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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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67 暗夜への誘い

 魔法陣より古代文字をなぞっていたリーンフェルトが、やっと満足して顔を上げたのは開始から数時間後の事であった。


「やっと終わりました……」


 ヘナヘナと魔法陣に座りこむ彼女は、普段に比べて動きが緩慢である事からその疲労具合が良く分かる。

 魔法陣の外周から中心まで丹念に転記された手帳を懐にしまうと、ゆっくりと立ち上がり首と肩を解す。


「そう言えば……」


 ふと思い出したように、リーンフェルトは独りごちる。

 ここにはまだ古代文字で書かれた物がある事を思い出したのだ。そしてそれを転記したならばと考えて、ぞっとする。

 三千ものシュルクを収容出来る赤の間の壁四面と天井に書かれた魔法陣である。アンリがいたこの制御用魔法陣より遥かに大きく、膨大な量の古代文字が使用されている。サンプルとするには余りあるそれに手を出すか悩む。あれを転記したならば一体どのくらいの時間を要するのだろうか?

稼働する古代文字のサンプルは確かに貴重だ。これを転記し学べばまた一つ古代文字への知識が上がる事は間違いない。

 もしかしたらそこから強くなる方法の糸口があるかもしれない。

 悩んでいても仕方がない。

 とりあえず赤の間に行って、ザッと古代文字を見てみようと思い立ち行動を開始する。

 制御魔法陣の部屋から回廊を通り、赤の間へやってきたリーンフェルトは、先程よりもより存在感のある魔力の騒めきに唾を飲む。

 古代文字の観察どころではない。急いでここを離れるべきだと頭で分かっていても身体が動かない。

 まるで大勢から一手に視線を集めた様な居心地の悪さを感じる。


「これは……一体?」


 魔力の騒めきに反応してか壁に書かれた古代文字の幾つかが反応して明滅を始める。


「テキゴウシャヨマタアエタナ」


 確かにそうハッキリと聞こえた方を見ると黒い影の様な物が揺らめく。目を凝らすと一つ、また一つと影が増えていき気が付けば取り囲まれていた。

 それは依然見た夢の光景と似ていた。


「なっ何者です!」

「ワガハイヲワスレタカ? ワガハイハウツロナルヨリシロ」


 虚ろなる依代と名乗る騒めく黒い影は、赤の間の中央に集まり始めると、徐々に存在が統合されていき魔力の高まりを感じる。

 それはシュルクの形ではなく不定形に動く霧のようだ。霧は段々と影のように色濃くなる。影はなおもあたりの霧を取り込み続け、いつしかブヨブヨとした肉塊となり、黒い身体と紅い瞳を持った生き物の形を取り出す。

 その姿を一言で形容するならばドラゴンと言うのが相応しい。知識でこそ知ってはいたが実際に遭遇するなど思ってもみなかったと彼女は驚きの表情を張り付かせる。

 姿が安定するに連れて黒曜石のような光沢を持つ鱗が現れ、顎だけ見てもリーンフェルトを丸呑み出来る程である。


「なぜこんな所にドラゴンが!?」


 驚き戸惑うリーンフェルトは後ずさるも、何かに引っかかり尻もちをつく。

 俄然動き辛くなった彼女は、必死に頭を働かせる。どうにかして外に逃げる事は出来ないかと。

 しかしドラゴンはそれを見透かしたように翼を広げ、低い唸り声を上げた。リーンフェルトとしては一人でドラゴンを相手に勝てる気がしない。

 戦闘を回避して助けを呼ぶことが賢明だろう。


「マァマテ。チイサキウツワヨ。ワガハイニタタカウイシハナイ」


 どうやら戦闘の意思はないらしい。

 しかしいつ食いつかれるか分からないので、警戒しながら起き上がる。


「シバシマテ」


 そう言って一つ咆哮すると大分聞き取りやすい声に変わる。


「ふん。さて小さき器よ。汝が魂が珍しい故顕現した。汝は力を欲するか?」


 確かに力は欲しい。

 しかしその理由は気がかりなものだ。


「魂が珍しいとは、どういう事ですか?」

「汝の魂には魔術の素養が刻まれている。心当たりがあろう? 全ての魔力を従え自在に扱える力の事だ」


 確かに得手不得手はあるがリーンフェルトは闇以外なら扱うことが出来る。逆に言えば闇は使えないのだから全てではない。

 ならば勘違いと言う事もあるだろう。


「私は闇魔法は使えません。ですから全てとは言えないと思います」

「ふむ。小さい器達が忌避する黒い魔力の事か? ならば問題ない。それはお前達小さき器が勝手に決めた理だからの。本来魔力とは純然たる物、暗い意思で扱う故黒くなるのだ。とは言え、負の感情を満たさねば闇は扱う事もままならないのも事実だ。その点でも既に汝は萌芽している」


