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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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7 美味しい料理は程々が良い

 リーンフェルトとカインローズが貴族区から中央広場まで歩き、そこから宿へ向かう。

 あたりは夕暮れに差し掛かっており、なんやかんやで公爵邸に随分と長居したものだとカインローズは思っていた。

 そんな事を考えながら黙々と歩いて商業区に入る頃にはすっかり日は落ち夜の風が頬を心地よく撫でる。

 海神の揺りかごのエントランスには先に手配に回っていたアトロが待っており、程なく港の手配に回っていたクライブも宿に戻ってきた。

 カインローズは改めて宿を見回すと身なりの良い客が多く、一般的な宿屋と比べると格段に広いエントランスとなっており天井からは透明度の高いクリスタルがふんだんに使われたシャンデリアは吊るされている。


「ありゃ一体いくらすんだろうな……」


 思ったことが口からだだ漏れる。

 それくらい綺麗なシャンデリアだったのだが徐々に目がチカチカしてきたカインローズは、スッ右手の親指と人指し指で目頭を強く押さえると首を左右に振った。

 シャンデリアは中央部には光源としてオリクト嵌められており、それが放つ光にクリスタルが乱反射して煌めきエントランスを照らしている。


「まるで光の雨だな」

「本当ですね」


 なんともカインローズらしからぬ感想ではあったが、同じくそう思ったリーンフェルトが相づちを打つ。


 視界が戻ってきたカインローズは目頭を押さえていた手を離すと、クリノクロアに入ったあたりで話に上がった公爵家ご用達と名高い竜王亭で夕食を取ろうと言い出し、一同は宿のエントランスから移動することになった。


 最初言い出しという事で先頭を歩いていたカインローズであったが、宿の出口に差し掛かる頃には公爵家ご用達という言葉がとても気になり、店の敷居を高く感じ徐々に気後れし始める。

