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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
52/192

52 偵察と確認

 マイム市街を偵察するように指示されたリーンフェルトは一人雨の中を行く。

 膝丈まである水は季節柄冷たく、更に低い土地へ向かって流れを作っている。

 時折流れが急な所があり足を取られそうになる。

 そして流れの速い所は元水路へと繋がっている。

 つまり元水路は現在危険な深みになっているという事だ。

 そうなると歩いて偵察など危険以外の何物でもない。

 ここに至りなぜ偵察がリーンフェルトに割り振られたのか分かった気がした。

 リーンフェルトは足元に風魔法を展開すると水上を歩き出した。

 サエスへの船旅でやった感じで足の裏に魔法を展開して水上を滑るように移動する事を思いついたのだ。

 きっとカインローズはそんな事を考えずに偵察をして来いと命じたのだろうけど。


 移動が格段に早くなったリーンフェルトは水上を滑りながら移動し、見覚えのある場所に出て来る。

 リーンフェルトの視線の先にあった物はミランダの店である。

 あたりはこんな状況だ、避難していてもおかしくはない。

 しかしもしかしたらという気もするのだ。

 あの店にはミランダの工房もある。

 そこにはあの店で売られる服に術を施すための希少な材料もあるのだから、むしろ放棄する事が考え辛い。

 ちゃんと避難しているのだろうか。

 リーンフェルトは先日お世話になった知人の安否を確認する為に店へと向かう。

 店の前まで移動して、ショーウィンドウごしに中を覗けば人の気配はない。

 やはりミランダも退避したのだろう。

 であれば少なくともここにいるよりは安全であるに違いない。

 もっとも、ミランダは元一級冒険者である。

 下手な現役冒険者や盗賊に比べても、その実力差は歴然だろう。

 ふぅと一つため息を一つついて踵を返す。

 次はどこへ行こう。そう思い、振り返った時だった。


「あれ? リンちゃんどうしてここに?」


 この店の店主にして、先の滞在の折色々と世話になった人物である。


「ミランダさんこそ……どうしてここに? 避難しなくていいのですか?」


 心配そうに話掛けるリーンフェルトにミランダは笑ってみせる。


「ここは私のお店があるんだから、避難なんてしないわよ」

「でも、危ないじゃないですか。これ以上水嵩が増したらどうするのですか!」


 少し困ったような表情のミランダは諭すようにリーンフェルトに優しく話しかけた。


「心配してくれてありがとうリンちゃん……水嵩が増えるのは困るけど、この街を離れたくない私の気持ちもわかってね」

「でもどうなるかわからないじゃないですか……」

「そうね、どうなるかわからないわ。でもそれは冒険者をやっていた時と変わらないわね」

「でも!」

「でもじゃないわよ? リンちゃん、心配してくれるのは嬉しいけどそれ以上はきっと迷惑よ。多分貴女が言っている事は正しいと思うの。水が増えるかもしれない。もしかしたらマイムは水没してしまうかもしれない。でも私この街が結構好きなのよ。もちろん自分のお店もあるしね」


 リーンフェルトは自分の思いが押し付けになってしまった事を悟り俯く。


「ごめんなさい……」

「いいのよ。リンちゃんも真剣に心配してくれてるってわかってるから。ここだとなんだし、とりあえず上がっていく?」


 確かに店の前で立ち話、しかも膝下まで溢れた水に浸かったままの状態で話し込む姿は滑稽だ。


 リーンフェルトは多少の気まずさはあったが、素直に頷いた。



 店内に入ると床は水浸しであり、棚の下段に陳列していた衣服が無造作に上段まで上げられている。

 そんな状態の店内をミランダは進み、階段を上がる。

 それについてリーンフェルトも二階へと上がる事になった。

 二階はミランダの居住スペースらしい。


「何もない部屋だけど、ちょっと待っててね、今タオルを用意するわ」


 居住スペースの入り口で汚れた靴を脱ぎ棄て、外出前に用意していたのだろうタオルで両足を綺麗に拭き、中に入っていくとタオルを一枚持ってリーンフェルトの元に戻ってきた。

 そのタオルを受け取りリーンフェルトも両足を拭くと、ミランダの手招きを受けて部屋に入る。

 白を基調としたオリクトを使用するタイプのキッチンと居間には二人掛けのソファーと背が低めのテーブルがある。

 部屋の右手奥にある開けっ放しの扉からはベッドがちらりと見える。どうやらあちらが寝室の様だ。


「綺麗な部屋ですね」


 実際ミランダの部屋は綺麗に片付いている。

 こまめに掃除もしているのだろう。


「ありがとう。でも自分以外の誰かが入ったのって本当に久しぶりだから少し恥ずかしいわ」

「私の部屋よりよほど綺麗です。ちゃんと片付いていますし」


 アル・マナク本部で宛がわれた部屋には余計な物を持ちこまないようにしているが、それでも机に書類が散乱していたり、自分で入れた紅茶のカップがそのままだったりと反省しなければいけない点がいくつか思い当たる。

 リーンフェルトにはお洒落への拘りがあるが、剣と魔法を中心にして生きてきた分だけ女子力はやや低めだ。

 一方、ミランダはキッチンからカップを持ってリーンフェルトの前にそれを置く。


「大したものじゃないけど、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 そう言ってリーンフェルトはソーサーを左手で持ち、右手でカップの柄をつまみ中に入った茶色の液体を一口、口に含む。


