55 賭けの行方
急降下して接近してくるグリフォンの大きさはホワイトミストサーペントよりも少々大きいくらいだろうか。
しかし、脅威の度合いからすれば間違えなくグリフォンの方が上であろう。
まず空を自在に飛ぶことが出来る事、これは非常に厄介である。
対空中用の武器若しくは魔法が使えなければ一方的に蹂躙されてしまう。
続いて鋼鉄をも易々と切り裂く膂力を持った爪は、致命傷を負わせるだけの威力がある。
「はっはっは! 俺はそんなに美味かねぇぞ……っと!」
カインローズの纏っていた風の魔法はグリフォンの突撃を阻むほどにその魔力の密度を濃くしており、他のグリフォンも上空で何とかバランスを取っている物の少々その巻き起こる風に煽られている。
カインローズの魔法を食い破ろうと二匹のグリフォンが突撃を敢行するも、あっさりと片翼を切り落とされ地面へと錐もみしながら突っ込んでゆく。
「まずは二匹! さあ次に落とされたい奴は誰だ?」
獰猛な獣のような眼光をその瞳に宿らせながら声を張り上げるカインローズにグリフォン達はギャギャと鳴き散らして威嚇する。
「そっちから来ねぇなら……こっちから行っちまうぞ?」
カインローズの背に風の魔力が濃密に集まり始める。
そしてその魔力を一気に解放すると弾き出されたように豪風を生み出しその勢いを以て、敵との距離を一気に詰める。
そして閃く刃は弧を描くとグリフォン一頭を丸々両断して見せる。
上空にて真っ二つになったそれは内臓と血の雨を降らせる。
それに抗議するのはリナである。
広範囲に飛び散った血や内臓がカインローズの生み出す風によってリナの戦闘域まで及んでいたのだ。
「汚いですわね! バカインローズ! 気をつけなさい!」
「んあ? ああ悪い悪い」
悪びれも無くカインローズはニヤリとしたまま答えると、会話の隙をついて襲いかかろうとしていたグリフォンがまた一刀両断され地面に向かって落ちてゆく。
この落下するグリフォンにさらに一太刀加えて軌道修正するとリナの近くへ落ちる。
「クッ……完全に狙ってやがりますわね!」
「ははは、すまんすまん手が滑った」
「絶対に許しませんわ……覚えてなさい!」
リナは一時的に先の場所から離れ、カインローズの戦闘圏内から外れる。
「バカインローズがその気なら私も仕返しさせてもらいますわ」
リナは飛来し襲いかかってくるグリフォンの背に光魔法で強化した瞬発力で跳ね上がり取りつく。
背に乗られたグリフォンは嫌がり暴れながら空高く舞い上がる。
「計算通りですわ! 覚悟なさいバカインローズ!」
カインローズもよりもさらに上空に飛び上がったグリフォンの背から一斉にばら撒いたナイフ達を操り、辺りを飛んでいたグリフォンを巻き込む。
その矛先をカインローズへと向け、合わせると数百からなるナイフの雨は重力に従って落下を始める。
ナイフの雨に混じってグリフォン数匹がカインローズめがけて上空から降ってくる。
「うおっ! 危ねぇなこの野郎!」
「生憎と私は野郎ではございません」
「チッ……冗談の通じない奴だ」
「違いますわね。ああいった行為の類は嫌がらせというのですよ。という訳で私はグリフォン共々バカインローズを仕留めますわ!」
完全に根に持ったリナはカインローズと喧嘩を始める。
二人の戦闘に次々とグリフォンが巻き込まれて、風に弾かれてグリフォン同士でぶつかったり、降り注ぐ雷に上空で痺れてしまえば飛ぶ事叶わず水面に叩きつけられる。
それこそ雨のように空から落ちてくるグリフォンを見てリーンフェルトは動き出す。
「みっともない話ですが好機でもありますね。しかし……」
アル・マナクのセプテントリオンの看板を背負っているのだ。
しょうもない事で喧嘩をするパーティーだと思われるのはリーンフェルトの望むところではない。
故にリーンフェルトは二人を止めに入る。
「少し……お二人は頭を冷やした方が良いと思います」
ホワイトミストサーペントを氷漬けにしたような冷気を纏った水球を地上から、上空で喧嘩をしている二人に向かって放つ。
完全な不意打ちを食らったカインローズとリナは上空で動きを止める事になった。
「お、お嬢様!?」
「リンの奴か!」
カインローズの纏う風に流され水球は砕けたが、その風の軌道通りに流れた水はカインローズを取り囲むように氷結する。
さらにリナの取り憑いていたグリフォンを氷漬けにすると、巻き添えを食らっては拙いとばかりにリナはあっさりとグリフォンを見捨てる。
結果グリフォン一体が氷結して動きが鈍くなっている。
そして上空への足を失ったリナは水溢れる地上へと戻ってくる。
「お嬢様これは一体どういう事ですの?」
「リナさん……カインさんは味方です。確かに先程ふざけていた事は私も見ていましたので怒るのも分かりますが、今はそういう状況ではないです! まずはルエリアを守らないといけないのですよ」
「……そ、そうですわねお嬢様。バカインローズの事を構っても何もなりませんでしたわ」
