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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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69 アスラルーナ・シャハル

 その日の夕食後にアル・マナクの面々に招集が掛けられ、アウグストの下に集まっていた。


「皆、良く集まってくれた」


 アウグストの挨拶に皆が一様に頷く。


「さて、いくつか皆の意見を聞きたくて集まってもらった。まず戦争への参加だが積極的に参加するわけにはいかないが、建前は協力する方向とする」


 今後の方針についてまずアウグストから話があり、一同は頷く。

 ここまでは既定路線だ。

 アウグストの言葉は組織内ではほぼ絶対の権限がある。

 ほぼというのはたまにアダマンティスやアンリが頑なに意見を聞かない場合の話である。

 大体拒否される内容はスイッチのはいったアウグストから飛び出るとんでもない案件ばかりである。

 今後の運営に差し支えそうな物などは、良識ある二人によって止められるのだ。

 尤も拒否権についてはセプテントリオンの副賞みたいな物で、リーンフェルトも権利として持っている。

 そんな事を考えているとアウグストの視線が彼女の方を向き、言葉を投げかける。


「それでなのだがリン君、その肩に止まっているトカゲのぬいぐるみはなんだね?」


 昨日、教皇からの質問を躱してからアウグストはそのぬいぐるみのようなドラゴンを見つめる。


「これはその……拾いまして」

「ふむ……リン君、嘘はいけない。そんなトカゲ……いや恐らくドラゴンの幼体なのだろうが、ヴィオールの生態系にはドラゴンはいない。眷属や亜種と呼ばれる物はいるにせよ本物がいるとは想定しえない」

