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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
53/192

53 スタンピート

カインローズの部屋に集合した一行。

部屋はアシュタリア仕様であり、畳と呼ばれる物が敷き詰められている。

ふわりと畳の独特な香りがする部屋で円を描くように座った面々に対して、まずカインローズは口火を切る。


「んじゃ、ミーティングを始める。まずは全員無事にマイムまで撤退出来た事は何よりだ。今後の方針についてはいくつかあるんだが最優先はサエスからの撤退と考える」

「サエスの人々を見捨てるのですか?」

「いやそうじゃねぇさ。少なくとも俺らは救護や復興については専門外だ。だからこういう事は詳しい奴にやらせるのが適任なんだよ。俺だってこのままケフェイドに戻らずエストリアルやマイムに留まって何か手伝えることはないか、あればやっていきたい気持ちはあるがそれは専門外がぶらぶらとやるべき事ではない」


リーンフェルトの問い掛けにカインローズは至極まっとうな回答を示す。


「勿論本部にはオリクトの増産や資金や資材といった物をケフェイドの評議会へと要請させるつもりだ。これで少しは災害対策にもなるだろうよ」

「ですが本部の承認を受けておりませんわよ? バカインローズ」

「そこはそうなんだが、それくらい何とかなるだろう。 なっ!リン」

「え……どういう事ですか?」

「交渉事はお前の方が得意だろ? なら任せるから頑張ってみろ」


まさかこんな重大な交渉事をやらされる事になろうとは……リーンフェルトの胸に事の重大さがプレッシャーとなって圧し掛かる。


「私に出来るのでしょうか……」

「ま、やる前から諦めちゃなんも出来ねえよ。やれるとこまでやってみな」

「わかりました、頑張ってみます」

「そうそう。そんな感じで頑張ってくれや。んじゃ次な次。まあ俺からの報告になるんだが……ちょっと長くなる」


そう前置きをしてからカインローズは話し始める。


「知っての通り、突然の爆発音の後豪雨が降り始めて不審に思ったリナと俺は偵察に出た。リン達はそのタイミングでエストリアルからマイムまで撤退するよう指示をした。さて、偵察に出た俺達が見た物だがエストリアルにあるサエスの王城の一角が破壊された光景だ。恐らくなんだが爆発はサエスの王城で起きた物と見て間違いないだろう」


そこまで一気に言い切ると用意してあったお茶で口を湿らすと続きを話し始めた。


「まあこれは憶測でしかねぇんだが、王城にある水を制御する装置か何かが爆発で壊れたんだろうよ。これが故意か事故かはわからん。一つ言える事は王城にあるような大掛かりの設備は壊れると修理に数日掛かる。当面水は溢れ続けるだろうって事だ。俺は任務継続不可能という事でケフェイドへの撤退をしようと思うのだが、異論はあるか?」


言いきったカインローズに手を挙げたのはリナである。


「バカインローズ……任務はそもそも失敗してますわよ。輸送中のオリクトを馬車ごと破壊されたではありませんか。もうお忘れになりまして? その年でボケるなんてご愁傷様ですわ」

「ん? まあ任務にトラブルは付き物だ。それについては本部からの追加依頼は達成したんだからチャラでいいだろう」

「一応取引先に謝罪して来ましたからね」

「つまりやる事がない……というかこの有様だ、武力で解決できる事がない。すみやかにケフェイドに帰るぞ」


そう宣言したカインローズに一同は頷く。

これでミーティングは終わったとばかりに隠していた酒瓶をカインローズが取り出し一口呑もうとしたあたりで、アトロが口を開く。


「旦那、ちょっと待って下さい」


勿論声を掛けられたカインローズは眉をピクリと動かし握っていた酒瓶を畳に少々乱暴に置けば、開けた口から酒が跳ねた。


「アトロ……狙って声を掛けたな? なんかあったか?」


少し眼光が鋭くなったカインローズを大した気にする風でもなくアトロは切り出す。


「武力だけで人助け出来ますがやりませんか?」

「人助けだと?」

「はい。水が溢れた事で森から追い出された魔物の暴走が起こりそうです」

「――ふむ。アトロ説明を頼む」


一考に値すると判断したのだろうカインローズはアトロに詳細を促す。

頷いたアトロは情報について話し始めた。


「はい。馬の世話の後、クライブと私は食料の調達出来る場所を訪ねようと冒険者ギルドに寄りました。マイムを拠点として活動していた冒険者も軒並み避難した後に暴走の兆候ありと報告が来たみたいでギルドは大混乱でしたよ」

