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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
62/192

62 大地の剣

 護衛役としてカインローズとケイはグランヘレネのヘリオドールが安置してある部屋の入り口前で教皇が置いていった護衛達を巻き込んで筋トレを行なっていた。


「よし、次は腹筋だ! しっかり鍛えておけ!」


カインローズが檄を飛ばしグランヘレネ側の護衛が勢い良く返事をする。


「はい!」

「そうだ、いじめ抜け!苦難を乗り越えた先に強靭な肉体、そしてそこに強靭な精神が宿る!」

「はい!」


 室内で大地の剣について、纏める事数時間。

 部屋の外は士官学校の運動場のような雰囲気になっており、上半身裸のカインローズとケイ、そしてグランヘレネの護衛二名が腹筋に勤しんでいた。

 扉を開けた後、目の前に広がる光景に呆然としたリーンフェルトは、数秒掛けて混乱する

 脳を落ち着かせると湧き上がってくる感情のままに叫んでいた。


「カインさん! これは一体何の騒ぎですか!」


 怒鳴る彼女にカインローズは顔に汗を滴らせながら、自身が思い描く爽やかな笑みをニカッと浮かべてこう返した。


「おし! リンお前も参加しろ! 筋肉はいついかなる時でも己を裏切らない!」

「しません! と言うかなんですか、この状況は?」


 リーンフェルトからすると、汗だくのおっさんが上半身裸で笑っているという状態であり、カインローズの思い描く姿と残念な食い違いを見せている。


「ん? ああ、護衛の連中と筋肉談義になってな。火がついた」


 さも当然のように言い放ったカインローズの言葉を、それは当然なのかとばかりに質問で返す。


「火がついたってなんですか……一体?」

「あはは、リンそれはね。僕らの筋肉を見て、護衛達の筋肉が共鳴したのさ。だから一緒に筋トレを、ね?」


ケイが助け舟のつもりか会話に割って入り、リーンフェルトに同意を求めてくるのだが理解は出来ない。

どうしてこうなった。

グランヘレネは人選を誤ったのではないだろうか?