「なぜこれがドラゴンだと?」

「リン君、使い魔にせよなんにせよ、その手の生き物は契約で顕現し、付き従う者だ。だから君が契約主である事は間違いないのだよ」

「あ……す、すみませんでした。これはあの……」


 遂に耐え切れなくなったリーンフェルトはその場で謝罪する。

 この後こってりと怒られるかと思い身構えたがアウグストは意外な方向へ話を向ける。


「お初にお目にかかりますドラゴン殿。私はアウグスト・クラトール。アル・マナクという組織を率いております。以後お見知りおきを」


 そう言って丁寧に頭を下げたのだった。


「ほう……そうか。つまり主の主という訳か」

「失礼ですがお名前を聞いてもよろしいですか?」

「ふむ……吾輩の名か。生憎と真名を名乗る訳には行かんがその魂に吾輩の名を刻め! 吾輩の名はアスラルーナ・シャハルとでも名乗っておこうか」

「アスラルーナ・シャハル殿ですか」

「左様。そのように呼ぶがいい」


 最初に顕現した時の姿ならば、さぞ似合っていただろうが今はぬいぐるみの様なドラゴンである。

 勿論、擬態した姿であり本体はリーンフェルトの中である。


「あの思いっきり声と姿に違和感があるのですが?」


 どうしても視覚的に違和感を感じるリーンフェルトはドラゴンへとツッコミを入れる。


「仕方があるまい。今は少し魔力が足りない故な」


 それを聞いてアウグストは懐からAランクのオリクトを出すとぬいぐるみの前へと差し出した。


「ではオリクトで補給されてはどうです?」


 爽やかな笑顔……とは言い難いアウグストの営業スマイルを前に、差し出されたオリクトを見て鼻を鳴らす。


「ふん、それは好きではないな。まあ、気遣いは無用だ。大気中の魔力を集めれば、いずれ力は戻るからな」

「そうでしたか、お気に召さなかったようで失礼しました。しかし知性あるドラゴンと話をする事が出来るなど光栄の極みですな」

「ふん。褒めた所で何も出やしないぞ?」

「ええ、まずは友好からと思いまして」

「強かな奴だ。ともあれ主の主らしいからな。それなりの対応をさせてもらうとしよう」

「ははは、そうして下さると嬉しいですね。恐らく長い年月を生きてきているのでしょ? ならば失われた知識など欠片でも話して貰えれば研究が進むかもしれませんし」

「ふむ……知識か。気が向いたらな」

「はい、それで構いませんとも。とまぁそう言う訳です。ドラゴンを呼び出し契約まで出来る事は稀なのですよ。ですから教皇に興味を持たれると少々厄介なのです」

「分かりました。その点は気をつけます」

「ええ、そうしてください。彼はアル・マナクにとって客人も同然ですから」


 アウグストが笑みを浮かべたままそう話している間に、シャハルはカインローズに捕まっていた。


「おう、プニプニだな。ドラゴンってのはこんなに柔らかいもんなのか?」

「くっむ……これ、止めぬか! 頬を引っ張るな!」


 どうやらシャハルはぬいぐるみの方と感覚を一部共有しているようだ。

 確かに反応がなければ体が偽物だとばれてしまう事もあるだろう。

 なんとも芸の細かい話である。

 シャハルとカインローズがじゃれついているのを横目に、リーンフェルトは考える。

 なんだかあっさりと受け入れられてしまったが、果たして本当にこれで良いのかと。

 報告をしなかったという事で若干気まずさを感じながらも、お咎めも無しという事で少々もやもやはするが思考を切り替える。


「出発はいつにしたら良いですか?」

「遠征の話ですか。出来れば行きたくはないのだが……」

「んじゃアンリ、僕とやっぱり交代しようよ。ここに居ても結構つまんないんだよね」

「今回はアウグストの指名だからな、精々戦場で暴れて来るとも」

「チェッ。結局変わってくれないんだ。僕はカインでもリンでもどっちでも良いんだけど?」


 ケイはこちらに残っても暇である事から戦場に行きたいようだ。

 しかしもう人事は決まってしまっていて、ケイは留守番と言い渡されている。


「今回の人事は覆る事はないですよ、ケイ。君は私の護衛です」


 ごねるケイにアウグストはピシャリと発言すると、遂に沈黙する事になったようだ。

 そして思い出したかのように、彼はリーンフェルトの質問に答える。


「今回は物資もありますし、我々の移動は飛行がメインとなるだろう」

「飛行との事ですがアンリさん、空飛べましたっけ」

「それならば問題ない」


 静かにかつ自信に溢れるアンリの言葉に安心をするリーンフェルトであったが、続く言葉に驚く。


「最悪魔法で何とかする」


 あの自信有り気な声はどこから出て来たのだろう。

 確かに魔法で何とかなるのならそれも有りかもしれない。

 しかし身も蓋もない話である。


「奴から土と水の魔力しか感じられないがどうする気なんじゃ?」


 ボソリとシャハルが呟くが、それとほぼ同時に発せられたアウグストの声に掻き消えてしまう。


「アンリが珍しくやる気なのだから、任せてみようじゃないか」

「アウグスト、珍しくは余計だ。私は常に真面目であり、やる気に満ち溢れているだろうに」

「あはは、アンリがなんか冗談を言ってるや」


 確かに多忙でほとんど本部に居ないアンリであるが、やる気に満ち溢れているかと言えば少々疑問が残るのだろう。

 カインローズの様に訓練やら修行という汗臭いやる気は、アンリには感じない。

 その代り魔術師特有のキレのある知性や魔術という店でいけば、脳味噌まで筋肉であるカインローズにはないタイプのやる気だ。

 ケイもどちらかと言えばカインローズより……というか同種の脳味噌筋肉タイプなので、アンリがいうやる気というのとは違うのだろう。


「私は納得出来ませんが……」

「まあまあ……アンリの仕事は中々人の目には触れないから、認識するのは難しいのだろう」


 そうフォローを入れるアウグストにリーンフェルトは追従する。


「そうですよ。本部の建物だってアンリさんが作ったという話ですし、セプテントリオン用の住宅もですよね?」


 アンリの土魔法は建築という分野において多大な功績がある。

 半日もしないで防衛陣地を組み上げる。

 土壁だけなら数分で五メートル級の壁を作り出す。

 それが戦、戦地においてどれほどの効力を生み出すか。

 士官学校の座学の話をすれば、砦、城壁などの防衛陣地における攻め手側の戦力は守備側の三倍はないと攻略が難しいと言われている。

 つまり数分で相手の兵力を留め、押し返すだけの陣地を作成する事が出来るのである。

 これが戦場にあってどれだけ相手にとって厄介な事であるか、どれほどの自軍にとって価値があるかリーンフェルトは理解している。

 アンリが本気で防衛にまわれば、恐らく勝てるのは首席であるアダマンティスだけだろう。

 これはアンリの防衛とアダマンティスの遠距離魔法攻撃という相性の悪さから来ている結果である。


「確かに防衛陣地ではお世話になったけどさ火力で行ったら僕もカインも負けていないと思うんだけどね」

「ほう……伊達に次席を拝命していないのだよ私は」


 ケイとアンリが対峙する雰囲気を出す中、アウグストはため息交じりに手をニ、三叩いて仲裁に入る。


「こらこら君達それをしたいのならば入れ替え戦に出たらいいだろう。私のアル・マナクはそういうルールだろうに」

「アウグストに止められたら何も出来ませんね」

「ちぇっ。次の入れ替え戦の時にはちゃんと出場してよね! アンリ」

「仕事が溜まっていなければという事しておきましょう」


 アンリがフフリと笑うと、ケイは嫌な顔をする。

 彼の笑みはあれやこれやと悪戯を思いつく少年の様でもあり、事実思いついた悪戯は常に実行されてきている。

 ケイは自分がターゲットになってしまった事を感じて顔を顰めたのだろう。

 銀髪を掻き上げ明後日の方向を向いた。


「さて、明日の準備をしないとね」

「ケイ、君は明日もここに待機だから特別用意する物もなかろう?」


 そんなじゃれ合いを見ながらシャハルはぼやく。


「いつもこんな感じなのか? こいつらは……大丈夫なんだろうな?」


 カインローズから何とか逃げ出し、リーンフェルトの影に隠れた彼が地鳴りの様に低い声で話し始めたのだが、その仕草は首をキュイキュイと動かす愛玩動物そのものである。


「実力は私よりも遥かに上の人達ですよ、シャハル」


 彼の問いに真面目に答えたリーンフェルトに、短く返事を返してきた。


「そっちは苗字みたいなものだ」

「ではアスラルーナと」


 しかしシャハルは首を左右に振ってから、彼女へと目を向ける。


「公式の場でもあるまいに。アスラでよい」

「では、アスラと」

「うむ。宜しく頼むぞ主殿」


 この後はドラゴンから興味を失ったカインローズがケイ達に乱入し、アンリと戦いたいと言いだすのだが、


「明日からは移動となる。今日はもう解散だ。仲が良いのは構わないが今は仕事の時間だ。各自明日に備えて就寝したまえ」


 アウグストのこの一言で解散となった。

 リーンフェルト、カインローズ、ケイが部屋から速やかに出て行き、アンリが最後に部屋から出て扉を閉める。


「全くカインもケイもなぜそんなに戦いたいのだろうね」


 アンリはアウグストの部屋の前でそう呟いて、宛がわれた自室へと向かって歩き出した。

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