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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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66 水獣の顎を穿つ光芒

時間にして数秒の祈りの後リーンフェルトはほぼ魔力切れに近い状態のアンリへと近寄る。


「大丈夫ですかアンリさん」

「ええ、魔力をごっそりと持って行かれただけです」


そう言って暗緑色のローブの懐から革で出来た袋を取り出すと、そこから小振りのナッツを一つ取り出すと一つ口に放り込む。


「暫くすれば動けるようになりますよ。その間ここの古代文字でも勉強されてはどうです?」


そう言われたリーンフェルトは促されるまま魔法陣の文字を一つ一つじっくりと覗き込むように見つめる。

正直文字とも模様とも取れるそれをまじまじと観察しながら思った事を口にする。


「古代文字は癖がありますよね。形も現代文字と明らかに違いますし」

「しかし古代に使われていたのであれば、何かしら変遷があって現代文字へと変わっていったのだろうと考えるのが普通では?」


アンリが言っているのは現在シュルクの間で使われている文字とかけ離れた形をしている為、今使われている文字は本当に古代文字から派生して生まれた物なのかどうかという事である。全く違う物を古代文字として認識しているのではないかという説があるくらいである。

もっとも会話の内容を見ればアンリのそれはリーンフェルトにとってテストに近い。

勿論アンリも知っているだろう古代文字に関する知識について、わざと聞き返したり、知らないふりをして相手を試す事が度々あるのである。

魔法についての師匠であるアンリの厄介な癖だ。

知らなければ知らないで知らない事前提で話が進むし、分かっているのであれば更に違う角度からテストが投げ込まれるのである。

アル・マナクに所属してアンリから師事を受けると古代文字についても触れる機会が多くなった為、リーンフェルトは多少簡単な物ならば読み解く事が出来るようになっていた。


「歴史が分断されているという説ですね」


この姿形の全く違った古代文字と現代文字との間には本来いくつか別の文字があったのだが、何かしらの理由で失われ現代に伝わらなかったという説を本で読んだ事がある。

その本でいうところの失われた文字の時代の歴史がシュルク史上最古の歴史を持つマディナムントの帝国中央図書館の古文書と照らし合わせても整合性がつかめない事から分断があったと推測されるという説の物だ。


「そのあたりの考察はアウグストに聞けばいい。ただし半日は覚悟するように」

「えっとスイッチがそこにもあるのですね」


アウグストの覚醒スイッチはアル・マナク職員の中では常識レベルの話である。

誤って起動した場合立ち話でも二時間三時間と永遠に語り出すため、職員はスイッチの入る単語を把握しているのだ。

特に本部勤めの職員の間では注意のいる話となっている。

アウグストに捕まりその日の業務が終わらなかったというのは、本部で働く新人職員の登竜門的試練となっている。


「ああ、飛び切り長い奴があるとも」

「アンリさんはそれを聞いたのですか」


微笑みを浮かべて頷くアンリの唇が徐々に、本来の活力を取り戻してきたようであり声に張りが戻りつつある。


「それは勿論。私も興味のある話であったし、こと古代文字に関して議論できる者も少ないからね。私としては有意義だったとも」

「私も古代文字に興味があるのですが、アル・マナクに入ってから学び始めたのでまだまだ何が書いてあるのか分からない事の方が多いです」

「最初は皆そういう物だ。いろいろな文献を読み進めていくとなんとなくだが読めるようになってくる。私が読んだ物の中にはあれは文字ではなく模様であり、組み合わさる事で事象を成しているのだという説やあれは神々の設計図であるという説までいろいろ読んだが、私としては設計図であるという説を押している」

「設計図ですか?」


かなり少数派の意見であり、過去に出された論文や発表されて書籍になっている物の数から見ても、その説を唱える研究者は少ない。

リーンフェルトが思わず聞き返してしまったくらいには。


「そうとも。まだ見つかってはいないがこの論理が成立するのならば、将来シュルクの設計図なども見つかるかもしれないね」

「それはどういう意味ですか?」

「そうだね。面白そうなところでカインを例に挙げてみよう。カインを模る古代文字が解明されたとしよう。そうなれば同じ設計図で書かれた物からは同じ物が出来るのが道理ではないかね?」

「つまり……カインさんの複製が出来るという事ですか?」

「リン君は察しが良くて助かる。つまりそういう事だ。きっと他にも古代文字で設計された物があるのかもしれない。これが解き明かされればもしかしたらヘリオドールすらも複製が可能になるかもしれない」

「それは物凄い事ですよね……ヘリオドールが複数個あればオリクトよりも長く持ちますし、強度も十分あるのでそう簡単に割れたりはしないでしょう。カインさんは二人もいらないですけど」

