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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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64 白亜の処刑台と魔法陣

 土のヘリオドールの間へやってきたアウグストは、神々の恩恵たるそれの近くまで歩み寄ると点検をする様に細部まで細かく見て回る。


「特に問題はないようですね。実に素晴らしい。これがオリクトであれば魔力過多でとっくに粉々になっている事でしょう。あの膨大な魔力量に耐え得る強度……本当に素晴らしい。器の強度からして見ても」


 長年恋い焦がれる恋人を思うような恍惚を目に宿して、ヘリオドールを弄るそれにリーンフェルトは偏愛的な物を感じた。


「ああ、また自分だけの世界に旅立っちゃったよ……と言うか別の彼女との逢瀬……みたいな? ほらケフェイドには火のヘリオドール、クラスティアがあるじゃない。さながら別大陸の女に手を出してるみたいに僕には見えちゃうね」


 どうやらアウグストは普段からそうであるようだ。

 同行していたケイが茶化すような口調のまま感想を述べる。


「ケフェイドでもあんな感じだったのですか?」

「そうそう。ああなると、というかアウグストの場合スイッチが入ってしまったら、常にあんな感じなんだけれどさ。あれ一回はいると長いんだよね」


 記憶を呼び覚ましアウグストのスイッチが入った時の事へと思いを巡らせる。

 直近で思い出されるのはやはり闘技場での演説だろう。

 選手そっちのけで長々と演説をして、観衆を煽っていたそれを思い出してリーンフェルトは相槌を打つ。


「演説する時なんかも、普段以上に饒舌ですし」

「そうそう。そういう役柄というか、なんだかスイッチが入るみたいなんだよね。そうだリン、ああなっちゃったアウグストは本気で長いからさ。アンリとの所に行っておいでよ。大地の剣について聞きたい事があるんでしょ?」