 海神の揺りかごのエントランスを抜け、一歩外に出てみれば竜王亭の入り口が見えるほどので距離である。


「そのなんだ…ここから見ても立派な店だな」


 カインローズの視線の先には件の竜王亭が見える。

 店を囲う壁には板金で作られた海竜のレリーフが描かれており、高級感を一層増している。


「ええ、公爵家ご用達ですから」

「なぁ本当にあそこで飯食っても良いんだよな?」

「レストランですし! それはもちろんです」


 当然でしょうにという表情を浮かべるリーンフェルトに、カインローズは今思いつきましたと言わんばかりの嘘臭い演技混じりのそぶりでリーンフェルトに言い放つ。


「そうだ! リン。ひょっとしたらお前を覚えている店員とかいるかもしれないだろ? お前が先頭になっていけば間違いないだろう」

「えっ?」

「そうですよ! リンさんが先頭でお願いしますよ」


 空気を読んだクライブがカインローズに加担してリーンフェルトを先頭に押し出す。


「うーんでもやはりここはカインさんが年長者として……」

「いやいやーそんな気遣いはノープロブレムだよ? リーンフェルト君! さぁ行こうじゃないか! はっはっは」


 あれだこれだといろいろ言った挙句、もっともらしい理由をつけて結局リーンフェルトを先頭にして店に向かう事になった。


 あたりは大通りに面した商業区の一等地の為、店や宿も多く石畳で舗装された道もオリクトが使用された街灯に照らされ暖かく、そして明るい。

 数年前までは夜の帳が下りるこの時間ともなると、街はひっそりとして人通りなどなかったというのに。

 やはりオリクトの力は凄いとリーンフェルトは改めて思う。

 そしてそれを世界に供給するという事は、皆がこの恩恵を受けられるという事に他ならない。

 もう夜の暗闇が悪意を隠す事がなくなる。

 厳しい寒さに身を振るわせる日々を過ごさなくてよくなる。

 そう思うと、アル・マナクという組織に所属し、指揮官クラスのセプテントリオンに所属しているという事がとても誇らしく感じる。


 リーンフェルトの後ろを歩く三人はソワソワした感じで、声のトーンも幾分か高い。

 その勢いのまま店に入ると入り口で店員に声を掛けられる。


「いらっしゃいませ…四名様でございますね」


 リーンフェルトは静かに頷く。

 店員はにこやかに片手を店の奥に向かって広げると優雅に一礼して席まで案内する。

 席ついて開口一番港に手配に赴いていたクライブが話し始めた。


「そういえば報告がまだでした。無事に明日の定期便の乗船券が取れました」

「よしよし、無事にサエスまでの便は取れたか」


 報告に満足そうに頷くカインローズだが、隣の席に座っているリーンフェルトに文句を言い始める。


「しかしだ…リンお前なぁ、あのまま行けば公爵家で飯食えたんだぞ?」

「そうですね。でもそういう気分ではなかったんですよ」


 大した気にする様子もなくリーンフェルトはさらりとカインローズの追及をかわす。


「公爵家の料理ですか! きっと美味しいんでしょうね?」


 アトロが興味を持ったのか話に食いついてくる。


「公爵家といってもそんなにたいそうな物を毎日食べていたわけではないですし、料理なら多分ここのお店の方が美味しいですよ。それで何を注文しますか?」


 久々の地元料理ということもあってリーンフェルトのテンションはいつもより高めだ。

 そんな彼女を横目に見ながらカインローズは御者組に何が食べたいか聞く事にした。

 どうせアル・マナクに飯代は請求されるのだから、ここは一つ二人にも美味い物を食べさせてやろうというカインローズの優しさである。

 もちろん自分自身の分もお勘定に含めて、ちゃっかりと普段滅多に食べる事の出来ない高級料理とやらを食べる気満々である。

 御者組が冊子状のメニューを手に取り、何を注文するか相談し始めたのだがすぐにその冊子を閉じてカインローズへと渡してくる。


「おいおい…一体どうしたってんだ?何か食べたい物はないのか? どうせ勘定は組織持ちだ。好きに頼めばいいんだぜ?」


 ニッカリと笑ったカインローズに二人は、恥ずかし気に口をもごもごとしている。


「…すいません。何を頼んで良いのか全く分かりませんでした……」


 そう言って頭を掻きながら俯いてしまった。


「うーん…どれどれ」


 開かず手に持っていたメニューを開くカインローズ。

 そしてとても綺麗な文字で料理名が書かれているのだが、カインローズもメニューをバタリと閉じてリーンフェルトにメニューを渡してそっぽを向く。


「なんだ…リン頼んで良いぞ! レディーファーストってやつだな。うんうん。好きな物をじゃんじゃん頼め!」


 どうやらカインローズもメニューを読む事を放棄したようである。


 リーンフェルトは優雅な手つきでメニューを開き、さらっと流して読んだ後にテーブルに備え付けてあるベルを持ち上げてチリンと鳴らした。

 数秒も経たない内に注文を取りに来た店員に、リーンフェルトは注文をしようとしてカインローズに顔を向ける。


「カインさんお肉でしたよね?」

「あぁとびっきり美味い肉料理な!」

「はいはい…二人もお肉でいいのかしら?」

「はいです」

「もちろんです」

 それではと店員に顔を向けてリーンフェルトは注文をしていく。


「男性陣はお肉が良いという事でしたので、この…セリノアの風を感じるグレータバッファローのリブステーキ ~アルガス風・アレンティナの吐息と共に香草を添えて~ まずこちらをお願いしますね」

「かしこまりました」


 短く答える店員に小さく頷いたリーンフェルトは続けて注文をするべく口を開く。


「私の方は久々にこちらに来ましたので、シェフのおすすめをいくつか。主食はパスタでお願いします」

「以前もこちらをご利用のお客様でしたか。ご贔屓くださいましてありがとうございます。それでは料理をお持ち致しますのでしばしお待ちください」


 注文を受けた店員は颯爽と店の奥に消えていった。


 カインローズも御者組も躊躇して言えなかったメニューをさらりと言ってのけたリーンフェルトにある種尊敬の念が生まれる。


「これが育ちの違いってやつかねぇ……本当にお嬢様に見えてくるから不思議だよな……」

「失礼ですね! 私はれっきとした公爵令嬢だったのですよ」

「おっとそうだったさっき挨拶してきたばかりだったな!そういや」


 そんな冗談を踏まえながらしばらくすると先程の店員がカートを押してテーブルに現れた。


「お待たせ致しましたお客様…まずこちらが食前酒となっております」


 そういって各人の前に配膳されたのは赤ワインだ。


「こちらのワインは西大陸カルトスの湧水とマディナムント産の葡萄から作られた十年物です。口当たりも滑らかですし、グレータバッファローとの相性も最高でございます。どうぞお召し上がりください」


 街中の酒場で豪快に飲み食いするカインローズであるが、あまりこういうきっちりした店には来ない。

 安酒とは違ってこれは明らかに値の張るお酒だ。

 まず水で薄めていないのがハッキリとわかる。

 濃厚で芳醇な香りがボトルからグラスに注がれる間にも、特に嗅覚の鋭いカインローズの鼻に届き嗅ぎわける。

 町中の安い酒場ならばそこそこのワインに水を少し足して量を増して出してくる。

 当然味も薄く芳醇な香りもないし、アルコールも薄まっているのでガブガブと飲む事が出来る。

 しかしこれは……味わって飲むしかあるまい。

 カインローズはそう心に決める。

 ちびりと口に含めば熟成されたワインの花のような香りが広がり、さっぱりした味わいを残し喉の奥に消えていく。

 ワインを味わっている間に店員がグレータバッファローのリブステーキの配膳を終えている。

 それをなんとか備え付けのナイフとフォークで切り離し、一口頬張れば突き抜けるような香草の強い風味が鼻腔を駆け抜けていく。

 さらにその後からグレータバッファローの野性味溢れる中にも繊細な調理を施した旨味が後から怒涛のように押し寄せ喉をするりと抜けていく。

 カインローズは普段酒のつまみとしてよく干し肉などを好んで食べているが、もはや輝く肉汁が滴るリブステーキの虜だった。

 アトロとクライブの御者組みは感動で涙をこぼしながら、口いっぱいにリブステーキを詰め込んでいる。

 その中でリーンフェルトだけが至って冷静に食事をしている。


「今俺の中でアレンティナの吐息とやらが吹き荒れているぜ……」


 カインローズが良く分からない感想を口にしながら、物凄い勢いで三本目のリブステーキを頬張っている。

 どうやら満足してもらえたようだ。

 それに安心したリーンフェルトはシェフのおすすめパスタをフォークで巻いて一口。


「やっぱりここのおすすめパスタは美味しいわね」


 そう呟いて満足そうに食事を続けた。

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