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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
51/192

51 マイムにて

 アトロの作戦を聞くべくリーンフェルトはその内容を促す。

 果たしてどういう作戦なのか。

 先程まで頭に血が上っていたせいで、消し炭にするくらいしかないとしか考えていなかった所に助け舟が出た形だ。

 ならば今出来る事に全力を尽くそうとリーンフェルトは心に決める。


「それでアトロさん、どういう作戦ですか?」

「単純且つシンプルにあの馬車のシャフトをへし折っていきましょう。それだけで十分でしょう」

「そんな足止めみたいな方法でいいのですか?」


 アトロからの提案は拍子抜けするほど穏便な物だった。

 思わずそれについて聞き返してしまったリーンフェルトに、アトロはニヤリと笑った。


「まあまあリンさん、私の話を聞いてください……と言っても時間がないので、とりあえずシャフトをへし折って、車輪を燃やしてしまいましょう」


 事もなげにそう言われてしまえば、リーンフェルトは実行するしかない。

 提案を受けると言ったのだ。

 ならば確実に遂行しよう。

 リーンフェルトは短く考えを纏めると魔法のイメージを展開してゆく。

 馬車のシャフトは馬車を支える車輪の軸である。

 ボウルダーの馬車は豪華な装飾が施されており、視認は出来ない。

 どう攻めたものかと思案すれば、アトロは的確な助言をくれる。


「リンさんシャフトは木製ですよ! 馬車のサイズと規模、馬の数は二頭だから木製の可能性は高いですよ」


 アトロが言うには素材は木製だ。

 御者界の常識なのだろうか。

 彼の考察を実証する術は今の所ないのだが、経験則なのだろう。


 これが安物の馬車であれば、シャフトがむき出しであったりするのだが、ボウルダーの馬車はそういう所が見受けられない。

 さらに依然と走行中である事は配慮しなければ巻き込み事故が起こってしまうだろう。

 下手に壊せば後続の人達に多大な迷惑を掛ける事になる。

 そして車輪を一瞬で燃やしきる事で行動不能にする事を意識する。

 何気に注文された内容の高度さに一瞬心が揺らいだが、そこは集中力で補うしかない。

 リーンフェルトは得意とする火の魔術をイメージ通りに操作する。

 それは糸のように細いながらも高熱の炎である。

 発現した時こそ風に流されて巻き上がる髪のようになっていたが、しばらくすると完全にリーンフェルトの意のままに動くようになった。

 車輪の軸を側面から捉えれば後は一気に貫いて、木製のシャフトを炭化させてゆく。

 もちろん先に展開した風魔法で作り上げた壁を維持しながらである。

 そして馬車の重みを支えられなくなったシャフトは折れ、車輪も軸から広がった火の魔力で炭化してゆく。

 そうなれば車輪も機能しなくなる。

 ボウルダーの馬車は車輪が砕け本体の部分は水に浸かり泥に塗れてゆく。


「こんな感じでしょうか」


 上手く魔法を操作出来た事を若干誇らしげに振り向いたリーンフェルトにアトロは頷く。


「流石ですね、リンさん。そうそう恐らくですが、あの馬車沢山の財宝を詰め込んでいると思うのですよ。だから足さえ奪ってしまえば良かったのです」

「どういう意味ですか?」

「ええ、まあ御者の勘と言うかですね。多少の誤差はあるのでしょうがあの馬車人が乗る部分はこの馬車と大して変わらないのです。勿論内装であったり椅子であったりはあの豪華さですから、見合った物がなされていると思います」