「つまりその暴走を止めてこいって話か?」

「そんな所です。特に数が多いのはヘルハウンドらしいですが冒険者でもない連中にとっては脅威でしょう」

「私は賛成です! やりましょうカインさん!」


真っ先に声を上げたのはリーンフェルトだ。


「お嬢様あるところにある私あり。私も参加致しますわ」


リナが賛同したところでカインローズは口元にニヤリとさせる。


「んじゃ一丁暴れていこうじゃねぇか。そうだな……誰が一番狩れるか競争でもするか」

「お断りですわ。そんなこと」


カインローズの提案を否定したのはリナだ。

リナは接近戦主体で広範囲魔法は苦手である。比べてカインローズ、リーンフェルトは範囲型の魔法も得意としている。

これではダブルスコアで済むか分からない。


「なら範囲型魔法無しだ。んで何を掛ける?」


さも当然のように賭け事が始まったようだ。


「賭けですか。良いんですの? 負けてからなかった事にしようとか言われても受け付けませんよ」

「賭けですか……それで討伐が捗るならいいのですが……」

「そうだな。ここはオーソドックスにあれだ。なんでも言う事を聞くってのにしよう」


今思いついたとばかりにカインローズが条件を提示すると、それにリナが確認の意味を込めて聞き返す。


「本当に何でも言う事を聞くんですわね?」

「おうよ。男に二言はないぜ!」

「だ、そうですけどお嬢様どうします?」


リナから話を振られたリーンフェルトは、少しの沈黙の後話し始める。


「私はそれで構いませんが、審査員にアトロさんを指名します」

「おや私ですか。私も参加しようかと思っていたのですが……」


少し残念そうにしているアトロに申し訳なさを感じながらリーンフェルトは彼に頭を下げる。


「すみませんアトロさん、ルールと審判がないとカインさん絶対ズルしますから」

「な、何?」


リーンフェルトの一言にショックを受けるカインローズを尻目にアトロは溜息混じりに答える。


「ああ、旦那信用されてませんな。まあこれも日頃の行いという事で。では私の方からルールを決めさせてもらいます」


そう言って大まかなルールがアトロにより決められる。

流石最年長者である。

ルールとしては撃破数ではなく討伐証明部位の個数という事で合意がなされた。

というのもカインローズの大人げない本気を牽制する為である。

恐らく本気を出したカインローズであれば撃破数は圧倒的だろう。

しかしそれをカウントする事は出来ないので、討伐証明部位の数という事になる。必然的にこれが撃破数として正確である。

ついでにギルドに持ち込んで報奨金を手に入れようという狙いもある。

そんな訳でリーンフェルト、カインローズ、リナの三人による討伐合戦が企画されたのである。


まずギルドで魔物の暴走についての依頼を受ける。

この手続きをしておかないと報奨金すら出ないただ働きになってしまうので、三人とも手続きを済ませる。

ギルド内部は本当に疎らに集まった冒険者が依頼を受けるかどうか迷っている様子だ。

依頼を受け颯爽と立ち去った三人の後姿を見ながら冒険者達は話し始める。


「おい……あいつ等依頼を受けていったぞ?」


驚きの声を上げる冒険者に、別の男が口を開く。


「男一人に女二人か。あれで大丈夫なのか?」

「何を好き好んで魔物の暴走なんかに首を突っ込むかね……」


女の冒険者は物好きが居るものだと首を左右に振って見せている。

かと思えば別の場所にいた体格の良い冒険者は全く別な事に興味が湧いたようだ。


「おい、あの依頼受けて行った嬢ちゃん達綺麗だったな、いいとこ見せたら振り向いてくれるかな?」

「はははやめとけ、やめとけ。お前みたいな不細工じゃつり合いがとれねぇよ」

「なんだと誰が不細工だ! この野郎!」


取っ組み合いの喧嘩になりかけた所で、髭面の杖を持った男が止めに入る。


「やめろやめろ、こんな所で怪我するくらいなら街を守って怪我しようぜ」

「なんだお前怪我する事前提か?」

「はははは、怪我をしたら私が直してやるぞ」

「何だよ男の治癒師とかはお呼びじゃないんだよ! どうせならさっきの綺麗な子に面倒を見てもらいたい!」

「おいこの豚野郎! 絶対お前が怪我しても治癒してやらんからな!」



ギルド内に居た冒険者達はリーンフェルト達が出て行った後、一頻騒いだ後依頼を受けたようだ。

それは郷土愛なのか、リーンフェルトとリナ目当てなのかは定かではない。




――さて、ギルドからの情報ではルエリア方面で予兆があるという事だったのはリーンフェルト達には好都合と言えた。

カインローズが決めた基本方針は撤退であり、いわば依頼はおまけである。

そういう意味では南だ西だと振りまわされずに、定期便の出ているクロックスへ向かう道程にあるのは運が良い。

冒険者は各自ルエリアに集合、そこからギルドの指示で動く事になっていた。


蛞蝓亭にて一泊した一行は東の空が白む頃マイムを出発する事になった。

ルエリアまでは半日の距離だ。何事もなければ例え水が溢れて足場が悪かったとしても今日中には着く事が出来るだろう。

天候は快晴、しかし昨日同様相変わらず空からは水が降り注いでいる。

連日降り注ぐ水のせいかこの時期の平均的な気温よりも幾ばくか寒い。

長雨のようなそれを鬱陶しく感じながらも一行はルエリアに向けて移動を開始する。

風魔法を持たないリナはマント状の雨具を装備して馬車内に待機している。

カインローズとリーンフェルトは動きを阻害しかねない雨具は身に着けず魔法を展開して雨を扱く事を選んだようだ。


「雨具が不利だなんて思っていませんわよ! 必ずぎゃふんと言わせてやるから待ってなさいバカインローズ!」

「なんだあれか? 仲間外れにでも感じたのかあいつ」

「なんなら私が風魔法を付与しても……」

「やめとけやめとけ。お前それでリナが勝って邪なお願いをされても嫌だろう?」

「邪ってなんでしょう……?」

「ああ、まあ勝負なんだから楽しくやらんとな」


そう言ってカインローズは笑って見せた。

冒険者ギルドの斥候が暴走が始まったと報告をしてきたのは一行がルエリアに到着して二日目の事だった。

ルエリアに集まった冒険者の総数は五十に満たない程度だが、暴走は待ってはくれない。

魔物達が一斉にルエリア方面に向かって押し寄せてくる中、冒険者達は防衛ラインに付く。

リーンフェルト、カインローズ、リナの三人はそれぞれ距離を取って防衛ラインの先頭に立つとヘルハウンドの遠吠えが聞こえてくる。

間もなくここは戦場になるだろう。

リーンフェルトはゴクリと息を飲んでその時を待った。

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