「このお茶は?」


 思わず聞き返したリーンフェルトにミランダはニコリとする。

 普段紅茶派であるリーンフェルトは全く味わったことのない風味のお茶の美味しさに驚く。

 香ばしい茶の風味が鼻腔を抜け、ふわりと口内に残る。

 暖かい飲み物は冷えていた体を優しく包むように体温を上げてくれる。

 茶色の液体はリーンフェルトにとって初めての体験となった。


「ほうじ茶というのだけど。リンちゃんは緑色のお茶は飲んだ事あるかしら?」

「はい。マイムに来てから蛞蝓亭で頂きました。少し渋みがありましたが美味しかったですよ」

「その緑のお茶の葉を焙煎して香ばしさを増した物がそれよ。どう? 美味しいでしょう?」

「はい。とてもすっきりしていて緑のお茶と比べて苦みが少なく、飲み易くて美味しいです」

「そう。気に入って貰えて何よりだわ」


 そういってミランダも自分の分のカップを持ち口付ける。

 一息ついた所でミランダはカップをテーブルに置いて、徐に口を開く。


「本当に水が入ってきた時は驚いたわ……昨晩ちょっと納品が押していて、作業していたのは運が良かったわ。慌てて商品を棚の上にあげて、重要な物だけ後は二階に避難ね」

「私達は王都のエストリアルにいたのですが、夜に爆発音があってそこからいきなりどりゃぶりの雨が降り始めて、気が付けば街は水浸しという状態でした」

「その爆発音って一体なんだったのかしらね?」


 ミランダはリーンフェルトの話に出てきた爆発音が引っかかったようだ。

 王都で爆発音など聞こえる物ではないのだから当然とも言える。


「それについては私の上官が偵察に行ったので……」


 そう話すリーンフェルトはマイムまでの撤退で精一杯たった為、心の片隅置いていた今回の原因について思考を巡らす余裕が生まれた事に気がついた。

 果たして偵察に行ったカインローズとリナの口から何が語られるのだろうか、宿に戻ったら聞いて見る事にしよう。

 そんな話から他愛のない話までミランダと話し込む。


 気が付けばそれなりに時間が経っており、宿に戻る旨をミランダに告げる。


「そう……お仕事だしね仕方がないわ。また時間が出来た時にでもいらっしゃいな」

「はい。またお邪魔させてもらいますね」


 部屋に入る為に脱いだブーツは未だ湿り気を残し気持ちが悪かったが、履かずに帰る訳にも行かない。

 少し風の魔法で乾かしてから足を入れれば何とか我慢できるくらいには乾いていたのでブーツを履く事にする。


「それではまた」

「ええ、またねリンちゃん」


 手を振るミランダに見送られながらリーンフェルトは足に風の魔法を使い水面すれすれを滑るように歩き出す。




 その頃カインローズはやっと馬の世話から帰って来たアトロを捕まえて状況報告をさせていた。


「――という訳でリンさんの活躍で門があき、無理やり馬車を走らせようとした商人にお仕置きしてマイムまで来ましたよ」


 掻い摘んで報告し、最後にそう結んだアトロはカインローズの表情を伺う。

 それは恐らくだが、リーンフェルトに経験を積ませようとして馬車の方を指揮させたのだろうと考えていたアトロ自身の答え合わせとも言える行為だ。

 カインローズの表情は至って真面目だ。

 これは予想を大きく外して目的でもない事をさせてしまっただろうか。

 一瞬そう考えたアトロだったが、一拍置いてからカインローズは笑顔になった。


「流石アトロだな」

「何がです? 旦那」

「俺の意図している所を見抜いていたか」

「それはそれなりに付き合いも長いですからね」


 苦笑するアトロにカインローズは腕を組んで感慨深げに一つ頷いた。

 どうやら中々満足のいく結果が得られたようである。


「指揮も戦闘も及第点だな。あいつもその内部隊を指揮するかもしれないんだ。そこは訓練しておかんとな」

「ええ、旦那自ら偵察に向かうなんてよほどの事ですからね。指揮官不在の際の対応が見たかったのだろうと思いました」

「まあ、咄嗟に思いついたとはいえいい経験が出来たんじゃねぇかな」


 時計を見ればリーンフェルトを偵察に送り出してから大分時間が経っている。


「リンの奴はいつ宿に戻ってくるつもりなのだろうか」

「それはいつかは分かりませんが、そろそろ戻ってくるのは……」

「ああ、偵察に出てから三時間も経ってるからな。いい加減戻ってくると思うんだが……」


 蛞蝓亭の二階の客間にはカインローズ達しか宿泊客はいない。

 こんな状況で避難もせずに宿を営業させているのだから、相当肝が据わっていないと出来る事ではない。

 番頭他、宿の従業員達には頭が下がる思いだなどと考えているとどうやらリーンフェルトが帰ってきたようである。


「ただ今戻りました!」


 下階の方からそのように聞こえれば、アトロが安堵交じりの声で呟く。


「帰って来ましたね」

「ああそうだな。では夕食後にミーティングを行うので周知しておいてくれ」

「ええ、ですから旦那は酒を飲むのは止めてください」

「少しくらいいいじゃねぇか……」

「駄目な物は駄目です。ミーティングの後でしたらいいですよ」


 そんなやり取りの後アトロが事前にミーティングの事を知らせていたので、夕食後大きな混乱も無く全員が揃った状態で粛々とミーティングは開始されるのだった。

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