そんな事に躓いている間に話が進んでしまう。

難しい顔をしたリーンフェルトが顔を上げる頃には、何事もなかったかのようにカインローズが進捗をアウグストに尋ねる。


「ところでもう解読は終わったのか?」


 深く頷いて、手に持った報告書をカインローズの目線の高さまで上げるとアウグストが問いに答えた。


「終わりましたよ、教皇様が欲しがるものはね。他にも調べたい事があるのだが、まずはこれを早速報告に行こうと思う。君達、教皇様にお取り次ぎをお願いしてもいいかね?」

「はっ! ただいま知らせて参ります!」


 そう言って護衛の一人が声を上げ、慌てて服を着ると螺旋階段を駆け上がって行く。

 去り際にカインローズとケイにサムズアップしていったのは見なかったことにしようと、リーンフェルトは心の中で決めた。

 さて、程なくして螺旋階段の上の方が慌ただしくなり、少し早い間隔の足音が響いて徐々に近づいてくる。

 教皇側からヘリオドールの安置してある部屋まで来たのには驚いたが、アウグストは動揺すらしない感じで話し始めた。


「こちらから行こうと思っていたのですが……ご足労頂きまして申し訳ありません」

「私も興味がある事ですからな。気にする事ではない」


 片手を上げ朗らかな笑みを見せる教皇に、アウグストは一礼をして報告を始める。


「ありがとうございます。一応ですが神々の力の一端に触れる古代文字を解読致しました」


 早速の報告に教皇は驚きを隠せない表情でアウグストに聞き返す。


「早かったですな。泊まり込みの予定だったのでは?」

「勿論この後も他に福音がないか調査致しますが、まずは猊下の気になされていた古代文字からご報告をと思った次第です」


 薄っすらと笑みを浮かべて報告するアウグストに教皇も満足気に頷く。


「流石、稀代の学者と言われるだけありますな。して我らの福音はどのような物なのです?」

「そうですね。実際に試されては如何ですか?」


 アウグストの提案に更なる驚きがあったのだろう。

 しかしその言葉に対して視線に若干の警戒心が滲み出している。


「今なんと……早速使えると?」

「はい。使えますとも、ただ……」


 やはり何か問題があったのだと教皇は安心する。

 確かにこの学者を召喚したはしたが、解読にはもう数日要すると思っていた。

 そして福音と呼ばれる魔法を使うという事は、教皇にとって実に即位してからの数十年来の悲願である。

 どの古文書を漁り尽くしても読む事が叶わなかった古代文字。

 それをたった数時間で解き明かしたのだ。

 もしも単独で神々の力を使用出来るような事があれば、即危険人物として捕える腹積もりでいた教皇にとって、アウグスト自身が発動出来ない。

 発動するのには問題があるという方が好ましいのだ。

 ではこの天才が行き詰った問題点とやらを聞いてやろうと思いながら、その問いを繰り出す。


「ただ……なんですかな?」

「一人分の魔力では賄えないでしょう。それは一人のシュルクが神に並ぶに等しい……恐れ多い事です」


 やはり魔力の問題であったかと安堵する。

 しかし魔力を補う為の方法はグランヘレネとして確保して置かなければならない。

 教皇は教えを乞うようにアウグストに質問をすると、彼はあっさりとその答えを口にする。


「ならばどうすれば良いのですか?」

「恐らく最低限の発動に土のAランクオリクトを三千個からですね」


 もう少し躊躇ったり、勿体ぶったりとあるだろうに可愛げのない奴だ。

 それこそ、この情報を手に入れる為に金を積めと言われれば積んでいただろう。

 欲しい物と引き換えでもまだ凡人らしく良かった。

 しかし彼は何事もないように答えを話す。

 その真意が見えず教皇は内心悶絶していた。

 そして示された方策について質問を投げかける。


「必要な分のオリクトだが、アル・マナクから買う事は叶いますかな?」

「生憎と世界各地で品薄状態ですよ。生産はしていますが追いつきません」


 オリクトの値を釣り上げるつもりか。

 ならば先に何も望まなかったのは理解する。

 オリクトが売れればアル・マナク如いてはアウグストは金を手に入れる事が出来る。

 しかし肝心のオリクトは品薄であり三千個という数字を満たすことが出来ないという。


「ならば……どうすれば……」


 ではなぜアウグストは試してみればいいなどと言ったのだろうか?

 これではただ単にからかわれただけではないか。

 温厚な表情だった教皇の目が鋭さを増してゆく。

 グランヘレネに君臨する統治者としての威厳が溢れ、好々爺だった先程までの雰囲気とは一線を画す。

 それを待っていたかのようにアウグストは、思いついたと言わんばかりに提案を始める。


「ふむ……非人道的ではありますが」


 そんな前置きをしてアウグストは続ける。


「古来より神々に供物を捧げる事で足りない魔力を補うという方法がありますよ」


 確かにそういう儀式があった事は文献に残っている。

 勿論、グランヘレネでもそのような事がかつて行われていた。

 だから、答には直ぐに行き着く。


「生贄ですかな?」

「原始的ではありますが、魔力とはいわば神々と取引する為の通貨です。つまり払えるのならば取引成立し、魔法は発現するのですよ。勿論女神自身にお支払い頂く事も可能でしょうが……恩恵を失うかもしれませんね」