 萌芽しているという言葉にチクリと胸の痛みを感じる。


「どうやら心あたりがあるようだな。それの気持ちを増幅させれば直ぐにでも汝は闇魔法とかいう物は使えるようになる」

「使える様になっては困るのです」

「所詮小さき器の理よ。吾輩には関係ないのである。して、汝は力を求めるか? 求めるのであれば吾輩の依代となれ」


 確かに力は欲しい。

 しかし、このドラゴンの依代となって良い物なのかと考える。


「乗っ取りではないのですね?」

「ああ、あくまでこちらの世界に顕現させられるだけの依代が欲しいのだ。そうだな家を建てるから土地を貸せ。そんな所だな」

「それはどういう……?」

「端的に言うと吾輩は実体を持たない。今は多くの魂が散った場所から魔力の残滓を集めて形を成している。だからいずれこの体は霧散する。吾輩はこちらの世界に用事があってな。それを成す為には体が必要なのだ」

「つまり私を軸にしてその体を固定させるという事ですか」

「汝は力が手に入る。吾輩は体を手に入れる。実に理に適った取引だと思うのだがな」

「それは貴方が私を騙していない場合に限りますね」

「ほう、吾輩が矮小なる者共に嘘を吐くと申すか! それは断じてない。嘘は魂を曇らせる。曇った魂には魔力は扱えぬ」

「曇った魂……それは一体?」

「良くも悪くも魂も魔力も純粋な物だ。故に透き通っているとも言える。透明な器に汚れた水を入れてみろ、器もまた汚れるであろう? そのあたりの話はまた今度となるな、吾輩も次いつ顕現できるか分からぬでな」


 正直、このドラゴンの話には興味がある。

 魔力とは魂とはという真理はいつの時代も繰り返し議論される事だ。

 その一端に触れるだけでもきっと莫大な価値があるのだ。

 しかし依代となる事でどのようなリスクがあるかもわからない。


「暫し汝が魂を吾輩に間借りさせてくれればよい」

「肉体に憑依ではないのですか」

「そんなヤワな体に吾輩を詰め込んでも弾けるだけぞ? して、どうする。吾輩の依代となるか?」


 知的好奇心、はたまた力を欲する欲望か。

 恐怖も感じるが目の前にある叡智に目が眩む。

 そしてリーンフェルトは首を縦に振る。

 守りたい物を守る為に、己の描く理想を通す為に。

 全ての困難をねじ伏せる力を彼女は欲したのだ。


「よかろう。契約成立だな」


 ドラゴンから放たれた黒い魔力が体内を駆け巡る。

 伝わるのは、悲しみや幸福感さまざまな感情だ。


「ここにあった残滓の影響だな。それもそのうち収まる、黄金を待て」

「おう……ごん……?」


 全てをはき出したドラゴンは脆く崩れ去っていく。

 そしてその残骸から小さな金色の、ちょうど飴玉くらいの大きさの物が現れると吸い込まれる様にリーンフェルトの口から体内に取り込まれていった。


「んっ……くっ……」


 喉を抜けた黄金の欠片はリーンフェルトの体を透けてなお輝く。


「吾輩のデコイを作る。体内にある事がバレないようにせねばならぬでな」


 黄金の光は崩れ去った塵を集めてドラゴンを形作るが先程と比べるとかなり小さい。

 リーンフェルトの膝に届くかどうかの大きさになると姿が安定する。


「カッカッカ! 中々可愛かろ?」


 小さく捻じれた二本の角に漆黒の鱗、被膜に覆われた翼を持ったドラゴンの幼体……いや、もはやぬいぐるみだろうか。

 兎に角先程までの威厳がない。


「プニプニで良いんですか……それは」

「可愛いと感じる知性がある器ならば無下にはしないだろう」

「確かにそうかもしれませんが」

「なんにしても本体ではないから問題はないのだ。囮は目立たねば意味がないからの」


 しかし突然ドラゴンの幼体の様な物を連れて帰って何か言われるのではないかと不安になる。


「貴方を連れていく理由を考えないとですね……これで私は強くなれたのでしょうか?」

「徐々に慣れるしかないな。ただ吾輩の影響で魔力総量は格段に跳ね上がっておるはずだ。カッカッカ」


 一抹の不安を余所に小さなドラゴンは豪快に笑った。




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