「ええ、それは分かります。貴族が乗るような豪華な馬車ですからきっとそうなのだと思いますけど……」

「ボウルダーが一人で乗っているとしても仮に複数人で乗っていたとしても、車体はあんなにも沈まないのです」


 つまりアトロは馬車の車体が深く沈んでいるのに気がついて車輪を狙うだけで良いと言う判断をしたようだ。


「車輪を落とせば馬と繋いでいる部分に負荷がかかります。そうなれば馬は暴れて転倒するか連結部の部品は折れてしまうでしょう」


 そう言って視線をボウルダーの馬車に戻せば車輪がなくなり車体の負荷がそのまま馬に掛かった事で、バランスを崩した馬が転倒した所を目撃する事が出来た。


「と、まあこんな感じです。あの中の財宝を運ぶ為には馬車を修理しなければならない。その頃にはこのあたりに誰もいない事でしょう」


 事もなげに話すアトロにリーンフェルトは少し呆れた様子で話し始める。


「アトロさんは時々結果が見えているような事を言いますよね」

「ははは、そこは想像力の問題ですね。常にいろいろな手を考えて状況によってそれを使い分ける。冒険者としては臨機応変に対処する為に必要な事ですよ」

「想像力ですか」


 想像力という言葉にリーンフェルトは少し立ち止まって考えてみる。

 果たして自分はこういう考える力を養えているのかどうかを。

 一つ良い事を学んだという気分でいるリーンフェルトにアトロは続ける。


「想像力というか連想ですね。こうすればこういう結果が出るので相手はこうなるだろうという。もちろんこれは戦闘でも応用可能ですよ」

「なるほど、相手を思い通りの行動に乗せるのですね」

「私の場合は旦那をいかにうまく乗せられるか試行錯誤していたら身に着いたスキルですので」

「カインさんですか……あの人も斜め上を行きますからね……」

「そこで想像力が養われるわけですよ。旦那は発想が突飛なので」


 素晴らしい能力であるはすだが、何となくアトロの気苦労を一緒に感じてしまったリーンフェルトであった。


 そうこうしている間に動きが止まったボウルダーの馬車との距離が離れてゆく。

 横転しなかったものの立往生を余儀なくされたボウルダーは自業自得だろう。

 ボウルダーにはどうやら今の所リーンフェルトの仕業だと知られる事はなかったらしい。

 もちろん今後あの御者達が証言するかもしれないが、その時はその時である。


 ボウルダーとの一件の後は何事も無く順調にマイムへと歩を進める事が出来た。

 途中一度アトロとクライブの交代があったくらいである。


「やはりここにも水が来ていましたか……」

「陸続きですし、こちらの方が地形的にも少し下がっているようですからね」


 マイムの街は既にエストリアルから押し寄せた水の影響を受けていた。

 今の水嵩は膝下数センチと言ったところだろうか。

 水路が壊れ浸水した宿などは休業に追い込まれている。

 あの効能が掛かれた看板たちが一斉に休業であるのは何とも寂しい限りである。

 こんな状況では観光客の姿もなく、活気があった大通りは閑散として寒々しい。

 さてカインローズに指示を受けてここまで撤退して来た訳だが、如何せん当のカインローズと連絡が取れない。

 彼の命令にマイムという情報以外に何かあっただろうかと反芻するもやはり言われた気がしない。

 避難している人達以外の気配はなく、見つける事は容易なのではないかと一瞬思われたが闇雲に探しても埒が明かない。


「カインさんはどこにいるのでしょうね?」


リーンフェルトがアトロに問いかけると簡素な返事が返ってくる。


「さぁ……流石に私に聞かれても困りますよ」

「では私がお答えしますわ」


 アトロがそうリーンフェルトに答えたのと同時に別の方向から返事が返ってくる。

 見ればいつの間にかリナが黒いレースをあしらった傘を片手に立っていた。

 足元はメイド服には全く似合っていない長靴であったが。

 水棲の魔物から獲れる素材を使った防水効果のある長靴は膝丈まであり快適そうである。


「お嬢様お戻りになられましたのね」

「あっリナさん! 無事だったのですね。やっと合流できました……」


 一安心と胸を撫で下ろしたリーンフェルトにリナが朗報を齎す。


「バカインローズでしたら蛞蝓亭にいますわよ」


 暗闇に光明とばかりに絶妙なタイミングで現れたリナはしたり顔である。

 リナはマイムの街が見えたあたりでリーンフェルトの尾行を解き、先回りしてマイムへ入ると入り口で待っていたカインローズと合流。

 先に蛞蝓亭にカインローズを向かわせると、物陰に隠れてリーンフェルト一行が辿り着くのを待っていたのである。

 そして頃合を見計らって恰好よく登場し、お嬢様を任務完了へとエスコートする為にチャンスを狙っていたなどとは誰も思いもしないだろう。


「この状況でもやっているのですか?」


 大通り一帯の店が休業している中、営業をしているという事に驚きを隠せず聞き返してしまう。


「ええ、老舗がこの程度で店を休めるかって番頭さんが張り切っておりましたわよ」


 あの番頭ならばそう言いかねない。

 思い出し苦笑いを浮かべて、リーンフェルトは現在御者台に座るクライブに声を掛けた。


「クライブさん、蛞蝓亭に移動しましょう!」


 リーンフェルトとリナが馬車内に入った事を確認したクライブは鞭を走らせる。





――蛞蝓亭についたならばさっそく風呂に入りたいと思っていたリナであったが、番頭が止めに入る。


「今風呂は使えねえよ」


 聞けば蛞蝓亭の風呂も他の宿同様、被害に遭い現在使用不可となっているのだそうだ。

 しかし幸いなのは蛞蝓亭は二階建てであった為、今の所二階を客室として使えた事である。

 宿の入り口でそれが判明するとリナは眉間に皺を寄せる。


「全く温泉宿が聞いて呆れます」


 温泉をメインにしているのならば、使えなくなった時点で他の店同様に閉めてしまえばいいのにとリナは思ったようだ。


「でも仕方ないじゃないですか。あたりは水が溢れて本来はそれどころではないのです。それでも我々を受け入れてくれたのですからそんな事を言ってはいけませんよ」

「はい、お嬢様」


 リナの悪態もリーンフェルトがいると緩和される。


「そりゃすまねぇな。温泉は無理だが樽風呂で良ければ用意しよう」


 番頭もリナに言われた事が宿屋のプライドを刺激したのか、風呂を用意するという申し出る。


「ならばお嬢様を先に。お疲れでしょう?」

「いえいえ、私はそんな。リナさんこそ先に入ってください」

「ならいっそ二人で……」


 そういう流れに持って行きたかったのかリナはそう提案するが、思わぬところから邪魔が入る。


「樽風呂ってのはな、基本御一人様用だ。残念だったな」

「くっ……バカインローズ!」


 樽風呂用の樽を担いだカインローズが樽風呂について補足してリナを撃沈する。

 歯噛みしながら一人で入る事になったリナは番頭に連れられて樽風呂が用意されているという場所に連行されていった。


「カインさん、ご無事でしたか!」

「ああ、そりゃなあ。あのくらいで死んだりはしないさ」


 にんまりと笑うカインローズにリーンフェルトは疑問をぶつける。

 なぜこんなにも水が溢れてしまったのか、どうしてこうなったのかを聞きたかったからだ。


「でも一体何が起こっていたのですか?」

「それについては後からするとしてだ。リンにはマイムの街の状況を探って来て欲しいんだわ」


 質問をあっさりと躱されて肩透かしを食らったリーンフェルトにカインローズは軽い感じで指令を出す。


「偵察ですか?」

「そんな所だ。頼めるか?」

「上官の命令ならば」

「んじゃまあ宜しく頼むわ」

「了解しました」


 そう言って踵を返し街中に消えてゆくリーンフェルトの後姿を見送りながらカインローズは思っていた。

 まずはアトロにでもエストリアルからマイムまでのの道のりについて報告をしてもらおうと。

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