「なぜです?」


 ヘレネの教えを忠実に守り、国是として来たのだ。

 女神の加護を失うなどあり得ない。

 教皇はヘレネの御心のままに行動し生きてきた敬虔な信者である。

 なぜ加護を失わなければならないのか。

 それについてアウグストが補足するように、話し始める。


「こちらの都合で呼び出しておいて、金がないので支払って下さいでは女神様でも怒りますよ」


 つまり信者であるシュルクの意志など関係ないのだ。

 水や風の女神を打ち倒す事は神の意向ではあるが、意志を持って行動するのはシュルク側という事なのだろう。


「なるほど……ならば罪人共を生贄に福音を起動しましょう」


 そこからの教皇は完全な為政者として動き始める。

 目の前にある悲願への準備は実に迅速だった。

 ヘリオドールの間へ魔力を集約する仕組みを作るのに二日、土魔法で作られた儀式の為の魔法陣とそれを覆う簡素な作りの建物だ。

 アル・マナクは教皇の要請によりアンリが建物を、アウグストが魔方陣を手掛ける事となった。


 そしてそこで行われるのは三千人もの罪人の処刑である。

 その手配を二日で熟してしまうグランヘレネという国に嫌悪感を覚えつつも、表情に出すわけにはいかないリーンフェルトは大きくため息を吐く。


「リン君はこういうのは辛いだろう……外して貰っても良いのだよ?」


 アウグストが気遣うがリーンフェルトは職務を全うするべく首を左右に振った。


「いえ……大丈夫です」


 シュルクを処刑していくという行為に拒否感があるが、罪人であるならばと気持ちを強引に納得させる。

 所詮リーンフェルトには国が決めた事を止める事は出来ない。

 ただ見届ける事しか出来ないのだ。


 程なく目隠しをされた罪人の列が建物へと消えてゆく。

 結局リーンフェルトは処刑場から出され教皇の護衛に着く事になった。

 処刑場の中にはアウグストとアンリ、ケイの三人がいる。

 カインローズは上空遥か彼方より福音と言う名の巨大魔法の合否について見守っている状況だ。

 外には悲鳴すら聞こえないとても静かな処刑だ。

 夜も更けて来た頃だろうか、伝令役のケイが建物から出て来ると教皇の前に跪き報告をする。


「処刑が完了しました。魔力としては少々少ないですがギリギリ起動できるでしょうとの事です」

「そうか。ならば憎き水の民と風の民に鉄槌を食らわせてやろうではないか」


 そう息巻く教皇にケイは続ける。


「今回は魔力がギリギリですし、どちらかに絞った方が宜しいかと」


 不満げに鼻を鳴らした教皇、一瞬の沈黙の後答えを導きだし宣言する。


「ふむ……ならば最近災害に見舞われたというサエスに攻撃を仕掛けるとしよう。弱っているうちに叩くのが良い。さて見物だな。私は我が神の代行としてサエスを滅ぼすと宣言する。今よりヘレネ様の福音を起動する!」


 サエスと聞いて胸が締め付けられるように痛む。

 彼の地で交流のあった顔が思い出されて、罪悪感が募る。

 しかしそれを止める術を持ち合わせていないリーンフェルトな奥歯を食いしばった。


 斯くして掲げられた教皇の右手が合図となり、大地の剣はサエスに向かって振り下ろされる。

 その効果は数秒後に地鳴りを伴う、大きな地震となってヴィオール大陸を揺らした。

 福音の発動に沸くグランヘレネの民達の歓声がこの教皇がいる大聖堂のような建物まで響く。


「これが神の御業……」


 感動に震える教皇の目には薄らと涙さえ見える。

 そこに現れたのはアウグストである。


「猊下問題が一つありました。彼の罪人達は皆魔力の属性がバラバラではありませんでしたか?」


 それに教皇は深く頷く。


「確かに、風、水、闇の属性持ちでヘレネ様の祝福を受けずに生まれた悪しきなる者達でしたからな」

「なるほどそういう事ですか。魔力の総数が足りているのに思ったほど威力が出なかったのは属性がバラバラだった為という事ですか。興味深い……」

「なに……あれが福音ではないのかね?」

「ええ、あのような物ではありませんよ。次は全て土の魔力をお持ちの方でお願いしますよ猊下。ヘレネ様は純血をお求めのようです」


 アウグストの話を聞いていたリーンフェルトは更に苦い表情となった。

 大地を揺らす事がどれほどの魔力を要するか、それを人為的に熾す事の出来る魔法など相手からしてみれば、どれほど恐ろしい事か。

 今のサエスは地盤が未だゆるい状態だろう。

 それを想像するだけで甚大な被害が出る事が、容易に考えられるのだ。

 そして大地を揺らした先の魔法は、いわば先触れ程度の威力だと言う。

 本当にアウグストのいう土の魔力だけで発動させた場合どれだけの威力が齎され、被害が拡大するか見当がつかない。

 ただただ背筋に冷たい汗が流れる。

 ここに来てアウグストの言っていた言葉の意味を理解する。

 こんな国に強大な力を与えてはいけない。

 何か阻止できる策はないかと考えている内に、教皇は二射目の人員確保の指示を出す。


――駄目だ。

 これをさせてしまっては、サエスは滅亡してしまう。

 あそこにはきっとまだシャルロットがいる。

 お世話になった司祭にミランダ、マイムの番頭の顔も浮かぶ。

 しかしこの状況では打つ手が思いつかない。

 リーンフェルトはいよいよ焦り出す。

 このままではいけない事は分かっている。

 俯き掛けたその時だった上空からカインローズがその隣に降り立った。


「リン。お前の妹なあいつと一緒にいるんだろ? 正直俺やお前で歯が立たなかった奴が傍にいるんだ。何とかしてくれるんじゃねぇか?」


 これは慰めか、気休めか判断が難しい。

 しかし例えそうであったとしても気が気ではないのは事実だ。

 焦りを隠せないリーンフェルトの目を見ながら、カインローズは続ける。


「まあ、落ち着いて考えてもみろよ、リン。地震だろ?飛んでりゃわけないさ。あいつも空飛んでただろ?」


 確かに地震だけならば浮いていれば影響は皆無だろう。

 しかし心情的にはあのケープマントの男に頼る形になったのが納得がいかない。

 私が守ると決めたのに……


 リーンフェルトの思いとは裏腹に状況は最悪な方向へと傾いていく。

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