71 新たな力
アンリがアウグストから改良型オリクトを渡された頃、リーンフェルトはシャハルに言われるまま皇都レネ・デュ・ミディ郊外へ出ていた。
というのも最前線に赴くセプテントリオンに対して、教皇が国として恥じない物資を用意しようといろいろ張り切った為、出撃が遅れているのだ。
この時間を利用してシャハルがリーンフェルトに力について講義をしたいと申し出があり、現在、一人と一匹のその体は上空にあった。
現在聞かされている戦況などと合わせてリーンフェルトは思考する。
セプテントリオンは元々個の武力に優れた面々なので、命令があれば最速で前線へと向かってその火力を以て敵を薙ぎ払うのが用法として正しいのだ。
つまり強襲部隊をとしての運用が正しいと彼女は思っている。
確かにケイやカインローズは軍を率いて戦う将としても優れているのだが、肝心の兵を率いていない今回はそれすらも加味せずともよい。
その為、戦術的な点を言えばこの物資云々の件は完全なタイムロスだ。
ショルダーバックに最低限の物資を持たせ出撃し、必要な物資は追って運べばいいのだ。
しかしそれを教皇は選択しなかったのには、それなりの理由がある。
勿論国としてのメンツもあるが、前線からの報告でその兵力差に安心していたのもある。
ヴィオール大陸西端にあるゲノモス砦から、サエスに向かったコンダクターとアンデット兵達はトータルで一個師団。
約一万程度の兵力に対して、サエスはその半分にも満たない兵力で防衛線を築いていると偵察から報告があったらしい。
それは当然だろう。
水害の後処理と現在進行形で進んでいる地震後の対策とで、人員が確保できなかったのだと推測される。
留意すべき点を挙げるとするならばこれは国として動員された兵力であり、冒険者などの義勇軍などの不確定要素は除いた数字である。
しかしこの一点に絞った見方をするならば、この人数しか国として防衛に充てる事が出来ない状況とも取れる。
確実にサエスと言う国が衰弱していると、教皇が確信を持って判断出来た情報の一つである。
ただ戦争、いやどのような戦いに於いても勝敗に絶対はない。
手負いの獣は死にもの狂いで抵抗するだろうし、そこから戦況が一変する事だって有り得る。
だからこそ攻め手を緩めず、確実に出来る戦力を以て仕留めるのだ。
確かにアンデッド兵は夜しか活動出来ないという弱点がある。
それを差し引いても戦争が長引きサエス側の死者が増えれば、そこから新たなアンデッド兵が生み出せる。
サエス側は兵力をどんどん失い最終的に詰む事になる。
アンデッドを用いた事により、食糧などのコストが一般的な戦争よりも殆ど掛からないのも大きい。
国の経済を傾かせるほどの負荷になりえないというメリットは、戦闘継続時間を大幅に引き延ばす事が出来る。
物資が尽きて戦争が終わるという事がないのである。
物資がなくなれば戦争を続ける事が出来ない。
生身であれば食糧然り、武器然りである。
しかしそのあたりを気にしなくよいアンデッドであればどうなるかは想像に難くない。
勿論アンデッドに対する手段がない訳ではない。
一般的には火魔法で燃やす方法と、光魔法による消滅とが存在している。
それ以外の属性だとあまり効果をなさない。
サエスは水のヘリオドールの恩恵を受けた土地だ。
ケフェイドが火の恩恵を受け火の魔法が得意な者が多かったように、サエスでも似たような事が言えるのではないだろうか。
となれば火魔法の使い手は多くない。
光魔法で言えば教会がその勢力に該当する。
今回の事態に際しては聖騎士団をも動員する事態と言える。
なので恐らく最前線に出て来るというのがリーンフェルトの見方だ。
後は冒険者達がその戦力として期待されるところだ。
彼等ならば魔物との戦いを熟知しているので、アンデッドにも有効な手段を見つけるかもしれない。
そんな事を考えながら郊外の開けた場所に降り立つとシャハルがもきゅっと口を開いた。
「ふむ。なかなか良い場所だな、ここにしようぞ」
姿と裏腹な声の渋さに未だギャップを覚える彼女に、シャハルは自前の翼で飛びながらリーンフェルトと距離を取る。
「吾輩の能力は魔力が見える事、そしてその魔力を喰らう事じゃ。簡単に言えば魔法を吸収して、一時的に蓄えたり吐き出したり出来るそういう力じゃ。まあ、吐き出すと言ってもその威力は大分落ちてしまうがのぅ」
魔法を吸収する事が出来るという能力に驚きを隠せないリーンフェルトは、彼に質問を始める。
「もし本当に吸収出来るのであれば、魔術師に対して無敵ではないですか?」
「そういう事になるかの? 吾輩くらいの存在レベルであれば全身で受けても吸収するが、今の主殿のレベルからいけば精々左手一本くらいじゃな」
例え左手一本でも魔法を掻き消しその魔力を吸収する能力を得る事が出来れば、魔術師相手の戦闘ならばかなり有利に戦えるのではないだろうか。
あのケープマントの男を倒し、シャルロットを取り戻す事も出来るかもしれない。
「左腕だけでも構いません。どうしたら良いのですか?」
「では我輩の能力を左腕に付与するぞ」
バチッ!
