオリクトよりも強度を上げることに成功した物である。

 従来のオリクトは硝子の様に叩きつけたりすると粉々に砕けるほど脆い物であった。

 まだ試作段階の技術だがもっと回数を重ね、洗練されてくれば強度が増し、使える局面が増えてくるだろう。


 だからこそ思うのだ。

 他の台座には何が書かれているのか。

 それは間違いなく失われた知識であり、女神の力、女神の魔法と呼ぶに相応しい技術である。

 確かに誰がこれを一筋縄で読めないようなロジックを組んで書いたのか気にはなる。歴史好きでもあるアウグストの知的欲求を満たす案件の一つではある。しかし今は失われた技術こそが最も興味のある事だ。食事などせずに時間の許す限り研究に没頭したいのである。

 だからクーデター後、彼は権力など要らないとアルガス共和国の議員の席を返上している。元々王家から命を守る自己防衛の為の組織である。俗世の面倒事など真っ平であり、興味ある研究をしていたい根っからの研究者だ。

 自己防衛の果てにクーデターという形になってしまったアウグストはアル・マナクとして政治には関与しないと暫定政権下で明言している。

 現在ケフェイド大陸最大の軍事力を誇りながらも、オリクト輸送に充てるなど、一企業としての域を出ていない。いちいち煩わしい会議になど出ている時間があるならば一文でも一文字でも古代文字を読み、考察して知識を深めたいのだ。

 どんなシュルクにも寿命はある。ならば生ある限り研究していたい。その願望は同好の士であるアダマンティスが叶えてくれている。アル・マナクの運営の大半はアダマンティスに丸投げである。それに際して出された条件も好条件だった。


「ヘリオドールの研究成果を全て共有する事。儂が本来なら研究したい事であるが、アウグストに譲る。だから君が見て見つけた新たな知識を共有しようではないか。儂は君が好きなだけ研究出来るよう最善を尽くすとしよう」


 アダマンティスは厳めしい顔を最大限に緩めて笑い、アウグストの手を取り握ったのだ。


「ああ、また君に報告すべき案件が増えたな」


 誰もいない空間にまた独り言を吐いて、紙に向かって筆を走らせる。

 流麗な文字とは言い難いクセのある文字が紡がれ書類が出来上がってゆく。

 教皇には悪いが情報は本当に触りの部分しか報告する気がないアウグストは適当な情報を混ぜつつ用紙六枚からなるヘレネの福音を書き上げてゆく。

 中身は実に出鱈目なのだが、それらしく仕上げる。ヘレネの民にとっては涙が出るほど女神の慈愛に満ちた言葉を連ねてゆく。


「こんなものでしょうかね。さてヘレネが上手くサエスを滅してくれたなら水の台座……いや神の御座を拝する事が出来るかもしれませんね。もしそれが駄目であってもオリクトを餌にサエスを、訪問すれば良し。何にしても私の研究は進む。実に重畳」


 アダマンティスの諜報部隊が各国の情報を仕入れてくれる。

 アル・マナクは国に関わる隙を常に探している。

 今回の件もそうだ。

 教皇にそれとなくアウグストの話を流すように細工したのはアダマンティスだった。

 お蔭で教皇から使者がやってきたし、安全に土の御座の解読にも成功した。

 情報は力であり、上手く扱う事で常に自分にとって有利な環境に出来る。

 全ての女神の御座から知識を得た時、自分はどうなっているのだろうとアウグストは考える。

 アダマンティスと分かち合った知識を元に新たな物を創造出来るのではないだろうか。

 今のオリクトよりも更に高性能な魔石を作り出す事が出来るかもしれない。

 アンリの言うシュルクの進化を促す一助となるかもしれない。

 そう考えただけでアウグストの夢は広がる。


「なんとしても全ての御座の情報を手に入れければ……」


 そう改めて心より願う。

 そうしてまだ見ぬマディナムントの風の御座やアシュタリアにある雷の御座に思いを馳せる。


「おっと脱線してしまいましたね。しかしあのドラゴンは……ふふふ、また面白い物を顕現させたものです。いずれ彼からも何か知識を得られない物ですかねぇ」


 一人でツッコミを入れるも、また違う案件に思考を飛ばす。

 あのリーンフェルトが顕現させたドラゴンとはどういった存在なのだろうか。


「これも考察せずにはいられない話ですね」


 取り留めのない事を考えてはいろいろと疑問点を書き出してゆく。

 その多肢に渡る思考の海から帰ってふと我に返る。


「いけませんね。まずは目の前のこれから片付けましょう」


 そう言って書きなぐったメモの山から体を起こせば、どこかで雪崩の様に書類があらぬ方向に滑り落ちていく。

 それを見ても直す気にもならないアウグストは、呼び鈴を使いヘレネ側が用意した小間使いを呼び寄せる。


「どうかされましたか? アウグスト様」


 アウグストの部屋に現れたのは教会で見習いをしているのだろう、まだ幼さの残るあどけない顔をした修道女である。


「ああ、ご苦労様。君悪いのだけどこれを教皇様に届けてもらえるかな」


 そう言って手渡したのはヘレネの福音である。


「はい、わかりました」


 彼女はその書類を受け取ると一礼をして去ろうとする。


「ああ、君悪いのだがそれを読んで見て貰えないかね? 古代文字を訳すには訳したのだが、私には文才はないようだ。ちゃんと意味が伝わると思うかね?」

「あの、読んでもよろしいのですか?」

「勿論。所謂女神ヘレネの福音と呼ばれる物だ」

「そっそんな! 教皇様よりも前にこれを読むだなんて! 罰が当たります!」


 困惑した表情の彼女にアウグストは務めて優しい声で、説得する。


「その教皇様に意味が伝わらないのが一番困るのですよ。貴女の様な一信徒の目から見ても女神様のお言葉が伝わらなければ訳した私の力不足。ヘレネ様に顔向け出来ないではないですか。だから私を助けると思って確認してもらえませんか?」


 そう言われてしまえばもう彼女は頷くしかなかった。


「私などでよろしければ……」


 そう言っておずおずと読み始めると、その目に薄らと涙が溜まり頬を流れて一筋の跡を残した。


「女神様はこれほどまでに……うぅ……」

「そうですよ。これで女神様の神意は皆様に伝わるでしょうか?」

「は……はい! 必ず、必ず伝わります!」


 先程の躊躇いが嘘のように消えて、彼女の目に使命感にも似た炎を見た気がしたアウグストは、笑顔で修道女を部屋から送り出す。


「いい仕事が出来て良かったと思います」

「では、私はこれを教皇様に届けて参りいます!」

「ああ、宜しくお願いしますね」


 一礼して部屋から出てゆく彼女の背に声を掛ける。

 パタンと小さな音を立てて完全に閉まったドアを見ながら、吐き出すように呟く。


「いやいや、こんな現状に沿った事が何千年も昔に書かれている筈ないでしょうに。それにしても……あの程度でも感動出来るのですね。狂信とは実に恐ろしいものだな」


 都合の良いように捉えられる福音を有り方がる滑稽さを目の当たりにして思わず、腹を抱えて笑いそうになる。


「あの調子で教皇も踊ってはくれませんかねぇ……」


 苦笑交じりのその顔に、一つだけ願望を口にしたアウグストは再びレポートの山へと帰って行った。

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