「ええ、どうやって制御してたのかとか、膨大な魔力をコントロールする方法とかいろいろ役に立ちそうですし」

「そうだね。アンリはリンの魔法の師匠でもあるんだから教えてもらってきたらいいよ」

「ならケイさんにお任せしてしまいますね」


 ケイの言葉に甘える事にしたリーンフェルトは、頭を下げて謝意を示す。

 その後にケイは一人でも大丈夫だと言わんばかりに、声を掛ける。


「ははは、行っておいで。僕は僕でアウグストを放っておいて違う事するからさ」

「それって護衛って言わないですよね……?」

「だって入り口さえ守っていればこの部屋大丈夫そうじゃないか」

「それはそうですけど」


 ヘリオドールの間の構造上、確かに入口さえ守っていればまず誰かが入る事は不可能だろう。

 尤も隠し通路などがあるのであれば話は違ってくるのだろうが、ここでアウグストを殺したとしてもグランヘレネ側に得などない。

 少なくとも今は大人しく古代文字の解析をやらせた方が良いに決まっている。

 もしも本当に危ない時があるとすれば、ケフェイドへ帰る途中が最も危険な事になるとリーンフェルトは考えている。


「まあ任せておいてよ」


 ちらりと振り返ると満面の笑みを浮かべて手を振っているケイは、いつもと変わりない軽い口調のままである。

 それに感じる安心感という物があるのだなと思いながら、リーンフェルトはケイに声を掛ける。


「分かりました。それでは行ってきますね」


 そうしてヘリオドールの間から出たリーンフェルトは元来た螺旋階段を戻る。

 吹き抜けであれば風魔法で飛んで行けるのになどと思いながら、一歩ずつ階段を上って行く。

 謁見の間には数名の文官が右往左往しながら何やら指示を出している。

 戦争が発令されたのだから文官達の仕事は兵站の事だ。

 あの腐ったドラゴンによる物資の輸送が良いか、はたまた船による海上からの支援を合わせての物資の輸送かという所で揉めているようだ。

 それを横目に眺めつつ出口へと向かう。

 大聖堂の入り口に飾られたステンドグラスが月明かりを受けて壁に映し出された麗しい女神ヘレネの姿を見て一瞬目を奪われたが、直ぐさま視線を入口へと向けて進む。

 そうして出た先からは正面門が見える。それを左手に向き直り進んでいけば儀式用に設けられた白亜の建物が視界に入ってくる。

 建物の周りには次は自分達がヘレネの御許に行くのだというシュルク達が大地に祈りを捧げながら、次の儀式はいつだと殺気立っている。

 そんなに自らの命を捧げたいのだろうか。

 生きている方が余程楽しい事もあるだろうに。

 そう思うリーンフェルトではあったが、流石に他人の信仰にまで何かを言うつもりもない。

 大人しくその横をすり抜けて、アンリがいるであろう建物の中に入っていく。


 建物の中に足を踏み入れたリーンフェルトが真っ先に感じた第一印象はただただ広いという事だ。例えて言うならばアルガニウムにある旧王城のダンスホールに匹敵するだ

ろう。リーンフェルト自身はあまり行った事がない場所ではあるが、一度に二、三千人規模で収容できる場所と言えば後は士官学校の一番大きな講堂くらいだろうか。

 外壁の白亜と対照的に壁一面に赤が広がっている。良く目を凝らしてみればそれは赤い文字で書かれた古代文字であり、天井には更に魔法陣が描かれている。

 どういった効果がある古代文字であるかはリーンフェルトには理解できなかったが、これを成し得るのはアウグストだけである。

 恐らくここが一度に三千もの魂を刈り取る処刑台なのだろう。

 本当にほんの微かにさまざまな属性の魔力が漂っているのは、きっと一度目の罪人達の物ではないだろうかと推測する。

 気にはなるのだが、まずはここに来た目的を果たそうとリーンフェルトは来た道の丁度対面にある奥へと続く道を目指す。


 通路に入れば今度は飾りは無く、再び白い壁だけが奥へと続いている。

 その通路はゆるりとした傾斜があり、進めば徐々に下りになっている事を感じる事が出来る。

 そうして下りた先には開けた空間があり、地下神殿と呼ぶに相応しい作りとなっていた。

 位置としては丁度、白亜の処刑台と地下にあるヘリオドールの間との中間の場所であり、上で強引に抽出された魔力はここを経由して、地下のヘリオドールへと供給されるようだ。


 四角い部屋の四隅にヘレネを象った彫刻がなされており、その床には古代文字で描かれた精巧な魔法陣がある。

 その魔法陣の中央には儀式用の杖を片手に持ったアンリいる。

 足音で気が付いていたのだろう、魔法陣の間に降り立つと同時にアンリがその閉じていた目を開けてリーンフェルトの方に顔を向ける。


「足音からカインやケイの物ではないと思っていましたが、なるほどリン君でしたか。どうされたのです? こんなところへ」

「ええ。実はアンリさんに聞きたい事がありまして参りました」

「ふむ……それは、これの件ですか?」


 そう言って足元の魔法陣を指さしたので、リーンフェルトは素直に首を縦に振る。


「そうですね……まずこの部屋ですが、赤の間で吸い上げた膨大な魔力をヘリオドールへと流す役目と発動した魔法のコントロールをする為の部屋ですね」

「大きな魔力を制御する為にはどうしたら良いのですか?」


 早速本題の質問に入るリーンフェルトに、アンリは一つ前置きをしてから、落ち着いた低めの渋い声で話し始める。


「勿論個人の資質や考え方のある物だから、これという答えはきっとないのだろうと思うが。私がここでしている事と言えば、荒れ狂って流れ込んでくる魔力を一度押さえつけ穏やかにしてから下の部屋に流す事くらいだ。魔法の発動について言えば、そこは他の魔法と大差ないと私は感じたよ。イメージのまま魔力を流して具現化する。普通の魔法と一緒のプロセスですよ」

「ヘリオドールを介している事で普段と違う事はないのですか?」


 その質問に暫し沈黙の後、考えが纏まったのだろうゆっくりとした口調で説明を始める。


「ないと言えばないのだが……そうだな。発動させるポイントを指定出来るのはこの大地の剣の特徴と言えるだろう。頭の中に俯瞰した地図がイメージ出来ると想像して欲しい。どこに剣を突き立てるのか振り下ろすのか、そこはイメージでコントロールするといった具合ですよ」


 正直どのように発動しているのか、狙いを付けているのか想像できなかったリーンフェルトであったが、アンリの説明を受けてそのイメージが湧いてきた。


「そうやって照準を合わせていたのですね」

「ああ、きっと外から見てどうやって大地の剣を発動させているのか見当もつかなかったのだろ? きっと教皇様からも同じような事を聞かれるのだろうね」

「そこは仕方のない事だと思います。でもアンリさん、神の力の行使なんて凄いです!」

「ははは……書面にでも纏めておきましょうか。神の力を行使と言いますが所詮は魔法ですよ。そういう意味ではリン君はほぼ全ての魔力を操る事が出来る稀有な人材で

はないですか。私などは土ともう一つくらいな物ですよ?」

「ですが私の場合どれも中途半端になってしまっているような気がして……」

「いえ。そうではありませんよ。臨機応変に魔法を使いこなす事が出来るのですから、魔法の腕を磨きなさい。確かに一芸に秀でている事はすごく映るかもしれませんが、

私からすればリン君の能力の方が羨ましく思いますよ」

「そうでしょうか? 私はやはりアンリさんの方が凄いと思うのですけど……」


 このままでは堂々巡りになってしまいそうに感じたアンリは、リーンフェルトの言葉を受ける事にして次の話題を振る事にした。


「では尊敬という事で取っておきましょうか。私はもうしばらくここを離れる事が出来ませんがリン君はどうしますか?」

「それならば、何か食事とかお持ちしましょうか?」

「ああ、確かに大分魔力を使ったせいか空腹である事は事実ですね。お願いできますか?」

「分かりました。グランヘレネ側にお願いして食事を回してもらう事にします」


 勿論グランヘレネ側の人間がここに入る事は問題ないのだろうが、アンリはそこでリーンフェルトに注文を付ける。


「ああ、それについてですが、リン君が持って来てくださいね。この制御魔法陣は我々が撤収する際にいくつか仕掛けを施していくつもりです。あまり魔法陣を見られた

くありませんので、直接持って来てください」


「分かりました。では何かお持ちしますね」


 元来た道を戻り赤の間に差し掛かった時の事だ。

 視界の端に黒い霧のような物が見えた気がして、リーンフェルトはそちらに顔を向けたのだが何も発見できなかった。

 恐らく気のせいという事で思考を切り替えると、アンリの食事を手配すべくグランヘレネの兵士に声を掛け手配を済ませたのだった。

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