雷魔法を使用したかのように音を立てた魔力が左腕を包み込むと、馴染んだように肌に吸い込まれていった。
「これで吾輩の能力を一部譲渡した。これで左腕で触れた物の魔力を吸い取る事が出来るようになっている筈じゃ」
「これで本当に?」
「ふむ、ではオリクトでも握ってみたらいい」
シャハルに言われるままリーンフェルトは手持ちの小さなオリクトを左手で握りしめると、ガラスのような部分がサラサラの粉になり砕けた。
「魔力が空になった時と同じですね」
「あまり実感はないだろうが、そのオリクトに入っていた魔力は主殿の糧となっておる」
「この能力は常時発動しているのですか?」
「いやいや任意じゃよ、出なければ不便じゃろうしな。能力を使いたければそのように念じてくれればいい。それとこの能力の欠点について話しておくとする」
「分かりました」
「欠点と言うのはじゃな、魔力を付与してある剣などじゃ。勿論剣に付与されている魔法は吸収する事が出来る。しかし刃までは吸収できない上に能力としては別に皮膚を硬質化させる
ものではない故な。刃は普通に刺さると言うのがこの能力の欠点言えよう。まあ魔法が得意な者が武器を持って戦う事など早々ないだろうがの」
そう言ってシャハルは笑う。
「では、物は試しじゃの!」
シャハルは自身の口を開くと小さな火球を一発彼女に向けて放つ。
咄嗟に躱しそうになる気持ちをなんとか抑え込んで迫り来る火球に向かって左手を伸ばす。
左手に熱さを感じたかと思うと火球という事象がキャンセルされて、体内に火の魔力が流れ込んでくるのが分かる。
普段練り上げて放つだけの魔力が逆に体内に入ってくる感覚に戸惑う。
魔力は寝たり食べたりで自然と体内で作られて回復するものだ。
自身の魔力総量はなんとなく感覚で分かる物だが、シャハルの言う通り大幅に上限が上がっているように感じる。
「どうじゃ?」
「なんだかとても不思議な感覚ですね」
「発動した事象に干渉し無効化して、純粋な魔力として体内に取り込むわけじゃ。体内に魔力が入ってくる感覚は慣れて行くしかあるまいよ」
そう言って笑うシャハルを見ながら、左手を開いたり閉じたりしてみる。
感覚としては不思議な物であったが、人体に影響は今の所無い様だ。
「これであの男から妹を取り返せるかもしれませんね」
そう呟いたリーンフェルトに、シャハルは思い出したように話し始める
「そうじゃそうじゃ、注意事項が一つある。シュルク本体からの魔力の吸出しは緊急時以外禁止じゃからな」
「それはどうしてですか?」
「簡単な話じゃ。事象を成すほど練り上げた魔力と、体内に渦巻く不確定な魔力とではどちらが美味しいのか。そんなもの答えるまでもあるまい?
人体から直接取った所で雑味とえぐみしか感じられんわ。吸収するのは放たれた魔力だけの方がスッキリするからの」
魔力に美味しさと言う物があるのだなとリーンフェルトは感心してシャハルをまじまじと見つめた。