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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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59 グランヘレネへの道

アルガニウムへと帰還したリーンフェルト達はその日から休暇扱いとなり、今しがた騒がしく使いの者が去っていくまで二週間ほどの休暇となった。


「新たな任務ですか……」


休暇の終わりと出頭を命じる書類をまじまじと見ながら呟く。

そしてわざわざ呼びに来たのだから、何かしら急な事が起こったのだろうと推測する。

本部近くのアル・マナクが所有する戸建がリーンフェルトの現在の住まいである。

これはセプテントリオン入りを果たした入れ替え戦の副賞的な物であり、当然序列が落ちれば出て行かねばならない代物である。

生活感をあまり感じさせないのは使用している期間が短いせいだろう。

魔術トレーニングの最中に突然現れた使者は書面を一通り読み上げると去って行った。

通常であれば命令書が出て準備に二、三日あってとそんなスケジュールのはずだ。

私服からセプテントリオンの制服に久々に袖を通し、身嗜みを整えてから本部へと向かう事にした。

本部までは実に数分の距離であり、他のセプテントリオンの面々も本部を囲うような配置で住んでいる。

家の前の通りを本部へと進めば、白い建物が見えてくる。

本部へ入ると次席アンリ・フォウアークの姿があり、リーンフェルトに声を掛けてきた。


「リン君、カインを見なかったかね?」

「あの、カインさんですか? いえ特に見ませんでしたが」

「そうですか。どこに行ったのでしょうね? まあ直ぐに見つかるとは思いますが……」


などと話していると乱暴に入口の扉が開き、セプテントリオンの制服を雑に着たカインローズが寝癖を直さず、ぼさぼさの頭を掻きながら現れた。


「カインさん!」

「カイン……。君ねもう少し身嗜みを整えたらいいよ」

「ああ、寝起きを叩き起こされて急いできたからな。仕方が無かったんだ諦めてくれ」

「やはりケイを向かわせたのは失敗だったか」


どうやらアンリはカインローズの元にケイを送り込んだようである。


「あの野郎がいきなり殺気全開で家のドアを蹴り破って入ってきた時には、身の危険を感じたぜ」

「だってカイン起きないじゃん」


見ればいつの間にかカインローズの後ろにはセプテントリオン三席のケイが両手を頭の後ろに組みながら、文句を言う。


「本当に最悪の目覚めだぜ」


それはそうだろう。

起きないカインローズが悪いと言えばその通りなのだが、何も殺気を当てる事もないだろう。

リーンフェルトであれば、せいぜい死なない程度に魔法を放つだけである。

ともあれ、この身嗜みは流石に駄目だろうという事になり、アンリとリーンフェルトの二人掛かりでカインローズの髪を強引に寝かしつけ少々歪なオールバックに仕立てると、アンリは満足しように頷いた。


