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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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68 暁の報告

 白亜の建物から出てきたリーンフェルトは、暗がりを神殿側に向かって進む。

 あたりに犇めき合っていたヘレネの信者達の姿はもうない。

 そこには信者用に用意されたオリクトを使用した照明がポツポツと点在しているのみである。


「シュルクは業が深いのぅ」


 ぬいぐるみ状態の黒いドラゴンはリーンフェルトの肩にとまって、その円らな瞳を彼女に向ける。

 その姿と似つかわしくない低く渋い声でぼやいた。


「争いが絶えないのは仕方のない事です。それぞれの信念や信仰が違えば対立を生みますし」

「全く……獣を払えば次は自身に刃を向けるか。実に救い難いな。それに生まれた時からそのように躾けられるのだから始末が悪い。それが当然と思っている者も少なくなかろ?」

「それはグランヘレネの問題ですから私では……」

「いずれ吾輩の力を使い熟せた暁には、このような国など滅ぼしてしまえばよい」

「私はそんな物騒な事しませんよ。出来るかどうかも想像つかないですし」

「まあよい、好きにしたらいい。吾輩は吾輩の用を済ませるだけの事だ」


 そんな話をしながら歩を進めていくと、グランヘレネの兵士達が慌ただしく動き始めた。

 オリクト使用のトーチを掲げ、大きな声を上げながら何かを報告しているようだ。

 それに耳を澄ませてみると、どうやら斥候が帰ってきたとの事。

 恐らくカインローズの事だろう。

 改めてドラゴンをちらりと見て、事の次第をどう説明を考え始めるのだった。




――明け方近く、東の空が白んでくる頃にカインローズは大聖堂の敷地が見えてくる。

 一周目よりも遅くなってしまったのは、途中で魔力が切れかけたからだ。

 流石に東西に伸びたヴィオール大陸を西端まで二往復という距離はカインローズでもきつかったようだ。

 魔力が切れてしまえば空すら飛べなくなってしまうのだから、その消費には気を付ける事にした。

 飛べなくなってしまえば、斥候としての役割すら全う出来なくなってしまう。

 そんな無様な真似は出来ないと徒歩よりも早馬よりも早く帰ってくるのだから、最速である事は間違いないのだ。

 カインローズは魔力が切れない程度に速度を落としつつ飛び、皇都レネ・デュ・ミディを目指す。


 やっと辿りついた彼の体は魔力切れ寸前の気持ち悪さと寒さに奪われた体力が、それに拍車を掛けて満身創痍である。

 任務自体は完了していたらしく、最後の気力を振り絞って教皇への報告をする。

 教皇への報告は謁見の間で行われた。

 なお、その際にアウグストやアンリ達にも召集が掛けられていた。

 勿論リーンフェルトにもである。


「では報告を」


 短く切り出した教皇にカインローズは見たままを伝え始める。

 それはとても信じられない内容だ。

 なにせ神の力を借りた渾身の一撃を尽く防がれたという事に教皇の顔に焦りの色が見て取れる。


「なんということじゃ……サエスのヘリオドールは失われておるというのに」


 さらりととんでもない事を言った教皇に驚いたのは、どうやらリーンフェルトのみの様だ。

 アウグストの瞳が何かを思考した後、納得したように一つ頷いただけであり、アンリやケイに関しては言えば特に表情を変える事はなかった。

 思わず声を出して驚きそうになるが、あたりはそのような雰囲気では無くその衝動を彼女は呑み込むだけとなってしまった。


「ともあれだ。地震による津波は全て凍らされちまって城壁なんぞよりも高い氷の壁……いやありゃもう山だな。山になっちまってるぞ」

「それについては問題あるまい、我々には上空からの強襲部隊に加えて戦場で死んだ者を自在に操る事が出来るコンダクター達もおる。戦局が長引けばその分だけこちらの兵士が増える。此度の遠征の為にどれだけの年月を費やしてきたと思っておるのか……何が何でもサエスを滅ぼすのじゃ」