「ははは、だから私は設計図という説を信じているよ。夢のある話じゃないか……っと話している間にメンテナンスは終了だ。私はこれからアウグストの所に行くが、リン君はどうするかね?」

「私はもうしばらくここの魔法陣なんかを見て勉強したいと思います。ここに書かれている事についてはアンリさんかアウグストさんに聞けば分かるという事ですから、分からない事が質問しても良いですか?」

「それは勿論。私で分かる事ならば答えようじゃないか」

「ありがとうございます。ではもうしばらく見ていきますね」


アンリは一度振り向き、一瞥すると神殿のような作りの魔法陣の間から出て行った。


リーンフェルトはここでしばらく古代文字を書き写す作業に没頭する事になる。


――その頃。

カインローズはアンリの指示通りヴィオール大陸最西端に到達していた。

大地の剣二射目の時は巨大な津波が現れた事を報告する為に戻りはしたが、現在目の前に広がる光景は異様な物だった。


「なんだ……こりゃ。一体どうなってやがる? 雪が降っているだと……」


各大陸を旅して回った身だ。

それぞれの大陸の特徴は把握しているつもりでいた。

知識が正しいのであればヴィオール大陸で雪が降るなどはまずありえないのだ。


「クソ寒いな! ヴィオールは常夏の国だってのによ……」


ヴィオール大陸の気候を知っていたカインローズは夏物の薄い生地で作られたアル・マナクの制服を着ていたのだが、今はアルガスの真冬よりなお寒い寒気が辺りを支配している。

綿密に魔力を巡らし隙間なく風魔法で寒気を遮断できるほどカインローズは器用に魔力を扱ってはいないので隙間風の様に身に纏う暴風の結界から寒さが入り込んでくる。

火の魔力を持ち合わせていないカインローズはこの寒さに耐えるより他ない状況である。

であるならば早めに偵察を済ませてさっさと帰りたいと思うのが心情だろう。

しかし偵察である以上一定の成果を持って帰らねばならないのも事実だ。

カインローズは大陸西端からサエスのあるカルトス大陸へと飛び進む事にする。

寒気吹き荒れる中を嵐を起こすが如く暴風をまき散らしながら進んで行くと徐々にカルトス大陸の最南端が見えてくる。

それもはっきりと鮮明に見えるものだから、カインローズは戸惑う。

確かに他の連中よりも暗闇で視界が利くのは事実だろう。


しかしカルトス大陸に近づくにつれて夜の闇の中でこんなにも、色までもが見える事が異常である。

つまり視界が明るいのだ。

その原因を探るべく光源のへと視線を向けると、上空に浮かぶ巨大な魔法陣が発行している事に気が付く。

さらにカルトス大陸へと向かって発生したはずの津波が姿そのままに氷壁と化しているのだから、無茶苦茶な話である。


「ああ! なんだ! 何が起こってやがるんだ!」


想定外過ぎて遂にカインローズの頭が限界を超えたらしい。

ガシガシと右手で側頭あたりを掻けば少し冷静さが戻ってくる。

しかし今度はそのタイミングで大地が咆哮する。

恐らく大地の剣の三射目が成ったのだろう。

カインローズ自身のその身は空にあり直接ではないのだが、それでもなお、大地を海を大気をも激しく揺さぶる神の剣の威力を感じた。

そして恐らく先の津波を上回る津波が起こるだろうと推測される。

そんな物に巻き込まれたくはないとカインローズは高度を上げて対応する。

必然的に辺りを俯瞰出来るほどの高さまで来ると辺りを再度見回す。

遠い水平線の向こうからせり上がってくる津波は、二度目のそれよりも格段に大きい。

先に出来た氷壁を優に超えて津波はカルトス大陸を襲う。

それが、眩いばかりの光に照らされる。

あまりの光度に目を閉じるカインローズはその後何が起こったのか確認できないでいた。

ただ瞼に感じる光が徐々に弱まってくれば、自ずと目を開く。

そして目の当たりにするのは壁程度の物山と化した姿だった。


「あれすらも凍らせたってのかよ……」


それを成し遂げた魔力に畏怖の念が過る。

神の力を止めたのはシュルクかそれとも神か。

カルトスを照らしていた魔法陣はいつしか消えていたが、あまりの事に何を報告したら良いものかと思案する。

しかしさほど悩むでもなくカインローズは結論を出す。


「ありのままでいいか。果たして信じてもらえるかどうか分からんけどな……」


驚きのあまりすっかり忘れていたが、寒気は着実にカインローズの体温を奪っており指先や頬に刺すような痛みを感じる。

ここら辺が限界だろう。

そう判断したカインローズは、グランヘレネへと戻るべく風魔法から雷魔法へと切り替える。

雷鳴をその場に残して彼は目の前で起こった事を報告する為に飛び去った。


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