リーンフェルトの言葉に正気に戻るリナ。その近くに上空で氷に閉じ込められたカインローズだった物が落ちて氷の檻は砕ける。
「リンてめぇ……」
「カインさんも落ち着いてください! 今はグリフォンが先です」
「ああ、ま、そりゃ尤もだ」
「では残りのグリフォンもさっさと片付けましょう!」
リーンフェルトの言葉に二人は頷き、一時休戦がなされた。
「さてと、んじゃこっからは協力していきますか」
「お嬢様が言うのであれば仕方がありません。バカインローズを仕留めるのはまた今度に致しますわ」
そうしてグリフォン討伐戦が始まる。
カインローズとリナの喧嘩に巻き込まれたグリフォンは結構な数になっていたようで、上空で旋回している数もだいぶ減ってきている。
あたりにはヘルハウンド、ホワイトミストサーペント、そしてグリフォンの死体が山の様になっている。
これだけ見れば一財築き上げられそうな数である。
水に濡れて素材としての品質は若干落ちるが全て納品されれば、確実に市場でダブついて値が下がる。
「では、協力して殲滅致します」
「おうよ!」
「了解致しました」
リーンフェルトの号令の下カインローズとリナは本来の敵であるグリフォンへと殺到する。
数の優位に立つ魔物達は三人を見てもまだ、どこかで勝てると思ってはいなかっただろうか。
一鳴きすると自分はさがり、比較的若い個体を前面に押し出してくる。
カインローズが再び風を身に纏い、空へ飛び立つ。
「悪いな! お前らはもう二度と飛べねぇ。いくぜ!」
カインローズが矢のようなスピードで飛びグリフォン達の間をすり抜けてゆく。
斯くして後に残ったのは根元より翼を失った魔物のみである。
「クェェェェェェェエ!」
悲鳴にも近い鳴き声を漏らしながら数体のグリフォンが地に落ちてゆく。
それを的確にリナのナイフがグリフォンの眉間を打ち抜いて息の根を止める。
前衛を削られたグリフォンは指揮個体が露出するまでにその数を減らしていた。
流石にこのままでは全滅してしまうと彼等も悟ったのだろう。
圧倒的な戦力差の前に獣の身では勝機がない事、目の前に彼等が自身にとって死神である事を。
指揮個体のグリフォンは撤退を選んだようだ。
一鳴きすると狩りは終わりだと言わんばかりに元の森へ帰ろうとするが逃がすはずもない。
リーンフェルトは逃げようとしていた指揮個体の動きを止めに入る。
「逃がしませんよ!」
風魔法で水面をホバーリングしていたリーンフェルトはその出力を上げて、スピードを増すとグリフォンの真下から土魔法で作り上げた砲弾を撃ち込む。
指揮個体を護衛していたグリフォンが一体その身を抉られて落ちてくる。
それを躱しつつ二射、三射と放ち確実に数を減らしてゆく。
そしていよいよリーンフェルトが指揮個体を仕留めようとして魔法を放った時だった。
最後の一匹を競うようにカインローズの斬撃が、リナのナイフがほぼ同時に指揮個体のグリフォンに到達した。
完全なオーバーキルであり指揮個体の体は攻撃の威力に耐え切れずに爆散してしまう。
「今のは完全に俺の一撃が入ったな」
爆散についてカインローズが主張すると、すかさずリナが反論に出る。
「斬撃で爆発などするわけないではありませんか、頭のネジを落としたのではありませんこと?」
「そういう意味じゃナイフでも爆散はしないだろうよ」
だからと言ってナイフでは爆発したりなどしないだろうとカインローズが切り返すと結論が見えてくる。
「という事は私が仕留めたという事で良いのでしょうか?」
「いいんじゃねぇか?」
「ええ、いいと思います。お嬢様なら理不尽なお願いも無いでしょうし……」
「リナさん、それは分からないですよ?」
「お嬢様……信じていますからね?」
指揮個体の撃破により統制を完全に失ったグリフォン達が散り散りになって逃げてゆく。
あたりには静けさと魔物の残骸が残った。
「俺達やったのか?」
冒険者の一人がそう漏らす。
彼はヘルハウンドの残党を殲滅するべく剣を振るっていたのだが、気がついてみればホワイトミストサーペントにグリフォンだ。
正直街を守るという気持ちだけで参加を決めたのだが上位の魔物にはまるで歯が立たなかったし、足を殺されていたヘルハウンドは難なく討伐で来た。
「なんだか生きた心地がしなかったよ。これ……守り切れたんだよな?」
その安堵とも歓喜ともつかない声は防衛陣地内に伝播してゆく。
ドッと歓声が上がると皆が皆を称えあった。
防衛陣地は二匹のホワイトサーペントの突撃を受けて壁周りが壊れた。
そこからヘルハウンドが入り込み防衛陣地内も戦闘状態にあったのだ。
グリフォンが前に出て行った三人によって陣地まで来れなかったのが幸いと言える。
もしも乱戦状態でグリフォンと対峙すれば、たとえ一匹であっても死傷者が倍は出ていた事だろう。
こうしてルエリア防衛戦は終わりを告げる事となる。
しかし依然として空から水は降り注ぎ防衛陣地の先は未だ水嵩を増し濁流渦巻く大きな川となっていた。