 教皇の激しい言葉はどこ吹く風、カインローズは任務は終わりだとばかりに片膝を着いた姿勢から胡坐へと移行する。


「ちょっとカインさん、謁見の間で胡坐をかくなんて!」

「あん? もう良いだろ? 流石の俺でもそろそろ魔力の限界なんだ。そうだ肉をくれ! 肉を!」

「ふむ……褒美じゃ。ヘレネでも最高級の肉を用意しよう」

「はぁ……カイン。そうではないよ……我々の食事も追加を要求すべき所だな」

「はははは、そうだよね。カインだけなんてずるいね。教皇様、アル・マナクに肉は出ないんですか」


 アンリとケイが乱入しては口々に何か図々しい事を言っている。

 正直場違い、若しくは不敬罪に問われそうなものであるが、閃いたとばかりに教皇はニヤリと口元を歪める。


「食事の件は善処しよう。しかしこちらも戦時中故、余裕はない。こちらとしては少しでも確実に勝利する為に戦力を欲しておる。一騎当千の働きをするというセプテントリオンを貸し出ては貰えまいか?」


 その提案に応じたのはアウグストである。

 彼は一つ納得するよう頷くと即答でセプテントリオンの派遣を決める。


「成程。ではアル・マナクからはリーンフェルトとカインローズ、それにアンリを出しましょう」


 メンバーに選ばれなかったケイが不満気な態度と拗ねたよう声で主に問う。


「アウグスト、僕は留守番かい?」

「そうなりますね。私の護衛がいなくてはいけないでしょう?」

「それならアンリがやれば……」

「今回のグランヘレネの侵攻についてはアンリに行ってもらうというのが良いでしょう。彼は土魔法のエキスパートだからね」

「済まない、ケイ。たまに私も実践に出ないと感覚が鈍ってしまうのでな」

「仕方ないなぁ、アウグストの事はまぁ任せておいてよ」


 ケイはその鍛え抜かれた胸を一つ叩いて爽やかな笑顔で答えた。


「三名もセプテントリオンをお貸し頂けるのか。とてもありがたい事です」

「いえいえ猊下がお困りなのでしたら、駆けつけて助けるのも友好関係にある私が出来る事の一つですから」


 にこやかに物騒な事を決める教皇とアウグストに権力者特有の物を感じたリーンフェルトではあったが、突如として現実に戻される。


「リーンフェルト殿、その肩に乗せているのは何ですかな?」


 確かに拝謁する側の事は上段にいる教皇の方が良く見えるという事らしい。

 まさか教皇からこのドラゴンについて聞かれるとは想定外だったリーンフェルトは、思わず言葉に詰まる。


「あ、あのこれは!」


 そう言葉を発した後を続けたのはアウグストだ。


「ああ、リン君ペットですか。珍しいでしょう? 猊下。ヴィオール大陸には生息していないタイプですね。まあ、ケフェイドに良くいるトカゲの子供ですよ」

「ほう……そうなのかね?」


 ケフェイドにならばどこにでもいるという言葉に教皇の興味が急速に失われていくのを感じる。

顔だけ振り返り教皇に見えないようにウインクしてみせるアウグストの意図は話を合わせておけという事なのだろう。


「ええ、はい。その通りです」

「トカゲにしては些か大きいようだが、なに初めてみる生き物だったのでな少し興味が湧いただけの事じゃよ」

「すみません、このような場まで連れて来てしまい……」

「なになに……動物を愛でる事は良い事じゃよ。大事にするのじゃよ」


 好々爺の表情で教皇はそう言うと、次の話へと移って行った。




 謁見と報告が終わった寝落ち寸前のカインローズを回収し、アル・マナクの面々は一度各自の部屋へと戻り仮眠を取る事になった。

 流石に夜通し起きてはいられない事と、参戦が決まった事でコンディションを整える為という理由である。

 また本来であれば解読に数日を要すはずで、その間に晩餐会などの歓迎会や懇親会等があって元々豪華な食事はあったらしいという話だ。

 解読が早すぎた為に段取りが一気に飛んでしまった感じで、年甲斐もなく興奮してしまった教皇のミスである。

 尤も、教皇のミスなどと誰も言う者などないが。


「戦時配給ってのも悪くはないんだがな。どうしたって腹にたまらん」

「接種カロリーだけは多いのに腹にはたまらないのは少々辛い話だよ」


 本格的な戦争に際して、セプテントリオンに英気を養ってもらう為と本来歓迎会で出る予定であった料理を教皇がすり替えたからだ。


 ともあれグランヘレネに来て豪華だと言える食事を出来たのはこの日だけとなるのだった。

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