「こんなものでしょうか。さて……今アウグストの所に客人が来ているのですが、皆をお呼びしたのは他でもありません。その件です」

「何か問題でもあるのですか?」


聞き返すリーンフェルトに柔和な笑みを浮かべたアンリがそれに答える。


「ええ、今回は珍しくアウグストがやる気を見せておりましてね。十中八九護衛として任地に赴いてもらう事になるでしょう」

「任地はどこになるのですかアンリさん」

「まあ、待ちなさい。それはアウグストとその客人を見ればわかる事です。では参りましょう」


そう言って先導を始めたアンリは本部二階の応接室の前まで来るとノックをする。


コンコン……。


それに応えるように中からアウグストがいつもの調子で返事を返してくる。


「入りたまえ」

「失礼致します」


アンリを先頭にカインローズ、リーンフェルト、ケイと続く。四名が部屋に入ると、アウグストの正面に座っていた男が立ち上がりこちらを見た。

彼は白いコートを纏っており、逆さ十字の意匠が彫り込まれた金のボタン、袖口には金糸で刺繍が施された文様が描かれている。

丈を見れば足首まであり、ローブの様でもありケフェイドでは見かけないデザインであった。


「紹介しよう。グランヘレネからの使者殿だ」


アウグストの紹介に使者は、リーンフェルト達に会釈をすると静かに席に着き、質問を投げかけた。


「彼らは誰ですか? アウグストさん」

「ええ、今回のグランヘレネ行きに同行する者達ですよ」


そう答えるアウグストに使者の顔は些か渋い表情だ。


「ほう……彼らがですか。見れば年若いお嬢さんも一緒の様だが大丈夫ですかな?」


明らかにリーンフェルトを指して使者は不満を見せたが、アウグストはやんわりと反論する。


「ははは、彼女もまた我が七星に選ばれた者ですから、侮られませんように」

「ふむ、それは失礼をした。彼女にヘレネ様の加護がありますように」

「なぁアウグストもしかして次はグランヘレネか?」


使者との会話に割り込むようにカインローズが尋ねると、困った表情でカインローズに回答をする。


「カイン……客前だろうに……。そうこの度、私アウグストはグランヘレネのヘリオドールを見せてもらえる事になったのだよ」

「土のヘリオドールか!」

「そうです。勿論研究に協力をするという事で今回取ったデータはアル・マナク側とも共有すると言う事で合意済みだ。君達も大分休めただろうからそろそろ仕事の時間だ」

「「了解致しました!」」


カインローズとリーンフェルトは了解の意を示す。


「なお、今回は私アンリと、そこのケイも護衛として共にグランヘレネに行く事になっている」

「急な話で申し訳ないが明日にはグランヘレネに向かって出発するので、そのつもりで」


アウグストがそう纏めると顔合わせは十分とばかりに応接室から追い出されてしまった。

こうしてカインローズとリーンフェルトはグランヘレネへと向かう事になったのだった。


――グランヘレネからの使者を共だってアルガニウムを出発したのは宣言通り翌日の早朝の事だ。

二日でクリノクロアへと辿り着き、その足で港まで移動する。

普段、クリノクロアからクロックスまでの定期便として使っている船を貸し切ってグランヘレネまで向かう事となった。

中央大陸セリノアを大きく迂回する形を取って航行しグランヘレネまでは、実に十日掛かった。

その間、特に天候が荒れる事も無く、無事に船旅が出来た事は幸運だろう。

アウグストと使者の護衛はシフトが組まれており、順番に持ち回りとなった。

今日はケイが当番であり任務に着いている為、その姿はない。恐らく船室に居る事だろう。


「グランヘレネはどんな所ですか?」


海上に薄らと見え始めた南大陸ヴィオールをその視界に捉えながら、リーンフェルトはカインローズに質問すれば、アンリがそれを遮って返事をする。


「リン君、カインに聞いても飯屋の話しか出てきませんよ?」

「んな訳あるか! 良いかリン、一言で言うならあの国はヤバ……モガッ!?」


何か言いかけた所で、突然カインローズが口から泥を吐き始める。恐らくアンリの仕業であり口を封じた形だ。


「だからリナからバカインローズなどと呼ばれるのですよ。ただ言いたい事も分かりますので私から説明しましょう」

「お願いします。でもカインさんのアレ大丈夫なのですか?」

「ははは。まあ、鼻は塞いでいませんから多分、大丈夫でしょう。さてグランヘレネについてでしたね。あそこは他神を認めておりません」

「何故でしょうか?」

「詳しく話すととても長い宗教の話になりますよ? 恐らくこの旅が終わるまでは余裕で掛かります」

「そんなに長いのですか?」

「神々の因縁話ですからね。興味があるならヘレネの教典を読む事をお勧めします」

「では今度読んでみたいと思います」

「そうですか。ただ内容を端的に言うならば風と水は敵だ、ですよ。大地母神であるヘレネを讃える言葉は宝石となり、汚す言葉は泥となる」


 チラリと未だ泥を吐き続けるカインローズを見て、アンリは続ける。


「巻き上げ連れ去る風と穿ち持ち去る水は母を害す魔物なりとも書かれていましたか」

「火はどうなのですか?」

「使者が来るくらいには交流があったようですよ。土に対して火は有用な隣人といった所でしょう。さてもうすぐヴィオール大陸です」


 そう言ってアンリが指を鳴らすと、カインローズの口へ生み出していた泥を止めたようだ。


「ぺっぺっぺ……なんてことしやがるんだアンリ!」

「いいですかカイン。これから先ヘレネ関連の暴言は万死確定ですので、注意してくださいね。君が何か言いそうになったら口から泥が出ると思ってください」


 アンリは人差し指を立て、カインローズに注意するとニコリと笑った。

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